443話~ハァハァハァハァハァ!~
理緒さんのお陰で、中立地帯まで戻ることが出来た蔵人達。そこに、ロシア選手の姿は1人もなかった。
全員ベイルアウトさせるか、ロシア円柱まで退いた後だった。
残ったロシア選手は9人。16人を交代し、これまで9人をベイルアウトさせたので、ロシア領域にいるこの9人が向こうの全兵力だ。
その内、円柱で待機しているのが7人。残り2人の内、1人が我々を追い詰めたグレーソル選手だ。彼女は今、我々を追いかけることをやめて、もう1人の選手へと駆け寄っていた。
湊音君だ。
我々が轢いてから、そのまま放置されていた。
「まだ、ベイルアウトさせていなかったのか」
「良く分からないけど、気絶しているみたいなのに審判がベイルアウトを取らなかったんだよ。テレポーターも来る様子が無いし…」
訳が分からないよと、海麗先輩が肩を竦める。
ちなみに、中立地帯で我々を出迎えてくれたのは、海麗先輩と鈴華の2名だけ。他の人達は円柱で待機得点を稼いでいる。
ロシアが7人も円柱役にしているからね。こちらも同数以上を度置かないと、領域差で負けてしまう。
「それよりもよぉ、ボス。あのグレなんとかってのはなんなんだ?一瞬でAランクのアイスピラーを生成しやがったし、ボス達の瞬足にも付いてきやがったぞ?」
湊音君を揺すって起こそうとしているグレーソル選手を指さして、鈴華は不満そうに口を曲げる。
「ぜってぇなんか、不正してんだろ?」
「さて、どうだろうな」
不正なのか、DP社の新たな装備の力なのか、はたまた、我々と同じ覚醒者なのか。そこは分からない。
分からないが、彼女が覚醒者というのは違和感がある。彼女からは、海麗先輩や鈴華から感じるあの波動を感じない。彼女から感じる物は、何かが違う。
何か、根本的な部分が我々とは違う気がする。
そう、例えば…。
「…それを確かめる為にも、先ずは俺が当たってみよう」
「あたしもやるぜ、ボス。魔力を引っこ抜いちまえば、SだろうがAだろうが関係ねぇからな」
「私もやるよ、黒騎士君。氷なら、私の拳で砕いてあげる」
「僕も!理緒ちゃんの敵を取りたいんだ!」
意気込む3人。だが、蔵人は首を振った。
「グレーソル選手の特性が分からない以上、大勢で対処するのは得策じゃない。みんなには、外からあの人を観察して欲しい」
それに、1対多数の戦闘を行うには、それなりの練度が要る。ファランクスは多数対多数ばかりを練習してきたから、我々の連携は十分でない。グレーソル選手程の強者と戦うには、不安要素の方が大きくなってしまう。
それに、ここにいる主力を全員失うのは痛い。試合はまだ、5分近く残っているのだから。
「ただ、サポートはお願いします」
一瞬でアイスピラーを作るような人だ。シンリーさん以上に厄介な相手であることは間違いない。そんな人とタイマンを張って、無事で帰って来られる保証はない。
「任せとけ、ボス。イザって時は、あたしの磁力で引っ張ってやるから」
「私も、いつでもスイッチ出来るように準備しておくよ」
「僕も!」
「ああ、宜しくたの…来るか」
3人に笑顔を向けてようとした蔵人は、言葉を切って振り返る。
そこには、ゆらりと立ち上がったグレーソル選手の姿があった。
「許さない…許さない…」
フラリ、フラリとこちらへ近づく彼女の足元には、横たわったままの湊音君の姿があった。
「ミナトを傷つけたお前、許さない!」
爆発的に跳ね上がる、グレーソル選手の殺気。
蔵人は盾を構えながら、後ろの3人に向けて短い指示を飛ばす。
「散開!」
「おうっ!」「うんっ!」「おっけー!」
3人の元気な声と、遠のく足音が聞こえる。
それと同時に、向けられていた殺気が急に近づいた。
見ると、刀を高々と振り上げたグレーソル選手が、もう目の前に居た。
やはり、速い。
「キィィ!」
何か甲高い声を発しながら、目にも止まらぬ速さで刀を振り下ろしてくるグレーソル選手。
Sランクの魔力が籠った刃なのか、水晶盾をバターでも切るように真っ二つにしてしまった。
こいつは、まともに防いではいつか斬られてしまう。
そう判断した蔵人は、体中に小さな盾を貼り付ける。
タイプⅠ。
「龍鱗!」
「キィヤウィイ!」
意味不明な言葉を吐きながら、グレーソル選手が斬りかかって来る。それを、蔵人も高速で移動して避ける。氷の刀が高速で振り下ろされ、振り上げられ、再び振り下ろされる。それを、蔵人は最小の動きで捌き続ける。
最初は、彼女の速度に翻弄されて、龍鱗に浅くない傷を付けられた。だが、徐々にその傷は浅くなり、今ではかすりもしなくなった。
確かに、彼女の動きは目でも追えないほどに速い。だが、彼女が繰り出す攻撃はパターンが読みやすい。振り下ろしと振り上げ。その後に横薙ぎが入る。一定のパターンを繰り返すなら、彼女の視線を追うだけで十分に予測出来た。
更に、大ぶりの横薙ぎが入った後、ほんの少し隙が出来るのも把握した。もう少し隙が大きくなってくれたら、一撃を入れられそうなくらいである。
なんだろうな。何か、違和感だらけだ。
嚙み合わないピース。
見えているだけの偶像。
一色抜けた絵画。
この少女の動きに、行動に、重大な何かが欠けているような気がする。
一体、俺は何を見逃しているんだ?
どんな動作も見逃すまいと、鋭くしていた目を更に鋭くさせた時、グレーソル選手の動きが止まった。
『と、止まったぁ!フィールド中央の中立地帯で繰り広げられた激闘に、一旦の終止符が打たれました!目にも止まらぬ攻防に、わたくし全く息つく暇さえありませんでした。本当に、何という素早い剣劇でしょうか、グレーソル選手。常人では到達できない達人の技でした!そして、それを全て防ぎ切った黒騎士選手もお見事としか言いようがありません!流石は黒騎士!』
大絶賛する放送に、しかし、蔵人はその賛辞を殆ど聞いていなかった。
目の前で息を整えるグレーソル選手の動きに、目が釘付けとなっていた。
彼女は、
「ハァハァハァハァハァ!」
犬みたいになっていた。
物凄い速さで呼吸を切り返し、肩を激しく振動させている。
余りにも異常な様子。だが、何処かで見たことある姿であった。
そう、あれは小学生の時、Dランクの異能力大会に出る為にと、徒競走をやらされたあの場面。あの時の加藤君も、今の彼女のようにテレビの早送りを見ているような動きをしていた。
そう、つまり彼女の素早さの正体は…。
「アクセラレーション?」
グレーソル選手は、2つ目の異能力を持っているのか?
それではまるで…。
「やはり、お前は」
「キィイィ!」
蔵人が問いかけようとすると、それよりも早く斬りかかってきたグレーソル選手。
先ほどから奇妙な声を発していたが、もしかしてアクセラレーションで体感時間そのものを早めているから、口調も超早口になっているのではないだろうか?だから、こんな甲高い奇妙な鳴き声になっているのだろう。
余りにも早すぎるアイスピラーの生成。それに、桃花さんや剣帝さんにも追いつける運動性能。
感じていた全ての違和感が、ハマりだす。
ハマったピースが描き出す答えは、ただ一つ。
「キィッ!」
再び、刀で斬りかかって来るグレーソル選手。その攻撃を避けながら、蔵人は口の周りに盾を集める。そして、相手が拙い横薙ぎを放った瞬間、思いきり息を吸い込んだ。
振り切って僅かな隙を見せた彼女に、思い切り吹き付ける。
龍の咆哮。
『ドラゴニック・ロアァアア!!』
「ピッ!?」
驚く彼女。ピョンピョンピョンッと、バッタのように素早く後退した。
その元気そうな動きから、ロアでダメージは与えられなかったのは見て取れた。
では、何故彼女は後退したのか。
それは、
『おおっと!?グレーソル選手がフルフェイスを脱ぎ出し始めたぞ!?』
彼女のフルフェイスに亀裂が入り、前が見え難くなったからだ。
そこから現れたのは、真っ白な髪を肩まで伸ばした、日本人形のように可愛らしい女の子だった。
可愛らしくも、こちらを鋭く睨む彼女。その両目は、夕日のように赤く輝いていた。
白髪赤眼。
そして、口から白い靄を吐き出す彼女。
文子ちゃんと同じ、アグレスの少女であった。
「侵略者…そうか、だからグレーソルと呼ばれているのか」
「違う」
蔵人の呟きに、少女は首を振る。手に持っていたヘルメットを叩き付ける。
「違う!私の名前は千代子。アグレスなんかじゃない!」
『グレーソル選手が黒騎士選手に怒りをぶつけます!』
『チヨコと、名前を訂正していますね。日本名のように聞こえます』
「アグレスじゃないって、どういうこと?」
「アルビノなの?」
突然の独白に、観客席では幾つも訝しむ声が上がる。
それとは逆に、蔵人の頭はクリアになった。
チヨコ。
その名前は、文子ちゃんの記憶の中で聞いた覚えがある。
あれは確か、葬式の場面。火葬場で出会った佐藤少佐の後ろに隠れてしまった、小さな女の子の名前だ。
あの場所に居たから、彼女もアグレス化してしまったと言う事か。しかも、まさかSランクにまでなっているなんて。
驚く蔵人の前で、千代子ちゃんは氷の刀を構える。
どの流派にも属さない、我流の構え方。ただ、高々と刀を掲げて、こちらを睨む。
「許さない。ミナトを、私を傷つける悪い人。許さキィ!」
途中から言葉が早送りされ、それと同時に千代子ちゃんの体も高速化する。
そして、一瞬で距離を詰めた千代子ちゃんが目の前に現れると、既に彼女は刀を下ろすモーションに入っていた。
流石は、Sランク。その素早さ”だけ”は最上級だ。
蔵人は兜の中で笑った。
〈◆〉
「許さない!」
私は氷の異能力を使いながら、もう一つの異能力を発動させる。
高熱が出た後に得た技。加速の異能力。
それを使うと、私の周りの世界が遅くなる。
風は無風となり、川は水をゆるりゆるりと流し、小鳥は低い声で唸る。
目の前の白騎士の人達も、殆ど止まって見える。瞼だけがゆっくりと動いて、凄く低い唸り声を上げている。
ただ一人、真ん中で構えるシマシマ模様の騎士だけは時を止めない。ゆっくりとした動作で、私の刀を全部避けてしまっていた。
渾身の力で振り下ろした一刀でも、ちょっと体を斜めにするだけで避けられてしまう。逃げられないように大ぶりで薙いだ一刀も、ちょっと後ろに下がっただけで躱される。
私の方が圧倒的に速くて、きっとこの人の目では捉えられない筈なのに、なんで私の刀を避けられるの?
もしかしてこの人、未来視の異能力者なの?
ううん。違う。この人は盾使いだって、ミナトが言っていた。だから、未来が見えている筈がない。
でも、じゃあなんで、私の攻撃を避けられるの?
私は訳が分からなくて、なんだか余計に腹が立った。その感情で刀を振り回すと、余計に刀は当たらなくなってしまった。
それが、また私の感情を逆なでする。
ああ、もう!
「こうなったら!」
私は空気中に魔力を込めて、小さな氷の粒を生成する。それを集めて、手のひらサイズの氷の刃をいっぱい生成する。
それを全部、黒騎士に向けて放った。
「氷のツブテ!」
Bランクのツブテは、放物線を描いて進む。
その速度は、石を拾って投げた方が速いんじゃないかってくらいに遅い。
でもそれは、私から見ての話。黒騎士や他の人から見たら、物凄いスピードで迫る氷の弾丸に見えている。異能力の生成スピードが遅い私でも、この2つ目の異能力を使えば、Aランクの攻撃も一瞬で生成したように見える。
だから、私の攻撃は避けられない。刀はどうしてか避けられた黒騎士も、この広範囲攻撃までは避けることが出来なかった。盾を作ろうとしていたみたいだけど、全部が彼の体に当たった。
やった!勝った!
そう思ったのも束の間、ツブテが当たったはずの黒騎士は止まらなかった。氷が当たった場所を見てみると、傷一つ付いていなかった。
えっ?もしかして、防がれちゃったの?Bランクの攻撃じゃ、黒騎士の装甲は貫けないの?そう言えば、りゅうりん…とかって言って、体に盾を纏っていた。あんな小さな盾で、Bランクの攻撃を防いだってこと?
徐々に近付いて来た黒騎士に、私は慌てて距離を取る。そして、先ほど出したBランクの氷よりもっと大きな魔力を込め始める。
小さな氷の粒にめいいっぱいの魔力を込めて、徐々に徐々に大きくする。幾ら私の体感時間だけを加速しても、こんなに丁寧に氷を作っていたら黒騎士にも追いつかれちゃう。だから、氷の生成にも加速の異能力を掛けて、じっくり早く、強い氷を生成する。
そうして作り上げたのが、Sランクの氷柱
ダイヤモンドすら砕けるこの一撃で、
「潰れちゃえ!」
私が勢いよく投げた氷柱は、目の前まで迫っていた黒騎士に命中した。
と、思ったんだけど、氷柱の軌道が急に変わって、黒騎士のすぐ横を通り過ぎてしまった。
盾だ。
黒騎士が構えていた盾が大きく曲がって、氷柱の軌道を変えちゃったんだ。
ダイヤモンドでも受け止められない私の氷柱は、Cランクの盾で簡単に受け流されちゃった。
ううん。違う。簡単なんかじゃない。この人が異常なんだ。この人の前では、私の氷も、加速も、全部躱されちゃう。
私は、近づいて来た黒騎士が怖くなって、また逃げようとした。
でも、その途端に、足がツルリと滑った。
ううん。違う。地面が動いたんだ。地面の上に透明な板が乗っていて、それが動いたから滑ってしまった。
私が悔やむ中、視界は天と地がぐるりと入れ替わる。そして、理解したと同時、頭を強く打った。
ゴチンッ。
痛いっ!
「「【【わぁあああああ!!】】」」
『でたぁ!黒騎士選手の得意技!天地ガエシだぁあ!』
痛みで集中が切れて、周囲の音が等倍速になる。呪詛のようにゴワンゴワン唸っていた観客席の声が、黒騎士を称える声に変わってしまった。
それはそのまま、私を蔑む言葉。
あの時と同じ。
だから、早く加速しなきゃって思うんだけど、痛くて集中できない。加速の異能力が、上手く使えない。
私が必死に立ち直ろうとしていると、目の前に誰かが立ち塞がった。
見上げると、縞々の騎士が私を見下ろしていた。
「漸く話せますね。ご同輩」
「くっ!」
私は咄嗟に、手から氷のツブテを放つ。
でも、加速もしていない私の攻撃に、黒騎士はちょっと首を傾けるだけで避けてしまった。
あっ、やられる…!
身構えた私。でも、黒騎士はこちらを攻撃してこようとはしなかった。ギュッと腕組みをしたまま、こちらに話しかけて来る。
「無駄ですよ。貴女の攻撃は見切りました。どれだけ早く動けようと、技が単調では太刀筋がバレます」
「ぐっ」
分かってるよ。私が戦いの素人だってことは。
でも仕方ないじゃん。ずっと隠れて生活していたんだし、相手も単調なアグレスばっかりだったんだから。
色々言ってやりたかったけど、今の私には睨むしか出来なかった。
それに、黒騎士は両手を上げた。
「そう殺意を向けないで下さい。私は貴女の対戦相手ではありますが、貴女の敵ではありません」
急にそんなことを言い始める黒騎士。
私はそれを聞いて、笑いそうになった。
「嘘だよ」
人はみんな嘘をつく。
叔父さんも、叔母さんも、近所のトメさんも、軍人さんも。
みんな、みんな嘘つきだ。
みんな、私をのけ者にした。
みんな、私を敵だと思っている。
私の恰好がこんなのだから。だからみんな、私を拒んだ。みんな、私の元から去って行った。
お母さんも…。
「嘘ではありませんよ。佐藤千代子さん」
「えっ?」
私は驚いて、黒騎士を見上げたていた。
私の苗字、誰にも教えていないのに。少なくとも、私のことを知っている人は、もう誰も生きていない。
なのに、彼は知っていた。鋭い目で、こちらを真っすぐに見ていた。
真っすぐな、紫色の瞳で。
「貴女の事は、文子さんから聞いています」
「ふみ、こ…?」
「はい。貴女と同じ目に遭った、女性の軍人さんです」
私と…同じ。
私の中に、熱い物が溢れて来る。怒りとか、悲しみとかばかりだった心の中に、軽くてフワフワで、柔らかい何かが生まれる。
こんなの久しぶり。初めてミナトに「ありがとう」って言って貰えた時と同じ。
「千代子さん。貴女が人を恨む気持ちは分かります。大人達の都合で、貴女の人生は滅茶苦茶にされた。でも、だからと言ってこの国に与するのは不味い。この国の言いなりになって、公でその力を使うのはとても危険だ」
「分かってるよ、そんなの」
みんなの前に出ることがどれだけ危険かなんて、ずっと昔から分かっていること。
でも、どうしようもないんだ。私には居場所がないし、仲間がいない。
十数年ぶりの友達である、ミナト以外に…。
私は悲しくなって、上げていた目を伏せる。
すると、その前に手が突き出された。
縞々の、傷だらけのガントレットだ。
黒騎士の手だった。
「共にいきましょう、千代子さん。私が、貴女達の居場所を作ります。軍でも五摂家でも、あらゆる人脈を使って作り出すとお約束します。どうか私を、信じて下さい」
真っすぐに突き出された手は、微動だにしなかった。
今まで、私の前に立った大人達はみんな、恐怖で顔を引きつらせるか、作り笑いで誤魔化すばかりだった。こちらに突き出されるのは、震える銃口だけだった。
だから、こんな風に手を差し向けてくれる人は本当に久しぶりだった。真っすぐな彼の想いがその手から、その瞳から伝わってくる気がする。
この人の雰囲気は、何処か懐かしさを覚える。
「…私は、生きていていいの?」
「勿論良いんです。その権利は、誰にだってある」
力強く言い切ってくれた彼の手を、私は取った。
彼は、力強く私を引き上げてくれる。
でも、引っ張った後に「あっ」と言葉を濁した。
「でも、世界を壊そうとはしないでくださいね?」
「ふっ…なにそれ」
世界を壊すとか、そんなの考えたことも無いよ。
私は自然に笑っていた。それも、本当に久しぶりのこと。さっきまであった頭の痛みは、もう全く気にならなくなっていた。暗雲垂れ込んでいた私の心に、一筋の光が差し込んだ。
その心に、
「~♪」
歌が響いた。
ミナトの歌声。
それを聴いた途端に、引いた筈の痛みがぶり返した。
頭が、腕が、お腹の古傷が、燃えるように痛みを発し出す。
心の中で、熱く重い感情が渦巻き出した。
嫌な記憶ばかりが思い出されて、見えていた光が厚い雲に阻まれた。
目の前が、真っ暗に塗りつぶされていった。
異様な強さは、アグレスによる二重異能力だったのですね。
「加速という、戦闘においても絶対の力を得ることが出来ていた。だが」
技能が追いつかなかった…アグレスという日陰者故に、対人戦の機会を得られなかったと。
「恐らく、千代子嬢は神奈川WTC内に隠れ潜んでいたのであろう。そこで、湊音と出会った」
そう言えば、去年の夏に音張さんが言っていましたね。神奈川WTCが一時閉鎖されたと。
あれは、千代子ちゃんの存在に気付いた軍によるものだったのですね?
「恐らくな」




