435話(1/2)~共に広めましょう~
「それで、こいつはどういう事なんだ?若葉さん」
選手控え室として割り振られた部屋の一角で、蔵人は腕組みをして敏腕記者を見下ろす。
すると、若葉さんはブンブンと手と首を振った。
「違う違う!私じゃないよ蔵人君。私が来た時にはもう、記者さん達が詰めかけて来ていたんだから」
そうなのか?ではどうして、こんな大事になっているんだ?
訳が分からなかった蔵人は、部屋の隅で腕を組む、もう1人の同行人に視線を向ける。
すると、彼女は「ふぅ」と深い息を吐き出して立ち上がった。
「俺が来て直ぐに、中国の奴らが記者共を連れて入ってきたぜ。何を喋ってるか分からなかったが、多分あいつらが仕組んだんだろう。悪人の目は、どの国も一緒だからな」
なるほどな。
蔵人は納得する。
元々、怪しいとは思っていた。シンリーさんに対して、限定商品である"あの"ジュースが自販機で売っているなんてデマを吹き込んだ時点で。
それを言っていた劉姉妹が勘違いしたのか?とも思ったが、どうやら俺とシンリーさんを鉢合わせる為のトラップだったみたいだ。
つまり、俺達が今日ここに来ることがバレていた事になる。
「どうやって奴らは、俺がここに来る情報を得たのだろうか?」
「俺じゃねぇぞ」
蔵人の疑問に、カルラさんが反射的に答える。
大丈夫だよ。最初から疑っていないから。その道のプロである君が、”歌う”ことは無いだろう。
それに対しても、若葉さんは首を振った。
「でも蔵人君。漏れる可能性があるとしたら、紫電選手と会話した時だと思うよ。きっと、その会話が何処かで傍受されていたんじゃないかな?」
そいつは大いに有り得る。
若葉さんの推測に、蔵人は大きく頷いた。
カルラさんと会話したのはホテルの駐車場。超聴覚を持つ人ならば、敷地外からでも会話を聞き取る事が出来た距離だろう。中国チームはきっと、それを聞いてエキシビションマッチをセッティングしたということか。
「だが、何故こんな事をしたのだろうか?」
既に金メダルが決まっているシンリーさんと、ファランクス選手の黒騎士を戦わせたって、中国チームにとってはなんのメリットも無いと思う。
これはあれか?我々が中国ファランクスチームを倒してしまったから、その腹いせに試合を組んだのか?
シンリーさんは異能力大国である中国の中でも、無敗を誇るスーパーウーマンだ。彼女の手にかかれば、Aランク選手も型なしと聞いた事がある。
そんな彼女であれば、黒騎士を倒せると思ったのだろうか?復讐の意味合いで?
「その可能性もあるにはあるね。蔵人君が倒した王華選手は試合後、かなり周囲に当たり散らしていたって聞くし」
ふむふむ。ではやはり、その路線か?
「でも、もしかしたら中国選手じゃなくて、中国の異能力委員会が関わっているかもしれないよ」
「ほぉ、向こうの委員会か。その根拠は?」
「えっとね。シングル戦で清麗選手が優勝した時に、多くの人達が言っていたんだ。黒騎士選手がいれば違った。彼なら清麗選手も倒して、金メダルを取れていただろうって」
ああ、その報道は耳にした事がある。なんでシングル戦じゃなくて、ファランクスに出場しているんだ!って、お気持ち表明したコメンテーターとかもいたみたいだし。
「そんな意見もあったから、中国異能力委員会も動いたんじゃないかな?日本に舐められたままじゃ終われないって」
ああ、だからシンリーさんも素直に従ったのか。
彼女は終始、エキシビションマッチを嫌がる様子を見せていた。それなのに、最後は渋々と中国側の控室に向かっていったから。
きっと、本国のお偉いさんに【戦え】と言われてしまったのだろう。
こいつは思った以上に面倒な事になったぞと、蔵人が現状を把握したところで、控室のドアがノックされた。
「黒騎士選手。そろそろ入場のお時間となりました」
時間らしい。
「さて、行くとするか」
蔵人が気合を入れて兜を被ると、2人が近づいてきた。
「気を付けてね、蔵人君。相手は無敗の王者、清麗。今までの相手とは違うよ」
「突っ込み過ぎんなよ。あいつの技は、得体が知れねぇ」
ああ。それは昨晩、散々見たからね。把握しているよ。
蔵人は2人に頷いてから、部屋を出た。
「「【わぁあああ!】」」
「はい!え〜…当チャンネルをご覧の皆さん。ただいま、黒騎士選手も会場に現れました。シングルの王者、中国の清麗選手に向かって、早足で近付いて行きます。我々が思い描いた試合が、今、現実のものになろうとしています。果たして、勝利の男神はどちらに微笑むのか!?気になる方はチャンネル登録お願いします!!」
フィールドへ1歩踏み入れた途端に、頭上から幾つもの視線と歓声が降り注いだ。
見上げると、観客席いっぱいの人達がこちらを見下ろしており、大砲のようにゴツイカメラが幾つもこちらを射線上に捉えていた。
選手村の中だと言うのに、よくもまぁこれだけのギャラリーを揃えたものだ。
蔵人は2階に設置されている観客席に意識を割きながら、フィールド中央で待つシンリーさんへと急いだ。
そして、彼女の前に立ち、彼女を見上げる。
会った時は桃花さんくらいの身長しかなかったシンリーさん。だが今は、米田さんくらいの高さに頭がある。
何故か。それは、彼女の体が浮いているのだと思う。
シンリーさんは赤いスカートと巫女服を合わせた様なユニフォームを着ており、そのスカートの裾がヒラヒラと揺らめいていた。
所謂、漢服という奴だろう。
その揺らめく間をよく見ると、彼女の足が地面に着いていないのが見えた。
ふむ。テレビでは大きく見えたのは、こういうカラクリか。腕が長いのも、ユニフォームのヒラヒラで誤魔化しているからか。
浮遊系というのが分かれば、かなり戦いやすくなるぞ。
【なんか済みません、お兄さん】
蔵人がシンリーさんを観察していると、彼女は突然謝ってきた。
蔵人はそれに、首と手を振る。
「とんでもない。嵌められたのは貴女も一緒なのですから、貴女が私に謝る必要なんてありませんよ」
【いやぁ、でも、それを仕組んだのはどうも、うちらの方みたいなんで】
シンリーさんはそう言いながら、観客席の一角に視線を送る。
そこには、中国国旗を高々と掲げ、他の観客から迷惑そうに睨まれる集団があった。
ああ、あれが主催者か。
【あれが居るんで、私も手を抜く事が出来ません。なので、面倒だと思ったら、適当な所で試合を放棄していただいて構いませんよ。お兄さんは明日も試合があるでしょうし、私も、そこは配慮して立ち回りまるつもりなんで】
「ふむ。そうですねぇ…」
彼女の言う通りだ。この試合、こちらにはメリットが殆どない。賢い奴ならば、適当に切り上げて明日に備えるだろう。
でも、それでは面白くない。
「折角のご配慮ですが、私は全力で貴女に挑みたいと思います」
【えっ…マジですか?】
傘の様な物を被っているので、シンリーさんの表情は見えない。でも、声色は明らかに驚きと呆れを含んでいた。
【なんのメリットもないのに…なんで?】
「メリットならありますよ、劉さん。この試合で頑張れば頑張るだけ、技術力がどれだけ大事かを示すこととなり、技巧主要論の布教に繋がりますから」
ここには多くのメディアに加え、様々な国の選手達も見に来ている。彼女達に異能力の使い方を見せる事が出来れば、一般人のそれよりも布教の速度は上がると思う。
どれだけ良い試合が出来るかで、アグレスの抑止力が上がるのだ。
まぁ、カルラさんに見せるという意味合いもあるけど。
【あはは…ブレませんね、お兄さん】
シンリーさんが肩を落として、乾いた笑い声を上げる。
でも、すぐに姿勢を正した。
【分かりました。そういう事でしたら、私も全力でお相手しましょう。お兄さんの活動を応援するって、言っちゃいましたし】
「助かります、劉さん」
自然と手が前に出て、シンリーさんと固い握手を交わす。
「共に広めましょう。技巧主要論を」
【ぐっ…一瞬お兄さんが、あの胡散臭い金髪に見えてしまった…】
【うぇっ】と、シンリーさんは弱々しくえずいた。
そんなにディさんが苦手なのか?超絶美男子なのに?やっぱり面白い人ですね、貴女。
悶絶するシンリーさんだが、周囲からの反応はすこぶる良い。
握手を交わした途端に、会場中は大いに沸き起こり、中継中のレポーターからは「美しいスポーツマンシップです!」と興奮気味な声が聞こえる。
試合前の握手は当然じゃないのか?
ああ、審判の合図前にやっちゃったからか。それは済まない。
「それでは!試合に移ります!」
蔵人達が握手を解くと、すぐに審判が現れて蔵人達に少し下がる様に指示を出す。
そして、フラッグを構える。
「シングル戦、エキシビションマッチ、黒騎士選手、対、劉清麗選手の試合を始めます!ルールはオリンピックシングル規定に則り、試合時間は10分とします!両者構えて…」
フラッグが振り下ろされる。
「試合開始!」
「「【わぁあああ!】」」
開始と同時に、蔵人は飛び出す。シンリー選手目掛けて、5mの距離を一気に詰め寄った。
それに、シンリー選手は動かない。フワリフワリと裾をなびかせて、中空に浮かんでいる。
まるで、攻撃して来いとでも挑発して見える彼女に対し、蔵人は迷わず右拳を繰り出した。
龍鱗のサポートも乗った、超高速の打撃。
しかしその一撃は、シンリー選手には届かなかった。彼女の体に触れる直前で軌道が変わり、彼女の横をすり抜けて行った。
【はい】
大きな隙を晒した蔵人に、シンリー選手が動く。小さな掛け声と共に手を軽く振った。
それだけで、蔵人の空振りした右手は更に引っ張られ、同時に踏ん張っていた足までつるりと滑った。
まるで一本背負いでもされたかのように、蔵人の体が宙に舞う。
『躱された!黒騎士選手、攻勢からピンチに陥った!』
と、思うだろ?
蔵人は体に貼り付けた龍鱗を操作し、空中で姿勢を制御する。そして、頭が下を向いた状態のままで、シンリー選手の頭を目掛けて蹴りを放った。
渾身の、逆さまローキック!
『なっ!?投げられながらのキックを放つ黒騎士選手!その一撃が、清麗選手の顔面を襲う!だが、これも空振りぃ!』
再び、蹴りの軌道が変えられた。
ほぉ。これも捌くか。
蔵人は、蹴った勢いで体を正転させて、地面に足を着く。
シンリー選手に素早く向き直り、構え直した。
『試合開始早々、激しい攻防が繰り広げられます。黒騎士選手の猛攻に、清麗選手は軽々と対応して見せました。流石は世界ランキング1位。日本の新星に、王者の貫禄を見せつけます』
【良いよ!清麗。そのまま黒騎士を倒しちゃってよ!】
【【【清麗!清麗!清麗!】】】
中国応援団が一気に沸き立つ。その先頭で大声を上げていた王選手が、こちらを見てほくそ笑んだ。
ふむ。やはりこの試合、彼女の私怨も絡んでいるみたいだな。
まぁ、それも、今更どうでもいいがね!
「せいっ!」
蔵人は再び、シンリー選手へと攻め入る。大振りな回し蹴りでの攻撃を繰り出し、彼女の胴体を狙う。
だが、シンリー選手には届かない。蹴りは彼女の目の前を通り過ぎ、そのまま体が流れていく。
「まだだ」
だが、蔵人はその動きに身を任せながら、後ろ蹴りを放つ。
盾で流れる体を加速させていたから、殆ど隙の無い完璧な後ろ蹴りだった。
それでも、シンリー選手には当たらない。後ろ蹴りは、彼女の左脇スレスレを通過してしまった。
「もう一発!」
その伸びきった足から、数枚の水晶盾が飛び出す。
後ろ蹴りのサポートをしていた盾だ。それが全部、シンリー選手へと急襲した。
【はい】
だが、そんな至近距離での攻撃も、彼女が軽く指で宙を掻くだけで、彼方へと飛んで行ってしまった。
これは不味い。
蔵人はまた跳び退り、正対して構えた。
『なっ、なんて攻防だ!目も止まらぬ連続攻撃を繰り出した黒騎士選手!どの攻撃も致命傷となり得る鋭利な攻撃でした。でしたが、その全てを受け流した清麗選手!なんて才能、なんて技術力!彼女の前では、黒騎士選手でも手が出せない!』
「「【わぁああああ!!】」」
本当に、実況の言う通りである。なんて技術力。これでは剣聖選手やカルラさんがやられるのも納得できる。
蔵人は足に龍鱗を貼り直して、再びシンリー選手へと立ち向かう。
だが、やはり一緒だ。全ての攻撃が受け流されてしまう。
ああ、そうだ。これこそがシンリー選手の動き。若葉さんから貰った映像は全て、このパターンで勝負が決まっていた。
剣聖選手の剣術も、紫電の斬撃も、全て受け流されて無効化されていた。
そして、その剣術がそのまま、自身を貫いて終わったのだ。
そのピンチが今、蔵人自身にも迫っている。
世界最強の異能力が、今、喉元に突き付けられているのだった。
長くなったので、明日へ分割します。
「あ奴の攻撃を避けるか」
流石は世界一位。これくらいはしてもらわないとですね。