426話~それも微々たるもの~
「「「わぁあああああ!!!」」」
「「【にっぽん!にっぽん!にっぽん!】」」
日本領域が大きく拡大される中、フィールドには沢山の日本コールが響く。それに加え、放送席からも熱い声が響き渡った。
『まさかまさかの、日本先制!異能力大国で名高いインドを相手に、大きなリードを作り出しました!これは大きい!大き過ぎる!一体誰が、こんな未来を予想したでしょうか!?』
『多くの観客は、逆の状況を想像していたでしょうね。インドはSランクを含め、フルメンバーで挑んでいます。対する日本はDランクを2人に、男子選手を3人編成している状況。順当に考えれば、インドが有利だと考える人が大半だったはずです』
『なるほど。日本のオッズが2.8と高いのも、そういう意味があったのですね?』
『ニュージーランドに勝った今でもそれです。まだまだ世界は、日本を認めていなかったという事でしょう』
『ですが、この一発で気付いてくれた筈です。日本にとって、Dランクや男子選手が足枷ではないと言うことに』
『少なくとも、インドチームは気合いを入れ直したみたいですよ』
解説者さんの言う通り、インド選手達の様子が変わった。巨大防壁を消し去って、中衛も後衛も前線に加わった。
かなり前のめりな姿勢だけれど、相当焦っているのか?まぁ、ファーストとセカンドを取られて、20%(800+400+400×2)の領域を取られたからね。少なくとも、余裕は無くなったのだろう。
蔵人が構えていると、日本のベンチからも激が飛んで来た。
進藤監督だ。
『全員集中しろ!ここが1番危険な場面だ!気を抜いたりしたら、一瞬で逆転されるぞ!』
「皆さん!監督の言う通りですよ!」
後衛の鶴海さんからも、声が飛ぶ。
「総攻撃注意!相手はきっと突撃してきます。前衛は防御陣地を構築!中衛は広がって迎撃態勢!遠距離役は前に出て、防御陣地手前からの迎撃準備!」
「「はいっ!」」
鶴海さんの号令に背中を押され、みんなはテキパキと動き出す。蔵人も、損耗した水晶盾を入れ替えて、前線に再配置する。
その時、インドチームが動いた。
【行くわよ!みんな!】
【【おぉぉぉお!】】
【私達にはラニ様が着いているわ!恐れずに突き進みなさい!】
【【おおぉおお!!】】
【突撃!】
ナディアさんを先頭に、中立地帯を駆け出すインド選手達。その目はギラついていて、鬼気迫る勢いであった。
だが、それに気圧される我々ではない。
鶴海さんに指示されて待ち構えていた遠距離部隊が、駆け寄るインド選手に向けて魔力弾を撃ち込んだ。
平地を駆け寄るだけの兵士など、ただの的だ。日本チームの攻撃は、易々とインド選手達を捉えた。
だが、弾が着弾して土煙を巻き上げても、放送席からベイルアウトの声が上がらない。
攻撃が当たらなかった?何故だ?
蔵人の疑問は、土煙が晴れるのと同時に解消された。
そこにあったのは、土のオブジェ。
縦横1mくらいの小さな土の壁が、インドチームの目の前に幾つも出来上がっていた。それが、日本の遠距離攻撃からインド選手達を守っていたのだった。
まるで、イギリスで戦った千鶴さんとクロエさんみたいだ。小さな防壁を幾つも作り出して、姿をくらませたあの戦いを思い出させる。
その時と同じように、インド選手達は防壁で遠距離攻撃を防ぎ、防壁の間を移動していた。
そのまま、日本の防御陣地のすぐ前まで迫ってきたインド選手達。そして、シールド・ファランクスの前にも、同じように小さな防壁が作り出された。
その防壁に上に、インド選手達が飛び乗った。
【行くよ!みんな!】
【【おぉおお!!】】
インド選手達はそのまま、防壁から飛び出して、シールド・ファランクスの上を飛び越えて来た。
なんと、足場にも出来るのか。その防壁は。
【全員、突撃ぃい!】
【【おぉおおお!!】】
着地したインド選手達は、そのまま日本領域を駆け出す。
すかさず、日本の遠距離部隊から砲撃が開始されるが、またすぐに小さな防壁がせり出して来て、インド選手達を守ってしまう。
【みんな!構えっ…撃てっ!】
逆に、インドの選手達から反撃が開始される。
『ベイルアウト!日本16番、18番!待ち構えていた日本の遠距離役が、逆に討ち取られてしまった!』
『日本の領域内とはいえ、防壁で守られるインドは強いですよ。逆に、日本はシールド・ファランクスを越えられてしまったので、完全に無防備な状態。これは非常に危険な状況だ』
『領域を大きく増やした日本でしたが、ここに来て窮地に追いやられた!それを成したのはやはりこの人、インドSランクのラニ選手。彼女の采配一つで、インドチームは堅牢な城兵にも、ゲリラ式の特攻部隊にも早変わりします!』
的確なインドの射撃に、日本の選手達は次々と討ち取られていく。
そんな中、小さな影が空を飛んだ。
「好き勝手しよってからに。ここはうちらの領域やで!」
伏見さんだ。
日本領域の上空を高々と飛び、防壁の間で日本を狙い撃ちにするインド選手達を見下ろした。そして、そのまま彼女達を急襲した。
「これで終いや、インド人!」
伏見さんの一撃に、インド選手達は何も出来ない。死角からの一撃だったので、ただ目を開いて恐怖を覚えるしか出来なかった。
戦場を俯瞰していた、Sランクを除いて。
『伏見選手の一撃ぃい!しかし、これも防壁に阻まれてしまった!一撃でBランクも刈り取る伏見選手の攻撃に、防壁は傷一つ付かない!』
『防壁全てがSランクの強度を誇るのでしょう。それだけ強固な防壁を、殆どノータイムで生成するラニ選手の技能はかなりの物です』
『逆に、攻撃を防がれた伏見選手がピンチに陥る!狙われていたインド選手達が、一斉に反撃に出たぞ!』
『これは不味いですね』
ああ、本当に不味い状況だ。
蔵人は手早く動いた。
シールド・ファランクスの一部を消し、その分の魔力で水晶盾を生成させながら、それを伏見さんの元へと飛ばす。
間一髪、その盾は伏見さんへと向かっていた魔力弾に当たり、そいつと一緒に爆散した。
伏見さんは…無事だ。
『なんてことだ!日本側でも、防壁で選手が守られた!』
『黒騎士選手だ!彼のクリスタルシールドが間に合ったんだ。なんて早いシールド生成だ。まるでテレポートしたのかと思ってしまう程だ』
『それにも構わず、逃げる伏見選手に向けて、インド選手達から幾つも魔力弾が撃ち込まれる!しかし、黒騎士選手のシールドがそれも防ぐ!防ぐ!とうとう全てを防ぎきってしまった!』
『何とか逃げおおせましたね、伏見選手。これは驚きだ。Sランクの防壁にタメを張っていますよ、黒騎士選手の防御性能は』
『Sランクの魔力量に対しても、見劣りすることない技術力という事でしょうか?やはり、黒騎士の名前は伊達ではありませんね』
技術力だけは、負ける訳にはいかないからな。
蔵人は放送席から声に耳を傾けながらも、盾を操る。既に突破されてしまったシールド・ファランクスを解体し、その盾を四方に飛ばして日本選手のガードに使った。
防壁の合間から狙ってくるインド選手達と、動く盾に守られる日本選手の攻防。一時は日本側が大きく押されていた場面も、徐々に形勢は互角になりつつある。
いや、日本の方が有利か。
『互角の撃ち合い、殴り合いが、フィールド上で繰り広げられております!両チーム1歩も譲らない、激しい攻防に持ち込まれているぞ!しかし、インド選手は厳しい状況だ。日本領域に侵入した彼女達に、今、ペナルティカウントが1つ灯りました』
『2つ灯ると、強制ベイルアウトですからね。そろそろ攻め込むか、退避するかを決める必要があります』
所謂、侵入ペナルティという奴だ。日本領域に踏み込んでいる時点で、インド選手達は大きなハンデを負っているのだ。
それでも、飛び込まないと勝てない状況に陥っている。彼女達はどうやら、このまま攻め込む事を選んだ様だった。必死の形相で魔力弾を撃ち込む彼闕女達は、正に死兵。玉砕覚悟で飛び込み始めて、日本側にとっても危険な状況になりつつあった。
囲師必闕。
退くに退けなくなった兵士は、決死の覚悟で戦うようになる。そうなると、対峙するこちら側にも多くの犠牲が出やすくなるのだ。
少し相手を追い立て過ぎたか。
撃ち抜かれた盾を補修しながら、蔵人は歯を食いしばる。
せめて、この土壁がなければ、こちらも思う通りに対抗する事が出来るのだが…。
珍しく、蔵人は弱音を思い浮かべる。
そんな時、
「チェストォオ!!」
海麗先輩の声が響き、向こうの方で土壁の残骸とインド選手が吹き飛ぶ姿が見えた。
『ベイルアウト!インド20番、12番、15番!3人同時にベイルアウトだぁ!やったのは日本の1番!1番、日本エースの美原海麗が、またやってくれました!』
『これは、インド側にとって溜まりません。隠れていた土壁ごと、拳で破壊されてしまいましたよ。Sランクのソイルキネシスを易々と粉砕するとは、最早、美原選手をAランクと見るのは間違いであったと認めなければなりません』
海麗先輩の拳で、Sランクの防御が絶対で無くなった。それが分かった途端、決死を決めていたインド選手達が後退し始めた。
死んでも活路を開くと決めた彼女達も、犬死となるのは不味いと思った様だ。
彼女達がみんなベイルアウトしてしまったら、フリーになった日本選手達から逆襲を食らってしまうから。
そのまま、前半戦終了の合図がフィールドに響き渡る
ファアアアアンッ!
『ここで前半戦終了!圧倒的な魔力差があるチーム同士の試合でしたが、結果は全くの真逆。日本領域が68%まで広がるという驚きの試合状況となりました!』
『いやぁ、全くの予想外です。日本には黒騎士選手が居ますから、インドの前半コールド勝利とまではならないだろうと予測していましたが、まさかこれだけの勝ち越し状態で折り返すとは夢にも思いませんでした』
蔵人達がベンチへと戻っている間も、興奮気味な放送席の声が降りかかる。
『この立役者はやはり、黒騎士選手でしょうか?』
『確かに、彼の功績は大きいです。インド選手達と正面切って撃ち合えたのも、彼のシールド生成能力と移動能力があったからでしょう。ですが、美原選手の攻撃力にも着目するべきだと思います。彼女がラニ選手の防壁を突破したことで、日本は攻撃のチャンスを掴むことが出来ました。また、足場ごとインド選手をキルしたことで、インド側に強烈なプレッシャーを与えることになりました』
『なるほど。去年の全日本、黒騎士選手を敗北寸前まで追いやった美原選手の力が、今こうして黒騎士選手と共に発揮されている。その功績が大きいという事ですね?』
『2人の力で、日本チームが大きく引っ張られているのは確かです』
黒騎士もかなり持ち上げようとしているが、しっかりと海麗先輩の実力も広めてくれる放送席。
有難い事だ。彼女達の放送を聞いて、日本選手団にも良い影響が出ていた。
「うちらも、負けてられんな」
「あたしがSランクをぶっ飛ばしてやるぜ!」
負けてたまるかと、鼻息を荒くする者。
「良い感じだよね?僕たち。頑張ればもう一本くらい取れないかな?」
「今度は2人でクロスして走ってみません?バスケのスクリーンみたいに、相手が捉え難くなるかも」
勝機を感じて、次の一手を考える者。
誰も彼女もが前向きになっている。
そんな中、監督と鶴海さんだけが浮かない顔だった。
「皆、前半戦はよくやってくれた。儂が思い描く数段上の動きが出来ていたぞ。特に美原選手と黒騎士選手。君達の攻撃と防御が、日本の生命線になっているのは放送の通りだ」
「あっ、ありがとう、ございます」
海麗先輩が恥ずかしそうに頬を掻く。
それに、監督が首を振った。
「だが、それは向こうも把握していることだろう。後半戦、君達へのマークは更に厳しく、そして苛烈になっていくのは確実だ。どんな手段に出てくるかは未知数だが、2人は特に警戒するように」
「はいっ!」「はい」
我々の返事を聞いた監督は、少しだけ表情を緩め、みんなの方に向き直る。
「お前達に対しても言えることだ。いいか?相手はまだ、本気を出していない。インドのSランクは前半戦、1歩もインド領域を出ることはなかった。だが、後半戦は違う。過去の試合を見るに、ピンチとなったインドチームは大抵、Sランクを中心に攻めてくることが多い」
監督の言葉に、選手達は驚きを隠せない。
その様子に若干満足気味の監督は、隣を見下ろす。
監督と目配せした鶴海さんが、1歩前に出る。
「去年のアジア大会を見てみると、中国やロシアと対峙する時だけ、インドはSランクを前面に押し出して試合に臨んでいました。そうなってくると、インドチームは更に危険な相手になります。攻防のレスポンスは格段に早まりますし、攻撃精度も上がります。去年の試合に出たSランクはラニ選手ではありませんでしたが、彼女もSランクである以上、同様の動きを見せると予測できます」
つまり、彼女もナディアさん達と一緒に攻め込んでくると。
Sランクのソイルキネシスは、前半では防御一辺倒の動きであった。それでも、十分に厄介な相手となっていた。それが、今度は攻撃に加わる。想像するだけで厄介だ。
話を聞いた蔵人達は、喜びで緩んだ顔を引き締める。
丁度その時、ハーフタイム終了の合図が鳴る。
それを受けて、進藤監督が厳しい顔でみんなを見回す。
「相手が強硬策を取る可能性がある以上、守りを固めるのは得策ではない。後半戦10分は、更に攻めるつもりで行け」
「「はいっ!」」
気合を入れなおし、蔵人達はフィールドへと向かった。
『さぁ!日本チームも出てまいりました。前半戦では美原選手の一撃から、西風選手と剣帝選手が2つのタッチを奪うことに成功した日本。後半戦も円柱1人と前寄りの配置を継続するみたいですね』
『これはまた、常識外れの配置ですね』
『おや?そうなんですか?』
『はい。通常、前半戦でこれだけの点数差を付けることが出来たのなら、後半戦は待機得点を稼いでコールドを狙うのが定石です。後ろ寄りに構えて、守りを固めた方が勝率は上がりますからね』
なるほど。そう言うものなのか。
蔵人は解説者さんの声を聞きながら、配置に着く。目の前には、ナディア選手と肩を並べて先頭に立つ、ラニ選手の姿があった。
監督達の予想通り、前に出て来たか、Sランク。恐らく監督は、彼女が前に出て来るから我々も前寄りにしたのだろう。攻められて勢いがついてしまえば、幾ら円柱前で構えていても彼女達を止めることが出来ないと考えて。
そして、その考えはきっと正解だ。ラニ選手から感じる魔力は、戦闘態勢となったディさんと同じ感じがするから。
蔵人が冷や汗を流すのと同時に、ファンファーレが鳴る。
ファァアアアン
〈◆〉
後半戦が始まった。
それと同時に、私の隣で膨大な魔力が生まれた。
ラニ様だ。
『後半戦開始です!っと、同時に、インドのSランク、ラニ選手が動いた!彼女の目の前に巨大な土の塊が浮かび上がる。この大きさは、Aランクのメテオストライク…いや、それ以上だ!』
『Sランクの惑星落としだ!』
実況の悲鳴が響き渡るフィールドで、ラニ様の手から極大の魔力弾が放たれる。
Sランクの魔力が込められたそれは、一瞬にして日本前線へと到達し、日本選手を悉くすり潰していった。
これがSランクの力。たった1人いらっしゃるだけで、戦況がガラリと変わる。どんなに優秀な選手を揃えた所で、結局最後はランクの問題になる。
私達の役割は、ラニ様が蹴散らした者達の片付け。勝利を確実の物とするために、残った日本選手にトドメを刺す。
そう思って、ラニ様の前に出ようとした私。
でも、その肩をラニ様が掴まれた。
【ラニ様?】
【まだですよ、ナディア。まだ、日本は倒れていない】
えっ?どういうことです?
私は驚いて、日本領域を振り返る。すると、そこにはラニ様の放った巨大土弾があった。弾は少し浮いた状態で、日本領域の手前で止まっていた。
『止めたぁあ!Sランクの極大技を、黒騎士選手が止めてしまったぁあ!』
『黒騎士選手のクイン・ランパートだ!クマ選手のソイルキネシスも合わさって、強力なシールドで踏みとどまったんだ!』
『なんてことだ!なんてことだ!Sランクの攻撃を、Cランク2人で防ぎきってしまった!これが日本。これが黒騎士だぁ!』
そんな!ラニ様の攻撃を、防ぐ選手がいるなんて。
驚く私。その横で、【ふっ】と息を吐く音がした。
ラニ様だ。
ラニ様が、小さく微笑みを浮かべている。ご自身の技が止められたのに、何故?
【技術大国日本の名は伊達ではありませんね。私が思い描いていたよりも、少しだけ貴方達の立ち位置が違います】
ラニ様が手を前に突き出す。その途端、日本領域で地震が起きる。そして、次の瞬間、巨大な壁が日本領域の真ん中に突き出した。
【ですが、それも微々たるもの。この程度の差異であれば、作戦は続行です。さぁ、ナディア。皆さん。我々インドの力を日本に見せつけるのです】
【【はいっ!】】
私達は走り出す。ラニ様が作って下さった、巨大な道に向かって。
流石はSランク。
これだけの規模の異能力を、ポンポンと使ってくるなんて。
「それだけ、日本を強敵と認識したのだろう」
えっ?ああ、魔力回復時間の事ですね?
確かに、ここで全力を出す必要があると、インドに思わせることが出来たのですね。




