45話~ファーストタッチよ~
※今話は初の試みで、図を挿入しております。PCのプレビューだと表示されているのですが、もしも”バグ”っているなどありましたら、お教えいただきたく思います。
「済まぬな。何かあれば、バシバシ報告して欲しい。イノセスに」
そうなりますよね~…。
「はい、一旦休憩。水分補給して」
あれから、遠距離攻撃役の先輩が何人か交代した後、耐久力の訓練は終了となった。
蔵人にも何度か攻撃が来るようになっていたが、秋山先輩程の攻撃は来ることはなく、お陰様で気力も魔力も有り余っている。
しかし、周りを見回すと、先輩達は疲労が溜まっているのか、床に座り込んで汗を拭いている人もいた。
やはり、蔵人に対しては手加減があったのか?
どちらにせよ、こういう時は下っ端が一番に動かないと行けない。
「先輩、どうぞ。お水です」
蔵人は、部屋の隅に置いてあったペットボトルを入れたカゴを持ってきて、休憩している先輩方に次々と渡す。
「ええっ!?あ、ありがと…」
「いいなぁ~。あっ、あたしにもくれるの!?ありがと!」
「うわぁ~。巻島君が持ってきてくれたお水、すっごく美味しい!」
そう言っていただけるのは有難いですが、それはただの水ですよ?
「本当よね。男の子の味がするわ~」
どんな味だ!?逆に不味そうなんだが?
「ありがとう。えっと、君も休んでね。次は結構ハードだよ?」
ペットボトルを渡すと、ちょっと可笑しな先輩もいるにはいるが、ちゃんとお礼やアドバイスをくれる先輩達もいた。
「ありがとうございます!」
蔵人もお礼を言いながら、1本頂く。春とはいえ、水分補給は大事だ。
蔵人は飲み終わったペットボトルを回収すると、それに水を補充しようと駆け出した。
のだが、
「休憩終了!次に移るよ!」
休憩が終わってしまった。
これは忙しいな。
短い休憩時間の内に水を配って、自らも水分補給して、更にコーンなどの備品を片付け、次の訓練に使う備品の準備…。
今はお客さん扱いしてくれているから、みんなが優しく接してくれているが、本入部後はもっとこき使われるだろう。他の1年と上手く連携を取らないと、手が回らない。
蔵人が、急いで籠だけでも置いてこようと走り出すと、後ろから監督役の先輩が声を掛けてきた。
「新人君は急がなくて良いよ。そのペットボトルに水を入れ終わってから、ゆっくり練習に戻ってくれて良いからね」
なんと優しい先輩だ。これが軍隊なら、時間超過のペナルティで外周10周追加だ。しかも部隊全員。
とは言え、先輩の言葉に甘える訳にはいかない。
蔵人は急いで廊下の水道まで行って、ペットボトルを水で満たし、籠を所定位置に置いてみんなの元まで急いだ。
既に練習は始まっており、遠距離攻撃役の先輩2人で、1人の防御役の先輩が彼女達の攻撃を受けていた。
なるほど、先程までが耐久力の訓練なら、今は反応速度の訓練だ。それ程強くない攻撃を、様々な角度、タイミング、弾数で撃ち込んでくるから、それを上手く防がないといけない。
最初は左右から1発ずつだった攻撃が、徐々にタイミングが早くなり、とうとう同時に。更に、正面と死角から同時。3発、4発と弾数も増えていく。
あ、今度はちょっと強めの攻撃も混じり始めた。
防御役の先輩は、徐々にシールド生成が間に合わなくなり、至る所に跳弾を受けてジャージが消耗しだす。そして、ボロボロなって訓練が終了した。
あれ?もしかして、ジャージって消耗品なのかい?
先輩の姿を見た蔵人は、金銭的な不安に駆られた。
「次!」
こうして、1人ずつ呼ばれて、反応速度訓練が続いていく。時間にして、1人1分程度だろうか。殆どの先輩達はヘロヘロになって終わる。確かに、休憩中に先輩が忠告してくれた通り、この訓練はハードだ。
次が蔵人の番となったが、前の人がなかなか終わらない。それはつまり、前の人がそれだけ耐えているという事。
3年生の近藤先輩という人で、ソイルキネシスの純粋な防御型の人だった。結局5分間耐えきった彼女の前には、まだ土の盾が健在である。他の防御役の先輩は、盾の跡形も無くなっていたのに。
「新人君は、行けるかい?休んでおく?」
「やります!お願いします!」
お声が掛かったので、直ぐに前に出る蔵人。
それにしても、いくら俺が入部前だからって、先輩方はちょっと甘々過ぎない?と、蔵人は少し心配になった。
案の定、訓練は甘かった。さっきの近藤先輩と比べても、弾数は少ないし、角度も甘い。高威力の一撃が飛来することもなく、単調に終わってしまった。
勿論、盾もジャージも健在だ。金銭的には優しいが、それでも、秋山先輩くらいの攻撃が欲しかった。
そんな風に残念がる蔵人だったが、周りの先輩方は驚いた顔でこちらを見ていた。
余程、男子が戦う所が珍しいのだろうな。
「はい。蔵人君は終わりだよ。お疲れ様」
蔵人の番が終わったので、礼をして次の人に場所を譲る。
実戦形式の訓練は楽しいのだが、消化不良であることは否めない。
「じゃあ、2巡目行くよ!」
お、まだ終わりじゃなかった。
その練習は、結局5巡目までいったが、蔵人は3巡目以降はやらせて貰えなかった。
その代わり、他のチームのペットボトル補給や、1階から物資の移動任務を担う。
雑用だが、元々マネージャーも兼務するという約束で入っているから、文句はない。それに、これは過度な練習をいきなりさせない先輩達の配慮だと思う。
本当に、過保護過ぎると不安に思うくらい大事にされている。入部後に豹変したらどうしよう。
その後、また小休止を挟んで、先輩達は1階でミニゲームをする。蔵人は、レイ部長に言われた通り、ルールブックを読む事にした。
ただ、折角目の前で実物が繰り広げられているので、先輩達がミニゲームをしている姿を参考にしながら、ルールブックで解析していくことにした。
〜説明(要約)〜
・ファランクスは特定の行動をする事で得点を重ね、20分間の試合中により多くの点を稼いだチーム、もしくは、全ての相手選手を退場させたチームが勝利する。
・フィールドは、縦100m、横50m。サッカーコート位の大きさで、ゴールがある位置に円柱が置かれている。
・参加できる人数は、Aランク1人、Bランクは3人まで。ただし、Aランク0人の場合、Bランクは5人まで編成可(13人対戦の場合)
加点方法は以下の通り
・自軍の円柱に触れ続ける(1人につき1点/1秒)
・敵軍の円柱に触れ続ける(1人につき10点/1秒)
減点方法は以下の通り
・敵が敵軍の円柱に触れ続ける(1人につきー1点/1秒)
・敵が自軍の円柱に触れ続ける(1人につきー10点/1秒)
・チームの得点数によって、フィールドには自軍のチームが足を踏み入れられる領域が発生する(1点に付き1cm)
・試合開始時、両軍には5000点がそれぞれ与えられる(コートの約半分が自軍領域となる)
・相手の領域に侵入したプレイヤーは、一定時間でペナルティを受ける。
・侵入カウント60秒でイエローカード1枚。イエローカード3枚でレッドカードとなる。レッドカードを受けた場合、退場となる(退場となっても、120秒経てば、退場扱いになっていない新たな選手を投入可能)
・自軍領域に戻れば、侵入カウントは0になる(イエローカードの枚数は減らない)
・両軍の領域の境界には幅10mの中立地帯が発生する。
・中立地帯では侵入カウントは進まない。
・中立地帯から敵軍領域への攻撃、瞬間移動、飛行は可能。自軍領域から敵軍領域へ直接、これらの行為を行った選手にはレッドカードを与える。
・上記の様に、より多くの点数を稼ぎ、自軍領域を広げることで、相手の円柱に近づきやすくなるなど、ゲームをより有利に進めることが出来る。
蔵人は一旦ルールブックから目を上げて、目の前のミニゲームを眺める。
フローリングのコートに、天井から特殊なライトで赤と青の光が降り注ぐ。これが両軍の領域か。その領域が交わる部分が、白い明かりで照らされて、そこに両軍の前線部隊が展開し、異能力をぶつけ合っている。
そこから離れた所で、太い柱に手を着いている人達がいる。両軍とも、3人ずつ配置していた。これが円柱役。1点ずつ得点を稼いで、自軍領域を増やそうとしている。
時折、白い中立地帯から遠距離攻撃が飛んでくるが、領域の真ん中辺りに居る盾役がそれを防ぐ。
中間にいる盾役は青が2人、赤が3人配置されてる。円柱に触れている人は、異能力を発動する素振りを見せない。行動してはいけないルールでもあるのだろうか?…あ、あった。
試合が進むと、次第に前線は赤軍が推し始め、一瞬の隙を着いて、赤軍の2人が中央突破した。盾役を遠距離攻撃で抑え、そのまま青軍の円柱に手をかける。すると、今まで拮抗していた点数が、大幅に赤軍に傾く。
何が起きた?
「ファーストタッチよ」
部長が、不思議そうに見ていた蔵人に教えてくれる。
ファーストタッチ…あっ、ルールブックにも載っている。
・相手円柱へのタッチ…敵軍の円柱に触れた場合、大量得点を得る。点数は、その試合で何度目に触れたか、また触れたプレーヤーのランクによって変わる。
・1番目800点。2番目400点。3番目200点。4番目100点。以降50点。
・Aランク100点。Bランク200点。Cランク400点。
蔵人は再び、ルールブックから目線を上げる。
つまり、一方の軍がCランク4人でタッチを決めた場合、得られる得点は、順番の加点が800+400+200+100=1500点。
ランクの得点が400×4で1600点。計3100点得られて、31mも自軍領域が広がる。中立地帯も考えると、相手の領域は9m足らずとなって、より遠距離攻撃が届き易くなる。一気に勝負が着いてしまうという事。
実際は、こうしてタッチをする為に前線から人数を割くので、その分、割いた側は前線が不利になるから、前線が維持できなくなって崩壊の恐れが出てくる。
現に目の前でも、青軍が前線を盛り返し、2人の青軍の選手が赤軍前線を突破してタッチを成功させた。
更に青軍前線がそのまま雪崩こみ、赤軍円柱に群がって、赤軍の点数をみるみる溶かしていった。赤軍も何とかその後、前線を押し返したが、結局その時の点数差が響いて青軍の勝利となる。
後の反省会で分かったが、赤軍はBランクの主力をファーストタッチに向かわせてしまって、それで前線が崩れた。逆に、青軍はCランクをサードタッチに向かわせたので、点数差はある程度回復出来て、そのまま前線を押し返す事が出来た。
ちなみに、相手円柱に触れている間は、侵入秒数はカウントされないらしい。そりゃそうか。じゃないと、相手の点を奪う方法がタッチのみになってしまう。まだまだ細かいルールがあるので、読み込まねば…。
反省会の傍らで、レイ部長が蔵人に歩み寄る。
「今ので、何となくでも試合の流れは理解出来た?」
「はい!ありがとうございました!」
前線を維持しながら、隙を突いてタッチを成功させる。そのまま前線を維持出来れば尚良しで、ダメなら相手のタッチを防ぐ事に注力。これがオーソドックスな戦い方。
他にも、防御主体の戦い方も出来そうだ。例えば、大人数で自軍の円柱に触れて、それを多くの盾で囲ったり。もしくは、相手をワザと自軍領域に誘い込み、足を掬って動けなくし、退場させる戦法も面白そうだ。
他にも、攻撃主体の戦闘スタイルとしては、全員前線に出て、先に4人でのタッチ成功を狙い、可能ならそのまま敵軍円柱に触れ続ける戦法も出来そうだ。両軍が領地を交換する形になるが、ファーストタッチを決めた分、最初に動いた方が獲得点数が大きいからね。
もしくは、点数等気にせずに、相手選手を全滅させる様に動くのも一つの手だ。自軍の円柱を囮に、孤立した相手選手を各個撃破する、なんて作戦なら、そこまで非現実的ではないだろう。
色々と戦術が考えられるので、とても頭を使う競技である。
面白い。
蔵人の視線は、ルールブックの上を楽し気に踊るのであった。
練習はその後、軽いストレッチを行い、終了となった。
レイ部長達3年生の先輩達は、蔵人も早く帰るように言ってくれたが、蔵人は2年生と一緒に後片付けを行った。コートの掃除や備品の片付け等だ。いずれは1年生が主体でやる仕事だろうから、今の内に覚えておこう。
それも終えると、時刻は20時を少し過ぎていた。
「お疲れ〜」
「疲れたね〜」
「この後、空いてる人いる〜?」
「私、これから塾だぁ」
「私もー」
先輩達が嬉しそうに帰り支度をする。
蔵人も荷物をまとめ、先輩達に向き直る。
「お疲れ様でした。明日もよろしくお願いします!」
頭を下げる蔵人に、先輩達が次々と声をかける。
「あ、新人君もお疲れ〜」
「手伝ってくれてありがとう!」
「帰りのお迎えは来てる?なんならうちの車で送るよ?」
先輩達の暖かい声に、本当にいい部だと、蔵人は改めて感じる。
「ありがとうございます。折角ですが、家の者を待たせていますので、これで失礼します」
嘘は言っていない。家の者(柳さん)を(家で)待たせてしまっている。それに、車より飛んだ方が速いし安全だ。
「はーい。じゃあね、新人…えっと、蔵人君?」
「蔵人君、また明日ね!」
「絶対来てね!」
「はい!必ず」
先輩達の声を背に受けながら、蔵人は駆け出し、正門をくぐって誰も居なくなった所で、夜空に向かって飛び上がる。
帰路の途中、眼下には特区の夜景が広がっており、大通りに視線を落とすと、先に帰った先輩達の姿があった。
あれは、神谷先輩…サーミン先輩か。
サーミン先輩は、周囲に女子生徒を数人侍らせて、夜の街を楽しげに歩いていた。遠目ではあるが、女子生徒達はファランクス部の先輩ではなさそうだ。別の部活の娘かな?
見た目通り、結構遊び人なんだなと、蔵人は彼の情報を上書きしながら飛び超える。
すると、今度はレイ部長達の姿まで見かけた。部長は、美原先輩と一緒に下校していた。手を繋いで歩く2人は、随分と仲が良いように見える。親友なのかな?女性同士だと、ああやって手を繋いで帰るものなのかな?
それとも…。
「あっ、購買部でプロテイン買えば良かった」
そんなことを呟きながらも、蔵人は家路を急いだ。
そして、無事に家にたどり着いた蔵人だったが、無事であったのはそこまでだった。
なんと、家に鬼が紛れ込んでいたのだ!
「蔵人様!今、何時だと思っているのですか!」
違う、鬼ではない。鬼の形相で出迎えて下さった柳様でした。
あまりの威圧に、蔵人は事情を説明しながら、ヘコヘコ謝り倒した。
それで何とか矛を収めてくれた柳さん。だが、
「良いですか。今度から帰りが遅くなる時は、事前に連絡をして下さい」
制約を設けられてしまった。
蔵人は渋々頷く。
「分かりました、柳さん。早速で恐縮ですが、明日も遅くなると思います。明日だけでなく、今後の平日は大体これくらいの時間になるかと…」
「でしたら、帰る前に連絡を入れて下さい」
そう言われても、学校に公衆電話とかあるかな?
最近は、携帯電話の普及で、固定電話が一気に減ってきている。
最悪、最寄りの駅か大型病院に寄るしかないかと、蔵人は内心ため息を着いた。
仕方ない。心配してくれる人がいる分、俺は幸せ者なのだと、自分に言い聞かせながら。
ややこしいルール説明会となってしまい、すみません。
ただ、この後もファランクスの試合は多々ありますので、何となくでも把握していただけたらと思います。
「寧ろ、当分こいつの話がメインだからな。理解してもらわねば困る」
今後も図を挿入していこうと思いますので、不明点などありましたら、お気軽にお問い合わせください。
「イノセスに、問い合わせるのだぞ?」
分かっていますって…。