430話~わー、すごーい~
ファァアア…。
「「【【わぁあああああああ!!!】】」」
中国との試合が始まった。
ファンファーレをかき消す程の歓声に包まれながらも、両軍は動き出す。
先ず初めに動いたのは中国だ。前衛と中衛が交互並び、こちらに両手を向けた。
遠距離異能力による砲撃だ。
蔵人はその構えを見るのと同時、魔力を回す。
盾を生成する。
「シールド・ファランクス!」
フィールドを分かつように並べた水晶盾に、中国選手達から放たれた砲撃が次々と突き刺さる。
大半の魔力弾は盾の表面を焦がす程度で消え去るが、中には盾にヒビを入れる程の攻撃も混じっていた。
Bランク。それもかなりの練度だ。
弾を回転させて命中率と威力を上げているのか、普通のBランクよりも攻撃力が高い。
中国選手はただ魔力が多いだけで選ばれている訳ではなく、それなりに技術力がある者だけが選手となれているみたいだ。
流石は中国。選手層の厚さだけで言えば、他国の追随を許さない。
だが、日本の技術力はその上を行く。
「ワシもやるぞ!黒騎士!」
「オイラも!オイラも!」
アニキと慶太が横に並び、ヒビ割れた水晶盾に手をかざす。すると、割れていた部分が繋がり、土で補強される。更に、形状を丸くした水晶盾は、相手の攻撃を明後日の方向に弾き返してしまった。
アニキの形状変化だ。少ない魔力で大きな効果を得られる、素晴らしい技術力である。
『試合開始と同時に、凄まじい撃ち合いが始まったぁ!中国チームが日本前線に対して、容赦ない砲撃を加えています!それに対し、日本は黒騎士選手のシールドファランクスで対応しています!クマ選手とハマー選手の手も借りて、中国の猛攻に耐える!耐えて続けている!日本の中学生男子達が、世界のトップ選手達と渡り合っているぞ!』
「「【【おぉおおおお!】】」」
魔力弾が爆ぜる音の向こうで、観客のどよめきが聞こえる。
「そうか。今、日本の前線を支えているのは全員、男の子なのか」
「それも中学生だよ」
【日本の男の子は凄いです。アメリカの男の子もこうなってくれたら…】
【流石は、アタイらのスクラムを止めたチームだよ。負けんじゃないよ!日本!】
日本側の声援が大きくなってきて、勢いが増す。自然と、こちらの士気も上昇する。
「あたしもやったるぜ!行って来い、マグナバレット!」
「僕も!」
鈴華や桃花さんも遠距離攻撃を行い、相手の前線を削り始める。まだ相手が元気なので、伏見さんが飛び出すことは出来ないが、彼女もサイコキネシスの腕を伸ばし、不用意に日本前線へ近づいて来た中国選手を殴り飛ばした。
【ぐっ!いてぇ…】
【おい、この鉄球なんか変だぞ?触れたら体が引っ張られる気がするんだけど?】
【一旦防御しよう。おい!前衛集まれ!】
反撃されて、中国側も防衛体制を構築し始めた。きっと、開幕砲撃だけで崩せると思っていたのだろう。
予想外の反撃に、しかし、中国選手達はすぐに対応し、簡易的な防御陣を作り上げた。
鈴華達の攻撃が、見事に跳ね返される。
やはり、中国チームはなかなかの技術力がある。流石は拳法大国。彼女達の装備が粗末なのは技術力がないだけじゃなくて、その必要がないからなのかも。異能力で補えるなら、過剰な鎧はただの重りでしかないから。
そう、蔵人は中国チームの評価を上げた。
だが、周囲はそう思っていないらしい。
【おい!何やってんだよ、中国チーム!】
【日本なんて小国に防がれちゃって、恥ずかしくないの!?】
【しかも相手は男のCDランクだぞ!?おい、張!お前はそれでもBランクか!】
【守ってないで攻めろよ!お前らは亀にでもなったのか!?】
中国応援席から、無数のブーイングが飛び交う。
それは、応援している人と比べると少数なのだが、そういう声は通りやすく聞こえやすい。罵倒された中国選手達は、その声を聞いて歯を食いしばった。
【くそっ、好き勝手言いやがって】
【どうする?張。やっぱり攻撃に全振りした方が良いんじゃね?】
【あの鉄球と水龍が厄介だ。シールドさえなければ、私のソイルキネシス弾で沈めてやるのに…】
【あー。はいはい。じゃあ、もう出てあげるから、ちょっと前の奴ら退け~】
そんな声が聞こえた途端、水晶盾の向こう側から寒気がする程の圧力が生まれる。ヒリヒリと皮膚に電流が流れるような感覚に、蔵人は急いで周囲の盾を集める。
その次の瞬間、
ゴォオオオオオオ!!
ロケットエンジンかと錯覚する程の、膨大な火炎が襲ってきた。
蔵人は、集めていた盾でランパートを瞬時に生成し、その炎龍の大アギトへと当てる。だが、盾は氷で出来ているのかと思ってしまう程に、見る見る溶かされていく。
何て火力だ。これは、間違いなくSランクの攻撃。
クインでないと受け止めきれない。だが、そうするとシールド・ファランクスは維持できないぞ。
どうする?
「黒騎士ちゃん!」
悩んでいたところに、鶴海さんが飛び込んできた。彼女はそのまま、溶けだした盾の裏に手を当てて、アクアキネシスで盾を包んだ。
盾の溶解が、少しだけ遅くなった。
「オイラもやるー!」
「ワシに任せるんじゃい!」
慶太とアニキも加わって、盾の溶解が完全に止まった。
Sランクの攻撃を、4人で受け止めることが出来た。
『これは凄い!王選手のパイロキネシスを相手に、日本の前衛が耐えている!4人の力が合わさって、Sランクの炎を抑え込んでいるぞ!』
『前代未聞ですねぇ。通常、Sランクの力を抑え込むには、Aランクが10人必要だと言われています。それを、Cランク3人とDランク1人で抑え込むなんて』
放送席からも驚きの声が届く。
当たり前か。相手の切り札に、この4人で対抗出来ているのだから、
この功績は大きい。こちらの主力である藤波さんや鈴華達を自由に動かすことが出来る。
圧倒的に、こちらが有利である。
その、筈なのに、
【わー、すごーい。君たち、そんな貧相な魔力しか持ってないのに、よく私の炎に耐えられるねぇ~】
それを目の当たりにしても、王選手は余裕の表情を崩さない。
こちらを小ばかにしたように、にんまりと口の両端を上げる。
それと同時に、その両手も同じ様に上げた。
【でもさぁ、他の人達はどうなのかなぁ~?】
不味い。
悪意に満ちた彼女の笑みを見て、蔵人は鳥肌が立った。立ちながら、振り向いて後ろの人達にロアで叫ぶ。
『退避しろ!!』
【遅いんだよ!】
蔵人の遥か上空を、無数の火炎弾が通り過ぎる。
その1発1発は、CBランクが放つ火球やファイアランスとは比べ物にならない程に大きい。
トラック並みの大火炎。
Aランクの特大火炎弾が、幾十、幾百と日本領域へと迫った。
【焔龍践踏!】
ズバァアン!ズバァアン!
特大火炎弾は地面に着弾すると同時、莫大な熱量をまき散らしながら火柱を上げる。
威力も然ることながら、その効果範囲も桁違いで、1発が爆発するだけでフィールドの1割が吹き飛んだ。
そんな凶悪な兵器が、次々と日本領域へと降り注ぐ。
「きゃっ!」
『ベイルアウト!日本20番、剣帝選手!』
「理緒さ、うぎゃっ!」
『続いてベイルアウト!日本11番、西風選手!なんて火力だ。Sランクパイロキネシス!』
逃げ場が無くなった日本選手達が、次々と爆炎弾の餌食になっていく。
このままでは皆、この艦砲射撃にすり潰されてしまう。
何とかせねば。みんなを集めて、あの砲撃から身を守らないと。
蔵人は走り出そうとする。でもその途端、背後から強烈な殺意を感じた。
【あれあれ?まだ他人を気にしていられるって思っているのかなぁ?分かってないなぁ。君達だって、後ろのネズミ達と同じ、ただの的なんだってことがさぁ!】
片方だけ下した王選手の手のひらから、爆炎が生まれる。
【焔龍・爆炸!!】
極大の火炎放射が、蔵人達の盾を襲う。その炎は真っ黒で、盾越しでも熱を感じる程だった。
「あっちっち!あちっ!」
「うぉい!慶太。髪の毛が燃えとるぞ!?早く消さんか!」
余りの高温に、慶太の毛先が燃え始めてしまった。
こいつはもう、余裕がない。
「クイン・ランパート!」
蔵人は、フィールドに広げていたシールド・ファランクスを全て解除し、その魔力を一点集中させる。
5重奏の盾。最硬のクインランパート。
それに、慶太達の魔力も加わる。
Sランクの黒炎弾が、真っ二つに割れた。
『防いだぁ!Sランクの最大パイロキネシスを、完全に防ぎきっているぅう!』
大興奮の実況。確かに、Sランクを防いではいる。
だが、今のがこちらの全力だ。みんなの力を借りて、自身の最高戦力を投入した。
それにも関わらず、クインランパートは半壊してしまった。
それに加えて、
【ふぅん。硬さだけはそれなりなんだねぇ】
黒炎弾を放った王選手に、全く疲れた様子は無い。少し不服そうな顔を見せた後、また嘲笑を浮かべる。
【でもさぁ、硬いだけの亀なんて、戦場では何の役にも立たないんだよ?】
彼女は上げていた右手を大きく開き、再び極大の火炎弾を放ち始める。
加えて、こちらにも少し小さくなった黒炎弾を放つ。
蔵人達はそれを受け止めるも、半壊したクインランパートではいつまでも耐えられない。
蔵人は急いで修復をしようと試みた。だが、相手の攻撃力が高すぎて、修復が完了する前に再び大きな亀裂が生まれてしまった。
「くっ…間に合わん」
「諦めないで、蔵人ちゃん」
鶴海さんのアクアキネシスが、更にぶ厚くなる。それに加えて、慶太のソイルキネシスがより広範囲を覆い、ランパートの防御力を上げてくれる。
破壊の一途を辿っていたランパートが、少しずつ回復していった。
「きゃぁ!」
「ぐわぁ!」
だが、状況は良くない。蔵人達の後ろでは、巨大火炎弾に苦しめられるチームメイト達の声がひっきりなしに聞こえていた。
『ベイルアウト!日本77番、米田選手!22番、冴木選手!これで日本選手の半分がベイルアウト!このまま全員が焼き焦がされるのか!?日本がピンチに陥った!』
後ろを見ると、もうフィールドでまともに戦えている者は居なかった。伏見さんのように高機動力で回避するか、藤浪選手の水柱で防御するしか手立てがない。その水柱の後ろで、生き残った選手達が何とか避難している状況だった。
しかし、それも長くは持たなかった。
【そんな水鉄砲で、何処まで耐えられるかな?】
王選手の特大火炎弾に、真っ黒な黒炎弾が混ざる。それが、ヤマタノオロチの1体を貫いて、避難していた日本選手に襲い掛かる。
その標的となったのは、
「やっべ!」
鈴華だった。
真っすぐに迫って来る黒炎弾に対し、彼女ではどうすることも出来ない。散々降り注いだ火炎弾の影響で、日本領域のフィールドは形を変えてしまい、磁力で逃げるには余りにも凹凸が多すぎた。
鈴華でさえ、無抵抗にすり潰されるだけだった。
そう、思ったが、
「そうは、させんで!」
黒炎弾が着弾する直前、鈴華の元に伏見さんが飛び込んだ。伏見さんは鈴華を蹴り飛ばし、轟轟と燃え上がる黒煙の中に消えた。
『ベイルアウト!日本9番、伏見選手!』
「「「うわぁあああ…」」」
【フッシミー!】
【なんてこった…スパイダーウーマンまでやられてしまった…】
観客席のどよめきに、蔵人の胃の中がズシリと重くなる。
すぐ傍にいる仲間も守れず、ただ倒されていくのを指を加えて見ているだけ。
何も変わっていない。あの時から…。
ファアアアン!
口の中に鉄の味が広がった時、フィールドに笛の音が響いた。
『前半戦終了です!』
終了。
その言葉で、胃の中の重みが全身を蝕む。
安堵感と、絶望感と、疲労感と、色々なものが混ざり合い、直ぐにでも座り込みたい衝動に駆られる。
でも、そうはいかない。ベンチに戻って、作戦を練らなければ。後半戦、中国チームを打ち負かす作戦を。
そう思って歩き始めた時、蔵人の横で、誰かが倒れた。
鶴海さんだ。
「鶴海さん!」
慌てて駆け寄ると、彼女は真っ青な顔でこちらを見上げた。
「ごめ、んなさい。ちょっと、はぁ、はぁ、めまいがしただ、け」
「喋らなくていい」
これは、魔力欠乏症。魔力を使い過ぎたんだ。
蔵人は更に歯噛みする。すると、目の前に大会スタッフが2名、突然現れた。
テレポーターだ。
「鶴海選手。それに、クマ選手。お2人にベイルアウト判定が出ています」
「早く医務室に行きましょう。お2人とも、顔が真っ青です」
後ろを見ると、確かに慶太もぐったりしている。今はアニキの肩を借りて立っているが、それが無ければ地面に倒れていた。
2人とも、ランパートを支えるために力を使い過ぎたのだ。あのSランクの攻撃から、全員を生還させる為に。
「2人とも、お疲れ様。ゆっくり休んでくれ」
蔵人がそう言うと、鶴海さんは首を振った。
「ダメよ。せめて…ハーフタイムは…」
ハーフタイムの作戦会議は参加すると言いたかったのだろうか。
だが、2人は有無を言えないままに、ベイルアウトしていった。
その方が良い。無茶をして、後遺症などが残ってしまう方が怖いから。
蔵人は、2人のベイルアウトを伝える放送に背中を押されながら、自軍のベンチへと戻る。
「マジかよ…。早紀の次は、翠まで…」
「藤波さんも、もう限界です。後半戦は、もう…」
ベンチに帰りつくと、そこには暗い顔でふさぎ込む日本メンバーの姿があった。
誰も、顔を上げようとしない。まるで敗北を突きつけられた敗残兵の姿。
多くの選手を守り抜いた藤波選手も、荒い息を繰り返すだけで精いっぱいの様子であった。
「顔を上げろ!お前達。試合はまだ終わっとらんぞ!」
進藤監督の喝にも、選手達は虚ろな瞳を向けるだけだった。その視線も、直ぐに床へと戻る
彼女達の気持ちは分かる。主力の大半を失い、今まで起死回生の作戦を与えてくれた鶴海さんまで失った。そして、相手には強大なSランクが立ちはだかる。
こんなの、勝てる筈がない。どう足掻いても、戦力差が大きすぎるんだ。
そう、誰もが思っている事だろう。
「そうですね、監督。まだ試合は半分残っている」
だからこそ、ここで立ち直らなければならない。
蔵人は、監督に向かって大きく頷く。
「しかも、領域差はスタート時と殆ど変わっていない。これなら、コールドに怯えてタッチに急ぐ必要もありません」
「でもよ、ボス。早紀がやられちまったぞ?桃も、米田も、剣帝も、主力の殆どをやられちまった。後半戦は、あたしらを守ってくれた水龍も居ねぇ。こんなの、どうしろって言うんだよ…」
鈴華の投げやりな発言は、彼女だけの物ではない。本当にその通りだと、選手達の暗い瞳がこちらに訴えかけてきた。私達も同じ意見だと、鈴華の代弁を肯定していた。
その弱気な発言にも、蔵人は大きく頷いた。
「君の言う通りだ、鈴華。敵は強大だ。王選手のパイロキネシスは一個師団をも超える戦力。彼女が本気を出せば、フィールド全てを焼き尽くす事なんて朝飯前であろう。今の我々が正面からぶつかれば、10回中10回とも嬲り殺されて終わるだけである」
「じゃあ、どうしろって言うんだよ?何かいい作戦があるのか?ボス」
「無い」
断言すると、鈴華はあからさまに肩を落とす。一瞬光ったみんなの目も、再び床へと墜落した。
でも、蔵人はそれに首を振る。そう気を落とすなと、片方の頬を吊り上げる。
「無いが、必ず手はある筈だ。その手を考えている最中だ。君達にも考えて欲しい」
「本当にあるのかよ?なぁ、ボス。何でアンタは、そんなに自信満々でいられるんだ?こんなどうしようもない状況でもさぁ」
「うん?そうだな…それは…」
それは、知っているからだ。
圧倒的不利な状況でも、それを覆してきた歴史が幾つもある事を。
どんなに戦力差があったとしても、歴代の知将、猛将達は、それにもめげずに立ち向かっていき、そして勝利と名前を歴史に刻んできたことを。
ハンニバル、
諸葛亮、
フィリッポス二世、
ナポレオン、
織田信長…。
それらの名将は、圧倒的な戦力を持つ相手を前にしても決して怯まず、知恵と工夫で乗り越えてきた。
「圧倒的戦力差…か」
そのフレーズに、とある戦いを思い出す。
そう言えば、あの戦地での戦力差は確か、数十倍以上あったと記録されていた。無数に撃ち込まれるSランクの艦砲射撃も、正にあの時と同じ状況…。
「どうしたんだよ?ボス。何を笑ってんだ?」
「うん?笑っている?」
鈴華に言われて気付いた。両の頬が上がっていることを。
「いやなに、良い事を思いついてな。ありがとう、鈴華」
「別にあたしは何もしてねぇよ。それより何なんだ?良い事って」
「中国チームを倒す、奇策だよ」
そう発言すると、みんなの視線が再びこちらへと集まる。
まだ死んだ顔も多いけど、ちゃんと耳はこちらを向いていた。
蔵人は、パンッと一つ手を叩き、そのまま手を大きく開いた。
「みんなにも協力してもらいたい!この作戦を成功させる為に」
「協力?」
「それで勝てるの?あのSランクに?」
「何をしたらいいのかな?」
半信半疑の選手達。
蔵人は先ず、ホワイトボードにみんなのポジションを示した。
途端に、みんなは口をポカンと開ける。
円さんが、恐る恐る聞いて来る。
「黒騎士様…何が始まるんです?」
その疑問に、蔵人は人差し指と中指を立てて見せた。
「第二次大戦だ」
主力の大半を失い、尚も健在する相手のSランク。
圧倒的戦力差がある現状、これを打ち破る策なんてあるのでしょうか?
「試合とは、盤面の数字だけで戦うものでは無い。戦争と同じようにな」
第二次大戦って、第二次世界大戦の事ですよね?
一体、何をしようとしているのでしょう…。




