2話〜異常げんちょう〜
異能力を発動できるようになった蔵人は、毎日使用人達の目を盗んでベッドから脱走するようになっていた。
今日も、蔵人は目の前の檻を眺めて思案する。
さて、昨日は新聞を頂戴してきたが、大した事は書かれていなかった。特に有事が起きている訳ではないみたいで、国内外共に薄い内容ばかりだった。収穫としては、自分は字が読めることを再確認出来た事くらい。テレビを見た時に音声と字幕が一致していたので、多分大丈夫だろうとは思っていた。
兎にも角にも、今日は別方向から攻めようと、蔵人は考えた。
蔵人は手を前に突き出し、元々赤い顔を更に赤くして一点を凝視する。すると、そこに薄い膜が出来て、厚くなっていく。
やがて、1枚のアクリル板の様なものが宙に浮かぶ。一片が5cm程度だが、赤ちゃんの体ならこれで何とか足がかりになるだろう。
蔵人はそれを足場にして柵を乗り越え、乗り越えた先にもう2枚のアクリル板を設置して、ベッドを降りきる。
これで蔵人の魔力はすっからかんだ。
しかし、魔力が無くなっても、この体にはデメリットは無いようだった。
勿論、異能力が発動出来なくはなるが、他の世界のように頭痛や目眩がしたり、意識が無くなったりしない。
検証が少ないので、全ての人に言えるかは分からないが、人間の生命活動には関与していないからか、影響が少ないのかもしれない。
それに、魔力が無くなっても直ぐに回復する。感覚的に1分くらいだろうか。他の世界と比べても、回復速度は驚くほど早い。
寝ないと回復しないだとか、24時間のクールタイムが必要だとか、ザラだったからね。
そんな事を考えながら、蔵人は廊下を這いずる。赤ん坊からしたら長く感じる廊下を、ひたすら進む。
偶に使用人らしき足音がするので、近くの物陰に隠れて息を殺す。
家には日中、使用人が2、3人しかいないので、それ程難しいことではない。
そんな事をしながら進むこと暫く。目の前には母の部屋へと繋がる扉が現れた。
少し休憩したので、また異能力が使える様になっていた蔵人は、1枚のアクリル板を生成し、ドアノブを掴む。
よし。カギは掛かっていないな。
中に入ると、そこは書斎だった。
大人の丈よりも高い棚に、本やら写真やらトロフィーが飾ってあった。
今回の目的は、この本達だ。
幸い、殆どの書籍は下段に配置されていたので、取り敢えず本の背表紙を眺める蔵人。
歴史と異能力についての書物が多いな。実に僥倖である。
先ずは歴史…と何時もは取る選択肢を、今回ばかりは異能力の書物から手を伸ばす。先ずは自身の強化を計らねば、何時いかなる時に大事に巻き込まれるとも限らない。
書かれていることは…この半年で得た情報や、大天使様の説明とほぼ同じような事が書かれていたり、それ程大事じゃなさそうな推測が、数多の裏付けと共に論じられていた。
中には随分とマニアックな論文もあって…火を噴出させながら屁をこくと、異能力と人工の火で着火に違いがあるか?…ちょっと今回は読み飛ばすことにしよう。
この本はマニア向けだと、蔵人は別の本を取る。
なかなか興味がそそられない文献ばかりであったが、中には興味深い物もあった。
例えば、『異能力と体の成長について』という文献には、異能力の根源…通称、魔力…は年齢と共に成長し、早い段階…論文には10代前半で成長が著しく低下するとなっていた。
つまり、魔力は生まれ持った物がそのまま一生付きまとうのでは無く、努力次第では成長すると書かれている。
特に10歳までは、それ以降よりも伸び率が格段であり、理論上は0歳〜5歳が最も伸びるのではと書かれていた。
更に、ランクが低ければ低いほど、成長幅は大きいのではとなっている。
残念な事に、実証実験が少なく、また教育方法が確立出来ていないので、一概に若いから成長するのか、偶々その人にあったトレーニングだったから成長したのかは定かではないらしい。
また、こんなのもあった。『熟練度と効率の関係』というタイトルの書物で、端的に言うと、異能力の扱いが上手くなれば、消費する魔力も大幅に下がるとされていた。
これは実証実験も数多く執り行われており、大まかな魔力消費量のグラフまで載っていた。
熟練度の表し方がかなり曖昧だったが、慣れないCランク魔法と熟練者のそれでは、最大で80%の魔力削減が実証出来たと書かれていた。
熟練度を上げた分だけ、魔力の消費量は下がっていくとされており、極論99%に近い魔力削減も可能であると書かれていた。
魔力が少ない蔵人にとって、この2つの論文は実に興味深かった。
だが、これらの論文が発行されたのは結構最近で、文集の後ろの方に掲載されていた。こういう文集の最後という事は、あまり脚光を浴びている物ではないのだろう。著者も、比較的若い学者みたいだった。
という事は、眉唾物の可能性もある。
が、やってみて損は無い。
蔵人は自身で試してみようと思った。
のだが、
「坊っちゃま!?」
蔵人が手を出して、今まさに実証するぞと思った矢先、執事の女性に気付かれてしまった。
残念だが、今日はここまでだ。
その後も、隙を見て書斎の書物を読み漁る日々が続いた。中々有力な物は少なかったが、幾つかは興味深い物があった。
『異能力がもたらす幸と不幸』と言う本には、異能力を使用することによる身体への影響を、医学的に解明した論文が数多く載っていた。
その中でも特に恐ろしかったのは、能力熱という病気。これは幼少期に無理に異能力を使い続けると、魔力が制御し切れずに高熱が出ると言うもので、最悪は死に至る恐ろしい病であった。
これは誰しも起こるものであり、特に魔力が多い者や魔力操作が未熟な者に起こり易いとされていた。
これと似たような文献はかなり多く、また古い書物にも似たような事象が書かれていたので、常識に近い事実なのだろう。
この病がある為に、幼少期の異能力開発は多くの国で禁止されているとも書かれていた。
つまり、昨日読んだ論文の1つは、能力熱を考慮しないで書かれた可能性が高い。
故に、脚光を浴びないのか。
蔵人はここ最近、魔力を上げるために、何度もアクリル板を出現させていたので、これからは魔力の操作性を向上させる訓練、魔力循環の時間も十分に取り入れようと思った。
魔力循環とは、体の中の魔力をぐるぐる回す訓練方法である。魔法の練習を始めて習った時、黒戸もよくやらされた基礎練習であった。
また、歴史の書物にも少し触れた。
異能力はどうもある時期から発生したものらしく、著書によって多少は異なるが、遅くとも第一次世界大戦中期には多くの異能者が表舞台に現れ始めている。それは、大砲や機関銃等の大量殺戮兵器が、一般市民にも晒された時期に顕著となった。
第一次世界大戦の幕開けは、史実とほぼ同様である。
オーストリア皇太子の暗殺、通称サラエボ事件が引き金となり、ドイツはロシアやフランスを初めとしたヨーロッパ各国に宣戦布告した。
史実では、ドイツの戦力に為す術なく蹂躙されるフランスだが、国境を超えた所で歴史は一変する。
街に進行させまいと列をなした一般市民に、ドイツ軍は大敗する。
そう、大敗だ。
戦車は火炎弾に爆撃され、銃弾はぶ厚い土壁によって全て弾き返された。
突撃した精鋭の陸軍兵団は、銃の引き金を絞る間もなく、10代の少女が放った大岩に押し潰された。
これを好機とみたフランス軍も、ドイツの国境で同じようなしっぺ返しを喰らう。フランス軍にもドイツ軍にも、有力な異能力者はおらず、他国への進行は果たせなかったのだ。
それもそのはず。当時の軍隊は皆、男のみで構成されていた。
脆弱な異能力しか持たない男性は、幾ら強力な兵器で武装していようと、女性の前では赤子も同然であった。
勿論、各国の軍部は異能力者を取り入れようとした。だが、有力な異能力の大半は女性であり、長く続く戦争に反対する者が多かった。
それ故、女性兵士が増えるに連れて、戦争を是とするタカ派の推進力は衰退し、保守派、つまり戦争反対の意見が主流となった。
また同時期に、市民革命も各地で起こり、領土拡大を是としていた軍部は、その思想ごと潰されていった。
こうして、第一次世界大戦は従来よりも早く、そして少ない犠牲で終結した。
日本でも似たような事が起きており、中国に侵攻した陸軍が地元の農民に悉く迎撃され、これに怒り心頭となった日本軍は大量の軍艦を製造し、これを投入する。
しかし、水を操る中国の異能力者にほぼ全て轟沈される。
優秀な海軍兵士を大量に失った大日本帝国海軍は、同時に多大な借金を抱えた。軍艦製造も莫大な金がかかり、その影響を受けたのは主に民間人だ。
各地でクーデターが起こり、強力な異能力を持つ女性たちも加わったそれは、もはや疲弊した軍隊など足元にも及ばず、軍隊から政治を奪い返した。
その為、第二次世界大戦のような、日本軍の暴走とそれに伴う西洋の陰謀といった悲惨な出来事は起こらずに、日本も各国も有力な異能力者、つまり女性が社会の中心となっていった。
別の書物には、近代の成り立ちが描かれていた。
第二次世界大戦はなかったものの、国内で反政府デモが頻発。
特に強力な異能力を持つ女性達に対し、低ランクである男性達のデモは数が多く、厄介だった様だ。
その主犯は、主に軍部で高官を勤めていた男性官僚が多かった。
つまり、自分の立ち位置に納得出来ない輩が騒いでいたという事。彼らを中心に、男尊女卑を心地よく思っていた奴らが便乗し、過激デモを起こしていた。
しかし、当時の軍隊すら敵わなかった女性達に対して、彼らが敵うはずもなく、全員まとめて投獄。主犯格らはデモと世界大戦の責任を追求され、極刑となった。
勿論、全ての高級官僚が投獄された訳では無い。
デモに加わらなかった一部の良識人は、異能力の優劣に関わらず役職を得て、その後も活躍した。その人達の名前まで載っていなかったが、恐らく史実でも軍部の暴走に煮え湯を飲まされた将軍達であろう。
彼らは史実でも戦後日本を支えていたから。
こうして、戦後処理は一段落したが、また新たなデモが起こる可能性があった。
異能力に差があるのはどうしようもなく、その差は無視できない程の大きなものだった。
生まれつきナイフを持つ者と自動小銃を持つ者がいるようなものだ。何時撃たれるか?撃たれると思って刺してくるか?と、両者ともに安心出来ない。
その為、日本…だけでなく、各国は棲み分けを行った。強力な異能力を持つ者は、『特別管理地区』通称、特区に住むことを義務とされたのだ。
こうする事で、異能力ランクの優劣による争いは無くなったと記載されていた。
だが蔵人は、果たしてそうなのか?と首をかしげる。
そのように住む場所まで分けてしまったら、余計に差を見せつけられる気がする。
寧ろ、異能力使用禁止令を発した方が良いのでは?
史実の日本の様な銃砲刀剣類所持等取締法を作れば、明治維新で既に行っている日本人なら従うと思うのだが。
蔵人は、その時は納得できなかった。だが、使用人に発見されて、ベッドに戻される頃には、考え方を変えて納得した。
即ち、他国への牽制。
戦争が終結したのは、近代兵器以上の威力があった異能力のお陰であり、言うならば異能力が抑止力となった。
それを禁止にしてしまえば、異能力の衰退は明らかで、それは即ち、他国からの攻撃を誘発してしまう。
富国強兵を推進するために、異能力の発動を禁止にしなかったのではと考えた。
また別の考え方として、他国ではなく、他の事象に備えているのではとも思った。今は表歴史に現れていない、大天使の説明にあった…
「バグがちゅくりだちた、異常げんちょうのしょなえか」
うーん………
喋る練習しよう。
蔵人は肩を落とし、自身の不甲斐なさを嘆いた。
またもや説明会…(涙)
次回から話が動きます…。
イノセスメモ:
・魔力量は幼少期で訓練すると上がる?←検証不足
・異能力の熟練度が上がると消費魔力が軽減する。
・幼少期の異能力訓練は熱が出る。
・各国で女性による政権奪取が起きた。
・高ランクだけが住む地域【特区】を設置。特区は、東京以外にも大阪や博多など、地方都市にも点在する模様。