440話(2/2)~斜線陣か。考えたな~
※臨時投稿です。昨日も投稿していますので、読み飛ばしにご注意ください。
ロシアベンチの監督席。
そこで私は、オルロフ監督の勇ましい指揮をすぐ近くで聞いていた。
【ペラゲーヤを下げなさい。カチェリーナ、次は貴女の番ですよ。日本を一歩も前に進ませないつもりで攻撃するのです。後のことは考えず、ただ全力を出し尽くしなさい】
【はい、監督】
監督の指揮の元、ロシア選手達は着実に日本を追い込み、黒騎士の盾を削っていた。得点差は全く動かないが、日本は着実に体力と魔力を消費している。
こちらも高ランク選手を消費しているが、そこは全く問題ない。こちらにはまだ、Sランク選手が2人も控えているのだから。Aランク選手を幾ら失おうと、ロシアチームは揺るがない。
こちらの防御も問題ない。日本選手は防御と近距離役の攻撃力は高いものの、遠距離部隊の選手層がとても薄い。だから、我が社の魔力変換システムを使いさえすれば、Cランクだけでも十分に対応出来ていた。安全を見てBランクも防御に回していたけれど、この分だったら攻撃に回してもいいのではないだろうか。今のところ魔力も持ちそうだし、後半戦で総入れ替えを行えば万全だろう。
万全の布陣。
さぁ、日本はどう出るのかしら?
そうやって高みの見物をしていると、日本側に動きがあった。
『ここで日本チーム、円柱役の2人を前線に移動させました。それに伴い、前線の配置も変える模様です』
『左翼に戦力を集中していますね。黒騎士選手を筆頭に、米田選手、クマ選手が前衛に並んで盾を強化します。その後ろに、藤波選手ら高ランク選手が続きます』
歪な形になった日本の前線。左翼ばかりに戦力を集中するから、中央と右翼がペラペラだ。盾役の選手が数名しか残っていない。
何をする気なの?
私が眉を顰めている前で、黒騎士のシールドがロシア前線に向けて前進し始めた。
撃ち合いでは勝てないからって、無理やり接近戦に持ち込もうってこと?甘いわね、日本。
私が呆れて首を振っていると、突然、日本左翼から男性の大声が響いた。
黒騎士だ。
『誇り高き日本の戦士達よ!強豪ロシアに打ち勝つため、今こそ我らの力を示す時だ!』
「「おぉおお!!」」
『進め!我らの栄光を阻む敵を、1人残らず蹂躙せよぉ!』
「「「おぉおおお!!」」」
美しく勇ましいその声に押される様に、横1列で耐えていた相手のシールドが、一斉に浮き上がった。
放送席が湧く。
『日本の前線が、一斉にラインを上げてきた!これは、盾による突撃です!』
『黒騎士選手が得意とする戦術ですね。去年のビッグゲーム、彩雲中学との3位決定戦を思い起こさせます』
『ですが、そうはさせじと、ロシア前線から激しい迎撃が繰り出されます!人員を割いた左翼は前進を続けますが、中央と右翼が置いていかれているぞ?これは不味い!』
歪になりつつあった前線が、はっきりと目で見て分かるほどの歪み方をし始めた。一列に整然と並んでいた黒騎士のシールドラインが、今では見る影もない程に崩れていた。
こんな歪な前線であれば、直ぐにでも監督から突撃の命令が出るだろう。ロシアの突撃力を侮っていると、一気に勝負を付けられてしまうわよ?
そう思ってオルロフ監督を見上げると、彼女は目を尖らせて怖い笑みを浮かべた。
【斜線陣か。考えたな】
【えっ?斜線陣…ですか?】
それって…なんなの?
私の疑問に答えたのは、日本の放送席だった。
『いえ、これは斜線陣ですよ。古代ギリシャで使われたファランクス陣形を、更に改良した陣形。言わば、ファランクスを破壊するための陣形です』
そんな陣形があるのかと、私は拳を握りしめた。またしても、日本が我が社の装備を上回ろうとしていると思って。
でも、オルロフ監督は動じない。私の隣で、ビシッと手を振り上げた。
【カチェリーナ!Bランクを連れて右翼へ移動!敵の左翼を黙らせろ!】
【【了解】】
ロシア選手達はパワードスーツの推進力も使って素早く移動し、日本の左翼が迫る右翼へと到着した。
その間にも、日本の左翼が着実に前進し、ロシアの右翼に肉薄していた。
だが、日本が進めたのはそこまでだった。到着したロシアの主力が砲撃を開始すると、人数に物を言わせて進んでいた日本左翼の歩みが遅くなり、やがて停止した。
『遠距離での激しい撃ち合いから、近距離での殴り合いに移行しました!しかし、依然としてロシア有利か!』
『斜線陣に対して、直ぐに対応されてしまいましたね。これは予想外。ロシアのオルロフ監督、日本の鶴海選手に負けない策士です』
遠距離でも近距離でも関係ない。ロシア選手達が付けている装備は、DP社の作ったパワードスーツと同等品だ。だから、彼女達はすぐさま移動できたし、距離に左右されない攻撃を繰り出すことも可能であった。
我が社の科学力とロシアの高ランクが手を組めば、今度こそ黒騎士に勝てる。
私が期待の目を向ける左サイドでは、日本側から必死な声がひっきりなしに聞こえてきた。
『怯むな!進め!進み続けろ!勝利は目前だ!』
「「おっ、おお…!」」
「殴れ殴れ!」
「休むなや!ここが正念場やで!」
「ほいほーい!」
声を荒らげ、なりふり構わず攻撃する様は、まさに瀕死の猛獣。この機会を逃せば終わると、死に物狂いでロシア前線に噛み付いていた。
でも、
【全力を出せ!お前たちの全魔力でもって、この突撃を止めるのだ!】
【【了解!!】】
強豪ロシアは屈しない。惜しげも無く魔力を放出し、相手前線に叩きつけた。
オルロフ監督の冷静な判断と、選手達の豊富な魔力。そして我社の技術が、黒騎士達の突撃を見事に受け止めていた。それどころか、次第に日本前線を押し返し始めていた。
【今だ!突撃しろ!】
【【了解!!】】
『まだだぁ!まだ諦めるな!押し返せ!』
「おぉおお!!」
「ぐぅっ…!」
「くそぉ!反撃が、痛すぎるぜ!」
黒騎士は尚も鼓舞するが、それに着いてくる声も徐々に減り、日本の士気が下がっているのが明確に現れていた。
それと同じ様に、押し出していた左翼が見る見る押し返され、とうとう取り残されていた中央と右翼前線と繋がってしまった。
黒騎士達の作戦が失敗に終わり、振り出しに戻ったのだ。
いや。
【押せ!そのまま円柱まで叩き付けろ!】
【【ウラァアアア!!】】
『ロシアの反撃が止まりません!後退した日本左翼に圧力をかけて、日本領域の奥深くまでくい込んだ!』
『日本の斜線陣に合わせて、ロシアも主力を投入しましたからね。勢い付いたロシア右翼は止まりませんよ。下手すると、このままタッチを許してしまう可能性もありますよ』
『これは厳しい!立て直せるのか、日本チーム!黒騎士選手!』
よし。良いわ。良いわよ!
このまま日本左翼を轢き殺して、一気に勝負を決めちゃいましょう。
試合時間は…あと1分。
これで、前半戦コールドだ。
【一気に決めろ!祖国の力を見せるのだ!!】
【【【おぉおおおお!!】】】
ロシア選手達の勢いが爆発し、日本を大きく後退させる。
あまりの劣勢に、日本を応援していた観客席からは幾つも悲鳴が上がり、私の頭上からは大きな歓声が響いた。
私達の勝利を期待する、仲間の声だ。
私達の勝利を望む、大歓声。
とうとう、やっと…。
私も思わず叫びたくなった、
そんな時、
「今よ!」
そんな声が、私の耳に割って入った。
その声がしたのは、日本の中央前線。
取り残された前線で、誰かが水球を上げて号令を送っていた。
それは、39番。
ニュージーランドを、インドを、
そしてイーグルスを罠に嵌めた、日本の軍師だった。
「行っくよー!」
「行きます!」
「来て早々の初仕事やで!」
その軍師の号令に、彼女達の背後から現れたのは、3人の日本選手。
左翼の一部を支えていた彼女達が中央へと周り込み、そして中央と左翼の空いていた隙間から入り込んだのだった。
なっ!
『なんと!空いた前線の隙間から、桃花選手達が入り込んだ!』
【なんだと!?】
オルロフ監督の悲鳴。
彼女は大きく手を振って、日本の領域深くに攻め込んでいた右翼に指示を飛ばす。
【下がれ!右翼!カチェリーナ下がれ!侵入した敵兵を討ち取るのだ!】
『させるか!』
オルロフ監督の指示に反応したのは、黒騎士だった。
後ろへ後ろへと逃げていた日本の左翼が急に止まり、再び反撃に転じたのだった。
『押し込め!敵を振り向かせるな!』
「「「おぉおおおお!!」」」
「奇襲成功だ!もう遠慮なくやっちまうぜ!」
「本気出したるさかいな!」
「行きなさい!ヤマタノオロチ!」
敗走寸前だった日本左翼が、まるで嘘のように前線を押し返し始めた。
いや、本当に嘘だったんだ。
相手は最初から、左翼を下げる為に演技をしていた。
左翼と中央の隙間を作り、その隙間から騎兵を放り込む為にロシア前線を引き付けたんだ。
【下がれ!カチェリーナ!ゾーヤ!マトローナ!】
必死に選手達を呼び戻そうとするオルロフ監督。
でも、誰も反応しない。息を吹き返した日本前線を止めるだけで、彼女達は精一杯なのだ。
誰も、ロシア領域を独走する騎兵を見ることすら出来なかった。
それを見越してか、独走する騎兵の背中を、黒騎士の声が押す。
『進め!至高なる我らの騎兵達よ!』
「「おぉおお!」」
『ロシア領域に入り込んだ3人、止まりません!凄い速さで駆け抜けていく!』
『ロシアの円柱役が出てきましたが…桃花選手が吹き飛ばしてしまいましたね』
『ロシア前線は日本前線にかかりっきりだ!誰も動けない!』
『寧ろ、崩壊しかかっています。後退して、何とか全滅を避けている状況です』
『そのまま…今、桃花選手がファーストタァアアアッチ!!』
「「【【わぁああああああ!!】】」」
「【ピーチちゃぁあん!】」
『続いて剣帝選手、そして難波選手が揃ってセカンドとサードを奪取!これで日本領域は71%と、15分コールドの基準である70%を超えました!』
「凄いわ!剣帝様!」
「ようやったぞ!難波!」
「大阪の誇りや!」
ロシア円柱にタッチした3人が、凱旋するようにゆっくりとロシア領域内を走り、観客席に手を振る。
そして、
ファァアアン!
『前半戦終了!』
無慈悲な放送が響き渡り、観客席からは日本を祝福する大きな声援が響き渡った。
それを受けて、タッチを奪った3人は空に大きくガッツポーズを掲げながら凱旋する。
それを見ていると、私の胃に鉛のような物が流れ込んできた気がした。
全員を囮にするって、こういう事だったんですね。
「斜線陣自体が囮であったのか」
流石は、天才軍師の鶴海さん。
「まぁ、真の天才は故人だがな」




