440話(1/2)~そう…囮…囮ね~
「日本選手の皆さんは、こちらに並んでください!」
試合時間が迫り、蔵人達は選手入場口手前のエントランスへと誘導されていた。
スタッフが並ぶようにと手を向けた反対側には、赤と青を基調としたパワードスーツに身を包んだロシア選手団の姿が既にあった。
予想外だ。我々よりも先に、ロシアが来ているなんて。しかも、殆どの選手がフル装備になっている。同じ強豪である中国やインドだって、この段階では1パーツも装着していなかったというのに。
それだけ、ロシアがこの試合に本気で臨んでいる証拠であり、我々を敵として認識している証拠だろう。
そう、蔵人が思っていると、ロシア選手団の一部がコソコソし出して、視線をチラチラこちらに向けてきた。
なんだ?何か、良からぬことを考えていそうだな。
「済みまセん。ちょっとお話、よろシイですか?」
警戒していると、2人のロシア選手がこちらに歩いて来て、蔵人に話しかけてきた。
ゴテゴテしたヘルメットをサッと外すと、長い銀髪が流れるように落ち、スッと鼻筋が通った美人さん達が顔を出した。
モデルさんか?背もかなり高いな。
「私はゾーヤ。こちらはリリーヤでス」
「初めまシて、黒騎士選手。私達は貴方のファンです」
「本戦での活躍、毎日会場で見てましタ。素晴らしい活躍でしタ」
美しい笑みを浮かべて話しかけて来る2人組だが、目は笑っていない。怪しい光が目の奥で輝き続けている。
…何か嫌な予感がするな。水晶盾のゴーグルしとこっと。
「お褒めに預かり、光栄です。ゾーヤ選手。リリーヤ選手」
「私達だけではありませーん。ロシアで貴方はとても人気でス」
「ロシアは貴方を歓迎しマす。是非一度、私達の国に来てくださイ」
おやおや?いつの間にかロシアへ勧誘する話に切り替わっているぞ?
蔵人は肩を竦める。
そうか。だからキレイどころを用意したのか。大方、こうして黒騎士が来場したら誘うようにと、上から言われているのだろう。
道理で、湊音君がロシアに居るわけだ。きっと彼は、今日本に侵入しているロシアのスパイに勧誘されて、選手に仕立て上げられたのだろう。先月までただの学生だった彼がいきなり国際選手になっていて驚いたが、そういうカラクリだったみたいだ。
だが何故ロシアは、ファランクス素人である彼を勧誘したのだろうか?強豪ロシアに限って、選手が足りないなんてことは無いだろう。俺や鈴華を誘う為の人質かとも思ったが、彼を話題に出す素振りも2人からは感じない。
何故、彼を誘致したのだろうか?
「さぁ」
色々と考え込んでいると、美女2人がすぐ前まで迫ってきていた。
おっと、いけない。彼女達を半分忘れていた。このままだと強引に連れていかれるな。
蔵人が拒否しようとすると、その前に鈴華が出てきた。
「てめぇら、まだそんな誘拐まがいのことしてんのか?」
「いい加減にせんと、スタッフ呼んでペナルティ受けてもらうで」
「強引な勧誘は、レギュレーション違反になりますよ?」
鈴華に続いて、伏見さんと鶴海さんも前に出て来て抗議する。すると、2人は顔を見合わせてすごすごと自分達のチームへと戻って行った。
戻ってからも、何やら向こうで口論を繰り広げている。
誘致出来なかったことに対して、文句を言われているのかな?
「おい、ボス」
ロシアチームを見ていると、鈴華がずいッと目の前に現れた。
随分と険しい表情だ。どうした?
「まさかとは思うけど、ロシアに何か行ったらダメだからな?あんな、見てくれだけの奴に魅了されんなよ?」
ああ、そういうこと?
「分かっているさ。それに、安心してくれ。あんな人達よりも、君達の方が魅力的だから」
蔵人がそう言うと、鈴華は何度か目をパチクリさせる。そして突然、抱き着いて来た。
「流石ボスだぜ!良く分かってんじゃねえか!」
「痛い痛い!鈴華!鎧で抱きつかんでくれ!ダブルワンの装甲は尖ってんだよ!」
「おう。じゃあ脱ぐから待ってろよ」
「脱ぐな!もう試合が始まるぞ!」
全く、自由な奴だ。
それから程なくして、選手入場となった。初めに通されたのは、我々日本チームだ。
「「「【【【わぁあああああああ!】】】」」」
「「「【【【ニッポン!ニッポン!ニッポン!】】】」」」
会場の殆どが我々を祝福し、頑張れ!勝てよ!と、様々な言葉で語り掛けて来てくれた。そこに、列強だの弱小国だの、白人だの有色人種だのといった煩わしい感情は見えない。ただ純粋に、感情のままに我々を応援してくれている。
【選手は前に!】
主審が我々を呼び寄せて、握手をさせる。
今まで日本人の主審が多かった中で、今回はヨーロッパ系の方だった。珍しいなと横目で見ていると、彼女の胸元にロシアの国旗色をしたバッチが見えた。
…ロシア人の主審なのか?なんで、態々対戦国の主審を決勝戦に置いたんだ?
疑念が湧く蔵人。もしかして、この試合も全日本みたいに、なにか大きな力で歪められようとしているのかと。
【それでは、これよりオリンピックU18ファランクス、決勝戦を執り行います!】
主審の合図を聞き、蔵人は前を向く。
ロシアの陣形は、何処かフランスのそれに似ていた。
前衛…6人
中衛…4人
後衛…1人
円柱…2人
そしてそれは、陣形だけではなかった。
【試合、開始!】
試合が始まって早々に、ロシアはフランスと同じように選手達を前面に構えさせ、遠距離攻撃を開始したのだった。
『試合開始早々、ロシアから激しい遠距離攻撃が始まりました!』
『ロシアチームが得意とする戦法ですね。砲撃で相手前線を削り、突撃でそれを崩す』
『なるほど。それに対して、日本も得意な戦術を展開させます。黒騎士選手がシールドを並べ、クマ選手やハマー選手がそれを強化しているみたいです!』
『シールドファランクスですね。加えて、日本選手後方からも遠距離攻撃が開始されました。藤波選手の水龍も登場です』
試合が始まってすぐ、両チームは激しい攻防戦に移行した。
向こうが砲撃と突撃を得意としているのは知っていたので、こちらも素早くシールドを展開し、遠距離攻撃に移行することが出来た。
同じ様に、向こうも動きが早かった。こちらのシールドファランクスを見ても、全く動じた様子もなく砲撃を続けている。
そこまでは、想定内。だが、その先は想定外だった。
『藤波選手を筆頭に、日本からの反撃がロシアチームに降り注ぎます!ですが、ロシアチームも前線に防御陣を張りました!これは早い!とても早い陣地構築です!』
『前線で日本を攻撃していた遠距離部隊が、そのままシールドを張りましたね。ええ。これはかなりの技術力です』
『そうなんですか?』
『ええ。遠距離攻撃と防御は異能力の使い方が大きく異なりますからね。それが出来るだけでもなかなかの物。ロシア選手はそれに加え、黒騎士選手のクリスタルシールドを削る攻撃力と、藤波選手の水龍を受け止める防御力を持っています。これはかなりの技術力と言えるでしょう』
『流石は列強の国ですね』
いいや、違う。彼女達の技術力が高い訳ではない。
蔵人は、向こう岸で出来上がったロシアの防御陣を睨みつけて、頬を吊り上げる。
彼女達が防御陣形を整えている時、彼女達のパワードスーツが変形しているのが見えた。その動きは、アメリカのイーグルスに似た動きであった。
そう言えば、カトリーナ社長がロシアと接近しているという話があった。それで、DP社の装備をロシア選手にも提供しているのか。
こいつは厄介だと、蔵人が目を細めてロシアの防御陣を見ていると、その中央が大きく割れた。そして、その割れ目から1人の選手が顔を出した。
胸に書かれた番号は…5番。
『ロシアAランクのズラータ選手が、黒騎士選手のシールドファランクス目掛けて雷撃を放ちました!凄い威力です!』
『Aランクと思えない火力ですね。それを、普通に受け止める黒騎士選手も然るものです』
『ロシアの主砲に、日本からも遠距離攻撃での反撃が繰り出されます。しかし、ロシアの防御陣に全て阻まれます!』
ロシア側は、前線に出て来ているCBランク全員を盾役に切り替えてこちらの攻撃を受けていた。そして、攻撃は全てAランクのズラータ選手に任せっきり。
それでも、ロシアは日本との撃ち合いに負けておらず、寧ろ向こうの弾幕の方が強力であった。
何故か、それは…。
『おおっと!ズラータ選手がふらついたぞ!大丈夫か?』
『そのままベンチに戻りましたね。これは交代の様です』
『背番号4番、ペラゲーヤ選手が入場します。入場と同時に、パイロキネシスのジェットで飛び出して、一気に前線まで駆けつけました。そのまま、日本陣営に強力な火炎弾をぶつけています』
『早いですね、ペラゲーヤ選手。移動もそうですけれど、魔力消費ペースがとても早い。このままでは、前半戦すら持ちませんよ』
『捨て身の攻撃と言う事でしょうか?高ランク選手を多く登録しているロシアならではの采配ですね』
やはり、その使い捨て戦法で来るのか。これは確実に、あの社長さんが裏に居るぞ。
苦い経験が思い起こされ、蔵人はすぐにでも相手前線に襲い掛かりたい衝動に駆られる。
でも、出来ない。Aランクの全力を超えた全力の魔力弾を受けて、こちらも全力で防御しなければならなかった。
他の選手達も余裕はない。相手の前線を崩そうと必死に異能力を放ってはいるが、多重に組まれた相手のシールドは強固であり、Aランクの藤波選手でもなかなか崩せるものでは無かった。
日本の選手は全員、歯を強く噛み締めて苦しさを紛らわせながら、打破できない現状に悔しさを募らせていた。
それとは裏腹に、観客席は大興奮だ。
無数の弾丸が行きかうフィールド。その激しい戦闘に、幾つもの歓声が沸き上がる。
これぞファランクス、これぞ異能力戦だと、拍手喝采で両チームにエールを送っていた。
『さぁ、ここで再び、ロシアチームから選手交代の合図だ。背番号4番ペラゲーヤ選手が下がり、背番号3番、カチェリーナ選手がフィールド入ります』
『前半戦も終盤に入り、最後のAランクを投入してきましたね。このペースで行くと、後半戦でSランクのゼレノイ選手を投入するつもりかも知れません』
ああ、そうだろうな。
そこで、一気にこちらを刈り取る算段なのだろう。守っていてばかりでは、確実に負ける。
「うちが出たるわ」
伏見さんが腕組みしながら、静かにそう言った。
その彼女の肩を、鈴華がガシッと掴んだ。
「やめとけ、早紀。今突っ込んでも、相手の陣地に突っ込む前にハチの巣にされちまうぞ」
「それでええねん。うちがあのAランク引き付けられたら、カシラ達の負担が減る。その内に、相手の前線を蹴散らして欲しいんや」
「だからって、お前がやられたら意味がねぇだろうがよ!」
「それで突破口が出来るんやったら、十分意味があるやろ!」
今にも飛び出しそうな伏見さん。
彼女の考えも分かる。彼女であれば、良い囮役になってくれるだろうから。現状、近距離型の彼女達に出来ることは少ない。せめて何かの役に立ちたいと思う気持ちは痛い程分かる。
そして、鈴華の想いも良く分かる。一か八かの作戦に、伏見さんという戦力を割くのは得策とは思えない。今は役割がなくとも、この試合中に必ず、彼女達の力に頼る場面は出てくるはずだから。
そう、蔵人も思った。
しかし、
「そう…囮…囮ね」
鶴海さんが静かに、そう呟いた。
静かだけれど、とても恐ろしい呟き。
「鶴海さん。まさか、誰かを囮にするんですか?」
「この均衡した状況を崩すには、そう言った博打も必要だと思うわ」
まさか。聖母のように優しい彼女が、そんな非情な作戦を立てるつもりなのか?
「鶴海さん。一体…誰を囮にするのですか?」
「全員よ」
蔵人の問いに、鶴海さんは覚悟を決めた顔を上げた。
「私達全員の命を懸けた、一大博打を仕掛けるわ」
長くなりましたので、明日へ分割致します。
「一世一代の大博打、か」
鶴海さんに似つかわしくないセリフですね。




