55話~俺の勇姿をバッチリ収めてくれよ~
結局、あの後も原子力について探し尽くしたが、それらしいものは何一つ見当たらなかった。
勿論、原子が何かという事や、原子核の存在自体は言及されているのだが、そこから先、原子力や原爆については勿論の事、核反応によってエネルギーが抽出できることについても公にはされていなかった。
異能力があれば必要のないこととして、研究自体が放置されているのかもしれない。
アーネスト・ラザフォードの名前も見当たらないし、この世界はまだ、原子力という力を有効活用していない可能性が高い。
少なくとも、若葉さんが知り得る情報でもそうなのだから、一般人の我々には解明出来ない事と分かった。
バグの尻尾を掴めたかと思った蔵人だったが、とんだ空振りに終わってしまった。
意気消沈する蔵人。
だが、そんな彼の気持ちを上向かせるイベントが、始まろうとしていた。
とある金曜日。放課後。訓練棟。
さて、練習前の準備運動が始まるぞと言った時間に、櫻井部長が部員を集めて、声を上げた。
「明日の土曜日、仙台蓮華中との練習試合を組みました。場所は我が校の第一競技場です。2年生の当番と1年生全員は準備の為、8時にここに集合する事。他の部員は9時集合」
練習試合。他校との模擬試合がここで行われるらしい。こちらがホームという事は、試合の打診は向こうから来たみたいだ。
蔵人の後ろで、鈴華がパシンッパシンッと、手のひらに拳をぶつける。
「おぉ、ようやく試合かよ。なんかワクワクするなぁ!」
今にも飛び出しそうな彼女を、しかし、その隣の伏見さんが鼻で笑う。
「何イキっとんねん。試合すんのは先輩達やろが。ウチらは裏方。出番なんてあらへんで」
「んなの分かんねぇだろ。あたしらだって出られるかもしんないじゃん」
「無い無い。もし出れても、それはカシラくらいや。あんたじゃ無理や」
「んだと、てめぇ!あたしが出れねぇってのは、どう言う事だ!」
段々ヒートアップしていく2人。最近は何時もこうだ。ちょっとした事でぶつかり合うようになってしまった。
そんな2人を止めようと、常識人の西風さんが間に入る。
「ちょっとちょっと!ダメだよ喧嘩は!」
2人に比べたら小さい体を一生懸命に伸ばして、2人を止めようとする健気な西風さん。
しかし、そんな彼女を眼中にも入れず、止まる様子のない2人。
伏見さんが、自分のコメカミを人差し指でコンコンと突く。
「あんたが出れんのはなぁ、オツムの問題や。部長さんやカシラの指示無視するような奴は、試合も出れへんのは当たり前やろ」
「んだとぉこの野郎!ペシャンコにしてやる!」
「おう!やれるもんならやってみぃ!」
鈴華も伏見さんも腕まくりをはじめ、その周囲に金属の腕と透明な腕が構築され始める。
とうとう異能力まで発動させ始めたか。
さすがにこれは止めねばと、蔵人が盾を出す。
先日、とことんまでやらせようとした事があったのだが、本当にとことんまでやりやがった2人は、周囲の備品まで壊し、後で部長の雷を落とされまくった。
何故か蔵人も含めて落とされたのは、今でも解せない。なので、もう止めることにした蔵人。
「喰らえ!マグネパウンド!」
「喰らうかボケェ!」
「はい、そこまで」
2人の拳が交わる前に、蔵人の小さな盾が顎下から襲来し、2人の顎をクリーンヒットで揺らす。
2人は糸が切れたマリオネットの様に、床に体を投げ出して静かになった。
やり過ぎの様に感じるかもしれないが、ここまでしないと止められないのだから仕方がない。
最近の2人の喧嘩は、大体こんな感じで終わるようになってきてしまった。
最初は、蔵人叩きで意気投合していたように見えた鈴華達なのだが、いつの間にか犬猿の仲となってしまっている。
原因は何だったのだろうか。もしかしたら、蔵人の右腕の座を争うようになってからかもしれない。
だとしたら…。
だとしたら、どうしたらいいんだ?
蔵人は自問しながら、倒れた2人を盾担架に乗せる。すると、直ぐ近くに男性のテレポーターが現れて、2人を医務室までテレポートしてくれた。
2人のやり取りを見ていた先輩が呼んでくれたのだろう。有難い事だ。
蔵人は2人を見送ると、他の1年生3人を引き連れて準備運動に入る。
祭月さんが入部してからは、新入生は誰も入ってきていない。部活見学の時期を過ぎてからは、見学者も殆ど見なくなってしまった。
例年と比べるまでもなく、入部者が少ない。最近は定員割れする年もあったそうだが、半分どころか1/4しか入ってきていないのは異常だ。
その原因の一端が頼人にあるのは確かだが、それ以外にも懸念すべき要因がある。それが、ファランクス部の人気が陰っている事。
シングル部はここ10年、全国大会に毎年出場し、かなりいい成績を残す選手もいた。チーム部もセクション部も、全国までは行けなくても都大会優勝や関東大会で入賞する等の確かな実績を残している。
それに比べて、ファランクス部の最近は芳しくない。8年前の関東大会優勝を最後に、成績は年を重ねるごとに右肩下がりとなり、去年はとうとう都大会ベスト8位にまで落ちて、長らく参戦していた都大会の優勝争いからも退いてしまった。
このままでは念願の全国大会優勝どころか、関東大会出場すら危うく、もしもそうなった場合は部活の予算も大きく減らされるだろう。更に、1年生がこれだけ少ないのなら、部の存続も危うくなってきた。
下火の部活動であることが、新入部員の足を遠ざける大きな要因となっている。だからこそ、部長は今年のビッグゲームに賭けている。彼女が全国大会優勝を目指しているのは、かつての栄光を取り戻す以前に、切実な問題があったのだ。
何はともあれ、1年生はまだ6人。その為、未だ蔵人が1年生のリーダーと言う事になっている。新入部員が揃ったら1度選挙でも開こうと思っていたが、このまま蔵人がリーダーとなってしまうかもしれない。鶴海さんも、今選挙をしたところで、パワーバランス的に蔵人がリーダーであることは変わらないと言われていた。
しかし、それはそれでどうなのだろうか。
半分マネージャーである自分がリーダーでは、突っかかって来た頃の伏見さんが言っていた様に、カッコがつかないのでは無いだろうか。他校生が集まる大会の会場とかで、桜城の皆が笑われたりしないだろうか。
そう思う反面、先ほどの脳筋娘2人を制する事が出来るのは、今のところ蔵人だけだ。それを考えたら、鶴海さんの発言にも頷ける。
でもなぁ…と、蔵人は階段ダッシュをしながら、思案していた。
そして次の日の朝。
蔵人達は朝から会場設営やドリンクの準備を行い、蔵人個人は部長に教えて貰いながら、撮影機器の準備もしていた。
撮影は、後で先輩達が試合風景を見返して、自分達を客観的に評価するのと、相手の情報を記録する為だ。相手の蓮華中学は中々の強豪で、毎年夏のファランクス大会では宮城の県大会常連校なのだとか。
因みに、ファランクスの大会は夏と冬に開催されるが、夏の方が出場校も圧倒的に多く、全国大会は通称ビッグゲームと呼ばれている。それに比べ、冬は出場校がとても少なく、桜城もここ最近は参加していない。
何故、出場校が少ないか。それは、年末にはシングル戦の全国大会があるからである。
蔵人も小学生で出場したDランク全日本だが、その盛り上がりは特区の方が圧倒的であり、各校もそちらに全力集中してしまう。
AランクやBランクが少ない学校は、ファランクス部に選手を割いている余裕がないのだ。そもそも、ファランクス専門で部活を作っている学校自体、他の異能力部に比べたら少ない。13人の有力な選手を集めるというのは、なかなかハードルが高いようだ。
随分と太陽が高く登った頃。先輩達も登校してきた。
軽い準備運動を含めた練習を行うので、蔵人達も準備の手を止めて、先輩達の列に並ぶ。先ずはいつものダッシュ。だが、今日は本当に軽めに1種類だけ行い。後は異能力を使った応用練習。これも、各役の動きを確認する程度で終わる。
そうこうしている内に、相手校が到着した。桜城の整備された道路を、大型バス2台が颯爽と駆けつけ、競技場の入り口に停車。
そこからぞろぞろと降りてくる女子学生達。深い青のジャージ姿で降りて来た彼女達は、ある程度統率された動きで整列し、2列になって先輩達の元に歩いてきた。
「本日はお相手頂き、ありがとうございます」
相手の監督だろうか。20代後半くらいの若い女性が部長に頭を下げる。学生相手でも、こっちが余程格上なのだろう。侮る様子は微塵もない。
すぐに試合になるのかと思っていると、そうでは無いようだ。
時刻は現在11時を回った所。これから1時間程度は、相手もアップをするとの事。試合は正午頃に行い、試合終了後は懇親会とかはせずに、相手校はそのまま仙台にとんぼ返りするらしい。
東京から仙台に帰るのだ、それなりに時間がかかる。特区間の特別な高速道路を使用するので、普通の高速道路よりもかなり早いそうだが、それでも長旅だろう。
そこまでして、桜城との練習試合を望んでいるらしい。落ち気味と揶揄されるも、桜城ファランクス部はそれなりの力を持っているようだ。
列になって挨拶をしてくる相手校の選手を見ていると、中に男子生徒がいることに気付く。列の最後尾にいることや、色々と書類を詰めたカバンを持っている様子から、選手ではないようだ。
そもそも、男子で選手というのはかなり稀らしい。サーミン先輩曰く、彼以外で男子選手を見かけたのは数えるくらいとのこと。居たとしてもマネージャーだし、桜城や天隆のような超有名校でなければ、男子の数も少ないので、男子のマネージャー自体が貴重なのだとか。
蓮華中も特区の学校だが、公立の学校なので桜城程男子はいないのだとか。なので、目の前の男子マネージャーは貴重な存在ということ。
蔵人がしげしげとその子を観察していると、彼も蔵人に気付いて軽く会釈してくれた。
希少な存在の少年よ。女子に食われん様に気を付けなさい。
自分の事を棚上げして、そんなことを念じる蔵人であった。
両校の挨拶が終わると、蓮華中と桜城の選手達は、広いコートを半分に割ってアップを始める。
その間に、蔵人達1年生は蓮華中の荷物整理を手伝うように部長から言い渡されたので、相手校の監督に連れられて荷物をバスから運び出す。
バス2台で来た割には少ない人数だなと思っていたが、荷物が大量にある。大半は試合に使うユニフォームや練習用のサンドバッグなどの機材が殆どだが、中には本格的な撮影機材などもあった。この練習試合に臨む、彼女達の本気度が分かるというもの。
「こ、こんにちは」
蔵人が人一倍大きく重い荷物を盾で支えながら運んでいると、さっきの男の子が声を掛けてきた。
荷物を落としちゃいけない蔵人は、失礼ながら顔だけそっちに向けて、挨拶を返す。
「こんにちは。1年生の巻島蔵人です。よろしくお願いします」
そうすると、相手は慌てた様子でお辞儀をしてきた。
「こ、こちらこそ!僕も同じ1年生の坂下公介、です!あっ、えっと、君も、桜城のマネージャー、なんですか?」
公介君か。随分と緊張しているみたいだ。
蔵人は少し笑いかける。
「同じ1年生なんだし、気楽に話さないかい?俺の事は蔵人って呼んでほしい」
「あ、じゃあ、僕も、公介で」
公介君はまだ話したそうな顔をしていたが、監督に呼ばれてしまい、またねっと言って走っていった。
やはりマネージャーだったのか。と蔵人は少し残念に思いながら、準備を進める。
荷物整理が大方終わると、蔵人は部長に呼ばれて監督席の隣に着く。目の前には立派な撮影機材が。ここから撮影をするらしい。
ちょっと離れた相手校の監督席には、先ほど蔵人が運んだ撮影機器と、それを扱う公介君の姿があった。
蔵人の視線に気付いたのか、公介君は嬉しそうに手を振ってきたので、蔵人も手を上げる。
部長がそれを見て、含み笑いをする。
「あら?もう他校とコネを作ったようね」
コネって。
ちょっといやらしい言い方じゃありません?
それから直ぐに練習試合が開始される。
フィールドのど真ん中に整列する26人の選手達。桜城側には白銀の騎士達がズラリと並び、蓮華中の方はエメラルドグリーンのプロテクターを着た選手達が並ぶ。これが両校の正式なユニフォームなのだとか。
ただ、相手校も桜城側も、選手によって若干装備が違う。前衛に並ぶ選手達はガチガチのフル装備。桜城の先輩達は中世の騎兵が着けるような甲冑だ。とても重そうだが、防御力はあるだろう。
中衛、後衛の選手達はそれよりは軽装。胴体だけが鎧で、手足は関節部に白銀のプロテクターを着けただけである。ハーフアーマーという奴か。重要な部分だけを重点的に守り、その他は省いて軽量化を図っている。
そんな中、1人だけ若干奇妙な選手が居る。サーミン先輩だ。
彼は、肩や胸だけ金属プレートを付け、その他は軽量化をしている。だというのに、頭だけはフルフェイスであった。目まで隠しているけれど、あれで動けるのだろうか?
蔵人が目を凝らして彼を見ていると、隣の鶴海さんが解説してくれた。
「神谷先輩の事?あれは身バレ防止で顔を隠しているのよ」
異能力戦に出る男子はとても珍しいので、男性の身を守る意味合いでこのような特別処置が成されているのだとか。
オメンジャーズのお面と全く同じみたいである。
ならば、蔵人はお面を着けて出たいくらいであったが、それも出来ないみたいだ。
聞くと、男性の頭を守る意味合いも強いのだとか。
か弱い男性を少しでも守るために、フルフェイスにしていると。
『両校、互いに礼!』
鶴海さんの解説を聞いていると、いつの間にか試合が始まろうとしていた。
選手達は互いに挨拶をし、円陣を組んだ後はそれぞれの配置に着く。
両校のフォーメーションはどちらもオーソドックスな均等型。若干桜城が円柱寄りで、蓮華が前線寄りと言えるくらいだ。
桜城:赤軍、円柱役4名、中衛役3名、前衛役6名。
蓮華:青軍、円柱役3名、中衛役2名、前衛役8名。
桜城の選手層は、Bランク5人とCランク8人。規定ではBランクは3人までとなっているが、Aランクが1人もいない場合は5人まで参加可能と制限が緩和される。
とは言え、一般的にAランクはBランク5人分以上と評されるので、Aランクが居ないことの不利は覆しきれない。
対する相手は、しっかりAランク1人とBランク3人のフルメンバー。全員3年生の精鋭を揃えてきている。いい試合になりそうだ。
試合前、わざわざ蔵人に「俺の勇姿をバッチリ収めてくれよ」と豪語していたサーミン先輩は、しっかりと円柱に手を置いている。
はい。しっかり撮ってますよ。座っている先輩の勇姿。
試合開始直後、前線の戦況は膠着状態だった。中立地帯で行われる前衛同士の戦い。
蓮華の近距離役が桜城の盾役を攻撃し、桜城の遠距離役が盾の後ろから蓮華の近距離役を狙い撃つ。それを、蓮華の盾役が防ぐ。まさに攻防一体のせめぎ合い。
そこで、桜城の遠距離役が一気に中央へ寄り、一斉に相手の前衛中央部隊を攻撃し始める。
色とりどりの弾丸。それらが、相手校の前衛を飲み込んでいく。
蓮華の遠距離攻撃も飛んで来るが、それは桜城の盾役がしっかり前へ出て防ぎきる。
桜城の選手達は、近距離役と盾役のスイッチ攻撃がしっかり出来ており、遠距離役も統率が取れている。蓮華のそれと比べると、確かに練度が違う。比較対象がいると、その違いが浮き彫りになる。
そんな風に、蔵人が感心していると、
『ピィイイイイイ!ファーストタッチ!』
鋭い笛の音が空を駆けた。
いきなりの事で、蔵人も、蔵人の後ろで見ていた1年生達も、頭の上にハテナが灯る。
蔵人が桜城側の円柱を見ると…。
何も起きていない。先輩達3人は平和そうに、自軍の円柱をタッチしている。
いや、違う。
円柱役は元々は4人だ。1人足りない。
「神谷先輩がいないわね」
鶴海さんの言葉に、蔵人は頷き、その答えを蓮華側の円柱で見つける。
青軍の円柱に片手を掛けて、もう片手でこちらに手を振っているのは、正しくサーミン先輩。
こちらにハンドサインを送る姿は、「ちゃんと撮れよ」と言ってるかのよう。
いつの間に。
蔵人の頭に、更にハテナが生えると同時に、後ろから黄色い声が響き渡る。
「「「キャー!レオン君カッコイイ!!」」」
蔵人が後ろを振り返ると、観客席に女子生徒の群れが発生していた。桜城のジャージを来ているので、土曜の部活練習に来ている他部活の先輩達か。
しかし、レオンとはどういう事だろうか?サーミン先輩は、通称みたいのを持っているのか?
蔵人が答えを求めるようにグラウンドに目線を戻すと、青軍円柱から悠々と自軍領域へ走り戻るサーミン先輩の姿が見えた。格好の的だろうに、相手選手は誰も攻撃しない。ここでも男という事で優遇されている様だ。
「違うわよ、蔵人ちゃん」
鶴海さんの解説が入る。
「円柱にタッチが成功した選手は、自軍の前線まで戻るか、2分経過するか、相手選手に異能力を使うまでは攻撃されないの。これを犯した選手はレッドカードよ」
「なるほど、そんなルールもあるんですね」
新たな知識を得た蔵人。だが、そもそもどうやってサーミン先輩はタッチを成功させたのだろうか?前線は苛烈を極めており、通過するなんて自殺行為だ。
そう蔵人が悩んでいると、鶴海さんが答えをくれた。
「多分、神谷先輩は体を透明化させるリフレクターみたいね。相手円柱にタッチする時、急に現れたから、そう思うわ」
なんと、そんな便利な異能力があるのか。
蔵人が内心驚いていると、同じく驚いた祭月さんが声をあげる。
「それは凄い!それがあれば、幾らでもおやつをつまみ食いしても、桜ねぇに怒られないじゃないか!」
いいなぁ~と、欲しいおもちゃをねだる子供の様な顔でフィールドを見る祭月さん。
透明化でおやつを盗み食いとは…なんというか、可愛らしい娘だな。
「いや、透明になっても、結局バレると思うんだけど…」
西風さんが、健気に突っ込んでいる。
いいんだよ。言わせておやりなさい。彼女は自由な娘だ。
そんな蔵人達を他所に、試合は桜城優勢のまま進んで行く。
前線はこちらが有利で、相手前線をどんどん中立地帯の端まで追いやる。更に、サーミン先輩が再度アタックを掛けて、セカンドタッチも決めた事で、一気に赤軍領域が広がる。サーミン先輩は止まらない。やりたい放題だ。
因みに、相手円柱へのタッチだが、1度自軍の領域に戻れば、再び同じ者がタッチしてもしっかりとカウントしてくれる。おかげでサーミン先輩1人で、20mも(800+400+400×2)領域が広がった。
「交代!!」
相手ベンチから声が張り上げられる。
相手校の監督さんだ。
選手を何人か変える様だ。
部長も、これを機に数人の3年生を下げて、2年生に入れ替える。
優勢過ぎるから、ちょっと手加減したのかな?
それでも、試合が再開されると、押し上げは出来なくなったが押し返される事は無く、試合は均衡したまま進んで行く。
桜城のファランクス部は、こんなにも強いのか。
「久我、伏見、祭月、それと巻島。アップしておいて」
試合開始7分くらいで、部長がこちらを向いて指をさした。
指名されたBランクの3娘はポカンとしていたが、蔵人と鶴海さんに急かされて、グラウンドの端に追いやられる。
しかし、マネージャー兼務の俺が先に出場か。
蔵人は鈴華と一緒に走りながら、心の疼きを感じる。
そんな蔵人に、並列する鈴華が話しかけてくる。
「なぁ、ボス。なんであたしらだけ走らされてるんだ?今日はまだ何もやらかしてないよな?あたしら」
今日はって…
懲罰前提で走らされると思うのも、どうかと思うぞ?
「試合に出してもらえる可能性が高まったから、体を温めているんだよ。やったな、鈴華」
蔵人がそう言うと、みるみる顔が輝く鈴華。
「マジかよ!うっしゃァ!やったるぞ!見せつけてやる!」
そう言うと、急に爆走する鈴華。
「お~い!アップでそれは、やり過ぎだぞ!」
蔵人の声と手が、虚しく空を掻いた。
練習試合。今の所、桜城が圧倒的優勢ですね。
神谷さんが随分と活躍していますけれど、これだけ有能な男性が居たから、部長さんも主人公の入部を許可したのかもしれませんね。
イノセスメモ:
仙台蓮華中…宮城のファランクス強豪校。強豪校のはずだが、同じ強豪の桜城には押されている。やはり、東京は強いのか、はたまた…。