46話~これは!大スクープだぁ!~
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皆様のお陰です。本当にありがとうございます。
「既に、昨日の時点で超えていたのだがな。図を入れるだのなんだので忙しく、言うのを忘れておったのだ」
ダメダメ!そんな事、暴露しないで!
さて、どうやって家に連絡を入れようか。
そう思いながら帰宅した、次の日の夜。
練習でクタクタになった蔵人が家のドアを開けると、目の前には鬼になっていない柳さんが。その彼女の手には、小さな白い箱が乗っていた。片手で持てるくらいの大きさの箱。それを、手渡される蔵人。
開けて見ると、そこにはガラケーが入っていた。
まだスマホもなければ、エアホもない時代なんだなと、蔵人はしみじみ思う。
ここで言うガラケーとは、ガラパゴス携帯の略称であり、1990年代に普及したスマホの前の携帯だ。
そして、エアホはエアスペースフォンの略称であり、スマホの次世代型携帯として発売された。端末を極小化して体内に埋め込み、空間に映し出して操作する2050年代の携帯だ。
蔵人が懐かしみを込めてガラケーを見ていると、頭上から柳さんの解説が降って来た。
「これは携帯電話です。家の電話の小さいのと思って下さい。学校から帰られる時は、これで連絡して下さいませ。勿論、何かあれば、何時でもお電話して下さい」
「了解しました。家の番号…と。柳さんは持ってないのですか?」
「一応、流子様からお借りしていますが…」
そう言いながら、柳さんがポケットから黒いガラケーを取り出す。使っている姿を見たことないが。
蔵人は柳さんのガラケーを受け取り、ひっくり返したりして、少し調べる。
「あ、ラッキーですね。これ、赤外線機能がありますよ。通信しても良いですか?」
「えっ?赤外線?通信?」
「この頃の携帯は、こうすると、電話帳を簡単に登録出来るんですよ。機種によっては赤外線がないんで、2人ともできるのはラッキーでした」
スマホ以降だったら、QRで読み込んだりと、もっと楽なのだが、無い物はしょうがない。
「なんだか蔵人様、手馴れていますね」
蔵人から自分の携帯を受け取りながら、柳さんは蔵人に訝しげな視線を送る。
蔵人がそれに苦笑いを返すと、少しため息を着いた後に、柳さんは晩御飯の準備に戻って行った。
今更、このような些細なことで、柳さんが蔵人を詰め寄る事は無い。
この人は多分、蔵人が常人でないことを見透かしているから。
次の日の朝。
朝食を取りながら、新聞とテレビの両方を見聞きしていた蔵人の元に、両方のメディアから暗いニュースが飛び込んでくる。
『…神奈川県警の発表では、死傷者は一般人、隊員を含めて32名。行方不明者は11名に上るとされ、国際テロ組織怒れる者の犯行であると見て、調査を進めています。なお、今回の事件に関わった実行犯は、出動したPS部隊により全員駆逐されたと、防衛省の柳生幕僚長から発表がありました。幕僚長は引き続き、この事件を裏で支援した者がいないか調査するよう指示を出したと明言し、神奈川県警は…』
またテロの報道だ。
昨日の夜、テロ集団が神奈川特区周辺の繁華街で大規模なテロ活動を凶行し、近くにいた一般人と救助活動の為に出動した警察を巻き込んだとのこと。
そこで出て来た首謀者の名前が、以前にも聞いたアグリアという組織。
もしかしたら、この世界の日本は、かなり危うい状況に陥っているのではないだろうか。
そう思った蔵人だったが、柳さんは首を振る。
「日本はまだまだ安全な国ですよ。先進国は勿論、五大列強国に比べても、死傷者が出る程のテロが随分と少ないですもの」
聞いた話、学生時代の柳さんは、真紀子(蔵人の母親)に連れられて、よく海外旅行にも行っていたそうだ。それだからこそ、より日本の安全さが分かるのだと、熱弁していた。
蔵人はついでに、現在の他国の現状を柳さんに教えてもらった。
まず、五大列強国とは、アメリカ、中国、インド、ロシア、ドイツの事である。この国々は強大な軍事力(高ランク異能力者)を保持しており、他国とは比べ物にならない程の異能力先進国とのこと。
この中でも、特に高ランクが多いのが中国だそうだ。日本には9人しかいないSランクが、中国には100人近くいると言われている。
その中国に劣らないのが、やはりこの国アメリカ。Sランクの数は23人と、中国の足元程度しかいないのだが、それらを補う形で兵器の開発が著しいらしい。高ランク専用の装備や、戦闘機などの性能が他国の追従を許していない。これは、世界大戦(史実で言う第一次世界大戦)時に稼いだ資金と、それを元手に発展させた工業、軍事技術によるもの。史実でも、アメリカは似た発展をしている。
他の3国も、強大な力を持っている。中国に次ぐSランク保持国インド。何故か高ランク異能力者の割合が高いロシア。アメリカを参考にしているのか、異能力者用装備の開発に余念がないドイツ。
そんな、国外に絶大な影響を及ぼす程の力を持つ五大列強だが、反面、国内の治安は芳しくない。
ロシアやアメリカでは、日本の比にはならない程にテロ活動がお盛んなのだとか。あまり情報は入ってこないが、向こうでは夜に出歩けば命がないと言われているらしい。日中でも、突然ビルが爆破されたり、漁船や軍艦が行方不明になることも珍しくない。
えっ、軍艦が?それもアメリカで?と蔵人は思ったが、それ程に他国のアグリアという組織は凶悪らしい。それを聞いたら、確かに日本のアグリアはまだ大人しいのか。
中国は、テロでは無く政治的内紛で忙しいらしい。史実では中国共産党が独さ…一党支配しているが、この世界では対抗馬である中国国民党が元気で、主権を争っている。第二次世界大戦が無かった世界だから、国民党が疲弊して台湾へ逃げることなく、共産党と喧嘩し合えている。その分、国内は安定しないらしい。
インドもテロではなく、経済が貧しいのが理由だ。史実でもカースト制度が厳しいインドでは、それに加えてランクという壁まで出来てしまって、人々が自由に働くことが出来ない。また、20世紀中盤でソ連(当時のロシア)の経済政策を真似てしまったので、それも影響して貧乏国なのだ。経済政策の失敗は、史実通りであるようだ。
「あれ?ドイツはどうなんでしょうか?」
「ドイツは…日本の次くらいに安定してますね。欧州はテロも少ないですし、工業に力を入れています。異能力発祥の地だからでしょうか?」
えっ?
「異能力は、ドイツが発祥地なんですか?」
蔵人は驚いた。
大天使様の言い方だと、異能力の付与は全世界一斉に行ったように言っていたからだ。
だが、柳さんは緩やかに首を振る。
「私も詳しくは存じないのですが、その様に呼ぶ人もいるのです。恐らく、女性による革命が一番最初に行われたからではないでしょうか?」
聞くと、1915年頃に起きた女性による政権奪取の連鎖は、ドイツが発端らしい。
世界大戦の中期に、圧政に耐えかねたドイツの女性達が、異能力を携えて王宮を急襲し、王権を廃止して世界戦争を終わらせたのだとか。
それを聞いた世界各地の女性達は、自分達も!と立ち上がり、女性中心のこの世界が出来上がったということらしい。
故に、ドイツが異能力発祥の地と呼ばれるのではないかと。
母親の持つ歴史書には”載っていなかった”新事実に、蔵人は久方ぶりの笑みを浮かべる。
渇望が満たされようとしている者の、邪悪な笑みを。
異能力。やはりこいつは怪しいなと。
「ああっ!蔵人様!」
しかし、蔵人の思考はそこでぶつ切れる。
柳さんの示す方向は、壁にかかった時計。その時計が示す針は…。
「ぎぃゃあっ!遅刻するぅ!」
蔵人は飛び上がり、急いで玄関へ。
それに追従する柳さんは、蔵人の背中に言葉を投げつける。
「蔵人様。日本は安全と言いましたが、連絡の話は別ですからね!絶対、ぜっったいに、帰りは電話して下さい。なんなら、お迎えにあがりますので!」
柳さんの怖いくらいの眼差しに、蔵人はコクコクと頷いた。
しかし、アグリア…か。
蔵人は空中で考える。
何となくではあるが、以前入試で戦ったアグレスと似たような響きである。
偶然なのか、それともアグレスに感化されて付けた名前なのか。
いや、ゲームの敵キャラから名前を取るとは考え辛い。寧ろ、アグレスがアグリアから付けた名前だとしたらどうか。テロリストの名前に酷似した敵を倒す。それに慣れておけば、いざと言う時にも戦えると、政府や警察が付けたと仮定したら…。
それは考えすぎかもしれないが、しかしそのテロ集団は一体何者なのだろうか。
もしかしたら、この世界のバグと関わりがあるかもしれない。
蔵人は蹲りながら空を飛ぶという奇行を行い、そして、
途中で警察に職質された。
それでも、蔵人は何とか遅刻せずに到着した。
到着した時は、既にホームルームが終わりかけていたのにもかかわらず、先生は、満面の笑みを向けてくる。
「いいのよ。大丈夫。君が来てくれるだけでみんな嬉しいんだから。勿論、間に合ったことにしておくわね」
なんと!?それでいいのか?
そう蔵人が思ってクラスを見回すと、みんなが凄い笑顔でこちらに手を振ってくれる。
…良いらしい。男子だからなのか。以前に西風さんが言っていた「男子は登校するだけで偉い」という奴なのだろう。でも、それってちょっと、男子が優遇され過ぎていないだろうか?
悶々とする思いを抱きながら席に着いた蔵人。だが、
「巻島君?どうかしたの?なにか、ちょっと怖い顔してる様に見えるんだけど…?」
隣の本田さんが、おずおずと聞いて来た。
そんな怖い顔をしていたのかと、蔵人は眉間を揉んで、少し過剰な笑顔で答える。
「ああ、ごめんね。ちょっと気になるニュースを朝から見てさ」
そう答えると、今度は後ろから声が上がる。
「それって、朝のニュースで言ってたやつ?特区近くのテロ事件の事?」
西風さんが、蔵人の背中からニュイッと顔を出す。
いきなりの出現に、ちょっと驚きながらも蔵人は頷く。
「そうそう。アグリアとかいうテロ組織。有名らしいね?」
「九州と大阪付近は、昔は結構多かったって聞くよ。今でもたまにあって、僕のお姉ちゃんが大阪にいるんだけど、1度テロで電車が止まって大変だったって聞いた事ある」
九州と大阪か。九州は昔ながらの伝統とか、風習が残ってるから、異能力等の新興事業に反発が強いのかな。大阪は、この時代であれば、まだあいりん地区とかが淘汰されてないから、犯罪者が入り浸っているのかもしれない。あくまで想像だけどね。
「電車が止まっただけで良かったね。お姉さんがテロに巻き込まれなくてさ」
蔵人の言葉に、西風さんは首を振る。
「お姉ちゃんなら、テロなんて跳ね返しちゃうよ。強さはピカイチなんだ、ホント」
それはいいお姉さんだと、蔵人が微笑んでいると、何時もはうるさいくらいの隣人が、黙って考え事をしているのが目に入る。
「若葉さん、何か気になる事が?」
蔵人の問に、やっと若葉さんが顔を上げる。
いつになく真剣な顔で、彼女は、
「うん。いや、本当に、そうなのかなって」
そう、呟いた。
本当に?一体、何を疑っているのだろうか。この娘は?
しかし、蔵人がそれを問う前に、別のクラスメイトから声がかかる。
「あ、あの、巻島君。ちょっと良い?」
「えっ、あぁ…」
今まで話した事ない子だった。
蔵人は若葉さんの様子に集中していたので、少し惚けた答え方になってしまった。
それでも、相手はあまり気にしなかった。と言うよりも、気にする余裕が無さそうだった。少しオドオドしながら、廊下を指さす。
「せ、先輩が、巻島君を呼べって。それで、私」
「ああ。そういう事。ありがとう」
「ううん!私こそ、ありがとう!」
蔵人は、廊下にいる人を見て大凡の状況が理解出来たので、呼びに来てくれた娘に礼を言って、その人に駆け寄る。
お礼を言った相手に、お礼返をされてしまった事にはもう突っ込まない。
廊下にはレイ部長が待っていた。
「部長。何かありましたか?」
部活の用件だとは思うのだが、自身が何かやらかしたのかもと、心配しながら聞く蔵人。
朝練とかは無いと聞いているが、もしかして、朝も訓練棟の掃除とかがあるのかな?それとも、昨日の練習の事?でもそれなら、部活の時で良いのでは?
「急にごめんなさいね。貴方にこれを書いて貰いたいの」
そう言って突き出されたのは、1枚の紙。
用紙の上の方に、大きく書かれた〈入部届け〉の文字。
ああ、そう言えば、正式な書類提出をしていなかったな。これはやってしまった。
蔵人は急いで空欄に名前を書いて、部長に返した。
「すみません!提出するのを忘れていました」
蔵人が謝ると、部長はしばし蔵人を凝視する。
「……」
「あの、部長。悪気があった訳ではな」
「ああ、いや、違うの。ごめんなさい」
蔵人が言い訳をしようとすると、部長は慌てて手を振って、それを遮る。
「本来の提出期限はまだ先よ。貴方が謝る事じゃないわ。ただ、部の都合で今書類が必要になったの。助かったわ」
全く、男子に謝られるとか思ってもみなかったわ。
そんなことを呟きながら、部長は颯爽と帰って行った。
チーム部でも言われた事だが、特区の男子は謝らないのかい?
蔵人が疑念を抱いて、部長の後姿を見ていると、他の女子生徒達も部長の姿を目で追っているのが見えた。
「ああ、櫻井先輩かっこいいなぁ」
「ファランクス部の部長さんなんだよね」
「ホワイトナイトの美原先輩と付き合っているらしいよ」
「「キャー♡」」
うん。小さな声でも、蔵人の耳にはよく聞こえる。
そうか、やっぱりお手手繋いで帰るのは、親友以上の付き合いだからか。
蔵人は、昨夜目にしたことを思い出す。
しかし、女性の情報網は凄いな。個人情報ダダ漏れじゃないか。
いや、もっとヤバい奴が俺の隣にいるじゃないか。
蔵人は自分の席に戻ると、隣の若葉さんに話しかける。
「今の人、ファランクス部の部長なんだけど」
「うん。3年2組の櫻井麗子先輩でしょ?リビテーション使いで、軽い物なら何個でも飛ばせる、空中のマジシャンって呼ばれている人。2年生の時にBランクのセクション戦で都大会ベスト8位入りを果たしている。で、その時にセコンドに着いていた美原先輩と、今は秘密裏に付き合っている。家族構成は…」
「いい!もういい!ありがと!」
蔵人は急いで、若葉さんの言葉を覆い隠す。
やはりこの娘は、凄いけど怖いな。
蔵人は改めて、望月若葉さんを評価するのだった。
それに、中学生の時点で百合カップルが生まれるのか。
蔵人は改めて、男性が少ない特区の特徴というか、行先を見た気がした。
いつも通り、班で昼食を食べ、その後に楽しく談笑をしていると、またもや先ほどの娘がおずおずと話しかけてきた。
「ま、巻島君。すぐ、来て、先輩が、先輩が来て、あ、あ、」
しかも、めっちゃ焦ってる。
しきりに廊下の方へ顔を向けて、その先を指さす仕草をしている。
しかも、廊下からも黄色い声が聞こえる。
なんだ、今度は誰が来たんだ?
部長の時よりも周囲の反応が良いので…美原先輩?それとも…あ、もしかしてサーミン先輩かな?Cランクの男性なので、あの人なら騒がれるだろう。
そう思って、教室から出て見ると…。
「先輩!あ、あ、握手して下さい!」
「私、先輩のファンで、ここに入学したのも…」
「私、先輩のことずっと…これ!良かったら読んで下さい!」
そこには、女子生徒が大量に群がっており、その中央で群がられている人は、慣れた様子で彼女達に対応していた。
「すまないが、今日は用事があって来ただけだ。握手はまた今度にして欲しい。サイン?そんなもの、私は芸能人じゃな…おお、待っていたぞ、蔵人」
蔵人を見つけた途端、その人は、さわやかな笑顔を携えたまま、軽く手を上げた。彼女の制服には、以前に見た赤リボンに銀の刺繍が煌めいていた。
安綱先輩が歩き出すと、女子生徒達がその道を作らんと、左右に割れる。
おお、モーゼである。
安綱先輩の行く先を見て、驚く様に目を丸くする女子生徒達。
「えっ、用事って、男子?」
「安綱副会長って、年下好きなの?」
「蔵人って、頼人様の?」
「安綱先輩って男の子が好きなの?え〜、ショック」
前から押し寄せる、女子生徒達の目線が痛い。
「ええっ、蔵人君にすっごいお客さんが!」
「こ、これは!大スクープだぁ!」
うん。後ろからも凄い圧力がかかってくる。
とりあえず、許可なくシャッター押すのやめて貰えます?
先輩は、蔵人の元に辿り着くや否や、蔵人の腕を掴んだ。
「済まんな。随分と注目を浴びてしまった。ここでは話せる状況じゃないから、少しこちらに来てくれ」
蔵人が何も言う前から、安綱先輩は蔵人をグイグイと引っ張っていく。
周りの目が痛い。あと、後ろのカメラ少女よ、フラッシュをたかないで。俺の目まで痛いから。
しばらく歩くと、なんとも豪華な部屋に通された。国会議事堂の会議室かと見間違う程の部屋だ。重厚な木製の円卓もある。入ってくるときに、〈生徒会室〉と有った。そこに堂々と入れるということは、この人が生徒会副会長という事か。
「急に連れ出してすまない。どうしても、聞きたいことがあったものでね」
「いえ、何かありましたでしょうか?」
放課後はお互い部活だし、朝は蔵人が何時登校するか分からないから、時間があるのは昼休みだけというのは分かる。だが、せめて手紙等で呼び出して欲しかったと、蔵人は切に思う。後で周りの誤解を解くのに相当苦労するだろう。主に、あのジャーナリストに対してだが。
「まず1つ」
安綱先輩が右手を顔の位置に上げて、人差し指を立てる。
幾つもあるんですか?
「ファランクス部に入ったと聞いたが、何故チーム部やセクション部に入らなかった?」
先輩の問に、蔵人は経緯を話した。
シングル部は勿論、他の異能力部に門前払いされた事を。少し悲観じみて聞こえるのは、蔵人の主観が入っているからだろう。
聞き終えると、安綱先輩が苛立たし気に口を開く。
「木村の奴、やはりちゃんと誘っていなかったのか」
「木村さん、ですか?」
「ああ」
木村さんって誰?と蔵人が首を傾げると、安綱先輩が教えてくれた。
ファランクス部に入部出来るかの沙汰が言い渡された日、最初蔵人がファランクス部のAランクと勘違いした先輩。あれが木村さんであった。
そう言えば、変な質問をして早々に帰宅された人がいたなと、蔵人は思い出した。
「シングル部に蔵人が来てくれていたのは、後から聞かされていた。だから、君がより活躍出来そうな部活の主将に、君を推薦しておいたんだ。だが、後で確認すると、君がそれらを蹴ってファランクス部に入部すると聞いてね。何かおかしいと思って、こうして聞きに来た…のだが、木村の奴め。分かっていてそんな聞き方をしたな」
安綱先輩から怒りのオーラが出始めたので、蔵人はその木村さんをフォローする事にした。
「先輩、私はファランクス部に入部出来た事を、今では良かったと思っています。試合を見て、練習に参加して、ここならよりチーム力を養えると思いました。自分に足りないものがここで手に入ると」
だからその怒りを、そのまま木村さんにぶつけないでね。と、蔵人は暗に匂わせた。
すると、安綱先輩のオーラが引っ込んだ。
「君が望むのなら、今からでもチーム部やセクション部にねじ込んであげられるぞ?君なら、誰とでも大会の上位に食い込めるし、我が校の精鋭なら、全国も夢ではないと私は思っている」
それはありがたい事だが、蔵人は首を振った。
「私は、ファランクス部で全国を目指します」
部の先輩達は良い人ばかりだ。一部不安な方もいらっしゃるが、あんな先輩達と、まだ見ぬ同期達と、共に勝利を重ねていく。考えただけでワクワクする。
「そうか。それなら、今の私の発言は忘れてくれ。惑わすような提案をしてしまい、済まなかった」
「いいえ、先輩。私の為にご尽力いただき、感謝しかありません。本当に、ありがとうございます」
謝る安綱先輩を、蔵人は全力で止める。
蔵人の為に手を回してくれたこの娘には、本当に感謝しかない。
この学校、良い子しかいないな。
「そして、2つ目は」
いきなり、安綱先輩が真顔に戻り、右手の指を2本立てる。
切り替えはやっ!?
「約束を、果たしてもらいたい」
「えっ?やく、そく?」
蔵人は、なんの約束なのか、頭の中の引き出しをひっくり返して探し始めた。
結局、昼休みの終わりを告げるチャイムで、蔵人は安綱先輩から解放された。
クラスへ戻ってくると、早速記者会見だ。
熱い闘志を燃えたぎらせた若葉記者から、マイクに見立てられたシャーペンのお尻を突きつけられ、回答を迫られている。
「ズバリ、何を話されていたのですか!?」
「大した事じゃないよ。俺がファランクス部に入部した事に対して、幾つか質問されただけさ」
蔵人は、大凡の説明をした。勿論、君が入れば大会上位に云々や、君が望めばねじ込む云々は端折る。そんな事書かれたら、各部の人達に迷惑がかかる。
あと、2つ目の質問も一切言わない。これ言ったら、より面倒になる。
「ふ〜ん…なるほど。入試の時に目を付けていた下級生が、他の部活に入ったので、その真意を問うたと」
悩む様な仕草をしていた若葉さんだったが、すぐに顔をあげて、ニヒルに笑う。
「これも行ける!いい記事になるよ!」
蔵人も、それに頷く。
「大凡の概略は、今、若葉さんが言った通りだよ。後はタイトルだね。頼むから、恋愛方面を匂わせないでくれよ。俺が背後から刺されかねない」
蔵人の痛烈な顔に、本田さんが同情じみた目線を送る。
「そうよね。安綱先輩って、後輩の女子生徒から凄い人気だし、ファンクラブとかもあるって聞くから。もしかしたら、蔵人君に何かする人がいるかもしれないわ」
その言葉に、蔵人は眉を下げる。
「そいつは本当に刺されそうだ。こりゃ廊下を歩く時は常に、体に盾を貼り付けておかないと」
「ええっ、いくらなんでも、そんな事出来っこないでしょ?出来ても、凄い不格好だって」
「いや、こうすれば、制服の下でも目立たない」
西風さんが全否定するので、蔵人は試しに、腕を龍鱗化させて見せる。
それを見て、今まで黙っていた白井さんが声を上げる。
「おー。魚の鱗みたい」
好奇心がはち切れんばかりのキラキラお目目に、白く小さな手でぺたぺたと蔵人の腕を触る。
うん。ちょっと衝撃が、くすぐったい。
「いやぁ、さすが蔵人君。規格外過ぎ」
西風さんは、少し遠いお目目をしている。
そんな中、蔵人の腕を見て、若葉さんが満面の笑みを浮かべる。
「よし。これなら、恋愛方面のタイトル付けても大丈夫だね!」
「ちがーう!大丈夫じゃねぇえ!」
暴走する記者を、蔵人は全力で止めるのだった。
またアグリアが暗躍しているのですね。しかも、今回は被害者まで出してしまいました…。
主人公が言うように、アグリアとアグレスの間に、関連性はあるのでしょうか?
そして、安綱さんとの約束って…?
「男と女がする約束なぞ、逢引き(デート)くらいなものだろう」
またまた、そんな甘い話がある訳ないですよ。
…ないですよね?
イノセスメモ:
・この世界は五大列強(中国、アメリカ、インド、ロシア、ドイツ)←5話の疑問解消。