44話~怖くないか?~
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誤字脱字報告にも感謝を。大変助かりました。
「これだけしっかりとチェックしてもらえるなら、いつもお前がしている最終チェックは要らないのではないか?」
いやいや、ダメですよ!私もしっかりとチェックしないと、皆様に頼り切りになってはいけません!
「そんなものか。難儀なものだな…」
体操服に着替えた蔵人は、早速ファランクス部の基礎練習に加わる。
加われたのは良かったのだが、その練習というやつは、蔵人にとってかなりキツイものだった。
まず始めの基礎練は、走る事から始まる。
軽いジョギングと準備運動の後に、コートの端から端を往復するシャトルラン。これを何本も繰り返す。コートがサッカーコート並に広いので、50名近くが横一列で並んで走っても、ぶつかることは無い。
「巻島君!遅れてるよ!無理だったら休んでね!」
監督役の先輩から、指摘されてしまった。
休んでね!と心配されているが、それだけ先輩達に後れを取っているという事だろう。
しかし、蔵人は必死に前の先輩の背中を追いかけているので、返事なんて出来ない。代わりに、少し速度を上げて、先輩に追いつく。
今までずっと、体力の向上だけは続けていたので、この練習にも何とか着いて行けている。
行けているが、他の先輩を見ると、まだ余裕そうな人がいっぱいいる。蔵人は何とか、最下位にならない様にするのが精一杯だった。
シャトルランの後は、コートの中でステップの練習。足をクロスさせたり、ジグザグに走ったりと、緩急つけてコート内を縦横無尽に走る。
これは、流石に皆で一斉には出来ないので、3つの組に分かれて、監督の合図で一斉に走り出し、笛の合図で走り方を変えていた。蔵人も、隣の先輩を真似て走ったが、シャトルランよりも太ももを酷使していた。
一通り走り、小休止を取った後は筋トレ地獄が始まる。
腕立て伏せや腹筋、背筋、スクワット、2人1組で腕車(1人がもう1人の両足を持ち、腕だけで進む筋トレ)やレッグトス(1人が仰向けで両足を上げ、もう1人がその足を左右に振る腹筋群の筋トレ)、1人が上に乗った状態の腕立て伏せ等を行う。
蔵人は途中までは着いて行けていたが、2人1組になってからは大きく遅れてしまった。まだまだ筋力が足らないな。一緒に組んでくれた男の先輩にも申し訳ない。
「おいおい。あんま無理すんなよ。辛かったら休んでいいんだからな」
蔵人の世話を焼くことで、自分の筋トレが十分に出来ていないというのに、その男の先輩は蔵人を心配してくれる。
「ありがとうございます。でも、もう少しだけ頑張らせて頂きますので」
ここで諦めたら、いつまで経っても筋力が増えない。蔵人は何とか食らい付く。
筋トレの後は、またダッシュだった。4階建ての訓練棟を階段ダッシュ。1列で順に走り、監督がゴールと言うまでひたすら走り続ける。速い選手は、遅い選手の右から追い抜いていく。
蔵人は、最初は目の前の先輩を追いかけていたが、段々と太ももの筋力が無くなり、徐々に抜かされ始めていた。
既にほとんどの先輩に追い抜かされた蔵人は、今や列の最後尾。それでも負けじと足を動かすのだが、とうとう周回遅れにされ始めた。
そんな時、ようやく監督役の先輩が、ラスト1周を宣言。蔵人は最後の力を振り絞って、何とかゴールした。
ちなみに、ここまでは完全に筋力のみで、異能力は一切使っていない。
己の基礎体力を向上させる。それが、基礎練の目的らしい。
素晴らしいことだ。
「基礎練終了!小休止の後、各異能力タイプに別れて応用練に入るよ!」
「「「はいっ!」」」
部長の号令に、先輩達が声を合わせて返答する。
異能力を使うのは、ここからだ。
蔵人が汗を拭いていると、筋トレで一緒に組んだ男の先輩が近づいてくる。
「おい、新入生、これ飲んどけよ」
そう言って、投げて寄こして来たのは、水の入ったペットボトル。ラベルとかが無いし、冷えていないので、空のペットボトルに水道水を入れた物なのだろう。
「ありがとうございます!」
蔵人は頭を下げてから、水を口にする。
そんな蔵人を見て、先輩が軽い口調で聞いてくる。
「なぁ、お前、何かやってたのか?」
「えっ?何か、ですか?」
「そうそう。なんか、スポーツとかさ。いや、俺らの練習に最初っから着いて来てんじゃん。フツーへたばってんぜ。新入生なんてのはさ」
そうなのか。一緒に走っていた先輩達は、ほぼ全員余裕でこなしていたから、それが普通で、自分は遅れていると焦ってしまっていた。だが、どうやらそうでもないらしい。
「特にスポーツをしていた訳ではありませんが、自主練はほぼ毎日欠かさずやっています。筋トレ以外は、なんですれど…」
蔵人が少し歯切れ悪くそう言うと、先輩は蔵人を指さして笑った。
「それな。走るのに比べたら、筋トレはヘロヘロだから、マジでウケたわ。俺たちの練習について来るんなら、これくらいは鍛えんとダメよ」
そう言って、先輩が少し細めの腕を上げて、力こぶを見せる。中学生らしく、細い腕にはちょこんとコブが出来ている。
細マッチョ…よりも細いな。ちゃんとタンパク質を摂らないと。
蔵人が自分を差し置いてそんな事を考えていると、いつの間にか少し険しい顔になった先輩が、蔵人を見ていた。
「…どうかされましたか?先輩」
まさか、考えを読まれたのか?
蔵人が心配して聞くと、
「うん?ああ…」
先輩は視線を反らして考える素振りを見せてから、再び蔵人を見た。
「新入生。お前、部員のみんなを見て、どう思う?怖くないか?」
先ほどまでの軽い口調でない、真面目な問いかけ。
この先輩にとって大事な質問なのだろう。
「怖い…ですか?皆さん優しいですけれど…?」
練習はキツめだが、別にイジメられている訳では無いし、寧ろ気遣って声かけをしてくれる優しい先輩ばかりだ。怖くはない。
蔵人は今日一日の先輩達の対応を思い出しながら、そう答えた。
「そうか」
蔵人の返答に、先輩は凄く嬉しそうな顔をする。
どうやら、彼好みの回答だったようだと、蔵人は胸をなでおろす。
そんな事をしていると、鋭い笛の合図と共に、監督役の生徒から集合の号令がかかる。
「ピィイイ!遠距離攻撃はここ。それ以外は三階に移動!」
それ以外と言うのは、近距離攻撃とサポートの事だ。蔵人はサポートなので、同じサポートらしい男子先輩の背中に着いていく。あ、名前を聞かないと。
「神谷勇。皆からはサーミンって呼ばれてるから、そこんとこヨロ〜」
「巻島蔵人です。皆からは…蔵人が多いですね。兄が同学年にいますので」
「あいよ。蔵人ね。よろよろ」
サーミン先輩は、先程の真面目な顔はどこに行ったと思うくらい、随分とノリが軽い…親しみを込めた態度に戻った。髪を染めたりはしていないが、軽くワックスをかけて髪を遊ばせたり、動くたびに香水らしき香りも漂わせているので、かなりの遊びに…陽キャに見える。
とは言え、このノリでこちらも返すのは、今は危険。こういう人に限って、上下関係に厳しかったりするから、慣れるまでは丁寧に対応しよう。
3階では、近距離攻撃と前衛型サポート、後衛型サポートに別れて練習をするらしい。
蔵人は前衛型サポート、いわゆる防御チームに入れられた。
防御チームは、蔵人を除いて6人の先輩が配属されていた。3年生が4人。2年生が2人。勿論、全員女子生徒だ。
後で詳しく聞いたが、この6人の内、蔵人の様に生粋の防御型は3年生の先輩に1人だけで、後の5人は攻撃も防御も出来る万能型との事。蔵人も、シールドカッターやドリルを使えば攻撃出来るのだが、それはややこしくなるのでお口にチャックである。
ちなみに、ファランクス部は現在、3年生が23人、2年生が22人。その内、遠距離攻撃24人、近距離攻撃11人、付与1人、特殊型3人、そして、防御型6人となっている。やっぱり遠距離攻撃型って多いんだなと改めて認識する。
さて、防御チームの練習だが、始めに異能力の発現と消滅を繰り返す。早く出せるようにする訓練らしい。
先輩達はやけに丁寧に、ゆっくりと盾を作り上げているが、それでは相手に急襲された時に間に合わないのではないだろうか?言わないけど。
その後は、異能力の同時発動訓練を行った。なるべく大きく、多くの盾を展開する練習を繰り返し行う。
「はい、やめ。次行くよ」
ここまではウォーミングアップらしい。それでも、かなりの時間をかけて行っている。既に時刻は18時を大きく回っていた。
蔵人は、ここまでの応用練習にはついて行くことが出来た。と言うよりも、今日の練習の中では1番順調に付いていけている。かなり余裕もあるし、なんだったら、基礎練で消費した体力と筋力が、随分と回復した気がする。
「じゃあ、シールド展開して」
防御チームの先輩が合図をすると、いつの間にか準備していた遠距離攻撃型の先輩方が、こちらに向かって異能力を放ってくる。次は、耐久力の訓練との事。こうして、遠距離攻撃を限界まで受け続ける。
「あ、ギブ!」
隣の先輩が、短い悲鳴を挙げる。盾が解けそうという合図らしい。これを言えば、一旦攻撃を止めてくれると聞いていた。のだが、
「佐藤!まだ行けるよ!後10秒!」
攻撃が止む気配はない。スパルタである。
「いや、無理ムリむり!もう無理!」
「無駄口叩くな!あと15秒!」
増えてしまった。
無駄口叩いたから、ペナルティという事だろうな。
蔵人は、泣きそうな隣の先輩を見て、心の中でお祈りした。
ちなみに、今蔵人には攻撃が来ていない。遠距離攻撃の先輩達は、定期的に攻撃する人を切り替えているのだが、未だ蔵人には1発も攻撃が来ていない。
多分、まだ入ったばかりだから、相当手加減してくれているのだろう。
正直つまらん。
「ほら、新人君。よそ見はダメだよ」
遠距離攻撃の先輩が、そう言いながら蔵人の方を見る。
お、このフリはっ!
漸く俺の番が来た!と構える蔵人だったが、待てど暮らせど攻撃は来ない。
見ると、先輩は何かを思案する顔でこちらを見ていた。
…何を考えているんだい?早く攻撃してきてくれ。
「えっと、新人君。今から火炎弾を打つけど、いいかな?」
どうも、蔵人が準備できているか心配で撃てなかったらしい。
ちょっと、過保護が過ぎてるな。甘すぎて歯がくっ付いてしまうぞ。
「大丈夫です!いつでも来てください!」
蔵人がハキハキと答えると、躊躇していた先輩も意を決したのか、手のひらサイズの小さな火球を放り投げて来た。
いやいや、これ、Dランクの攻撃じゃないですか!
先輩の攻撃を難なく受ける蔵人。
そりゃ、こんな低威力で低速度の攻撃なら、防御出来て当然である。
そう思っていると、先輩は攻撃する構えを解こうとしていた。
ちょっと待った!
「まだまだぁ!」
バッチ来い!と、腰を落として構える。
そうすると、先輩は少しムッと顔を強張らせ、掌に大きな火炎弾を拵える。
Cランクの火炎弾だ。
だが、柏レアルの白羽選手や、川崎フロストのスターライトの攻撃を見て来た蔵人の前では、DもCもあまり変わらない。
火炎弾を簡単に防ぎきり、尚も腰を落とし、先輩に視線を送る蔵人。
「…よーし。そっちがその気なら!」
先輩も、漸く本腰を入れる気になったようだ。
隣の先輩にやっていたような、激しい攻撃が始まった。
次々に放たれる火炎弾。熱風が体を包むが、盾を流線形にしているので、殆ど受け流している。これなら、鉄盾でも受けられる。
でも、先輩も甘くない。蔵人が楽をしているのを見て、声を張り上げる。
「新人君!それじゃあ仲間を守れないよ!ちゃんと盾で受け止めてぇ!」
確かに。これじゃ後ろに仲間がいたら丸焦げだ。
「すみません!」
蔵人は鉄盾を合成し、今度は水晶盾で炎を受け止める。完全に受け止めるのでは無く、上に逃がすようにする。これなら、後ろも守れるし、盾の消耗もそれ程加速しない。
「おお、男子でも結構やるじゃん」
「やっぱり、生粋の防御型は違うね。まだまだ余裕そう」
「秋山!新人君が遊んじゃってるよ!」
横で見ている防御チームの先輩達が、面白そうに声を上げる。
「ええっ!?じゃあ、本気で行くよ?」
秋山先輩はそう言うと、先程よりも大きめの火炎弾で攻撃してきた。
Cランク上位の魔力かな?うん。手が押されて、水晶盾が端から融解し始めている。
蔵人は、水晶盾が融解した箇所に、新たな水晶盾を出して、それを補修、補強する。すると、融解していた部分が復活し、融解するスピードも遅くなっていた。
「はい。あと10秒!」
秋山先輩が宣言し、また少し火力が上がる。ギリギリBに届くレベルか?
蔵人は念の為、あと2枚の水晶盾を追加合成したが、過剰防衛だった。盾はしっかりと残ったまま、先輩の火炎弾攻撃は途切れる。
「はい、終了!」
「すげぇ…。受けきっちゃったよ」
「あの子の盾見た?受けながら継ぎ足ししてたよ?」
「盾の生成速すぎない?無属性だからなのかな?」
防御チームの先輩達の、蔵人を見る目が少し変わった気がする。
でも、その評議会は直ぐに閉幕となる。
「はいはい!喋ってないで、次はそっち行くよ」
そう言うが早いか、秋山先輩は蔵人を傍観していた先輩方に、次々と火炎弾を投げ込みだす。
「うわっ!ちょっと待って!まだ準備が…」
先輩達が慌てて盾を展開するのを、蔵人は羨ましそうな目で見ていた。
蒼凍さん(流子さんのお子さん)にも言われていましたが、主人公の盾生成速度は速いみたいですね。
神谷先輩は、特区の男性にしては少し毛色が違いそう?
イノセスメモ:
・ファランクス部の基礎練に、主人公は付いていくのがやっと←筋肉量が足りない。
・ファランクス部の応用練は、主人公にとって余裕←特区でも異能力の技術レベルは低い?