43話~君がそう言うのでは仕方が無いな~
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「最近、やけに視線を感じると思ったが、それが原因か?」
そうですね。多くの皆様にご覧いただけているのですね。
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部活見学初日を終えた、次の日の朝。
蔵人が登校すると、既に登校していた女子生徒達が一斉に振り向いて、蔵人に向かって挨拶を連投してくる。
蔵人は、なんとかそれを苦笑い込みで返していく。これがいつもの日課になりつつある。
そんないつもの風景が繰り広げられた先には、5組の鶴海さんが蔵人の席に座って...いない。今日の鶴海さんは、蔵人の席の横に立っていて、若葉さんの机の上を興味深く見下ろしている。
何を見ているのだろうか?彼女の机の上には、A3用紙が1枚置いてある。それを班のみんなが黙って見下ろしている。
どこか、不穏な様子。まるで、いけない儀式でもしているようにも見える。
コックリさんとか、やってないよな?
「あら、主人公が来てくれたわよ」
鶴海さんが、紙の前で満足そうにしている若葉さんの肩を揺らして、蔵人を指さす。
蔵人は悪い予感しかしなかったので、鶴海さんの隣に立って、その紙を見下ろす。
その紙の上に書かれていたのは…。
〈空手部エースの洗礼、挑んだ男子、大量出血!〉
「アウトォッ!」
「えぇええっ!」
蔵人のジャッジに、若葉さんが悲鳴を上げる。
蔵人の机の上にあったのは新聞の原稿だった。
多くの余白に、記事が一つだけポツンとあったので、恐らく若葉さんが作った部分だけ切り取って持ってきて、蔵人に載せていいか判断を仰ぎに来たのだろう。
だから、蔵人はしっかりと判断した。
ダメであると。
「どぉしてぇ!?ねぇ、なんでぇ?」
それでも食い下がる若葉さん。
必死の形相である彼女に、蔵人は首を振る。
「確かに、記事の部分は事実だから良いけど。タイトルがダメだ。これじゃあ、美原先輩が一方的に悪者みたいに読める」
蔵人の指摘に、隣の鶴海さんは、あっ、そっちなの?みたいな顔をしている。
ええ、自身が話題となっているのは、もう諦めたんですよ。
「でもぉ!インパクトがぁ!」
尚も蔵人にしがみつく若葉さん。
「事実を明確に書きなさいな。いい記事には読者もちゃんと着いてくるでしょ?記事の内容もしっかりしてるし、写真も...凄くいい瞬間撮ってるし、見出しでインパクト出さなくても、読者はしっかりと目にとめてくれるって」
むしろ、この写真どうやって撮ったかを知りたい。
蔵人が目を細めて見る写真には、拳から血が出て、それを美原先輩が応急処置している瞬間が納められている。上手く顔が隠れる位置で撮っているが、空手部のみんなが天手古舞な様子が良く分かる。
こんなベストな瞬間と配置の写真を、どうやったら撮ることが出来るのだろうか。あの場所に、カメラを持った人間はいなかった。そもそも、シャッター音なんて聞こえて…いや、分からない。あの時は、試合に集中していたから。そもそも…。
考えるのは後だ。
蔵人は頭を振って、いつの間に撮ったのかと聞きたい衝動を、今は抑える。
「じゃあ、どんなタイトルだったらいいの?」
すっかりしょげ返った若葉さん。それを見て、蔵人は「そんなの自分で考えろ」とは言えなかった。彼女なりのアイディアを集めたものが、目の前の物だろうから。
そうだなっと、蔵人は頭を悩ませる。
「危うし!部活見学での事故!男子学生、痛い授業料払う...とかはどう?」
蔵人の提案に、数刻考え込む若葉さんだったが、直ぐに顔を上げて、蔵人の言葉を紙に書き込む。
その様子を、心配そうに鶴海さんが覗き込む。
「本当にこれで良いの?これだと、なんだか蔵人ちゃんが失敗した様に読めるけど…」
「まぁ、これくらいの誇張は、表現の自由の内かと。他の部活見学者への戒めにもなりますし」
写真はあるが、記事の中に蔵人の名前も美原先輩の名前も無いので、人物の特定は容易ではない。それに、蔵人が熱くなり過ぎなければ起こらなかった事故でもあるので、自身への戒めという意味も含めて良いと思う蔵人。
そう言っている2人の横で、若葉さんが勢いよく立ち上がる。
「よし出来た!早速新聞部に!」
「行くな行くな!」「ストップよ、若ちゃん」
走り出そうとした若葉さんを、蔵人と鶴海さんが同時に取り押さえる。
今から新聞部まで行っていたら、確実に朝のホームルームに間に合わない。
自分の興味がある事に重点を起きすぎて、他がおざなりになってしまう娘なんだな。
蔵人が頭を抑える横で、ため息をつく鶴海さん。
ふと、目線が合う。
鶴海さんが、少し笑って口を開く。
「良かったわ。蔵人ちゃんなら、若ちゃんを任せられる」
「いや、待てくれ!俺にリード持たせようとしないで!」
蔵人の悲痛な叫びに、鶴海さんは涼しい笑顔しか返してこない。
おいおい。
「その笑顔怖いんだけど!?鶴海さん、明日もちゃんと来てよ?待ってるからね!」
体よくお世話係を仰せつかる訳にはいかない。
蔵人は、ホームルームが始まるギリギリまで、鶴海さんに頭を下げていた。
その日の1限目から、本格的な授業が始まった。
さすが名門校。授業内容も、スピードも、蔵人が知っている中学生のそれとは段違いだ。
この学校の方針としては、2年生までに中学生の勉強範囲は終わらせて、3年生では受験対策を丸一年じっくりと行うとの事。
しかも、週に1日は、完全に机上の勉強をしない日がある。蔵人達のクラスは木曜日。この日は、朝から放課後までが異能力訓練になるのだとか。
夏休みまでの1学期では、基本的に座学ベースになるらしいが、2学期からは実戦ベースの本格的訓練に入ると聞いている。
小学校での異能力に関する授業は週に1時間程度であったから、力の入れようが違うのは明白である。
これが特待生、つまり、異能力部に推薦で入った子だと更に増えるのだとか。
3年生の授業でも、半分以上が異能力訓練と聞いた。
何せ、受験の項目の半分以上が、この異能力関連で占められているのだから。この世界が異能力中心で成り立っている事が、改めて良く分かる授業カリキュラムだ。
「ぐへぇ〜...もう、ダメだぁ。おしまいだよぉ~」
蔵人の後ろで、1つの声が沈む。
野菜星の王子が吐きそうなセリフをのたまっているのは、西風さんだ。机に突っ伏して、先生が去った後の黒板を忌々しげに見つめている。
そんな彼女に、本田さんが呆れた様に言う。
「まだ数Ⅰの序盤じゃない。そこまで厳しく無かったと思うけど?」
「そりゃ、今は良いけどさぁ。もしもこの先も、ずっとこのハイペースな授業だったら、僕は絶対着いて行けなくなるよ。元々勉強はそこまで得意じゃないし、入試も、実技がたまたま上手くいったから良かったようなもんだし…」
机と同化しそうなくらい溶けだした西風さんを見て、そう言えば西風さんはボクっ娘なんだと、蔵人は一瞬ズレたことを考えてしまった。
そうだ!と、西風さんは急に大きな声を出す。
「勉強以外で点数を稼げば良いんだ!異能力部に入れば、テストの成績悪くても桜城高等部に行ける!」
息を吹き返した彼女だったが、次の若葉さんの言葉に崩れる。
「でも、異能力部に入れたとしても、テストで赤点を1つでも取ったら、部活動に参加出来なくなるよ?」
「なんだと!?」
蔵人も、これにはびっくりした。
若葉さんが言うには、テストで赤点を取った場合、追試試験を受けなければいけないのだが、それに受かるまでは部活禁止となる。
しかも、追試試験も合格出来ない場合は、鬼の様に長い補講を受けて、再度、追試試験を受ける事となる。それでも受からない場合は…最悪、進級出来なくなるらしい。
中学生で留年は、恥ずかしい。
これは他人事じゃない。蔵人は気持ちを引き締める。
「しかし、よく知ってたね。若葉さん」
「ふふん。記者活動を妨げる要素は、全て把握しているのだよ」
蔵人が褒めると、凄いドヤ顔で返されてしまった。
まぁ、理由はとても彼女らしかったので、蔵人は少し安心した。
6限目までみっちり詰め込まれた授業を終えると、時刻は15時を少し回る。ここから帰りのホームルームで簡単な連絡事項を伝えると、15時半に迫ろうとしていた。
ここからが部活動の時間だ。
開始時間は凡そ16時くらいらしいが、終わりの時間は各部によって異なる。異能力部などの強豪クラブは20時位まで行う事もザラらしい。文芸部は17時で終わりなのに、エラい差だ。それだけこの学校が異能力戦に力を入れているのが聞いて取れる。
蔵人が席を立つと、後ろから声がかかる。
「巻島君は何処に行くの?」
蔵人が振り向くと、西風さんが上目遣いでこちらを見上げていた。彼女は先ほど、異能力部の話をしていたので、この質問も「何処の部活に行くの?」と問いかけているのだろう。
「部活見学に、ファランクス部に行こうと思ってるよ」
蔵人が端的に答えると、西風さんはくいッと体を持ち上げる。
「えっ?ファランクスって、異能力部の?巻島君、男の子だよね?」
「男の子だよ」
ちゃんと付いているしな。
蔵人が堂々と返すと、西風さんは戸惑いながらも「そ、そっか」と納得の様子を見せる。
「男の子なのに、異能力部に入るなんて凄いね。僕は聞いたこともなかったから、驚いちゃったよ」
彼女の反応は、昨日の異能力部員達と同じ反応である。この世界では、男子が異能力部に入るというのは余程の事なのだろう。
であるなら、ファランクス部に居た男子部員はとても貴重な仲間とも言える。是非とも仲良くなりたいものだ。
「でも、そうかぁ。ファランクス部かぁ。チームとかじゃなくて、僕もそっちに行こうかな?」
西風さんが再び机に体を預け、力なく両手を伸ばしているのを見て、蔵人は少し心配になった。
「もし異能力部に入ろうとしてるなら、早くした方が良いよ。俺が男だからってのもあるけど、昨日行った異能力部は、ファランクス部を除いて門前払いをくらったから」
そう言うと、西風さんは目を見開いて驚いた。
「うぇえ!巻島君でもそんな事あるの?僕じゃ無理かなぁ〜」
「実績とかがあれば有利らしいけど、西風さんはある?チーム戦で県大会出場とか、シングルで誰か倒したとか」
「地元の商店街カップで準優勝した事はあるけど、公式戦じゃないし、10歳までの大会だったしなぁ。あんまり自慢にならないかも…」
商店街か…。公式戦じゃないと厳しいかもな。
蔵人は机と一体化しそうな西風さんに背中を向けて、一言忠告する。
「ファランクス部に入れるかどうかも、俺では怪しいんだ。今日その沙汰が下るから、もう行くよ。西風さんも、もし興味出てきたら、是非早めに来てね」
そう言って、答えも聞かずに蔵人は教室を出る。
急いで訓練棟に行かなければ。遅刻なんてしようものなら、印象最悪だ。
途中、シングル部や他の異能力部の訓練棟を横目で見ながら走る。昨日は気付かなかったが、こうして外からだと練習風景が全く見えない。周囲に窓とかも無いから、建物内に入らないと偵察とかは出来ないようになっていた。
これも、強豪校ならではなのだろうか。他校がスパイを送り込んで来ても、練習風景を絶対に見せないための。だがこれでは、夏場は地獄じゃないか?空調効いているのだろうか。効いているのだとしたら、これだけの広大な建物だから、物凄い電力喰いそうで、費用面や環境面が心配だ。
あ、いや。電力は異能力で発電しているから、費用も環境も問題ないのか…。
蔵人がファランクス部の訓練棟に入ると、数人の女子生徒の目線が突き刺さる。
珍しいものを見る目、好色に染まる目、獲物を見るような目。色々な目線が降り注ぐが、どれも熱量だけで言えば同じくらい熱い視線だ。今にもこちらに来たそうな彼女達だったが、監督役らしい生徒がそれを押しとどめ、練習に誘っていった。
そんな中、1人だけ蔵人に近寄ってくる女子生徒がいた。昨日は見かけなかった人だ。体育用のジャージ…真っ白で、いつもの制服のような見た目だが、生地がしっかりしていて運動に適しているのだとか…を着ていて、腕の所に赤い腕章のようなものを巻きつけている。
これが制服で言うリボンやネクタイと同じ意味合いを持っている。つまり、彼女はレッド何とか…校内ランキング20位以内の人という事。
この人が、掛け持ちで所属している先輩だろうか。
「君が巻島蔵人君…かな?」
「はい。私が巻島蔵人です」
やはり、そうらしい。
蔵人は失礼が無いように細心の注意を払って返答する。
「ファランクス部に入りたいと言う事で良いのかな?チーム部やセクション部では無く」
どれほど入りたいのか、その熱意を問うているのかな?
確かに、中途半端な覚悟では練習についていけずに、退部なんてことにもなるかもしれない。
もしもシングルやチーム、セクション部に入れるなら、そっちに靡いていたかもしれない。だが、それは仮の話。現実は、ファランクス部しか望みがないのだ。
「はい。その通りです」
蔵人は心を決めて、一つ、強く頷いた。
すると、先輩は微笑んだ。と言うより、少し安心した様な表情を見せる。
うん?安心?
「そうか。分かった。君がそう言うのでは仕方が無いな」
そう言うと、先輩は蔵人を通り過ぎ、そのまま訓練棟を出て行ってしまった。
うん?なんだ?また何か、やらかした気がするぞ?
蔵人が頭の中を混乱させていると、その背後から声を掛けくる人物がいた。
昨日説明してくれた先輩だ。
どうも、この人がファランクス部の部長さんらしい。
「本当に時間通りだったわね、巻島君。ここに来たという事は、入部の意志は変わらないという事でいいのかしら?」
「え?あ、はい」
この問いは、入部の意思を問うものである。
で、あるなら。さっきの人は誰だったの?
「うん?」
蔵人の曖昧な返事に、部長が少し怪しむ。が、直ぐに後ろを振り向いて、誰かに話し始める。
「彼が入部希望者なんだけど、どうかしら?Cランクでシールドらしいの。男子だけど、私は、彼の強い要望も有るから、入れてあげたいと思うんだけど」
そう言うと、部長の影から別の女子生徒が出てきた。
おや?体育用のジャージ姿だ。腕章は赤地に白。白って、ホワイト何とかという奴で、レッド何とかよりも更に上だったはず。
「うん。良いよ」
その女子生徒は、あっさりと蔵人の入部を肯定した。
「えっ?良いの?そんな簡単に?」
あまりの即答に、部長も驚いていた。
「うん。レイちゃんが良いって言ってるし、私も良いと思うよ」
ニカッと笑う先輩。
そんな彼女の様子に、蔵人はつい口が出てしまった。
「もしかして、昨日の事で配慮して頂いていたりしませんか?美原先輩」
昨日の道着姿では無い美原先輩が、そこに居た。
蔵人は、自分を怪我させた罪悪感から、甘いジャッジをしていませんよね?と確認をしていた。
そう問うと、美原先輩はニヤリと笑った。
「別に、昨日君を怪我させちゃったから甘く言っている訳じゃないよ。でも、昨日の君の戦い方を見ているから、入部しても良いと思ってはいるよ」
あの組手に、何か光るものを感じてくれたのだろうか?それだったら嬉しいのだが、そんな良い所を見せられたとは思えないのだが…?
「ありがとうございます!」
どっちにしろ、これでファランクス部に入部出来そうだ。
蔵人は2人に深く頭を下げる。
レイ部長が、淡々と話を進める。
「正式入部はゴールデンウィーク明けで、体験入部も再来週からだけど、今日から練習入れる?」
「はい!是非お願いします」
「じゃあ、先ずは基礎練…の前に、そうか。巻島はファランクスのルールについては知ってる?」
既に名前が呼び捨てに。本当に入部出来たんだという感覚と、年上の綺麗なお姉さんに言われるのは、何か、変な気分がする。
そんな竹内君チックな考えは頭の隅に追いやるとして、ファランクスのルールと言われても、13対13で戦って、後ろのオブジェを破壊する…あれ?タッチするだけで良いんだっけ?
「詳しくは知りません。すみません」
ファランクス部に本当に入りたいなら、それくらい予習せんでどうするよ。入試面接の時と何ら変わっていない。
蔵人は心底反省した。
「いいわ。じゃあ、基礎練と応用練の後にミニゲームをするんだけど、ミニゲームの間はルールブックを貸してあげるから、それを読んでいて。基礎練中について来られなくなっても、無理して着いてこないでいいからね」
そう言うと、部長は足元の籠から、1冊の分厚い本を取り出した。ファランクス公式ルールブックとある。至る所に付箋がしてあり、付箋が全て見えるように綺麗に並んでいる。こんな所にも、部長の人柄が現れている。
「ありがとうございます」
「うん。じゃあ更衣室が向こうにあるから、そこで着替えて、ここに集まって」
部長が向こうのドアを示した後、今蔵人の立っている所を示す。
それを見ていた美原先輩が、手を挙げる。
「そろそろシングル部も練習始まるから、私も行くね。レイちゃん、またね」
「あ、うん。忙しい時にありがとう、海麗。また校門でね」
レイ部長に軽く手を上げてから、走り去る美原先輩。
シングル部とファランクス部と空手部の兼部か。物凄い忙しさだろうな。
蔵人も急いで更衣室に向かいながら、美原先輩の事を考えた。
しかし、Aランクの壁は厚いな。九条様といい、美原先輩といい。全く勝てるビジョンが浮かばない。あ、安綱先輩もAランクか。余計に浮かばないな。
無事にファランクス部に入部出来ましたね。
しかし、部長の前に話しかけて来たAランクは何だったのでしょう?
イノセスメモ:
・美原海麗…Aランクフィジカルブースト。沖縄の実家が空手道場を営んでおり、本人もそこで空手を習う。異能力を抜きにしても、彼女の戦闘能力はすこぶる高い。
・主人公は公式に、若葉さんの手綱を渡される。