424話~応援に来ましたよ!~
「しっかし、凄い量を貰っちまったな。テーブルに乗り切らないじゃないか?」
会場に入ると、蔵人達はVIP席に通されて、そこに用意されていた机の上に貰った食べ物と飲み物を置いた。でも、量が多過ぎて乗り切らない。あそこに並んでいた殆どの屋台からサービスして貰っちゃったから、相当な量になってしまったのだ。
今この場にいるのは、自分と慶太と鈴華、鶴海さんと桃花さんと伏見さんの6人だけ。対してパンパンになったビニール袋がみんなの両手に吊るされていた。
試合を観戦しに来たんだよな?今からパーティーでも開けるくらいあるぞ?
「大丈夫だよ、すーちゃん。オイラが今、場所を作ってあげる」
慶太は見る見る内に、並べた料理を平らげていく。
その姿はまるで、料理を吸い込んでいる様に錯覚してしまう程の早さだった。
お前さん、それ、コピー能力とかに目覚めたりしないよな?星に乗ってワープとかしないでくれよ?
「ほんま、VIP席に通してもらえて助かったわ。普通のスタンドやったら、そもそもこの大荷を物置けんかったんやないか?」
「黒騎士ちゃんとクマちゃんのお陰ね」
鶴海さんが手を叩いて喜んでくれるが、我々だけに向けた配慮じゃないと思いますよ?みんなも既に有名人だから、混乱を避ける為に選手専用の中でも、セキュリティのしっかりしたVIP席を用意してくれたんだろう。
「ところでよぉ、これはなんの競技なんだ?さっきからみんな、銃で円盤みたいのを撃ってるけどよ」
「これはクレー射撃ね。古くからあるオリンピック競技で、ああして高速で打ち出される陶器のお皿を遠距離の異能力で撃ち落とす競技よ」
うむ。クレー射撃自体は史実世界にもあるものだが、この世界では銃ではなく異能力を使う事が前提だ。
だが、全くの無手で挑む必要はなく、選手のみんなは銃に似た道具や、色とりどりのプロテクターを着けて競技に挑んでいる。
無手で撃つよりも、専用の装備があった方が当たりやすいらしい。
『さぁ、次は日本の中山選手に出番が回ってきました』
「おっ、ちょうど日本の選手が出てきよったで」
伏見さんが指さす方向を見ると、緊張気味にフィールドを歩く女性が目に入る。観客席から多くの拍手を受けているのに、銃ばかりに視線を落として余裕が無さそうだ。
大丈夫だろうか?
心配になった蔵人は、口の周りに盾を集めて声を張る。
『頑張ってください!中山選手!下を見ずに前を向いて下さい!』
『おおっと!中山選手に男性ファンからの熱い声援が送られました。これは負けられませんよ!』
「男性ファンですって!?」
「羨ましいぞ!中山!」
「絶対に入賞しろよ!」
おっと。良かれと思って応援したのに、逆にプレッシャーをかけてしまったみたいだ。
済みません、中山選手。
「なんだよ、ボス。あの選手と知り合いか?」
「うん?いや、全く知らない人だ」
「なんだよ、それ。じゃあなんで、こんなマイナースポーツを選んだんだよ」
おいおい。マイナーなんて言ったら、全国のクレー射撃選手に怒られるぞ?
蔵人は注意しようとしたが、すぐに競技が開始してしまったのでやめておいた。
至る所から陶器出できた皿が飛び出して、それを中山選手が必死に撃ち落とそうとする。でも、撃ち漏らしも多く、なかなかに厳しそうだった。
そう思ったのだが、撃ち終わった後には大きな拍手と歓声が上がった。
『見事な射撃を見せてくれた、中山選手。自己ベストを更新し、現段階での4位に入り込んだ。これは、入賞も狙える位置だぞ!』
「「わぁあああ!!」」
「やる時はやるじゃないか!中山!」
「男にいい所を見せようってか!?色気付きやがって!」
賞賛なのか罵声なのか分からない声で叩かれながら、それでも競技を終えた中山選手は嬉しそうに両手を振ってこたえる。
確かに頑張ったのかも知れないが…今4位じゃメダルは狙えないぞ?それでも良いのか?
蔵人が疑問に思っていると、鶴海さんが「どうしたの?」と合いの手を差し出してくれた。なので、蔵人は疑問をそのまま吐き出す。
すると、
「日本は異能力後進国だから、入賞するだけで凄い事なの。だから、メダルなんて夢のまた夢よ」
この世界の日本は、オリンピックでの存在感が随分と薄いそうだ。史実では金メダルをバンバン獲得していたこの国だが、この異能力世界ではメダルに手が届く競技も数える程しかないとのこと。
その数少ない得意競技と言うのが水泳で、日本は特にアクアキネシスと親和性が高い選手が多いそうだから、そこで何とか稼いでいるとか。
それでも、毎年取れる金メダルの数は片手で数える程度で、世界のメダル獲得数ランキングで言うと、20番くらいの順位になってしまうらしい。
だから、クレー射撃の様に装備の性能も求められる競技や、異能力戦等の競技ではメダルを取れた試しが無いとのこと。
「4年前のオリンピックは悲惨だったそうよ。金、銀、銅メダルは五代列強の奪い合いで、他の国は入賞争いをするのが精々な競技ばかりだったそうだから」
この世界のオリンピックは、随分とパワーバランスが偏っている状況らしい。
だからこそ、ニュージーランドのファランクスチームは気合いが入っていたのだろう。五代列強に唯一迫れるファランクスで、その領域に至ろうとして。
「でも、今年は違うだろうね」
若葉さんの人差し指が、ピンッと上を向く。
「なんたって今年は、黒騎士君たちファランクスチームが居るからさ。先ずここで金メダルを1つゲットだね」
「おう!任せておけ」
鈴華が胸を叩く。
若葉さんがニンマリする。
「それに、シングル戦も期待できるよ。今年はCランク戦に、剣聖選手と紫電選手が参戦しているから。予選では2人とも、ドイツやロシア選手をぶっちぎって余裕の本戦出場をしているよ」
「そうか。2人とも勝ち進んでいるのか」
地味に気になっていたシングル戦だが、2人の戦闘は順当らしい。我々と一緒で、今日が本戦の1回戦らしいけど、どちらも秒殺だったと若葉さんが教えてくれる。
2人が直接対峙するのは決勝戦だろうか?見に行きたいけど、時期的にこちらも準決勝があるから難しいんだよな。
【【【わぁあああああ!!】】】
何とか紫電達の試合を見れないものかと考えていたら、会場が一段と盛り上がり始めた。
フィールドを見ると、プラチナブロンドの髪を跳ねさせる選手が、入場ゲートからちょうど現れたところだった。
おっと。漸く来たか。
「なんやあの選手。背中にゴツイの背負っとるで?箱?いや、棺桶やないか?」
「あれの中身はな、早紀。ガトリング砲なんだぜ」
「ガト!?なに言うとんねん、鈴華」
驚く伏見さん。
でも、他の人達は誰も驚かない。みんな、彼女を知っているから。みんながみんな、席を立って声を大にして叫んだ。
「行けぇ!オリビア!てめぇの射撃センス見せてやれ!」
「がんばれー!オリビア選手!」
『応援に来ましたよ!オリビア選手!』
そう。蔵人達の目の前で棺桶を降ろすその人は、アメリカの天才ガンマン、オリビア・ヘルナンデス選手であった。
練馬拳大会で戦った彼女だが、今回彼女はシングル戦の選手ではなく、クレー射撃の選手としてオリンピックに出場していた。それを名簿から見つけた蔵人は、ここを観戦の地に選んだのだった。
知らない選手ばかりの競技より、知人が出場する競技を応援した方が盛り上がるからね。
そう思ったのだが、
『おおっと!またもや男性から応援を頂きました!しかもこれ、1階の選手席からですね。日本の選手にまでファンがいるなんて、流石はオリビア・ヘルナンデス。隅に置けません!』
【流石はオリビアだわ!海外のファンも貴女に夢中よ!】
【心奪われて手元狂わすなよ?ジュニア王者!】
随分と囃し立てられてしまった。良かれと思って声を掛けたのだがな。
VIP席と言うのは、一般客が入って来れない利点もあるが、特定されてしまうという欠点もあるみたいだ。
でも、オリビア選手は大したもので、周りの声など聞こえないかの如く冷静な射撃を見せつけた。
飛んで行く陶器の円盤を、次々と撃ち落としていく。ガトリング砲を使っている筈なのに、無駄弾は殆どない。ドルルッドルルッと、まるで作業音の様な射撃音が断続的にフィールドに響いた。
そして、
『オリビア選手、パーフェクト!なんとここに来て、2位のエカチェリーナ選手を大きく引き離し、堂々の1位に躍り出た!これはもう決まったか!』
【【【わぁああああああ!!!】】】
【流石はオリビアだわ!私も貴女に夢中よ!】
【アメリカの誇りだ!オリビア・ヘルナンデス!】
オリビアさんは手元を狂わせるどころか、快挙を達成してしまった。
オリンピックのクレー射撃で、パーフェクトなんて出せるものなんだな。
蔵人が感心している中でも、観客は大盛り上がりで、それを受けるオリビアさんは冷静なままであった。まるで、その声が聞こえていないかのように、淡々と棺桶にガトリング砲を仕舞っている。
そこに、
【やったー!お姉ちゃん最高!金メダル間違いなしだよ!】
何処かで聞いたことある声が響き、オリビアさんの耳がピクリと動いた。
【日本の男の子も、応援してくれてありがとー!お陰でお姉ちゃん、勝つことが…って、あれ?あそこにいるのって黒騎士君じゃない?】
おっと、ヤバい。シャーロットさんとは面識があるから、遠目からでも見破られてしまった。
それにしても、この距離でアジア人の顔を識別できるとは…シャーロットさんもかなりの逸材だ。
『えっ?黒騎士選手?おおっと!本当だ!VIP席で応援してくれていた男の子は、なんとファランクスの黒騎士選手だぞ!?』
しまった。シャーロットさんの発言を聞いて、周囲の人達も気付いてしまった様だ。
これ以上ここに滞在したら、騒ぎがおおきくなってしまう。その前に撤退した方が良いな。
蔵人達は食べ残しをビニールに入れて、急いで撤収を開始する。
あれだけあった食べ物が、もう殆ど無くなっているんだけど…慶太君よ。君の胃袋は宇宙なのか?
【黒騎士くーん!お姉ちゃんを応援してくれて、ありがとー!】
帰ろうとしたら、背中にシャーロットさんの声が掛かる。
振り向いてみても、彼女が何処にいるのかは分からない。でも、フィールドのオリビアさんの姿は見えた。棺桶の蓋を持ったままの状態で、驚いた表情をこちらに見せている。
驚かせてしまったかな?色々と騒がせてしまったが…兎に角、パーフェクトおめでとう。
去り際に手を振って、蔵人はVIP席を退散した。
時間が経って、その日の夜。
「さて諸君。改めて言わせてもらうが、良くぞあのニュージーランドを倒した」
ホテルの食堂で、進藤監督が夕食前にグラスを持ち上げながらみんなに労いの言葉を掛けた。厳しい皺が刻まれたままだが、目はランランと輝いている。
ニュージーランドという強敵を倒したことが嬉しくてたまらない様子だ。その感情を押し殺しているのは、選手達の気持ちを引き締める為か。もしそうなのだとしたら、次の相手もかなりの強敵という事になる。
まぁ、本戦に残っている時点で、列強レベルの国しかいないだろうけれど。
「今宵は英気を養い、明日の試合に向けて全力で調整するように」
「「はいっ!」」
「では、夕食にしよう。いただきます」
「「いただきますっ!」」
選手達は挨拶を追えると、勢いよくホテルの夕食に手を付ける。オリンピックの為に呼ばれた一流シェフの料理だから、そこらの高級料理店よりも遥かに豪華な夕食であった。
あれだけお昼を食べ尽くした慶太達も、握ったスプーンを離す素振りも見せずに料理へ喰らいつく。
若いとは良い事だ。
「進藤監督。少しよろしいですか?」
蔵人もある程度食事を進めた後、優雅にビールを傾ける監督に話しかけた。
「うん?なんだね?黒騎士君」
「明日の対戦相手の事なのですが…」
監督が気を引き締めようとする程の相手とは何処なのかと、蔵人は焦る気持ちを抑えられなかった。本来なら、夕食後のミーティングの時間で情報共有するべきだとは思うが、何処なのかと不安なままでいる時間は1秒でも短くしたかった。
まぁ、大体は予想が付くがね。
「うむ。そうだな」
進藤監督は結露が付いたビールグラスを机に置き、みんなの方を向いて徐に口を開く。
「明日の本戦第2回戦の相手は、強豪インドに決まった」
うん。やはりそこが上がって来るのか。
蔵人は対戦表を頭の中で思い起こして、予想通りであった事に少々肩を落とす。
もう2回戦ともなると、五大列強ばかりが上がって来るのだろう。こればかりはくじ運でもどうにもならんか。
「監督。インドっちゅうんはそないに強いんやろか?」
みんながざわつく中、勇敢にも伏見さんが質問をしてくれる。
それに、監督は大きく頷いた。
「強い。インドは中国に次ぐSランク保有国であり、メダルの数は中国やアメリカとも引けを取らん。ファランクスにおいても、小さな頃からファランクス専用の訓練を施されたエリート集団が相手になる」
「インドはカースト制度で、小さな頃から誰がどの選手になるのか決まっているのよ」
監督の言葉に、鶴海さんが補足する。
なるほど、カースト制度か。確か史実では、そいつがあるせいでスポーツに集中することが出来ず、またどれだけそのスポーツに適性のある人でも別の競技選手にさせられる、足かせの制度だった筈だ。それが、利点のような言い方である。
一体、どういう事?
疑問に思った蔵人は、鶴海さんに聞いてみた。
「鶴海さん。カースト制度が利点になっているのかい?」
「利点と言えるかは分からないけれど、小さな頃から選手候補となっている事で、集中出来る事は確かよ。インドは裕福とは言えない国だけれど、異能力に関しての出資は中国にも負けてないから、小さな頃から一流の教育を受けられることがメリットになっているみたい」
なるほど。異能力はそのまま軍事力に結び付く力。だから、インド政府も異能力戦については積極的に出資しているのか。それがあるから、カースト制度も利点となる部分もあると。
でもなぁ、
「最初から自分の道を決められるというのは、あまり良い事の様には思えんのだがな」
蔵人が呟くと、それに鶴海さんも同調する。
「そうね。個人的にもどうかと思うわ。それに、折角中国と並ぶ異能力大国なのに、選手層はそれ程厚くないわ。なにせ、カースト制度のせいでファランクスになれる選手は決まっているから」
ああ、なるほど。そういう弊害も出てくるのか。
やはりカースト制度は良い面と悪い面があるな。
「では、選手層が薄いという事は、対策さえ立ててしまえばこちらの物ということかな?」
「そう言いたいけど、強い事は間違いないわ。特に、相手にはSランクの選手も居るの」
「なにっ!?Sランクだと!?」
口を吹いていた鈴華が、米粒を飛ばしながら驚愕する。
マナーが完璧な彼女がここまで取り乱す程、この情報はショッキングだった。
勿論、蔵人も眉間に皺を寄せる。
「Sランクか。普通に大会に出られるのかい?」
「ええ。規定では、SランクはAランクと同等に見なされるわ。元々、異能力戦のランクって、Aランク”以上”ってなっているから。だから、インドや中国では、Aランクの試合にSランクが出てくることもままあるのよ」
なるほど。中国は100人近くのSランクが居ると聞く。そうすると、同世代にSランクが複数人居ることもあるのか。
そう言えば、Dランク戦もDランク”以下”となっていた。だから小学生の時、Eランクと見なされていた自分も出場することが出来ていたし、あの時にハンデなどは付与されなかった。それと同じか。
蔵人は納得し、より深刻な顔になる。
「そうなると、幾ら選手層が薄いとは言っても厳しい戦いになるな。そのSランクの情報はあるのかな?」
「私が持ってるよ!」
蔵人が問うと、向こう側の席で声が上がる。
我らが敏腕記者だ。
流石。
「他の選手の情報もあるから、夕食後のミーティングにでも披露するよ。写真もあるから、プロジェクターを使わせてもらって」
「うむ。では儂はその準備をしておこう。諸君らはしっかりと食べて、明日のインド戦の力を蓄えておけ」
進藤監督はそう言うと、グラスに残っていたビールを急いで煽り、食堂から出て行ってしまった。
さてはて。これは、2回戦も苦しい戦いになるぞ。
彼女の背中を目で追いかけながら、蔵人は明日の試合に思いを馳せた。
「久しぶりのオリビア嬢だったな」
シャーロットさんも。練馬こぶし大会以来ですね。
シングルじゃなくて、射撃の方に出ているとは。
「そして、次の相手はインドか」
世界3位の軍事力を持つ国。列強インド。
Sランクを相手に、日本は勝つことができるのでしょうか?




