53話~あいつらは俺をハメたのか?~
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今日も蔵人は遊覧飛行の末、かなり早めに学校へと到着した。
最近は、検問も道中もスムーズに登校出来るようになったので、時間的余裕が十二分にある。
早く着けばそれだけ、異能力の訓練でもしようかと思っていたのだが、校門から教室までは結構時間が掛かってしまった。
それは、校門を潜ってから会う女子達は、殆ど漏れなく蔵人に挨拶をしてくるからだ。中には、わざわざ近くまで駆け寄って来て挨拶する娘もいた。流石に、蔵人との接触までしようとする娘は1人もいなかったけれど。
以前に安綱先輩が教えてくれた通り、男子に対して一定の距離を保つ事が、学園内の暗黙のルールになっているのは本当の様だ。これのお陰で、蔵人と接触する人間は男子と、蔵人の隣席である若葉さん達だけである。
このルールが無かったら、校内はかなり荒れていただろう。もしかしたら、そんな過去があったが故に、この暗黙のルールが出来たのかもしれない。そう思うと、先人達の苦労に感謝せねばならない。
そんな考えに浸っていたからであろう。うわの空であった蔵人に、天罰が下される。
蔵人が意識を半分埋没させながらクラスの扉を開くと、そこには白や桃色の下着姿の少女達が居た。
うん?…えっ?はぁあ!?
蔵人は一瞬、意識が凍り付いたが、紛れもなく彼女達はお着換え中のご様子。
心臓まで凍り付きそうなったが、意地と根性で何とか再起動させて、急いで扉を閉める。
「はぁ、はぁ、くそっ!何だ、何が起きて…」
息も絶え絶えに、悪態を着く蔵人。
まさか教室を間違えたのかと見上げても、そこには当然1-8と金文字で書かれた議員事務所のような看板がしっかりと存在感を示している。
では何故、彼女達はここで着替えていたのだろうか。
普段、体育等でジャージに着替える際は、各体育棟の中にある専用の更衣室で着替えることになっている。教室で着替えることはなかった筈だ。
そこで蔵人は思い至る。先日の嫌な視線の事を。
「まさか、あいつらは俺をハメたのか?」
報復。蔵人を独占する若葉さん達への嫌がらせ。
彼女達に直接手を出すのではなく、仲間である蔵人を陥れる方が簡単と思っての行為ではないだろうか。
どのような意図であれ、そうであれば効果的だ。女性の下着姿を”盗み見た”となれば、軽犯罪法違反。窃視罪だか何だかに触れるだろう。
捕まりまではしないだろうが、彼女達が蔵人を陥れようとするなら、揉め事になるまでややこしく騒ぎ立てたりするだろう。厄介な事になった。
蔵人が苦虫をすり潰していると、クラスの扉が少しだけ開いた。
見ると、衣服を着崩した状態の女子生徒が数人、扉から顔を出してこちらを見ている。彼女達の瞳には、もれなく涙が付随している。
彼女達のその表情は、純粋な恐怖。ハメるだとかの邪魔な感情は一切見られず、男子にあられもない姿を晒した事への純粋な恐怖心。
…何を考えているのだ、俺は。
蔵人は己の邪推を恥じる。それと同時に、罪悪感が押し寄せて来た。
蔵人は背筋を伸ばし、彼女達に向き直る。
腰を直角90°に折り、最大限の謝意を示し、許されるまで謝り続ける。
つもりだった。
「皆さん、この度は取り返しのつか」
「「「ごめんなさい!!」」」
しかし、蔵人の言葉は途中で掻き消され、代わりに響いたのは、彼女達の謝罪だった。
なぜ?
何故、下着姿を見られた女子側が謝るのだ?
蔵人が呆気にとられていると、女子達が顔を上げる。
「ごめんなさい、巻島君。まさかこんなに早く男の子が登校するなんて思ってなくて」
「嫌だったよね。わざとじゃないの。ホントだよ?ちょっと更衣室までが遠いからって、教室で着替えちゃってもいいかなって、私達…」
「今日、朝から体力測定でしょ?それで…」
三者三様に弁明をまくし立てる女子達。その顔には、先ほどまでと同じ恐怖の色が色濃く浮かんでいる。だが、この恐怖は男子に見られたことに対するものではなかった。男子に見せた事への恐怖…。
ああ、これはアレだ。またあの、特区特有のカルチャーショックだ。
蔵人は無理やりにでも内心で納得し、彼女達に硬い笑顔を向ける。
「謝罪なんてとんでもない。僕は大丈夫ですよ。寧ろ、下着姿を一瞬でも目にしてしまい、申し訳ありませんでした」
蔵人が笑顔を向けると、幾分か表情を和らげる彼女達。だが、未だに納得していない様子だ。
「ほ、本当に大丈夫なの?」
「私達の下着なんて見て、気分悪くない?」
何を言っているのだろうか、この娘達は。
蔵人は内心で呆れながら、首を振る。
「とんでもない。あのような可愛らしい下着姿を見て、誰が気分を害しましょうか」
通報されそうな発言だが、致し方ない。彼女達は本気で、自分達を卑下しているのだから。
蔵人がその様にフォローなのか分からない言葉を吐くと、彼女達は固まった。
それはもう、カッチコッチに、メデューサにでも睨まれたかのように。
あれ?今回の俺の目は、魔眼じゃないよな?
大天使様が、”わざわざ作り上げてくれた”この体。変なところで特別製じゃないよなと、蔵人は訝しむ。
「かっ、かわ…」
「お、男の子、に…可愛いって…」
小さく何か呟くだけの女子達は、それから一向に動く気配も無い。
仕方ないので、蔵人は別の入口からクラスに入
…もう、着替えている娘はいないな。ヨシっ!
ちゃんと指差呼称をしてからクラスに入り、自分の席に座る。そして、
「おはよう、若葉さん。早速で悪いが教えてくれないか。俺は先ほど、女子達の下着姿を見てしまった訳なんだが、何故俺が謝られる事態になるのだろうか?」
挨拶も早々に、蔵人は若葉さんに質問を投げつけた。
若葉さんは最初、頭の上に?を付けていたが、直ぐに納得した表情を作る。
「そりゃ、だって、男の子に下着なんて見せたら、セクハラになるでしょ?」
なるのか?
至極当然の様に言い放つ若葉さんだが、蔵人はやはり首を傾げる。
先程の女子生徒達がチラリと言っていたように、今日は体力測定の日だ。丸一日かけて様々な運動能力を計測する。
蔵人達男子は、体操着に着替えて第二体育館へと赴いた。どうも、女子とは別で測定するみたいで、周りに見えるのは他クラスの男子達だけだ。すぐ近くに慶太もいるし、向こうの方には頼人も見える。今日は護衛を着けて居ない。周りが男子ばかりだからだろう。
蔵人の周りで、クラスメイトの男子達がソワソワしている。
「どうしよう。僕、昨日食べ過ぎちゃった。お父さんが焼肉行こうって言うから、つい…」
「トモ(佐藤君の事)はダイジョブだべ。俺なんて最近運動してないから、マジでヤベェわ」
「タッちゃん(鈴木君の事)は背があるからいいじゃん。僕なんてチビだから…」
「まだ中一だから伸びるんよ。母ちゃんが言ってたわ。男は中学が1番伸びるって」
「でも、このまま伸びなかったらどうしよう。女子に可愛がられちゃうよ」
佐藤君と鈴木君の会話が聞こえる。
女子に可愛がられる事に抵抗を覚える佐藤君。
確かに、女子に可愛いと言われると、何処か寂しい気持ちになるよな。男として見られない悲しさなのか。
蔵人がうんうんと頷くと、隣の鈴木君も「だな」と肯定の意思を示す。
「女子って、可愛い男子が好きな子も多いんよな。お姉さん系とか、めっちゃ寄ってきそう」
「うぇええ…」
鈴木君の重々しい言葉に、佐藤君が顔を青くする。
あれ?何か俺の思っている事と違うな。
蔵人はつい、2人の会話に口を挟んだ。
「そんなに不味いのかい?」
「そりゃそうっしょ?だって怖いじゃん」
「よりにもよって、年上の女性だし…」
何を今更みたいな顔で聞き返してくる鈴木君と、肩を落とす佐藤君。
年上の女性が怖いのか。
やはり、特区の男子の感覚が違いすぎる。
蔵人が一人苦悩している横で、鈴木君が佐藤君の肩に手を乗せる。
「まっ、そうなりゃ女装すればええんよ」
「それしかないよね…」
女装しろと友達に平気で言う鈴木と、それを当然の事の様に受け取る佐藤君。
誰か助けてくれ。処理しきれん情報が、次々と雪崩れ込んでくる。
蔵人は、特区の特異性に悶絶した。
身体測定はすんなりと終わった。
元々男子の数は少なく、1学年だけで50人強しか居ない。それなのに、測定機器は5セットもあるので、1時間程度で終わってしまった。
現在は午前10時前。
ここから体力測定に移るものだと思っていた蔵人は、保健医の男性が「教室に戻って自習するように」と指示を出したのを聞いて、声をあげてしまった。
「えっ?体力測定は?」
「あれは希望者だけです。君は希望するのかな?」
ほぉ。特区ともなると、運動能力は問われないのか。
蔵人は、小学校の時とも違う方針に驚きながら、男性医師に頷く。
現在の身体能力を測定しておくのは、部活動にも役立つだろうからね。
そう思ったのだが、周りの反応は違った。
佐藤君と鈴木君が慌てた様子で駆け寄って来た。
「マジで!?体力測定やるん?」
「やめた方がいいよ蔵人君!測定は凄くキツイんだよ?」
「男子はやらんでも成績関係ないらしいから、無理してやらんでいいべ」
「断ろうよ」
めっちゃ心配してくれる2人。
向こうから吉留君と渡辺君も来てくれた。
佐藤君達と同じように、深刻な顔で首を振っている。
これが特区の常識か。男子は無理する必要が無いと。
だが、教室に籠って自習なぞ、家でも出来ることだ。折角の公式記録が取れるチャンス。逃す手はない。
「まぁ、適当に受けてくるよ」
蔵人はそう言うと、保健医の元まで行く。そこには、既にテレポーターの男性スタッフが待機していたので、彼に連れられて屋外のフィールドへと向かうのだった。
蔵人が居なくなった体育館では、
「どうしよう。蔵人君、きっと知らないんだよ。体力測定が女子達と一緒って事」
「どうすんべ?俺達も行くか?」
「無理無理!殺されちゃうよ!」
「さすがに殺されはしないべ。でもまぁ、女子に触られたりはするかもな。どさくさに紛れて」
「ヒィいい!」
あたふたする佐藤君達が取り残されていた。
テレポートされた蔵人は、第一競技場という名の設備に来ていた。広大な芝生のフィールドの周りにトラックが設置された、陸上競技場のような設備だ。
改めて思うが、金掛かってんなぁ。
テレポーターの男性は蔵人を送ると、逃げるようにまたテレポートして何処かに行ってしまったので、仕方なく近くの女性教員に話しかける蔵人。
「すみません。体力測定に来たんですけど」
「なんだっ!今50メートルの測定中で…って、あれ、君…男子だよね?測定しに来たのかな?」
先生は最初、イラッとした声を出したが、蔵人が男子と分かってからは猫なで声で話しかけてきた。
電話に出るお母さん並にビックリな切り替わり様だ。
蔵人は頭を下げる。
「お忙しい所、すみませんでした。他の方に当たってみます」
「いいのいいの!コイツらの測定なんて放っておいて」
そう言う先生の後ろを、50m走を走りきった女子生徒達が駆け抜ける。そして、先生が測定をしていなかった事を知って、膝から崩れ落ちた。
ごめん。悪いことをした。
そう思う蔵人だったが、先生はそんな事構わないと、蔵人の背中を押してフィールドの端まで連れていく。
「ささ。ここに入ってね」
先生が促した場所は、50m走のスタート地点。
種目は良いのだが、如何せん、順番待ちの子達を押し退けて入れようとするので、さすがの蔵人も抵抗した。
「先生。順番は守りますんで、僕は最後尾に並びますよ」
そう言ったのだが、後ろからそれを否定する声で遮られる。
「いいのいいの!前に入っちゃって!」
「私たち、君の後で良いから!」
次の走者達が、一斉に順番を譲ろうとしている。見ると、その後ろの娘達も、笑顔で頷いている娘ばかりだ。
なにこの接待プレイ。逆に怖いんですけど。
「いいんですか?お先に頂いちゃっても」
「いいですいいです!スバビュンと走っちゃって下さい!」
興奮してるのか、顔を赤くして言動がオカシな女子生徒。お目目がぐるぐるしている。
後ろの女子生徒達が呟いている。
「男子が来るなんて、超ラッキー!」
「班員じゃない男の子と会話出来るなんて、夢にも思いませんでしたわ!」
「この子、結構可愛くない?」
「いや、可愛い系と言うより、ワイルド系じゃない?眉毛と目がキリリとしてカッコいい…」
「何処のクラスの子だろう?」
「わたくし達、6組のクラスではございませんわね」
「Cランクみたいだね」
途中参加の割に、女子達からは好意的に受け止められている模様。ちなみに、蔵人の体操着には青色のラインが引かれている。これで蔵人がCランクである事が分かる。これも、ネクタイ同様に桜城の裏ルールだ。裏ルールで体操着のデザインを変えられるのは、流石はお嬢様校。
余談だが、こういう制服や体操着などは、最初の2枚は無料で支給される。そして、男子生徒で金銭的に厳しいご家庭は、申請したら2枚以上でも無料で配布されるらしい。
体操服だけでない。学業で必要な教材や道具は勿論、そのご家庭の経済事情によっては、学費ですら免除されることもあるのだとか。
Cランク以上の男子というだけで、それだけの優遇処置が取られている。それは、この学校がそれだけ高ランク男子を欲しているという事であり、男子を揃えることで、高ランク女子生徒も入学しやすくなるのだろう。
悪く言えば、男子は動物園のパンダという事だ。客寄せパンダ。故に、このように特別待遇をしてくれる。
先を譲ってくれる娘達を傍目に、蔵人は思案しながらスタート位置に着いた。
だが、他の娘達は一向にスタート地点に立とうとしない。
今、蔵人が立っているのはトラックのスタート位置。ここには10レーンあって、蔵人はちょうど真ん中辺り。残り9レーンが空いたままだ。
「準備はいいですか?靴紐はちゃんと結んであるかな?先生が結び直してあげようか?」
先生がレーン外から甘い事を言っている。
そんな事ばかり言うから、特区の男子は軟弱になるのだというのに…。
先生の発言はスルーして、蔵人は先生に問う。
「僕1人ですか?他の子は走らないのでしょうか?」
「えっ!?いや…」
先生が驚いた顔のまま固まってしまった。
何か不味い言動があったのだろうか?それとも、また特区特有の文化ですかい?困ったものだ。
蔵人が小さくため息をついていると、隣に人の気配を感じた。
見ると、先程お目目をグルグル回していた娘が、隣のレーンに並んでいた。
「ご、ごめんね。私も一緒に走っていいのかな?って思っちゃって…あは、あはは…」
「えっ?ええ…勿論。歓迎しますよ」
「ホントにっ!?」
笑顔で迎える蔵人。相手の女の子もニッコリだ。
そして、2人の会話に釣られるように、後ろでこちらの様子を伺っていた女子生徒達が集まり出し…。直ぐに10レーン全てが埋まってしまった。
そうそう。これで良いんだよ。
「やった!男の子と走れる!」
「本気出して怪我させるなよ!」
「異能力での妨害禁止ね!」
「ええ〜…ブースト有利じゃん…」
男子と走るだけでも、テンション上げ上げな娘達。
それに、この体力測定は異能力の使用も認められているみたいだ。
とは言え、蔵人は使う気は無かった。
己の肉体のみでどこまで出来るかを測る。それが今日、試したい事だ。
先生が何か言いたげにこちらをチラチラ見てきたが、蔵人が平然としているのを見て、諦めるような表情になりながら、手元の機械を操作する。信号機のような機械がこちらを向き、そいつの赤いランプが蔵人達を睨む。
「はい、みんな位置について。巻島君、スターティングブロック…えっと、足元にある機器に足を乗せてね。分からなかったら先生が…あっ、分かるのね。残念…」
過保護な先生は放っておいて、蔵人は素早く準備を済ませ、顔を上げてコースを睨みつける。
「位置について!」
先生の声で、3つ点いていた赤ランプが、徐々に減っていき…青くなる。
瞬間、蔵人達10人は走り出した。
「転生には色々とやり方がある。一から体を創る創生、新鮮な死体に魂を宿す入魂、そして、元の魂と新たな魂を同じ体に宿す共存」
どうしたんですか?急に。
「なに、ただの戯れだ。諸君らは気にせず、続きを御覧じよ」
そうですか。それでいうなら、今回の主人公は創生だったのですね。