51話~桜城について聞かせてくれ~
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ここ数話は、日常回寄りのお話が続きます。
「本当だろうな?」
…ちょっと、シリアスな瞬間も含みます。
結局、優火達は102ステージで撤退した。
当初掲げた100ステージをクリアし、101ステージのジェネラル級がスカウト型だったので、何とか辛勝した2人。しかし、勝利したはいいが、蔵人の魔力が尽きかけようとしていた。彼は優火がジェネラル級に集中できるようにと、他のアグレス達を一手に担ってくれており、優火よりも多くの魔力を使ってしまっていたのだ。
だが、それも仕方あるまい。その時の優火でさえ、魔力残量は心もとなかったのだから。寧ろ、彼に対しては、101ステージまでよくぞ魔力が尽きなかったと驚愕しているくらいだ。
優火は、振り返る度に数多の盾が空を舞っているのを見て、これはステージ90に行く前に尽きるな、と思っていたくらいだったから。
とても、Cランクの魔力量とは思えない。単純に計算すれば、恐らくBランクの上位にも届く程であろう。
勿論、彼がCランクであることは入学時の測定で分かっている。なので、彼がそれだけの練度を有していることになる。魔力消費量90%カット。恐らくそれくらいの実力を持っているのだ。
出来ることなら、彼には何とか魔力回復をしてもらい、102ステージ以降にも参戦してほしいと優火は思っていた。
だが、異能力を十分に使えない状態で、ステージ内を逃げ回れなどとは、口が裂けても言えない。蔵人は下級生の、それも男の子だ。根が優しく、戦闘を好まない男子を半強制的に引っ張ってきている中で、更に恐怖心を植え付けてしまうかもしれない選択を取れるはずもない。
そう判断した優火は、リタイヤボタンを渋々押したのだった。
「すみません、安綱先輩。私がもう少し魔力消費を意識して立ち回っていたら、まだ行けていたでしょうに」
蔵人が、向かい側の席で謝ってきた。
今、優火達は施設内のレストランで遅い昼食を摂っていた。
優火の前にはホットケーキとサラダ。蔵人の前にはぶ厚いチキンステーキと白魚のムニエルが並んでいる。
蔵人は結構食べる子らしい。
良い事だ。
優火は少し笑って首を振り、蔵人の謝罪に答える。
「いいや、十分だ。あれだけ動ける中学生は、そういないだろう」
優火は十分と称したが、本当なら大声で十分過ぎると褒めちぎりたい気分だった。
なんせ、優火自身の最高記録は122ステージであり、それは同じAランクの大学生と共に挑戦した時だ。同い年の子との記録は、確か104ステージ。それもBランクの子2人との3人チームでだ。Cランク1人と組んだのはこれが初めてだが、蔵人以外の子では、恐らくシングルの最高記録である85ステージが関の山だろう。ましてや、それが1年生なら、足手まといとなってそこまで辿り着けない可能性の方が高い。
それは、蔵人の異能力が優れているからだけでは無い。多分、戦闘センスも良いのだ。
入試試験の時も思ったが、蔵人は初めてのアグレスとの戦闘だというのに、全く動じている様子がなかった。
初めてであり、尚且つ自分よりも大きく奇怪なアグレスとの戦闘は、誰しも先ず怖がる。そして、まともに動けない。
現に、あの実地試験でまともに動けたのはたった7人だけ。残りの40人近くは、硬直するか、逃げ出してしまった。蔵人と同じ前衛サポーターばかりが集まっているのにも関わらずだ。
その7人も、とりあえず異能力が発現できたレベルであり、蔵人と比べることも出来ないレベルであった。
だが、それが普通の事であり、例年の試験基準は、異能力が発現出来るかどうかの一点。それが有効活用されたと判断されれば、合格への大きな一歩となるのだから。
そんな中で、蔵人はあまりにも見事に異能力を使いこなした。それは、共に戦う優火が思わずワクワクしてしまう程であり、気付いたら先生に無茶を言って、試験のレベルを上げてしまっていた。
それでも蔵人は優火に付いてきて、挙句の果てに、ジェネラル級が相手でも、まともに競り合ってしまった。大剣を振りかざされた時などは、流石の優火も焦りで叫んでしまったのに、彼は冷静に、平然とそれを避けていた。
仮想とはいえ、目の前に死が迫る恐怖に打ち勝ち、あまつさえ避けるなど、武の心得がある優火でも難しいだろう。
出来るとしたら、幾重にも同じような死線を潜り抜けた強者か、死そのものを感じない愚者くらいなものか。
「正直に言うとな。私は今回、93ステージが限界と思っていたんだ」
ステージは、魔力を消費しながら進んでいく。入試の蔵人を見ているから、流石に85ステージまでは行けると確信に近い思いは持っていた優火。
しかし、Cランクの魔力量を考えると、91ステージ以降はまともなサポートは受けられないかもしれないとも思っていた。だが、実際は101ステージまで理想以上のサポートと、微力ながら遠距離攻撃もしてくれた。お陰で、優火の魔力が尽きる事はなかった。
「蔵人は、かなり異能力の練度が高いのだな。やはり幼少の頃から巻島家で鍛えられたのか?」
魔力消費量90%カット。それは、理論上可能とされている数値に近い値。ランクのように誰しもが測定するものではないので一概に言えないが、恐らくプロ異能力選手でもそこまで到達できる者は少ないだろう。
つまり彼は、巻島家はそれだけの訓練を積ませているという事。
「そうですね。かなり小さい頃から異能力で遊んでいたので、今はああやって盾を飛ばしたりも出来る様になりました」
蔵人は少し迷う様な仕草をして、そう言った。
言葉を濁す。それも仕方がない事だ。
巻島家は由緒ある家柄であり、そういう家は独自の教育方法がある。かく言う安綱家も、元来パイロキネシスを生業とする一族であるから、火と刀に関しての知識と戦闘技術は小学校に上がる前から習い始める。あまり、表立って言える事ではない。多分、蔵人も同じ思いなのだろう。
優火は座ったまま、軽く頭を下げる。
「すまない。家の事を聞くのは失礼だった。忘れてくれ。それより、桜城について聞かせてくれ。入学して1週間が経ったが、どうだ?クラスには馴染めた…」
そう言いかけて、やはりこれも不味い話題だったと、殆ど言い終えてから気付く優火。
桜城学園は、他の中学校と比べても男子の割合が高い。他校が精々数%に対し、桜城は15%程だ。それでも、女子に比べたら圧倒的に少ないのは変わらない。男子1人に対し、女子は6人だ。どうしても奇異の目で見られる。
例え、それが邪な目でなく、慈しみや憧れから来ている目だとしても、男子からしたら堪らないだろう。
実際、入学した男子の殆どは、女子を避ける様に学園生活を送る。極稀に女子に囲まれる事を良しとする奴もいるが、大半は小動物の様に縮こまり、男子同士で固まって防御する。
桜城は男子の数が比較的多いからこれで済んでいるが、男子が少ない他校ではもっと酷いと聞く。場合によっては、男子を巡る校内紛争が起こる学校もあると、噂では聞く。
そんな状況で、学園生活が楽しいか聞くのは嫌味と取られてもおかしくはない。つい、自分たち女子の感覚で話してしまったが、これはまた謝らないと。
そう思い、優火が再び頭を下げようと姿勢を正したのだが、先に蔵人が軽い口調で答えた。
「そうですね。まだクラスの全員と会話するまでには至りませんが、数人は友達が出来ました。特に同じ班になった娘達はいい人ばかりで、とても良くしてもらってます」
蔵人の柔らかい笑顔に、嘘は無いように見える。
だが、本当だろうか?女子達に言い寄られて、怖くないなどあるのだろうか?
優火は正した姿勢をゆっくりと戻しながら、思案する。そして、一つ思い当たる。
「そうか…あっ、同じ班にAランクが居るのか」
桜城では、男子生徒が不当な扱いを受けることを防ぐ為、裏ルールとして班制度を奨励している。これは、班の女子以外はなるべくその男子との接触を控え、男子生徒の負担をなるべく軽減させると言う、女子生徒間だけの暗黙のルールだ。
色々と細かい規定もあるが、同じクラスだからと女子が挙って男子に群がる事を防止する大事なルールだ。
この班の中にAランクの女子生徒がいるなら、他の子達は絶対に接触は出来ない。Aランクに勝てるのはAランクだけだからな。
それに、Aランクの子なら、Cランクの男子に対しても、過剰な接触を望まない。女子とは言えAランクにもなると、特区の男子と同じくらい希少な存在だからだ。彼女達は、男子と同じくらい奇異の目で見られる。男子の気持ちが分かる分、男子達から見ても良き理解者に映るだろう。
だが、蔵人は少し首を傾げてから、首を振る。
「いえ、みんな同じCランクですね。うちのクラスはBランクが2人だけで、あとはCランクだけです」
「そ、そうか…」
蔵人の答えに、若干たじろぐ優火。少し考える為に食後のコーヒーを煽る。
Aランクもいないのに、同ランクの女子達と楽しく過ごせていると言うのはかなり珍しい。余程、その班の女子との相性が良かったからか、はたまた蔵人の性分か。
「何か困った事はないか?例えば、女子生徒に嫌な思いを受けている男子がいるとか」
こうなったら話題を変更、と言うより、直球で聞くことにする。
生徒会に所属する者として、今の1年生の状況を把握したいのが優火の本音。特に、今年は巻島頼人と言う金の卵がいる。
クラスが異なる女子生徒は、他クラスの男子と会うことすら禁止している裏ルールだが、守らない奴が出てきてもおかしくはない。その傾向がないかと、兄弟である蔵人に聞きたかったのだ。
だが、蔵人は少し考えたあと、申し訳なさそうに頭を搔く。
「すみません。あまりそう言うのには疎くて、今度からちゃんと周りも見るようにします」
「あ、いや。良いんだ。変な事を聞いて、こちらこそすまない」
優火はいたたまれなくなって、またコーヒーを傾ける。さて、この微妙な空気、どう収集を付けようか。
そう優火が思っていると、蔵人が口火をきってくれた。
「あ、でも、困った事は1つあります」
「お、そうなのか!?」
ちょっと声のトーンを間違えてしまったが、それだけ助かったと思った優火。
蔵人は、食い気味の優火に若干驚く様子も見せたが、直ぐに話を戻した。
「はい。ええっと、私がファランクス部に入部したのはご存知と思いますが、なかなか同期の新入部員が集まらなくて、定員25名に対して、今は私も含めて5名だけと低調です。先輩方の話では、この時期に定員割れは珍しいと聞いていまして」
優火は、蔵人がファランクス部と言った瞬間、ファランクス部の女子部員が蔵人を困らせているのかと早合点していた。
なんせ、異能力部で男子の部員だ。マネージャーだとしても、粉を掛けに行く女子生徒はいないとも限らない。異能力部は厳しい練習をこなしていて余裕がない筈だが、蔵人の様な素直で優秀な男子が目の前にいたら、堪らずに手を出しに来る悪い先輩もいるかもと思った。
男子と恋仲になる。
異能力部員とは言え、奴らは女だ。そういう女子の憧れに惑わされても不思議じゃない。
と、思い描いていたのだが、違うのか。
「…そうか。確かにこの時期で異能力部が定員割れを起こしているなど、私も聞いたことがないな。いつものこの時期であれば、入部試験を課して、新入部員を篩にかけている姿が異能力各部で見られ始める頃だが…そう言えば、シングル部以外ではその様子も無かったな」
今思えば、チーム部やセクション部からのオファーが無い。何時もなら、生徒会に審査委員の依頼が来る時期だが、今年はシングル部以外来ていない。これは、その2つの部でも定員割れを起こしている可能性が高いという事。
「分かった。生徒会の方でその原因を調べてみよう。情報提供ありがとう、蔵人」
早速、月曜日の放課後に指示を出そうと考えていた優火に、蔵人が「それなら」と続ける。
「うちのクラスに優秀な新聞部員がいますので、彼女にも聞いてみます。多分彼女なら、何か掴んでいるかもしれませんので。何か分かったら安綱先輩にお伝えしましょう」
「新聞部、それも女子生徒か…」
新聞部はなかなか特殊な奴らが多い。情報収集に命を懸けていると言うか、変なプライドがある。それだからだろうか、例え女子の新聞部員と言っても、相手が男子だろうがそうそう簡単に情報を渡したりはしない。
しっかりと交渉し、信頼関係を構築しなければ、彼ら彼女らとやり取りなど出来はしない。だというのに、蔵人は何でもないように言う。女子生徒と交渉するというのに、本当に何の抵抗もない様子だ。それどころか、その新聞部員の女子生徒を思い出しているのか、蔵人の顔が若干緩んでいる。それほど親密な関係なのか。
「分かった。何かあったら生徒会室まで来てくれ」
巻島蔵人。戦闘面だけでなく、社交性においても恐ろしい奴だ。
優火は、蔵人の認識を改めた。
〈◆〉
その次の日。
蔵人が教室で若葉さんに定員割れの事を聞くと、彼女はやはり原因を知っていた。
知っていとたと言うより、先日の話の延長上にそれはあった。
なんでも、頼人がアイススケート部に入部した事が尾を引いているらしい。
頼人の入部で、400人の女子生徒が動いたのは聞いていたが、彼女達はその後、少しでもお近付きになりたいからと、距離的に近い部活に入ろうと画策したのだとか。
同じ部活棟にあるスキューバダイビング部やキャンプ部、ラフティング部や野鳥の会等だ。しかし、そんなマイナー部活に大量の入部希望者が来ても、直ぐには対応できず…といった具合で、本来なら運動部に流れるはずの新入部員が、なかなか流れない週末だったらしい。それも、今週からは収まるだろうとの話である。
だが、解せない。
蔵人は首を斜めにする。
「しかし、なんでそこまでして、頼人と接点を持とうとするのかね?あ、いや、分かってるよ。頼人がAランクで、皆から羨望の眼差しで見られているのは分かってるさ。そうじゃなくて、なんで部活で接点を持とうとするかだよ。別に教室とか、帰り道とかで話しかければいいと思うのだが?」
蔵人が、自身の疑問を班員の皆さんにぶつけていると、みんなに驚愕の眼差しで貫かれてしまったので、急いで弁解をした。しかし、それでも皆からは戸惑いというか、困った様な顔で見られてしまった。
何故だろうか?
「えっと、あのね」
すると、本田さんが言葉を選びながら、蔵人に説明してくれた
「女子の間では、その、マナーみたいなものがあって、なんの接点も無い男子にいきなり話しかけたら失礼だから、そういうのは無しにしようって言うのがあって…」
本田さんが言うには、同じ班だとか、クラスだとか、部でなければ、その男子に話しかけないというのが女子のマナーらしい。
イスラム教みたいだね。外で女性は肌を見せてはいけないみたいな。特区には独自の文化があるのかもしれない。
しかし、だからこのような事態に陥ってしまったのかと、蔵人は納得出来た。
という事は、頼人と接点を持つために、蔵人に接近してくる女子生徒が増える…という事は少なそうだ。幾ら蔵人と仲良くなった所で、頼人に話しかける事は出来ないのだから。
それでも、少しでも距離を詰めたいという熱狂的な娘であれば、もしかしたらファランクス部に入ろうとするかもしれない。もしもそんな邪な思いを持つ娘が来たなら、大歓迎して部の礎にしてしまおう。
蔵人は内心で、そんな陰謀を抱いていた。
主人公、随分と買い被られてしまいましたね…。
そして、変わらずの筋・肉・飯。
イノセスメモ:
・主人公の熟練度は魔力消費90%カット?←Bランク上位の魔力量と同等
・Aランク女子は希少な存在。故に、Cランク男子にも冷静に対処できる。Bランク女子がCランク男子に対して、そこまで積極的にならないのも同じ理由。←38話の疑問(蔵人に対する九条さんの態度)解消。