428話(2/2)〜お2人にしか見えませんが?〜
臨時投稿です。昨日も投稿していますので、読み飛ばしにご注意ください。
※開幕他者視点です。
午前の競技がひと段落した午後1時。私はWTC管理棟前のエントランスで待ち構えていた。
そこに、1台の高級車がやって来る。
車は私の目の前で止まり、自動でドアが開いた。
でも、中からはなかなか人が出て来ない。車が大きく揺れているので、出ようとしているのは分かるのだけれども。
【ちょっと、ヒューゲル!早く、早く手を貸してくれ!】
いつ出て来るのかと待っていると、そんな悲鳴のような声が中から響いた。
やれやれ。困った雇い主だ。
私がドアの前に駆け寄ると、車の中にはトドが積み込まれていた。
おっと、失礼。彼女は私の雇い主。オリンピック委員会会長のドーリス・ハッセル様だ。
選手達が必死になって体作りに勤しんでいるというのに、この人はブクブクと太るばかりで…。
おっと、いけない。雇い主にこんなことを思ってしまっては。
【会長。ちょっとは痩せた方がよろしいのではないですか?】
おっと、いけない。つい本音が出てしまった。
【大きなお世話だよ】
私の発言に、しかし会長は風船みたいに膨れた手をブンブン振って、うるさそうにするだけだった。
いつもより機嫌が良い。何かあったのだろうか?
【会長。何か良いことでもありましたか?】
【むふふ。気が付いていないのか?ヒューゲル。客の入りだよ。観客の入り方が、例年よりも格段に良いのだ。加えて、そいつらが落とす金も桁違いだ。特に、異能力戦への掛け金が凄いことになっているぞ?大会も終盤に差し掛かっているが、既に大きな黒字になっているのだ。むふふ】
そういうことか。
私は、気持ち悪い笑い声を上げる会長を見て納得する。
この人はいつもそうだ。お金が絡むと、いつも以上に気持ち悪くなる。がめつく、危ないことも裏でやっているから気を付けろと前任者からは聞いていたけど、彼女の本性はこういう人らしい。
法外な報酬を得ている筈なのに、まだ欲しいのだろうか?だから、そんな体になっちゃうんじゃないの?
【しかし、今年は何故こんなにも、グッズやスポーツくじが売れるのだろうな。シングルはいつもの事だが、ファランクスも同様に売れているみたいなんだよ。不思議だ…】
【会長。それはきっと、U18の日本チームの影響だと思いますよ】
【うん?日本のU18?】
どうやら、会長は競技を見ていないみたいだ。
きっと、株と預金通帳を見るのに忙しいんだろう。
【会長。日本のU18が強豪のニュージーランドやインドを破って、準決勝に進出するんです。次は中国と対決するということで、大変盛り上がっているんですよ】
【なに?そうなのか?日本はファランクスが強かったの?】
【強くなかったですよ。でも、準決勝まで勝ち進んでいるから、みんなは熱中しているんです】
【ほぉ。なるほど、そういうことか。ダークホースが勝ち進んでいるから、賭けも盛り上がっているのだな】
会長は両手をこすり合わせながら、舌なめずりをする。
【良いぞ、良いぞ。そう言う予想外はとても良いスパイスになる。精々、大いに盛り上げてくれたまえ。日本のコメディアン達よ】
〈◆〉
ニュージーランド選手達の要望で、蔵人達は屋台で料理することとなった。
焼きそば屋は鈴華と桃花さん。
クレープ屋は鶴海さんと若葉さん。
かき氷屋は慶太と海麗先輩。
そして、たこ焼き屋は蔵人と伏見さんだ。
残ったチョコバナナは、ホテルのスタッフさんにお願いしている。
時間も押しているので、蔵人達は手早く仕込みを始める。他のホテルスタッフが小麦粉やらの食材を運んでくれるから、後はひたすらに料理していくだけだ。
蔵人も、隣で意気込む伏見監督から指示を貰い、生地をシャカシャカ溶かしてたこ焼き器に入れていく。
「カシラ、そこでクルッとひっくり返すんですわ」
「こうかな?」
「そうですけどぉ…もうちっと早うできませんか?お尻の奴が焦げてまいます」
難しいな。
蔵人が眉を下げると、伏見さんが代わりにピックを持ち、手際よくひっくり返し始めた。
おや?伏見さん。料理出来るのかい?
「ちゃいます、ちゃいます。うちが出来るんわ、たこ焼きとお好み焼きくらいですわ。他は全部、真っ黒焦げになってまいます」
何故だ?お好み焼きが出来るなら、大半の料理は出来るだろうに。ソウルフード限定の料理スキルか何かが発動しているのか?
首を傾げる蔵人の目の前で、伏見さんは次々とたこ焼きの詰まったパックを量産していく。それを見ていると、彼女の言ってた意味が分かってくる。
手首をクルクルっと。クルクルっと…リズムも大事なんだな。
「カシラ、やってみますか?」
「おっ、チャレンジさせてもらえるかい?」
こっそり練習していると、それを見た伏見さんが場所を開けてくれた。
蔵人は見よう見まねで、たこ焼きをひっくり返す。
こう、クルクルっとして、クル。クルクルの、クル。
「ええですよ、カシラ。そのリズムですわ。ええ感じです」
「リズムだな、リズム。クルクルっと、クル。クルクルっと、クル」
うんうん。何となくリズムは掴めた。これなら、量産も夢ではない。
そんな風に思えたのも、最初の頃だけだった。
【おっ!いい匂いがするね。何やってんだい?】
【日本のお祭りだってさ。日本チームが出店を出してんだ】
【おおっ!フェスティバルか!こうしちゃいられないねぇ!】
続々と集まってくるお客さん。その殆どは、外出自粛を言い渡されている異能力選手達であった。
物珍しからか、それとも日本文化に触れたいからか、彼女達は我先にと屋台に突っ込んで来るのだった。
「皆さん!押さないで!」
【しっかりと列を作りなさい!割り込みした人は、最後尾に回しますよ!】
他のホテルからも助っ人が来て、バラバラに詰め寄る選手達の交通整理をしてくれる。
我々の屋台前には、アメリカのローズマリー選手が立ちはだかる。彼女の薔薇の蔓が、強制的に選手達を一列に並べていた。
列を作って並ぶだけでも、日本と海外では大きな違いがある様だ。
そんな風に、ちょっとでも外に目を逸らすと、目の前にあったたこ焼きパックが直ぐに無くなってしまう。
「カシラ!早う作らんと!」
「了解!分業するぞ!」
と言う事で、蔵人がタネを作ってたこ焼き器に入れ、伏見さんがそれを焼く係になった。
「ほいほいほいっと。おまっとさん!いっちょ出来上がったで!」
「ありがとうございました!」
出来上がった傍から、お客さんに渡していく。すると、彼女達は飛び上がらんばかりに喜んでくれた。
【うわぁ。男の子の手料理なんて、早々食べらる物じゃないよ。本当に無料で良いのかい?100$でも安いくらいなんだけどな】
どうも、他国も特区の事情は似ているらしい。男子の手料理だからと、有難がって食べてくれている。
【いやぁ。まさかこんな所で、黒騎士選手の手料理が食べられるなんてな】
【早めに戻ってきて良かったよ】
【シングルの奴らは可愛そうだな。まだ戦っているだろうから、間に合わないぞ】
【買っといてやるか?】
【ダメだ。1人1パックまでだぞ?】
済まないね。こんなに人が集まってしまっては、購入制限を敷くしかないんだ。料金を取る訳にもいかないし、そこはご了承いただきたい。
少し残念そうにする選手達を横目に、蔵人達は休まずに手を動かす。
すると、列の端っこで声が上がる。
【皆さん!正気ですの!?】
【今、貴女達が食べている物が何だか、分かりませんか?】
【デビルフィッシュ。デビルフィッシュですのよ!】
声の方を見ると、金髪の集団が見えた。
あれは…フランスの選手達か。そう言えば、欧米ではタコの食文化がなかったな。これは盲点だった。
でも、訴えられたりはしないだろう。何せこれはボランティア。お金を取っていないのだから。
寧ろ、客足が遠のいて、少し楽が出来るかも。
蔵人が期待して行列に目を向けたが、列は微動だにしなかった。
…何故?
【デビルフィッシュ?ああ、そうなのかい】
【食いたくないなら退いてくれ。アタイはそんなの気にしないからさ】
【そうだよ。折角のJAPANフェスティバルだよ?色んな食文化に触れるのも醍醐味じゃないか】
【黒騎士選手が作ってくれるんだしね】
【寧ろ、それがデカイ】
うん。食い気より色気を取ったのか。日本の文化を知ろうとしてくれるのは嬉しいけど、複雑な嬉しさだ。
【ぐっ…どうします?フランセット。他の列に並びます?】
【チョコバナナなら、回転率も良さそうですよ?】
【かき氷も、クマ選手が作っているみたいだし…】
フランス選手達が作戦会議を開いている。
どうも、彼女達もたこ焼きが食べたかったみたいだ。だから、人払いの為にイチャモンを付けたのか。
なかなかに腹黒いやり方だ。
流石です。
「おらぁ!もりもり焼くぜ!モモぉ!準備出来てっかぁ!?」
「も、もうちょっとだよ」
隣の屋台で、鈴華が腕まくりをして焼きそばを焼く。その向こう側では、フルフェイスの兜を付けたままの慶太が、元気よく片手を上げる。
「ほーい。じゃあ次はシロップを選んでください!オイラのオススメはブルーハワイ。食べた後にベロが青くなるんだよ」
【じゃ、じゃあ、それにするわ】
「ほいほーい!サービスしてあげるよ!」
海麗先輩から手渡された白い氷山に、慶太は何度も青いシロップを掛ける。
大丈夫か?それ。かけ過ぎじゃないか?
シロップの在庫が気になるけど…そこも慶太達に任せよう。慶太が手渡す物だったら、シロップ無しでも喜んでくれそうな人達だし。
「おーい!みんな!繁盛しとるか?」
汗水垂らして働いていると、陽気な声が聞こえた。
川村さんだ。今度の彼は、ハチマキだけでなく法被も着ている。彼の後ろには、小学生くらいの男の子達が何人も付いて来ており、みんな川村さんと同じような格好をしていた。
「特別許可を貰ってな。ステップステップ・アニマートのみんなに来てもらったぞ。みんな、準備に取り掛かってくれ」
「「はい!」」
男の子達は元気に返事をすると、トラックの荷台から大きな和太鼓を落として、並び始める。
どうやら、ここで野外ライブ?をするみたいだ。
「それとな。この子達を勧誘してる時に、アメリカの歌姫も参戦してくれることになったぞ!」
【やっほー!みんな!】
そう言ってトラックから飛び降りたのは、普段着姿のセレナさんだった。
それを見て、鈴華が屋台の中から声を上げる。
「おう!セレナ!良く来たな!」
【スズカー!って、何やってるの?】
「あん?焼きそばだよ焼きそば。アメリカじゃあ、祭りで焼きそば焼かないのか?」
【うん。アメリカで麺を焼く料理なんて見た事ないよ。なんだかとっても美味しそうな匂いがするね!】
「おう!ちっと食ってけよ!」
【わーい!】
相変わらず、鈴華とセレナさんは仲良しだ。セレナさんはそのまま、鈴華と一緒に焼きそば屋さんをやるみたい。
桃花さんが大変そうだったからね。でも、セレナさんが参戦したことで、また一段と焼きそば屋さんに人が流れ始める。相乗効果なのか、こちらに並ぶ人も増えた気がするぞ。
おいおい。このままじゃパンクする。これは、一旦販売を中止した方が良いか?
蔵人が危機を感じていると、太鼓を並べ終わったアニマートの諸君がその太鼓の前に並んだ。
そして、一斉に打ち鳴らし始めた。
ドンッ!カラカラカラカラ…。
太鼓以外にも、金や縦笛が鳴らされて、お祭りの雰囲気が一気に濃くなっていった。
川村さんも子供達に混ざって、美しい縦笛の音色を奏で始めた。
ピロリ〜ロ〜♪
ドドンッ!
ピロリ〜ロ〜♪
ドドンッ!
【わぉ!Japaneseオマツリよ!】
【テレビで見た事あるぞ!龍が踊っている奴だ】
【金はもっと大きかった気がしたけど…】
【おまえ、それはアレだろ?中国映画で見た銅鑼だろ?ごちゃ混ぜになってるぜ!】
流石はステップステップのメンバー。どんな楽器も見事な扱い方だ。
彼らの演奏に、海外選手達も大盛り上がりだ。小さな演奏隊の周りを取り囲み、歓声や拍手を送っている。
お陰で、こちらへの負担が大幅に減った。
これなら、営業を続けられるな。
【これが…デビルフィッシュ…】
【どうですの?フランセット。口の中で張り付いたりしませんこと?】
フランスチームにたこ焼きを渡した後は、周りを見る余裕も出来た。
随分と多くの選手が集まっていて、お囃子クラブ周辺は足の踏み場もない。交通整理に駆り出されるスタッフの中には、警察の姿もちらほら見受けられた。
思ったよりも大事になってしまったみたいだな。
【どうなんです?フランセット。早く飲み込んで、感想を仰って下さいまし】
【…ええ。これは、食べられた物じゃないわ。やっぱりデビルフィッシュって味ね】
【そう言いながら、なんで2個目を食べるんですの?】
【責任を持って、私が全部食べますわ。皆さんは別の物を…】
【アンタそう言って、独り占めしたいだけでしょ!】
【私にも寄越しやがりなさい!】
あー。喧嘩は他所でやって下さいね。
ワイワイ楽しそうなフランスチームの後ろ姿を見ていると、また誰かが並んだ。
今度は銀髪の2人組だ。
【たこ焼きを、4つ】
「4つですか?お2人にしか見えませんが?」
蔵人が眉を顰めると、2人は後ろを向く。そこには白髪の女の子と、サングラスとマスクで顔を隠した人が壁際で待っていた。
ふむ。男性か。
「失礼しました。こちら、品物でございます」
【ありがとう】
たこ焼きを手渡すと、2人はそそくさと男子の元に戻っていった。
男子選手か。それとも選手の関係者枠で入った一般人か。
蔵人は希少な男の子を前に、つい目で彼女達を追ってしまった。
そして、驚いた。
「だから、要らないって言ったじゃないですか、僕」
その子が、日本語を喋った事に。
そしてその声は、聞き覚えのある声だった。
彼は…。
「ミナト、たこ焼き嫌い?」
「嫌いじゃないけど、今は食べたくない。千代子ちゃんにあげるよ」
「うん!」
そんな会話を交わしながら、4人は何処かに歩いていく。
蔵人は、彼らを追いたい衝動に駆られる。でもその時、目の前にお客さんが現れた。
【たこ焼き1つ、お願いしまーす!】
「カシラ!次のタネを頼んます!」
「あ、ああ」
蔵人は視線を落として、準備をする。
次に視線を上げた時には、もう彼らの姿は見えなくなっていた。
ミナト。
そう呼ばれた少年は、本当に彼だったのだろうか?
ドタバタなお祭り回となりましたが、最後はちょっと不穏でしたね。
「雲行きが怪しいな」
トド…おっと失礼。
オリンピック会長も、あまりマトモな人には思えませんし…。
また、大変な大会になりそうです。