428話(1/2)〜おっ、なんか揉めてるな〜
【素晴らしい試合でした、チームJAPAN】
本戦第2回戦、強豪インドとの試合が終わり、蔵人達はフィールドの中央で整列していた。
目の前には、煌びやかだったユニフォームをボロボロにしたインド選手達が並んでいる。
その先頭に並ぶラニ様が、ボロボロながら堂々とした振る舞いで海麗先輩に向けて合掌を披露する。
インド式のお辞儀だな。我々を対等な者と見てくれたという事か。
彼女達の誠意に感謝していると、ラニ様はこちらにも同じように合掌されて、更に小さく頭を前に倒された。
【96番の貴方も、素晴らしい活躍でした。私の防壁を破ったあの技が、クリエイトシールドだと聞いて今でも驚きが止みません。そして、そんな技すらも囮にして、あの壁を踏破するとは夢にも思いませんでした。技術だけでなく、策略にも脱帽です】
「お褒め頂き光栄です、ラニ様」
蔵人も彼女に習って、深々と頭を下げる。
策略については、100%鶴海さんのお陰だけどね。俺だけだったら、場外ペナルティという情けないベイルアウトを晒していたことだろう。
苦い顔をして蔵人が顔を上げると、ラニ様の後ろでナディアさんがキョロキョロしている姿が目に入った。
「誰かをお探しですか?ナディア選手」
【えっ?あっ、えっと。島津選手の姿が見えなかったので。確か、試合終盤で貴方に助けられていたと思ったのだけれど…】
「ああ…」
蔵人は、相槌と一緒に胸の内の空気も吐き出す。
そうしていると、蔵人の隣に立っていた鈴華がニヤニヤしながら答えた。
「あいつなら、今頃医務室だぜ。ボスに逆王子抱っこされて、鼻血吹き出して失神しちまったからな」
そう。
良かれと思ってダイビングキャッチをしたのに、結局医務室送りになってしまった円さん。どうしたら良かったのかと、蔵人はヤキモキしていたところだった。
こんな話を聞かされたら、ナディアさんも呆れるだろう。
そう思って彼女の表情を窺うと、ナディアさんは【ああ…】と大きく頷いた。
…何を納得されているんです?うん?
「まぁ、あいつの気持ちも分からんでもないよな」
【ええ。私でも失神する気がします。鼻血が出るかは分かりませんが】
ふむ。また、あべこべ世界特有の感覚だな。俺には、まだまだ理解しきれない。
蔵人が腕を組んで難しい顔をしていると、ラニ様が口を押さえて小さく笑う。そして、再び胸の前で合掌された。
【技術大国日本。貴女達の健闘と勝利を祈っております。貴女達の強さであれば、これから先に待つ強豪達にも打ち勝てると、私達は確信しております。後はただ、クリシュナ様のお導きを】
【【お導きを】】
ラニ様に習って、インド選手全員が胸の前で合掌した。何処から荘厳な雰囲気で、出陣式をされている気分になってきた。
彼女達の祝福の心が、我々にそう思わせているのだろう。
『インド選手団が日本選手団に対し、敬意を払います。本来は握手をする場面なのですが、これはこれでとても良い挨拶ですね』
『インドらしい挨拶です。拳を交えた両選手団だからこそでしょう。ラニ選手を中心に、多彩な戦法を繰り広げたインドチーム。それに対して、日本は黒騎士選手と美原選手を筆頭に、その全てを打ち破りました。まさに激闘。私は…いえ、この試合を見た誰もが心動かされる見事な試合であったと思います』
『まさにその通りですね。両チームの健闘に、観客席からも惜しみない拍手が送られています』
「「【【わぁああああ!!!】】」」
「よくやったぞ!ニッポン!」
「あのインドを倒したんだ!」
【信じられない!Sランクの居ないチームが、列強インドを倒すなんて】
【黒騎士ってのはSランクなんじゃないのか!?Cランクなんて嘘なんだろ?】
「インドも凄かったぞ!流石は世界第3位のSランク国家だ!」
未だにインドが負けた事を受け入れられない人もいるみたいだが、多くの観客が祝福を贈っててくれる。勝った日本には勿論のこと、負けたインドチームに対しても惜しみない拍手が贈られた。
蔵人はそれに、頭を下げる。すると他の選手達もそれに倣う。
より大きな歓声と拍手が、両チームに贈られるのだった。
「しっかし。次の相手は中国かぁ」
バスから降りて、日本選手用のホテルへと向かう道中で、バックを肩に担いだ鈴華が思い出したようにボヤいた。
それに、伏見さんが顔を上げる。
「まだ決まった訳やないで。ちょうど今頃、そっちの試合もしとる頃やろうからな」
「でも殆ど確定なんだろ?バスの中で監督も言ってたじゃんよ。なぁ、翠」
「そうね。パキスタンと中国だと、十中八九中国が勝つわ。中国は選手層が厚くて、Sランクも2人いるから、必ずどちらかの選手を投入するでしょうし」
慎重な鶴海さんも言い切る。それだけ、中国の実力が卓越している証拠だ。
彼女の後ろに続いていた桃花さんと若葉さんも、自信満々に頷く。
「中国が勝ったみたいだよ」
「前半8分でパーフェクトだってさ。Sランクの火力で一瞬だったらしいよ」
うん。既に結果が出ているみたいだ。見ると、彼女達の手元には1台のスマホが。
桃花さんが買ってもらった奴だな。それで、ニュースか試合を観たらしい。
それにしてもパーフェクトか。
「強いよね。オリンピックでパーフェクトなんてさ。僕たち勝てるのかな?」
「相手が弱すぎたのかもしんねぇだろ?何とかスタンって強いのかよ?翠」
「パキスタンね。異能力に関しては、日本よりも格上の存在よ。Sランクも20人近く居ると言われているし、国内の高ランク数だけで言えば世界でも5本の指に入るわ」
そんな国にパーフェクト。
やはり、世界1位の肩書きは伊達ではないと言うことか。
「おっ、なんか揉めてるな」
ホテル街に差し掛かった所で、鈴華が前を指さした。
見ると、ガタイの良い女性達が取っ組み合いの喧嘩?をしている所だった。
なんだなんだ?穏やかじゃないねぇ。
「おーい!お前ら。何やってんだ?相撲か?」
【むっ。そう言う君たちは、チームJAPANだな】
振り向いたのは、彼女達の中では小柄な方の褐色女性。ニュージーランド選手のゾーイさんだ。
という事は、彼女の目の前で揉めているのはニュージーランド選手達なのか?
【ちょうどいい所に来てくれた。君たちからも、こいつらに言ってやってくれないか?こいつらは、この選手村から出ようとしているんだ】
【だってよ。祭をやるらしいじゃんか。アタシらが祭に参加しないなんて、そんなの嘘だろ?国に帰ったらみんなに怒られるぜ?】
ああ、そう言えば、来る途中で交通規制をやっていた。
なんでも、近くで夏祭りを行うので、夕方から特別警戒区域を敷くらしい。交通規制はその一環で、既に都内の至る場所が通行禁止になっていた。それで、バスはかなり大回りで帰ってきていたのだが…。
そうか。他国の選手達からしたら、日本の夏祭りを貴重な体験と捉える人もいるのか。なかなか極東アジアまで来ることがなかったから、土産話にでもしたいのだろう。
でも、選手が選手村から出るのは難しい。
別に大会運営から外出禁止令が出されている訳ではないが、彼女達は今まさに話題の中心にいる有名人。そんな人が街中を歩いていたら、何をされるか分からない。ここは治安の良い日本ではあるが、今は海外からの観光客も数多く来日している。彼女達の中には、選手に危害を加えたり誘惑しようとしている人も居るかもしれない。
何せ、異能力はこの世界の要。軍事的にも経済的にも、彼女達は金の卵なのだ。史実世界のアスリートよりも警戒心を持つべき存在である。
だから大会運営は不必要な外出を控えるようにと、各選手に通達している。それを、選手達も痛い程分かっていた。
今まで他国で行われたオリンピックでは、痛ましい事件が幾つも起きているからね。
【ここから無理に出たりしたら、それこそハウラキキャプテンに怒られるぞ?】
【キャプテンや監督が怖くてファランクスやっていられるかよ。なに、ちょっと変装したらバレないって】
バレると思うぞ。何せ、ファランクスはオリンピック競技の中でも大盛り上がりしている競技。日本と戦ったニュージーランド選手は特に、注目の的になっている筈だ。変身異能力が使えない特別警戒区域では、直ぐにバレて取り囲まれてしまう。
「なるほどな。お前らの気持ちは良く分かるぜ。何とかしてやりたい…とは思うんだけどよぉ」
「せやな。うちらも同じ状況やから、外出て買うて来ることも出来んのや」
「じゃあさ、川村さんに相談してみようよ!」
難しい顔を突き合わせる鈴華達の間で、桃花さんが「はーい!」と手を上げる。
なるほど。大会トップの川村さんか。確かにあの人と会話できれば、何かしらの手を考えてくれそうではある。
だが、今はオリンピックの真っ最中で、とても会う機会なんて作り出せるとは思えないぞ?
そう思った蔵人だったが、桃花さんは何処かに電話し始めた。
そして、
「よっしゃ、任せとけぃ!って、川村のおじちゃんが言ってたよ」
電話番号、知ってたんかい。
いや、知っていても、彼が電話に出てくれたことが奇跡だな。余程、日本のファランクスに期待しているからか。
「任せる言うても、どないするつもりやろな、あのおっちゃん」
「いっぱい屋台の料理を買ってきてくれるのかな?それとも、出店の人をここに呼んでくれたり?」
「それは無理よ、桃ちゃん。選手村は部外者立ち入り禁止よ?選手の親族だって制限されている状態なんだから、外から部外者を招くことはほぼ出来ないわ」
「そっか~。良い考えだと思ったんだけどなぁ」
桃花さんは腕を頭の後ろに回して、残念そうな声を上げる。
でも、彼女の予想は大きくは外れていなかった。
桃花さんが川村さんに電話して1時間ほどが経った時、大型トラックが選手村に乗り込んできた。そして、運転席から出てきたのは、焼けた顔に大きな笑みを浮かべる川村のおっちゃんであった。
「よーしっ、みんな!ちょっと手伝ってくれんか」
そう言って、我々をトラックの荷台へと呼び寄せる川村さん。そこにあったのは、鉄パイプや木の板であった。
良く分からないままに、蔵人達は川村さんの指示のもと、荷物を次々と下ろしていく。そうすると、おっちゃんが頭にハチマキを巻いて、鉄パイプと木の板で家を作り出した。
おや?これは…。
「大会会場で出店してた屋台だ。店主達の好意でな、こうしてバラシて持ってきたんだ」
なんと。出店の品を持ってくるんじゃなくて、出店ごと持ってきたらしい。
何というか、豪快なことを考える人だ。流石は、常にハチマキをしているお祭り男である。
でも、
「誰がその料理を作るんだ?」
そう。料理人を確保しなければならない。
鈴華の質問に、川村さんは頭のハチマキを外して、それで額の汗を拭きながら「ああ、それなんだが」と唸り声を上げた。
「このホテルの従業員を一部借りることになっている。彼女達は優秀な料理人だ。会席料理やフレンチだけじゃなくて、こういう庶民な料理も作れるだろう。でも、なぁ…」
「人数の問題ですね?」
蔵人の問いに、川村さんは頷く。
彼が持ってきた屋台は5つもあった。たこ焼き、焼きそば、クレープ、チョコバナナ、かき氷。
どれもお祭りの定番料理で、どれを外すのも風情に欠ける。だが、これを稼働させるのに最低でも5人が必要。選手村のスタッフに余裕はない筈だから、借りられても1人か2人だろう。
さて、どうするつもりなのかと、蔵人は川村さんに視線を向ける。すると、彼はチラチラこちらを見返す。
うん。そういうことですか?
「足りない手は、我々が補うと」
言い出しっぺだし、それが妥当か。
蔵人が頷くと、隣の鈴華が両手を上げた。
「うぉおお!なんかめっちゃ面白そうじゃねえか!あたし絶対、焼きそば屋やるかんな!」
「なんで、焼きそばやねん」
「分かんねぇけどさ、焼きそばがあたしに語り掛けてくるんだよ。焼け、焼くんだ鈴華ってな」
「なんやそれ?変なもん拾い食いしたんとちゃうやろな」
確かに変な話だが、鈴華が焼きそば屋さんなのは決定した。彼女の補助には桃花さんについてもらうことにする。
そして、クレープは鶴海さんと若葉さんのコンビが対応し、かき氷は慶太と海麗先輩がやってくれることとなった。かき氷であれば、料理が出来なくとも複雑な工程がないからね。氷なら、慶太のつまみ食いも発動しないだろう。
「では、俺はたこ焼きにするか」
「うちも手伝いまっせ、カシラ。小さい頃、おとんが焼いとるの見とったさかい」
おお。流石は大阪出身者。たこ焼きはソウルフードって訳ね。
各々が担当する料理も決まり、蔵人達は急いで仕込みに入るのだった。
長くなったので、明日へ分割します。
ちょっと平和なお話でした。
「嵐の前の静けさか?」
そう…かも知れませんね。
だって、次は中国でしょ?
一筋縄ではいかないですよね…。