435話(2/2)~…ダメだ~
※臨時投稿です。昨日も投稿していますので、読み飛ばしにご注意ください。
「はぁあああ!」
【はいっ】
「おらぁあ!」
【はいはいっ】
「シールド・カッター!」
【おっと。今のはなかなか、ヒヤッとしたよ】
フィールドの中央で、2人の選手が入り乱れる。
蔵人は何度も拳を突き出し、足で薙ぎ、盾で奇襲を掛けていた。
だが、その全ては躱され、いなされ、弾かれていた。
高速回転の盾すら弾くのは、史実の武術では到底考えられない技能。間違いなく、彼女の異能力がそれを可能にしている。
その力は、恐らくはリビテーションだろう。河崎先輩が使っていたのと同じ、投げ飛ばしの技。
だが、シンリー選手のそれは、より繊細で力強いものだ。河崎先輩は、Aランクの魔力量で相手の魔力を押さえつけたり、強引に引っ張りまわしていた。だがシンリー選手のそれは、軽く手を添えて軌道をズラしている様な感覚。言わば、合気道のそれに近いのかも知れない。
『ラッシュ、ラッシュ、ラァァアッシュ!黒騎士選手の怒涛の攻撃!目にも止まらぬ激しい攻撃に、しかし、清麗選手は殆ど動かない!軽く手を振るだけで全てを受け流してしまっている!これが、世界チャンプの力なのか!?』
「「黒騎士さまぁ〜!」」
「嘘でしょ…黒騎士様でもダメなんて…」
「まだだ!まだ試合は始まったばかりなんだよ!行けぇ!ボスぅう!」
「頼んます!カシラァ!」
周囲から心配そうな声を受けながらも、蔵人は全身に龍鱗を纏う。鎧の中だけでなく、外にもびっしりと。
『おおっと!ここで黒騎士選手の様相が変わった!体全体に小さな盾を貼り付けたぞ?』
「小さな盾?否、断じて否!」
兜の中で、蔵人は笑う。
「其は龍鱗。この身は龍ぞ!」
『龍鱗?はて?何処かで聞いた名前…』
実況の声を聞きながらも、蔵人は再びシンリー選手へと突っ込む。
今度は、超高速の攻撃で勝負だ。
『は、速い!黒騎士選手の姿が殆ど見えない程に、彼の速度が上がった!なんて早さ、あっ!その速度のまま、清麗選手に背後から突撃!』
「「【わぁああああ!!】」」
「良いぞ!ボス!」
『だが!これも清麗選手、回避した!まるで背中に目でも付いている様に、黒騎士選手の突撃と同時に体を少し傾けた!
しかし、黒騎士選手も諦めない!再び高速移動を開始して…急襲!背後から、そして避けられると同時に側面に回り込んでの攻撃!縦横無尽、目にも止まらぬ連続攻撃!最早、私の口が追いつかない!私の目では追いきれない!
その圧倒的な速度を、清麗選手は全て躱している!フィールドの中央、そこで舞踏でも踊るように、鮮やかな衣装をなびかせて、長い手足を優雅に泳がせる!たったそれだけの動作で、黒騎士選手が翻弄されている!』
「はっ、はっ、はっ…これ程までとは…なぁ…はっ、はっ」
蔵人は床を滑りながら、短い呼吸を繰り返す。そして、フィールド中央に視線を向ける。そこには、試合開始から一歩も動いていないシンリー選手の姿があった。
攻撃が当たらないどころか、掠りすらしない。寧ろ、攻撃をする度に投げ飛ばされそうになっていて、こちらの方が危険な状態だった。
観客達からは見えていなかっただろうけど、攻勢を受けているのは寧ろ、こちらの方だった。
これは、昨日のシングル戦準決勝と同じ状況。紫電を超える速度であれば当たるかと思ったけれど、結果は全く一緒。
だから、蔵人は攻め方を変える。速度でダメならば、次は攻撃力と手数で勝負だ。
『フィールドの中央で、両者が睨み合います。試合開始からまだ2分ですが…おっとぉ!再び黒騎士選手に動きがあった!体がどんどん肥大化していって、風船の様な体になります!これは、中国Sランクの王選手を倒した技だぁ!』
「タイプ・Ⅳだよ!」
「今度こそ決めちまえ!ボス!」
「(低音)ブハハッ。行くぞ、英雄王」
蔵人は飛び上がり、シンリー選手の頭上から拳を振り下ろす。
「(低音)ス豚ピングゥウ!」
強烈な一撃に、シンリー選手は片手を上げて、それを払う動作をするだけだった。たったその一動作だけで、ロゴの両拳は左へと逸れて地面に叩きつけられた。
ボフンッ!
鈍い音と、僅かな衝撃がフィールドに伝わる。
それを、シンリー選手は変わらない態度で見下ろす。
ふむ。大火力での攻撃も、彼女からしたら大ぶりな攻撃になるだけか。
ならば、
「(低音)ショットガン・ブラスト!」
蔵人すら読めないランダム軌道。それを、シンリー選手のすぐ近くでぶちかます。無数の水晶盾の弾丸が、彼女へと殺到する。
それでも、彼女は余裕そうに揺蕩う。まるで分っていたかのように体を少し引いて、弾を全て受け流してしまった。
なるほど。この程度のランダム性は、脅威にはなりえないと。
ならば、もっと増やしてやろう!
「(低音)ガトリング・アヴァランチ!!」
蔵人は両拳を高速で撃ち出して、彼女の四方八方から拳の雨を降らせる。
一発当たるだけでも、華奢なシンリー選手であれば致命傷。その危険な豪雨の中を、彼女は舞いを踊るようにクルクルと両袖を回転させる。たったそれだけの動作で、全ての雨粒を捌ききってしまった。
両拳から放たれる打撃だけでは、数が足りなかった。
「(低音)ならば、これも喰らうと良い!」
『おおっと!先ほど避けた筈のシールドバレットが、高速回転して戻って来たぞ!』
そう。ショットガン・ブラストの弾はまだ生きている。蔵人はそれらをシンリー選手の背後から向かわせて、彼女を貫こうとした。
360度からの攻撃。人間の五感では、到底処理しきれない超広角攻撃。
【へぇ。Cランクでこれって、やっぱり凄いですね、お兄さん。でも】
それでも、シンリー選手の前では敵わなかった。
彼女の直前まで迫った弾丸は、彼女がクルリと回るだけで、全てが彼女を避けるように弾道を変えられてしまった。
それはまるで、彼女の周囲だけ空間が歪んでいるようだった。
これは、本当にリビテーションの異能力なのか?まるで一条様の予知みたいじゃないか。もしくは、剣聖選手の超把握の様な性能…。
そうだ。あの真緒さんみたいに、シンリー選手も何らかの力でこちらの動きを把握しているのではないだろうか?もしもそうなら、その原理を突き止めねば、こちらに勝利はない。
蔵人は、膨大なロゴの脂肪を全て魔力に変換し、それでもって両拳を魔銀盾で覆う。
剣聖選手と同じように、微細な流れであれば狂わせることの出来る魔銀の拳。それを、シンリー選手に向って放った。
「マルドゥーク・フィスト!」
【おっと】
魔力の波動を狂わせる拳。
しかし、それでもシンリー選手には届かない。先ほどと同じように、体に当たる直前で回避されてしまった。
だが、大きな違いがあった。それは、シンリー選手が中央から動いたことだ。いままで攻撃をあらぬ方向に誘導するだけだった彼女が、大きく体を反らせて回避していたのだ。
魔銀の魔道性が効いている?大きく避けるばかりで、さっきまでのように魔銀拳をリビテーションで捌こうとしてこない。
もしかして、魔銀のせいでリビテーションの動きが阻害され、繊細だったカウンター技をこちらに打てないのか?だから、己の回避行動のみに注力している?
蔵人は手ごたえを感じるも、それが決定打にならないことも理解していた。
確かに、こちらの独り相撲は終わろうとしている。だが、攻撃が当たらないのは変わらない。このまま魔銀の拳を振り回したところで、当たらなければ意味がない。息つく先は判定負け一択。
「そりゃあ!」
蔵人は大ぶりな右ストレートを放つ。そうすると、シンリー選手は2歩後退するだけでそれを避ける。
その時、蔵人の右拳が膨れる上がる。そして、爆発した。
「ショットガン、ランパート!」
右腕を覆っていた魔銀盾が全て弾け飛んで、その殆どがシンリー選手へと向かった。
紫電を倒したこの技は、超広範囲に広がってシンリー選手へと降り注いだ。
魔銀という、魔術師殺しの弾丸で。
それなのに、
【ほいっと!】
彼女は高々と空を跳び上がり、全ての銀弾を回避して見せた。
それだけではなく、彼女はいくつかの銀弾を捕まえて、こちらへと跳ね返してきた。
「ぐっ!」
攻撃に殆どの魔力を割いていたので、蔵人は踏ん張り切れずに地面を転がった。
会場が揺れる。
『攻めていた筈の黒騎士選手が、吹っ飛ばされてしまった!』
「「【きゃぁあ!】」」
「黒騎士様!」
【ブラックナイト!】
『直ぐに立ち上がった黒騎士選手ですが、これは痛い。攻撃は当たらず、逆に跳ね返されてしまう。まさに打つ手なしの状況だ!』
ああ、本当に、その通りだよ。
蔵人は体に付いた埃を叩き落とす。自分で作った盾だから、身体的なダメージは殆どない。だが、精神的にはかなりキツイものがある。今まで工夫してきた技が、全て無効化されてしまっている。
「…ダメだ」
やはり、だめだ。
このまま戦い続けても、彼女に勝つことは出来ない。
見つけなければ。彼女がこちらの動きを把握しているその方法を。
彼女の異能力がリビテーションであることは確定事項だ。そこから何をしているのかを考えろ。
考えろ、考えるんだ。浮遊で何が出来るんだ?真緒さんみたいに、何かしらの方法で魔力や音を拾っているのか?それとも、一条様みたいに動体視力が人間離れしているのか?まさか、彼女がアグレスで、2種類の異能力を使っているなんてことは無いよな?
考えれば考える程、何が正解なのか分からなくなってくる。
目の前でフワフワと浮いている彼女が、まるで天界から降りてきた天女のように思えてきた。
相手が天使だったら、勝てる訳がないんだよな…。
蔵人はフッと自虐的に笑う。
そして、肩の力を落とした。そのまま、ゆっくりと目を瞑った。
その様子に、会場中からどよめきが起こる。
『こ、これは、黒騎士選手が目を瞑ってしまった!降参か!?黒騎士選手、清麗選手に手も足も出ず、あきらめてしまったのかぁ!?』
「「「えぇえええ!?」」」
「黒騎士さまぁ!」
「おいボス!冗談だろ!?何かの作戦だよな?おい!」
「当たり前やろ!カシラが降参なんて、する筈ないわ!自分、何を疑っとんねん!」
「うるせぇ!疑ってねぇ!ただ心配しただけだあたしは!」
「それを疑っとる言うんや!」
「なんだと!?」
会場中で、ブーイングとも取れる喧騒が巻き起こる。
そんな状態でも、蔵人はただ立ち尽くす。
ただ、硬く目を閉ざしたままであった。
あ、あれ?
これって、かなり不味いのでは?
まさか、龍鱗やロゴさんでも倒せないなんて…。
「当たらなければ、どんな攻撃も無意味なのだよ」
…何故、当たらないのでしょう?