431話~恐怖せよ~
『前半戦は日本チームにとって、かなり苦しい戦いとなりましたね。解説の大橋さん』
『ええ。立ち上がりは良かったのですが、王選手が前に出てきてからは押されに押されました。圧倒的なSランクの火力を前に、流石の黒騎士選手も打つ手なしと言った状況でしょう』
ハーフタイムの間、頑張っている兄さん達に対して、スクリーンの向こうでは好き勝手言っている。
打つ手なしとか、黒騎士選手でも難しいとか、やっぱりSランクとか。
分かってない。兄さんはそういう逆境から、何度も這い上がってきた人なんだ。あの人はCランクとか、Aランクとか、そんな大人達が決めた壁なんかに阻まれる人じゃないんだ。
今回の試合も、相手がSランクだからって、決して諦める人じゃない。何か良い手を思いついて、みんなを「あっ!」と言わせてくれる筈なんだ。
それが兄さん。
兄さんなら、きっと…。
「頼人様。大丈夫ですわ」
僕の隣の九条さんが、僕の手を優しく包む。
彼女の手は震えていた。
ううん。違う。僕の手が震えていたんだ。いつの間にか、手をギュって握っていて、手のひらも真っ赤になっていた。
分かっているよ。今この状況が、すごい絶望的なんだってことは。
兄さんの戦友が次々と退場させられて、慶ちゃんまでやられちゃった。それに、いつも兄さんが褒めている参謀の鶴海さんまでやられちゃったから、もう凄い作戦は立てられない。
Sランクという世界の壁に、兄さんは1人で取り残されてしまったんだ。
「僕が…」
僕が居れば、何か変わったかな?
そう言おうとして、慌てて口を閉じた。それはあまりにも無意味で、考え無しの言葉だったから。
だって、もしも兄さんとユニゾンが出来たとしても、あのSランクの炎に勝てる筈が無いから。
リヴァイアサンの鱗はダイヤモンド級。黒いSランクの炎を受けたら、数秒と持たずに溶けてしまう。
体が大きい分、良い的にされるだけだ。
僕ではとても助けにならない。そう分かっていても、何かしてあげられないのかって、頭が勝手に想像してしまう。
そして、それはハーフタイム終了と同時に強くなった。
『さぁ、後半戦に向けて両チームが出てきたが…なんと、黒騎士が久我選手の肩を借りてフィールド入りしました!負傷兵の如く、ゆっくりとした足取りでフィールド中央へと向かっています!これは、負傷したのか!?』
『魔力欠乏症でしょう。同じ前衛だったクマ選手と鶴海選手もベイルアウトしていましたから、黒騎士選手が魔力の限界を迎えているのも無理はありません』
兄さんがっ!?
「そんな、黒騎士様まで…」
「先輩が居なくなったら、勝てる筈ないじゃない」
講堂の中でも、悲鳴の様な高い声が飛び交う。
兄さんの魔力が無くなれば、もう日本に勝ち筋が無くなる。
日本は…ここで敗退だ。
「兄さん…」
僕はアップで映る兄の姿に、自然と両手を合わせていた。
頼むよ、兄さん。もう一度、僕達に希望を見せてよ。何度も見せてくれたあの光を、ここでもう一度輝かせてくれ。
僕の願いが聞こえたのか、一瞬だけ、兄の目がこちらを向いた。
紫色の、あの瞳。
巨大ゴーレムを倒した時の、あの目が。
「兄さん」
死んでない。兄さんの目は生きている。
「兄さん!頑張れ!」
きっと兄さんはやってくれる。僕は信じているんだ、あの人を。
「頑張れ!黒騎士!」
「黒騎士様、頑張って!」
僕の声を追って、講堂から幾つも応援の声が上がる。
「「「黒騎士!黒騎士!」」」
「「「ニッポン!ニッポン!」」」
「お姉様!」
「ウララぁあ!」
やがてそれは、大きなうねりとなる。
兄達の勝利を願う、大きな流れに。
「兄さん!頑張れ!」
僕の声も、その流れの一部となった。
〈◆〉
「「「ニッポン!ニッポン!ニッポン!」」」
必死に叫ぶ原住民達の声が、耳鳴りみたいに響いて煩わしい。
でも、それも仕方がないことだ。だってもう、日本に勝ち目はないのだから。
私は、重そうな体を引きずってフィールドに出てくる日本選手達を見て、まるで負け戦の残党みたいだと思った。
特に、仲間に肩を借りている96番は哀れだ。こんな状態なら、もう医務室にでも引っ込んでいればいいのに、まだ戦おうとするんだもの。
その96番は、前線から少し下がった中衛辺りで立ち止まり、8番に肩を借りながらこちらに構えた。
ふーん。まだ何とかなると思っているんだろうか?それとも、退くに退けないのかな?日本なんて小さな国じゃ、交代できる選手も用意できないんでしょ。だから、男とかDランクとか、ゴミみたいな選手もかき集めて、なんとか形だけは整えているんだろうし。
【そう考えるとさ、良くやったよ、日本チーム】
玉石混淆のチームで私達に挑んで、ハーフまで生き残れたんだから、十分に凄いチームって言える。もしも彼女達にSランク選手が居たら、最後まで戦えていたかも知れない。
【まぁ、その魔力差こそが、列強国と弱小国の大きな差なんだけどさぁ】
ファァアアアン!!
後半戦が始まった。
その音と共に、私は魔力を上空で練り上げて、爆炎の渦を作り上げる。
それと同時に、私の目の前にシールドが立ち並んだ。
前半戦でもあった、目障りなシールド。でも、なんだか違和感が…。
『出た!黒騎士選手のシールド・ファランクス!日本の黒騎士は、死んではいなかった!』
『いえ、良く見て下さい。並んでいるシールドはクリスタルシールドではありません。どれも、Dランク相当のアイアンシールドですよ』
ああ、そうか。色が違うんだ。
『これは厳しいですね。黒騎士選手の魔力不足を表面化させてしまいました。もう、Cランクのシールドも出せないのでしょう』
『今まで日本選手を守っていた鉄壁が、尽きかけようとしているのか!?どうなってしまうのでしょう?日本!』
苦肉の策。本当にみすぼらしい。
こんな醜態を晒すのなら、私だったら交代してもらうよ。
ああ、そうか。日本は交代要員すら居ない、弱小国家だったっけ。
本当に可哀想。
【うわ。本当にギリギリなんだな、日本チーム】
【なぁ、張。可哀想なあいつらに、あたし達でトドメを刺してやろうぜ】
【そいつは良いな。頑張って出してる貧弱シールド、あたしらが全部壊してやるよ!】
はぁ…。
バカはこれだから困る。低ランクの奴は、頭まで低脳なんだよね。
【あのさぁ、あんたら。私の邪魔、しないでくれる?】
【あっ、ごめんなさい、王様】
私がちょっと声を掛けるだけで、腕をまくっていたバカは小さくなる。
ほら、そんな所に突っ立ってると本当に邪魔だから、早く退けよ。あんまり鬱陶しいと、日本と一緒に消しちゃうからね?
【さて、じゃあ思い出させてあげようかな?愚かな日本人のみんなにさ】
私は両手を上げて、特大の魔力を練る。
幾つもの火炎弾が、星の様に瞬いた。その星を、そのまま日本領域へと降り注いだ。
【焔龍践踏!!】
幾つもの火炎弾が地上に降り注ぎ、日本領域は一瞬で火の海になった。
まるで、あの時の様に。
日本が中国を侵略しようと、多くの艦隊で攻めてきて、それを尽く打ち負かした昔話。
おばあちゃん達から聞かされた、中国の栄光。中国が世界一位の道を歩み出した、英雄伝の1歩目だ。
今の状況は、まさにそれだった。
鉄の箱に乗って侵略しに来た日本人は、その分厚い鋼鉄の中で、何も見えずに死んでいった。
目の前の日本選手達もまた、自分達で目を隠してベイルアウトしていく。
同じだ、日本人は。今も昔も、男も女も、結局全員が愚かな弱小民族。
今も昔も、大国中国に楯突こうとする身の程知らずの貧弱国家。
【消えて亡くなっちまえよ!弱小国家!!】
『なんて火力だ!日本の領域が、真っ赤な炎に包まれております!この炎の中で、日本選手が無事なのか、全く分かりません!何も見えな…あっ!シールド・ファランクスが消えた!黒騎士がやられてしまったか!?』
目隠ししていたシールドが消えて、私の目の前には無惨な日本領域が広がっていた。
草1本残らずに、全て燃え尽きた焼野原。
でも、パーフェクトにならないのは、円柱に守られた数人の日本人が居たからだ。
円柱の裏に避難するとは小賢しい。でも、残ったのは3人だけ。
たった3人で何をするの?背番号が20から30番台なのを見ても、貴女達ただのCランクでしょ?
そう思って、少しだけ待ってあげた私。投降する時間くらいはサービスしてあげるつもりだ。だって、まだまだ試合時間はあるのだから。
もしも刃向かってくるのなら、それはそれで面白い。おばあちゃんから聞いたことがあるよ?なんだっけ?ほら、万歳特攻だったっけ?盛大に笑ってやるから、やってみるといいよ。
私は楽しくなってきた。
だけど、そいつらはどちらも選ばなかった。私に見せつける様に、もう一度円柱の周りに座り込んだのだった。
この期に及んで、まだ点数稼ぎをしようとする。
最後まで戦うってこと?いい度胸じゃない。
なら、
【行っていいよ、お前ら。精々凄惨に、死にぞこない共を捻り潰しちゃいなよ】
【【はいっ!】】
私の命令に、直ぐ傍で待機していた他の奴らが駆け出す。生き残った日本人を刈り取る為に、小躍りしながら日本領域に入っていく。
私の足も、自然と日本領域を踏みつける。真っ黒になった焦げ跡は、芝生の燃えカスだろうか。
私の攻撃を目の当たりにして、日本の選手達はどんな顔をしてベイルアウトしたのだろう。
私は日本選手が逃げ惑う様子を想像して、心を躍らせる。きさぞ無様だったんだろうって思い描くと、それだけで吹き出しそうになる。
そうして、私が軽く口を押えて歩いていた時、足に何かが引っかかった。それに足を取られて、私は前のめりに転んでしまった。
いってぇ!
くっそぉ…なんだ糞が。消し炭にしてやるぞ!
私は怒りで目の前が真っ赤になり、足元を睨みつける。
でも、そこにあったのは穴だけだった。
大きな穴。メテオフレイムの爆風で出来上がった大穴だ。
【ああ、クソが。このクソが!】
怒りが溢れて抑えられず、私は穴に向かって叫んだ。
こんな脆弱なフィールドを作った日本が悪いんだ。そうだ!全部日本が悪い!
私の怒りが、更に膨らむ。怒りが具現化して、真っ赤な火炎弾が手のひらに乗る。
無意識で作ってしまったが…そうだな。どうせ残りの日本人はあいつらが血祭りにあげるし、私はこのフィールドを整地してあげよう。
Sランクである私の為にって、ちゃんと舞台をつくらなかったお前ら日本人が悪いんだからな?
私の手から、火炎弾が放たれる。
その直前、
【うわぁあ!お前ら何処からっ?!】
【ぎゃっ!】
【く、来るな!やめっぐべぇ!】
複数の悲鳴。
そして、
『ベイルアウト!中国8番、張選手!19番、周選手!22番、孫選手!』
中国選手のベイルアウト宣言が相次いだ。
はぁ?なんで中国の、それもBランクの張がやられてるんだ!?
私は驚いて、正面に向き直る。
すると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
「おらおら!桃と早紀に向けたレクイエム、特大に打ち上げてやるぜ!ドカァアン!」
「お覚悟!きぇえええいっ!」
「チェストォオオ!!」
さっきまで居なかった日本選手が、焦げたフィールドの上で中国選手達を虐殺していた。
空中に浮かされ、そのまま吹き飛ばされる者。
特大の刀によって、装備を真っ二つに切り裂かれる者。
たった1発の拳で、装備がバラバラになる者。
真っ白な鎧を身に纏う選手達の背番号は、誰もが1桁台であった。
日本の主力部隊が、私のメテオフレイムを生き残った?
逃げ場なんて、円柱裏くらいしかなかったはずなのに、どうやって?
私は訳が分からず、地面に腹ばいになりながら中国選手達の断末魔を聞いていた。すると、その声に異様な音が混ざる。
ギュィイイイイイイン!!
その音は、私の後ろから。後ろの、大穴の中から聞こえてきた。
何の音?
分からない。けれど、これは不味い音だ。
私は急いで、放とうとしていた火炎弾を留め、その場で暴発させる。その衝撃でフィールドを転がり、大穴から距離を取る。
すると、私がさっきまでいた所に、大きなドリルが突き刺さった。
ドリル!?何処から?
私は周囲を見回す。そして、見つける。大穴の入口に、大穴を空けた半透明のシールドが立てかけられていることを。そして、その大穴から、シマシマ模様の白銀鎧が見え隠れしていた。
そいつは、
『黒騎士だぁああ!!』
「「【【わぁあああああ!!!】】」」
『黒騎士選手と日本選手団が、フィールドの窪みから突如現れたぞ!』
窪み?まさか、窪みに隠れて…。
いや、そんな所に隠れられるスペースはなかったはずだ。少なくとも、私のメテオフレイムから逃れるなんて絶対に無理。直撃を防げても、爆風に舐められて焼き焦げる筈。
一体、どうやって隠れていたの?
迷う私。
その前で、黒騎士の様子も変化する。
大穴が空いたシールドを消して、突き刺さっていたドリルも消してしまう。そして、大穴から出てきた奴の体に、幾つも、幾つも小さなシールドが集まって来る。中学生にしては大きな体に張り付いて、一段と体が大きく見える。
いいや。実際に大きくなっているんだ。シールドが膨れ上がって、まるで風船みたいに膨らんで行っている。
やがてそれは、見上げる程に大きな巨人となって、私の前に立ちはだかった。
白い風船巨人。こいつは…?
「(低音)ブハハハッ!驚いて声も出ぬか?矮小なる人間よ」
その風船から、お腹の底を震わせる様な低い声が轟く。
巨体が、動く。
「(低音)恐怖せよ、圧倒的な力の前に。オークの勇者、ロゴブブ・ゴゴブブの名の前に」
〈◆〉
随分と驚いた様子の王選手。
まぁ、それもそうだろう。そうやって驚かせるのが、この作戦一番の目的なのだから。
後半戦スタート時、鉄盾で目隠しをしてしまえば、相手が艦砲射撃を撃ってくるのは読めていた。こちらが死に体だと思えば、超火力で一気に決めたいのが人の性。
なので、こちらはそれに備えて穴を掘り、その穴の前にランパートを構えてやり過ごした。
火炎弾は、ただ受けるだけでは破壊されてしまう程の攻撃力だが、地面で壁を作ってしまえば、その威力を大幅に殺せる。
そうやって、簡易シェルターを鈴華達の分も作り、艦砲射撃が終わったと同時に、シェルターの表面にクアンタムシールドを貼り付けたのだ。
そうすると、ただ地面が盛り上がっただけのフィールドが出来上がり、円柱の前で挑発している選手達目掛けて、中国選手達が攻めて来る。
あとは、無防備に侵入してくれた彼女達を刈り取るだけ。
【くそっ!なんでSランクの攻撃食らって生きてんだ!】
【ぎゃっ!】
【こいつら幽霊なのか!?】
突然湧いて出たように見える鈴華達に、中国選手達はただ驚きと小さな異能力を漏らしながら、無力に狩られていく。
艦砲射撃で全滅したと思い込んでいたから、余計に理解が出来ていない様子。
Sランクの力に頼りきりになっていたから、こうした奇策に足元を掬われたのだ。
戦時中のペリリュー島で、日本兵なんて4日で駆逐してやると言っていたアメリカと一緒の状況。
「これぞ島津の戦い方ですわ!めぇえええんっ!」
円さんだけは、これは島津のお家芸、釣り野伏せりだと喜んでいる様子だ。
まぁ、どちらも似たようなものであり、どちらにしても効果は絶大。
突然の劣勢に、中国の選手達は戸惑うばかり。
そして、目の前の少女も。
蔵人は魔力を集めて、最強の体を作り出す。
タイプⅣ、ロゴブブ・ゴゴブブ。
『Sランクの王選手を相手に、Cランクの黒騎士選手がたった1人で迎え撃ちます。世界最強と名高い中国チーム、その頂点に君臨する王選手を相手に、これは少々厳しいのではないでしょうか?』
『恐らく陽動でしょうね。黒騎士選手の防御力があれば、ある程度の時間稼ぎが出来ます。現に、日本領域では美原選手を中心に、着々と中国選手をベイルアウトに追い込んでいます。黒騎士選手がSランクを抑えている間に、何とか態勢を整える算段なのでしょう』
『なるほど』
おや?それは違いますよ。
蔵人は心の中で否定し、構える。
我々は全てが全力。ここから先に、時間稼ぎや陽動といった後ろ向きな考えは一切ない。
「(低音)ス豚ピングゥウ!!」
蔵人は高々と空を飛び、王選手へと飛び掛かる。
ここから先、我々にあるのはただ一つ。
勝つことだけである。
イノセスメモ:
ペリリュー島の戦い…1944年に行われた日本軍VSアメリカ軍の戦い。
アメリカ側は戦艦5隻を含む兵力5万の大戦力で攻め込むのに対し、日本側は1万の兵隊と小銃くらいしかなかった。
圧倒的戦力差を前に、日本は塹壕を掘って艦砲射撃を耐え、ゲリラ戦でアメリカ側を苦しめた。
当初4日で滅ぼされると思われた戦線は、2か月半の長い期間、援軍なしで耐え続けた。