422話(1/2)~こんなのはどうじゃ?~
ファーストタッチを奪われた後も、日本チームは苦しい戦いを強いられていた。
ニュージーランドは一切の手を緩めることなく、その強靭な足腰によって蔵人のシールドファランクスを押し込み続け、隙あらば侵入しようと強力なスクラムを組んできた。
それに対し、蔵人達も後方からの砲撃に力を入れた。藤波選手のヤマタノオロチを中心に、遠距離攻撃で相手の体力と魔力を削ろうとしていた。
だが、相手もさるもの。異能力のガードを広範囲に展開し、こちらの攻撃を全て防ぎ切っていた。
異能力の使い方としては単純。ただ分厚いシールドを展開して耐え忍ぶだけであった。
だが、そこに圧倒的なフィジカルが組み合わさることによって、守りながらも攻め続ける強襲要塞さながらの戦術が出来上がっていた。
単純だからこそ、攻め入る隙が見つからなかった。
ファァアアンッ!
『ここで前半戦終了の合図が鳴りました!圧倒的な身体能力の差を見せつけたニュージーランドチームが、大きなリードをつくったままに後半戦へと繋げました!10分間を全力で押し切った彼女達ですが、ベンチへと戻る姿はとても晴れ晴れしくみえます!まだまだ体力が有り余っているとでも言っている様です』
『本当に余裕なのかもしれません。ラグビーの試合は60分とかなり長い物です。たとえ重い鎧を着ていても、10分間走り込んだ程度では、彼女達からしたら何でもない程に強靭な体力が備わっているのだと思います』
『なるほど。そこでもラガーウーマンの努力が現れているのですね。反対に、日本選手は随分と疲労の色が濃いように見えます。ベンチに戻るのも、随分と辛そうです』
『日本は元々、年齢層が若い選手が多いチームですからね。体が出来上がっていない子も居る中で、ニュージーランド選手との体格差が大きくのしかかってしまったのでしょう』
それはあるかもしれないな。
蔵人は、ヨレヨレになってベンチに戻る選手達の背中を見て、実況と解説の言葉を受け止める。
特に、前線組は疲労が濃い。10分間ずっと、ラガーウーマンと押し合いをしていたから、体力の消費が激しい。自分と米田選手以外、後半戦をフルで押し合いできないかもしれない。
何か手はない物か…。
『今までの試合、圧倒的な技術力の差を見せてくれていた日本選手達ですが、ここで年齢の壁が立ちはだかる。果たして、日本チームはこの状況を打開できるのでしょうか?』
『まだまだ分からない状況ですよ。後半戦に期待が高まります』
そうだ、我々は期待されている。日本中の期待を背負って、我々はここに立っているのだ。相手がラグビーのプロ集団だとしても、それをここで嘆いく時間はないのだ。
前を向かねば。
蔵人は気持ちを奮い立たせ、ベンチに入る。すると、周囲からは悔しそうな声が幾つも聞こえてきた。
「はぁ、はぁ、はぁ…ヤバいよ、これ」
「相手、固すぎ。こっちの攻撃が全く通らないよ」
「やっぱ、五大列強と並ぶ評価を受けるわけだ。うちらとは、まるでレベルが違うし…」
遠距離役で入っていた選手達が、青い顔で塞ぎこむ。手も足も出なかった前半戦を思い浮かべているのか、顔を上げようともせず荒い息を繰り返す。
魔力と体力の回復に努めるのは悪い事ではないが、こうして下を向いていては勝てる試合も勝てなくなる。特に、マイナス発言は士気を下げるだけでなんら良い影響を与えない。
先ずは、彼女達の顔を上げさせないと。
嘆く選手に視線を投げていると、鋭い視線とかち合った。
進藤監督だ。
彼女は額に青筋を立てて、組んだ腕をギュッと握っていた。
塞ぎこむ選手に対し、怒鳴るのを我慢している様だ。
その様子のまま、こちらに鉾を向けてきた。
「相手はどうであった?黒騎士選手。君の意見を聞かせてくれ」
進藤監督は腕を握ることで怒りを我慢しながら、声を抑えてそう聞いて来た。
はは~ん。これは、進藤監督なりに教育方針を変えようとしているみたいだ。一方的に怒鳴るのではなく、分かっていそうな選手に意見を出させて、そこから他の選手を導こうとしていると。
余程、ビッグゲームで桜城に負けたことが堪えているらしい。
蔵人は、彼女の意図に従うことにした。
「はい。監督が試合前に言われていたように、フィジカルが尋常でなく強靭です。異能力の使い方も、シンプルが故に彼女達の行動を阻害せず、彼女達の防御力と推進力を大幅に上げています。元々持っている突破力にそれらの力を組み合わせていますので、攻防備えた強力な突進を実現できているのだと思います」
「ふむ。そうだな。相手は諸君らとは比較にならない筋力と体力を有している。これは即ち、彼女達の鍛錬の賜物である。一長一短で身に付かない武器である以上、今から諸君らがそこを超えることは難しい」
進藤監督の言葉に、選手の一部は上げそうになっていた顔を再び伏せてようとする。
それを、進藤監督は許さない。
「では、何処で勝るべきだと思う?黒騎士選手」
「はっ!我々は、異能力の技巧で勝るべきと考えます」
蔵人の発言に、選手達は再び顔を上げる。
進藤監督も、大きく頷く。
「そうだ、その通りだ。我々は異能力を駆使して、強豪達を倒してきた。このニュージーランドでも一緒だ。一見、彼女達は無敵のチームのようにも見える。だが、全てにおいて完璧なチームなど存在しない。彼女達にも必ず、弱点がある」
「そうなんです。そこが、悩ましい」
「ほぉ。何処に悩んでいるのだ?黒騎士選手。何でもいい、君の考えていることを教えてくれ」
「何でも…ですか。分かりました」
進藤監督に促されるまま、蔵人は考えていたことをそのまま吐露する。
「私は、防御力で技術を磨いてきました。相手の攻撃を如何に防ぐかを中心に、技を構成してきました。ですが、今回の相手はその防御力を力づくで引き剝がしてきます。頑強に作り上げた盾も、剝がされては意味をなさない。
私はそれに、アニキの…ハマー選手の技術を取り入れました。盾の形状を変えて、地面に突き刺して耐えようとしたのです。それも一定の効果はありましたが、劇的には変わりません。ただ、数秒の時間を稼ぐことが出来ただけで、結果は変わりません。やはり、相手のフィジカルをどうにかしないといけない。そこまでは考え付いたのですが…」
「ってことはよ、相手側を削ればいいんだろ?」
蔵人の形にならない回答を、鈴華が拾ってくれた。
「だったらあたしだ。あたしがボスの後ろに控えて、アイツらの魔力を引っこ抜いてやる。そんでもって、今度こそ全員浮かせてやるぜ」
「ん~…それはやめた方が良いよ、鈴華ちゃん」
鈴華が啖呵を切ると、ベンチに控えていた海麗先輩が冷静に否定する。
「君の能力は魔力が多い者には強いけど、身体能力の高い人には弱いんだよ。特に、相手は突進力があるから、生半可な魔力掌握だけだと、また突撃されてベイルアウトだよ」
確かに、鈴華の異能力はフィジカルが強い者に対しては滅法弱い。魔力で引っ張るよりも体の方が強いと、普通に殴られて終わってしまうからだ。海麗先輩の最強フィジカルに対して、鈴華が攻めきれないように。
今回の相手は、鈴華にとっても天敵と言えよう。
「でしたらやはり、遠距離から削るのが一番でしょうか」
「難しいと思うで」
藤浪さんの意見に、伏見さんが首を振る。
「あいつら、ガードだけはホンマ硬いねん。うちの拳で傷付かんなんて、彩雲のゴーレムみたいやったわ。あんなん削れる前に、うちらの魔力が切れて、そのままベイルアウトするんが落ちやで」
「でしたら、足を削るのなんていかがでしょうか?」
今度は、理緒さんが手を上げて発言する。
それに、みんなの期待を込めた視線が集まる。
余りに勢いよくみんなが見て来るので、理緒さんがびっくりして、上げた手がしおしお~と降りていく。
「えっ、えっとぉ…私だったら嫌だなって思って…提案しました。私達は走る事の多いポジションだから、狙われて嫌なのは足元だって考えて…ねぇ?桃ちゃん」
「うん!僕も、クリムゾンラビッツ戦で薔薇の蔓に足を掴まれたのを思い出して、そう思ったんだ。やっぱり走っている時に足を攻撃されるのが一番嫌だなぁって」
「「ね~」」
2人が息を揃えて頷き合う。
何時の間に仲良くなったんだ?2人とも。
おっと、それはまた今度で良い。
「確かに、彼女達の足への攻撃が最善のように思える。だが、我々の中でも妨害力に秀でているクマのミニゴーレムですら、彼女達の猛進を止められなかった」
「せやな。足を刈り取るくらいの勢いやったらええんやろうけど、そんな攻撃を加える前に、こっちがベイルアウトさせられるんやないか?」
「そうね。相手の装備も足元がかなり重厚に作られているから、きっと攻撃で崩す前に踏みつぶされてしまうわ」
流石は鶴海さん。そんなところまで見ているとは。
蔵人達が再び考え出そうとすると、スッと手が上がる。
今まで静かだったアニキだ。
「あ~。あんま活躍しとらんワシが言うのも何なんだがの、こんなのはどうじゃ?突っ込んできたあいつらに、ワシの盾を直前でヘッジホッグ状態に変形して、突っ込んで来た奴ら全員を串刺しにしてやるんじゃ」
アニキが言うのは、シールド・ファランクスに擬態させたアニキのシールドを事前に仕込み、相手がスクラムで突っ込んできたのを見計らって盾に棘を生やすという作戦。強烈なタックルの勢いを、逆に利用する作戦だ。
それを聞いて、考え込んでいた鶴海さんが顔を上げる。
「棘…そう、棘ね!それは良いわ!」
「マジか。ワシの案で行くのか?言っといてなんじゃが、ホンマにええんか?」
「いいんじゃねぇの?ハマー。えげつない戦法がぶっ刺さりするぜ、きっとな」
「刺さらんくても、あいつらの装備に隙さえ作ってくれたら十分やで。うちがその隙に攻撃滑り込ませて、全員kill取りしたるさかい」
「私も、一刀で切り伏せてみせましょう」
何か先が見えた様で、他の選手達も乗り気になる。
みんなが喜ぶ中で、鶴海さんだけが着々と準備を進めていた。
「そう言う訳で、皆さんの力が頼りなんです。よろしくお願いします」
鶴海さんが頭を下げた先に居たのは、アニキだけではなかった。
「わ、私ですか?」
「オイラー?うん、がんばるー!」
驚き顔の藤浪選手と、良く分からずに返事をした慶太であった。
長くなりましたので、明日へ分割致します。
「何か良い策を思いついたようだな、鶴海嬢は」
何をするんでしょうね?本当に串刺しの刑をするつもり?
「さて、全ては明日だ」