54話~あれよね。あの法則…~
ご覧いただき、ありがとうございます。
日常回です。
「本当か?」
…日常回が、主です。
青信号の点灯と同時に、蔵人はスターティングブロックを思いっきり蹴り出した。
いいスタートだ。
そう思ったのは、全身に風を感じるからか。それとも、左右のレーンに誰もいなかったからか。
蔵人は、女子達9人を置き去りに、コースの先端を走っていた。
「うそっ!」
「男子に抜かれた!?」
後ろで驚愕の声が聞こえる。
「すごいすごい!」
「頑張ってー!!」
横からも、黄色い声が打ち寄せてきた。
見ると、いつの間にかコースの外側に、幾人…いや、数十人の人垣が出来上がっていた。
勿論、全て女子。
人気アイドルグループのコンサートかっ!って思ってしまう光景だ。
うん、これはちょっと…怖いな。
蔵人がそんな余計な事を考えている時だった。
「あっ、後ろ!」
応援席からの声と同時、蔵人の横を過ぎ去る影。
真っ先にレーンに入って来た娘が、蔵人を抜かした。
キーンっ!と飛行機みたいに腕を開いて、そのから風を吹き出して加速しているみたいだ。
何時ぞやの、宿泊学習での競争を思い出させる走り方。いや、それよりも的確な風の使い方だ。自分の事だけを押し上げて、周囲に無駄な風をまき散らさない。効率的で、洗練された技術力だ。
流石は特区の異能力者。
蔵人は楽しくなった。
1年生、つまりは12歳程度の子供ですら、これほど異能力を使いこなす。それが特区。
面白い。
蔵人の心に火が灯り、腕を、足を、めいいっぱい振り上げて走る。目の前の彼女に追いつかんと、走る。
だが、やはり異能力無しでは追い付けず、ゴールまでにもう一人に抜かされて、蔵人はゴールした。
結局3位か。
蔵人は、1位で駆け抜けたエアロキネシスの娘を探すため、首を長くした。
だが、見えなかった。
一瞬で観客達が蔵人に殺到し、人の壁を形成してしまったから。
「君凄いね!女子に勝っちゃったよ!」
「ちょーカッコ良かったよ!ね、ね!陸上やってたの?」
「名前教えて〜♡」
「何処の小学校?」
「何組の子?1年生だよね?」
四方八方から質問らしき黄色い声が降りかかる。
ただ、誰も蔵人の間合いに入ろうとしない。
ここでも桜城の裏ルールが蔵人を守る。法的拘束力もないマナーレベルのルールであるにも関わらず、彼女達は律儀にそれを守り通す。
有難い。
有難いのだが、如何せん、動けない。
360°を囲む女子達の壁に、蔵人を視線を迷わす。
いっそ、盾で飛んでしまうか?それともシールド・ファランクスで…。
蔵人が迷っていると、人垣が割れた。そこから先生が現れて、女子達を追い払うように手であっち行けと示す。
「こらっ!早く測定に戻りなさい!減点しますよ!」
減点と言われても、女子達はその場から動かない。
そんなに男が珍しいのだろうか。本当に自分が、パンダにでもなった気分の蔵人だった。
先生が蔵人に向き直る。
「あなた、凄いわね!6.8秒よ!今のタイム。異能力無しの男子の部だったら、入賞間違いなしね!」
6.8秒。なかなかいいタイムではなかろうか。確か中学生の男子平均タイムは8秒前後であるから、速い部類だろう。
まぁ、史実の中学生男子での基準なのだが。
蔵人が自身の成長に概ね満足していると、先生の後ろから女子が一人、蔵人に近付いてきた。エアロキネシスの子だ。
「ごめんなさい。つい本気で走っちゃって。私、初等部でも陸上部で、まさか男子に抜かれると思ってなくて…」
申し訳ないオーラ全開で来たその娘は、今にも泣きそうな顔だ。
素晴らしい走りをしたのに、勿体ない。
「凄く綺麗な走り方でしたよ。釣られて走ったんで、僕もいいタイムが出ました」
蔵人がお礼を言うと、エアロの娘は凄く驚いた顔をした。
何故驚くのか。ここは笑顔になって欲しかったのだが。
蔵人は少し考え、もしかしたら感謝の意が伝わっていないのかもしれないと思い、手を出した。
「ありがとうございました。また、走りましょう」
蔵人が差し出した手を、凝視するエアロの娘。
なんだい?俺の手は汚くないよ?
蔵人が手を引っ込めようかと思った時、ようやくエアロの娘が握手に応じた。
怖々と、まるでガラス細工を手に取るような優しい手つきで、蔵人の手に両手を重ねるエアロの娘。そこでようやく笑顔が見えた。
良かった。
蔵人がそう思うよりも先に、
「あーっ!!手、手ぇ握ってる!」
「ちょっと!カナエさん!それは反則じゃありませんの!」
「謎のイケメンとっ!あたしも…!」
周りの女子達の大ブーイングが蔵人を飲み込んだ。
なんだなんだ?何が起きてる?
手か?握手しただけでこんなにうるさいのか?まるで小学生アイドルと握手した時の様だな。
蔵人は底知れぬ特区の実情に、眉をひそめた。
女子達が混乱している隙に、蔵人は何とか人垣を抜け出す事に成功した。
話の矛先がエアロの娘に向いていたので、気配を薄くして抜け出す事くらいは出来たが、少々疲れた。
それでも、蔵人は体力測定を続ける。
目立たない様にこっそりと、フィールドの端で出来る種目を選んで測定している。
握力、長座体前屈、上体起こし、反復横跳び。
50m走程のいい結果は出ず、どれも平均よりも少し良いくらいのである。
まぁ、こんなものだ。本格的な筋トレは最近し始めたのだから、まだ慌てるような時間じゃないだろう。
ここら辺は人も少なく、近くにいた娘にこっそり測って貰った。先程の娘達みたいに騒ぎ立てない静かな娘だったので、大変助かった。
「あら?お礼を言ってくれるなら、演劇部に入らない?」
…静かな娘では無かった。計算高い娘だったようだ。
蔵人はファランクス部があるからと断り、次の種目に向かう。
次はシャトルラン…にしようと思ったが、諦めた。
なにせ、めっちゃ人が居る。わんさかおる。こいつは無理ですわ。
蔵人はシャトルランの記録を諦め(どうせ部活で走りまくってるから、それなりの実力は分かっている)最後の種目に赴く。
それは、ソフトボール投げ。
そちらもそれなりの人数がたむろっていたが、のほほんとした雰囲気が醸し出されているので何とかなるだろうという判断…。
と言うより、何とかなってほしいという願望である。
競技会場の近くまで行くと、見知った人を見かけたので手を振ってみた。
向こうもこちらに気づき、若干驚いた表情をしながら、お友達と一緒にこちらに歩いてきた。
「あら、蔵人ちゃん。どうしたの?男子は体力測定を受けない子ばかりなのに」
「どうも鶴海さん。今の自分の限界を知りたくて、ちょっと受けてみました」
鶴海さんが目をパチクリさせながら聞いてきたので、蔵人は大雑把な説明をした。
「そうなの。でもここ5組と6組の会場よ?男子だから会場とか関係ないとは思うけど…」
そうだったのか。道理で顔見知りが一人もいない訳だ。
あのポンコツポーターめ。察するに、一番近い会場に送ったのだろう。
蔵人がそんな事を考えていると、鶴海さんと一緒に来たお友達らしき2人の娘達が、鶴海さんの肩を軽く揺らす。
「ちょっとちょっと!ミドリン!どうなってんのよ!?」
「この子、他のクラスでしょ!?しかもCランク」
「なんでこんな親しげに会話してるのよ!もしかしてミドリンの婚約者!?」
「寧ろ、あんたの姉弟?なら紹介してよ!」
コソコソ話しているつもりなのだろうけど、興奮し過ぎて筒抜けだ。パラボラを使うまでもない。
次第に揺らされる力が強くなり、肩をグワングワン揺らされている鶴海さん。頭を揺らされ、顔色が徐々に悪くなっている中でも、2人を制止させようとする。
「2人とも落ち着いて。この子は部活仲間よ」
「嘘よ!あんた初等部の頃からバリバリの異能力部女だったじゃないの!」
「異能力部に男はいな…あっ、マネか!」
「あんたマネージャーに手を出したの!?羨ましぃいい!」
制止させようとした言葉で、更にヒートアップしてしまうお友達2人。
このままでは鶴海さんの頭が取れてしまう。
蔵人はサッと鶴海さんの体を奪い取り、手元に引き寄せた。
「お2人とも、そこまでにして下さい」
蔵人が有無を言わさずにそう言うと、2人は目を見開いて固まる。
うん。そのままでいてくれよ。
「鶴海さん。大丈夫ですか?」
蔵人は、鶴海さんの両肩に手を置きながら、彼女の顔を覗き込む。
少し顔が青かった鶴海さんは、少しすると顔色が戻り、通り越して赤くなった。
「だっ、大丈夫よ!もう大丈夫。ありがと…」
急いで蔵人の腕の中から飛び立つ鶴海さん。
赤面されるほどに俺を意識してくれた?いや、それは自惚れだ。大方、体力測定で頑張り過ぎていたので、汗臭かったのだろう。申し訳ない。
蔵人は、鶴海さんが急いで離れた理由に思い至り、反省した。
その後ろで、お友達2人が不穏なやり取りをしている。
「私も異能力部入ろっかな…」
「無理よ。もうバレー部入ったでしょ?私たち」
「兼部したら…」
「死ぬ気?バレー部の練習だけでいっぱいいっぱいでしょ?」
ファランクス部に入ってくれるのは嬉しいのだが、何か良からぬ色の視線を感じるぞ?
それを払しょくするかの如く、両手を広げる鶴海さん。
「さぁ、蔵人ちゃん!ハンドボールの測定に来たんでしょ?早速始めましょ」
鶴海さんがテンションを上げて、後ろの2人から引き離そうとしている。
普段目に出来ない珍しい鶴海さんを、網膜に焼き付けておこう。
蔵人は、そんな変態チックな考えを内包しながら頷き、測定用の円に入る。
ハンドボールは2号玉。ギリ片手で掴めるくらいの大きさだ。前方に思いっきり投げて、どれだけ飛距離を稼げたかで点数が決まってくる。
蔵人は前を向き、構える。
風は微風。視界は良好。調子は絶頂。
周りの喧騒も徐々に遠くへ感じ始め、蔵人は集中する。
投擲のタイミングは………今!
「ぅりゃあ!」
肩の関節を最大限に活用して、思いっきりボールを投げ飛ばす。
バシンッ!
強力な一撃が、放たれた。
「「おおぉう」」
ギャラリーから歓声が漏れる。
やった。
蔵人はガッツポーズを両手に作り、
「1回目の記録、50…」
そのまま地面を叩く。
「50cmよ…」
やってしまった!
「剣術と投擲はダメなんです!俺!」
蔵人のボールは、物凄い勢いで蔵人の足元に叩きつけられていた。
記録は50cm。
何m飛ぶかを測定するテストで、cmの記録。
間違いなく最低点数だ。いや、点数付くのか?これ。
「可愛い…」
「全力投球からのぺしっ!」
「ギャップ萌え…」
えぇい、やかましい!
蔵人はギャラリーの漏らす声を聴きながら、何とか立ち上がる。
「く、蔵人ちゃん、もうちょっと肩の力を抜いてみたら?2投目行く前に練習する?」
「いえ、鶴海さん。それは出来ません」
測定を開始したら、連続して投球しないといけない。ルールを曲げて測定しては、それはズルだ。
代わりに、
「鶴海さん、投球のフォームって、確か決まっていませんよね?」
「えっ、ええ。なるべく下投げとかは止めてねってなっているけど、それもルール違反ではないわ」
「ありがとうございます。では、2投目に行きます」
蔵人はそう言うと、ハンドボールを軽く上に放り投げる。
その段階で、「あっ」とか「今度は上」とかギャラリーが心配するが、気にしない。
蔵人は、落ちてくるボールをロックオンしながら、構える。
両足は、肩幅より広く。腰を落とし、右腕を大きく引く。
そして、蔵人の目前まで落ちて来たボールを、思い切り、
殴った。
腰を捻って繰り出された拳は、グルんと1回転が加わっていた。
腕の可動域を最大限まで酷使されての一撃。それが、ボールにも伝わる。
殴られたハンドボールは縦回転を加えられて、前に飛んでいく。
まるでライフル弾の様に真っすぐに飛ぶボール。
だが、ボールはボールだ。弾丸と質量が違うので、やがて縦回転は弱まり、風の抵抗を受けて地面に落ちた。
記録は、
「2投目、32mよ」
32mか。どうなんだろう?
蔵人がイマイチな反応をしていると、鶴海さんが親指をグッと上げてくれる。
点数はとても良いらしい。
良かった。
ギャラリーがザワめく。
「今のって、ルール的に良いのかな?」
「良いに決まってるでしょ!?男の子が頑張ってやった事よ?」
「すっごくカッコよかったわ!可愛くてカッコ良くて、もう最高!」
…何か、贔屓されている気がするな。
もしかしたら、これもルール違反なのかもしれない。
だが、既に先生が満面の笑みで記録をしてしまっているみたいなので、良しとしよう。
蔵人は都合よく、雰囲気に流されることにした。
もう、投擲はしたくなかったからね。
のほほんとした雰囲気が流れていたソフトボール会場。
だが、蔵人が投げ終わって周りを見ると、興奮した女子生徒達の群れがスクラムを形成し始めていた。
そのままでは取り囲まれて積んでしまう。
50m走の二の舞いだ。
そう判断した蔵人は、鶴海さんの手を取ってその場から離脱した。
何故、鶴海さんと一緒に逃げたか?それは…。
「蔵人ちゃん。ここまで来たら、もう大丈夫そうよ?」
走ったことで顔を赤らめた鶴海さんの報告で、蔵人も後ろを振り返って一息つく。
全く、特区の女性達は難解過ぎる。こんな男の何処が良いのだろうか?
何度目になるか分からない自問に、蔵人はかぶりを振る。すると、鶴海さんが心配そうに蔵人の顔を覗き込む。
「大丈夫?蔵人ちゃん。頭が痛いの?保健室に行く?」
まるでお母さんだな。
蔵人は、鶴海さんの母性に溺れそうになり、小さく首を振ってその感情を離散させる。
「いえ。大丈夫ですよ、鶴海さん。それよりも、お聞きしたいことがあるのですが…」
「聞きたい事?」
「はい」
蔵人が鶴海さんを連れて来た理由。それは、この不可解な難問にメスを入れてもらう事。
理由も分からずに女性達に追い回されることに、そろそろ危機感が麻痺し始めていた蔵人は、それこそ危険だと思って、この強硬策に出た。
蔵人は、真っすぐに鶴海さんを見る。
「鶴海さん、教えて下さい。何故これ程までに、女子生徒の皆さんは僕を求めるのでしょう。Cランクだからと言われても、理解し難いのです。ランクが高い方が強くて守ってくれる、とか。いずれは高収入になるから、とかでしたら分かるのです。でも、それって有能な異能力を持つ女性に言えることですよね?男性の高ランクが、そんなことを求められているとは思えず、他に何を求められているのかと…」
頭がよく、知識も豊富な鶴海さんであれば、この理由も分かるのではないかと踏んだ蔵人。
その目論見は、多分合っていたのだろう。
鶴海さんの表情が、徐々に変わっていく。
でも、何故か赤面しだす。
…何故だ?
「えっと、それは、あれよね。あの法則…」
あの法則?
なんだ?なんで女性が高ランクを求める理由に、何かの法則が絡んでいるんだ?
「く、蔵人ちゃんも、ほら、習ったでしょ?小学生の頃に、あれよ、あれ…」
緊張した面持ちで鶴海さんの答えを待つ蔵人。その目線の先で、変わらず赤面して言葉を濁す鶴海さん。
いや、小学校の頃にそんな法則を習った覚えがないのだが?
蔵人は、小学校の頃の授業を、算数や理科で習った定理を思い出しながら、首を捻る。
「う~ん…習った…、あれですかね。アーガスの法則?」
何も思いつかなかった蔵人は、幼稚園生の頃に読んだ論文を思い出して答える。
アーガスの法則とは、ランクによって魔力の完全回復までの時間が違う、と言った内容の法則だ。
しかし、鶴海さんは首を振って、赤面したまま蔵人を見上げる。
こ、これは、ヤヴァイ破壊力だ。
「有名な化学者が提唱したでしょ?1928年に、あの、ラザフォード博士が見つけた、あの法則」
………。
ラザフォード、博士。
その名前を聞いた瞬間、高揚していた蔵人の感情は静かに熱を失う。同時に、自然と目が鋭くなる。
蔵人の知識の中で、ラザフォードの家名を持つ化学者は2人いる。
1人は、ダニエル・ラザフォード。
化学者であり、植物学者でもあった彼は、窒素を発見したことで有名だ。
だが、時代が違う。彼が生きたのは18世紀であり、鶴海さんが思い描く人物とはとても思えない。
とは言え、もう1人の化学者であるはずもない。彼が発見したものが、女性の好意に関わるとは到底思えないからだ。
彼の名前はアーネスト・ラザフォード。化学者であり物理学者であった彼は、人々からこう呼ばれていた。
原子物理学の父と。
「鶴海さん。変なことを、聞いているのは分かっているんですけど…」
乾ききった喉の奥から、かすれた声を出す蔵人。
「原子力という言葉を、聞いたことはありますか?」
この世界は異能力の世界だ。兵器も発電も異能力で賄えるので、原子力爆弾も原子力発電所も無い。
異能力という莫大なエネルギーがあるのだから、必要もない。だから、研究自体がされなかった分野だと、そう思っていた。
だが、もしもそれが違っていたとしたら…。
「原子…りょく?それは、何かのエネルギーなのかしら?」
蔵人の様子が変わったことに、鶴海さんは顔を強張らせる。それでも、彼女は何らかの答えを出そうと、真剣に答えてくれた。
そんな彼女の様子を見るに、やはり原子力は公表されていないようだ。
であれば、鶴海さんの言うラザフォードというのは、別のラザフォードさんの可能性が高い。それに、彼が原子核を見つけたのは1911年だ。年号も違う。
そう思う蔵人であったが、胸のざわめきが一向に引こうとしない。
原子爆弾。それは、とある世界を破壊しつくしたバグの一種。史実でも、いつ世界の崩壊へと繋がるか分からない、恐ろしいバグの一つ。
もしも、この世界にも似たような物があるのなら、それはバグである可能性が非常に高い。
「鶴海さん。原子力その物をご存じじゃなくてもいいのです。似た言葉、例えば原子爆弾、原爆、核爆弾、もしくは世界を破壊しうる程の威力を持つ兵器とか」
「ごめんなさい、蔵人ちゃん」
まくし立てるような蔵人の熱量に、鶴海さんが悲しそうな顔をして首を振る。
「私には貴方が言っていることが、良く分からないわ…」
しまった。
蔵人は急いで頭を下げる。
「すみません。熱くなり過ぎました。忘れて下さい、今の問い」
「いいのよ。頭を上げてちょうだい」
蔵人が恐る恐る顔を上げると、そこにはいつもの優しそうな笑顔を携えた鶴海さんが居た。
「いつも冷静な蔵人ちゃんが熱心になるんですもの。それだけ貴方にとって大事な物なんでしょ?その、原子力って。だったら、私も少し調べてみるわ」
「ありがとうございます」
蔵人が軽く礼をすると、鶴海さんはクルリと振り返り、会場へと戻っていった。
蔵人は、彼女の背中を見つめながら、ため息を一つ。
「熱くなるのは良い、でも焦るな。この世界にはまだ、時間が残されている筈だ」
まさかこんな所で、史実世界のバグが出てくるとは思いませんでした。
本当に、この世界のバグとは何なのでしょうね?
そして、女性に追われる理由を聞きそびれる主人公…。
「相変わらず、抜けているな」
……否定できません。