417話〜まさかこんな事をしてくるなんてな〜
選手村は日を追う事に人が増えてきて、開会式前日ともなるとホテル前の大通りに幾人ものグループを見かける様になっていった。
そうすると、必然的に起こるのが対立やいざこざなのだが、警備員が出動するまでヒートアップする事は稀であった。
というのも、
【おら、お前ら邪魔だ!】
【あたしらを中国チームと分かって道を塞いでんのか?】
【喧嘩なら、ウチらが10倍で買ってやるぞ?ほらよ!】
中国やアメリカ等の強国が近くを通ると、彼女達に全てをぶち壊されるからである。
アメリカ選手は正義感から仲裁してくれることも多いが、中国チームは厄介だ。喧嘩両成敗とでも言うのか、目障りなチームには圧力をかけまくって潰そうとしていた。
試合前なのに、レギュレーション違反じゃないかって?
大丈夫。彼女達はそこらへんも詳しいらしく、規定に触れるスレスレで圧力をかけてくるのだ。
加えて、世界一位の国が相手となると、どの国も言い返す素振りも見せずに引っ込んでしまう。
そう言う意味では、他の列強国もヤバい。
ロシアチームは純粋に何をするか分からないと言う意味で、簡単に喧嘩をふっかけられないことが多い。下手をすると、喧嘩した翌日には行方不明になっているかもと恐れられているみたいだ。
そして、インドチームもヤバい。もしも彼女達の前でいざこざを起こしたり、直接喧嘩を吹っ掛けようものなら、いつの間にかダンスバトルに切り替わってしまうのだ。
何処からともなく現れる演奏部隊と共に、日が落ちるまで踊らされていた韓国チームを見た鈴華は、流石の好奇心も後ろ手に回されていた。
恐るべし、インド人。
そんなこんなで、賑やかだけど一触即発の雰囲気も広がる選手村の生活は瞬く間に過ぎていき、いよいよ本番が差し迫ってきていた。
即ち、開会式だ。
『続いて登場したのは、我らが日本チーム!』
他競技の選手達と共に入場した蔵人達ファランクス部隊は、そんな放送席からの紹介を聞きながらゴム製のトラックを歩く。
その様子に、幾つもの視線が突き刺さった。
『剣聖選手、紫電選手を始め、国内外を賑わせてきた精鋭選手達が、今、堂々とした姿でフィールドに入場します!シングル戦選手達の後ろには、黒騎士選手を始めとしたファランクス選手団の姿が見えます!』
「「【わぁああああ!!!】」」
「黒騎士さまぁ~!」
【ハァーイ!ブラックナイト!】
「「「紫電様!最強!」」」
まだ先頭しか入場していないのに、既に大きな歓声で迎えられる日本選手団。見上げると、膨大なスタジアムの観客席が、1席たりとも開いていない超満員状態であった。そこに、色とりどりの髪色と肌色の観客達が詰めかけているのが見える。
興奮と熱気が渦巻くスタジアム。だが、見たところ熱狂しているのはその内の半分にも満たない。日本やアメリカの国旗を掲げている集団は大いに盛り上がっているが、それを不思議そうに見ている人の方が大多数であった。
反応が薄い彼女達はきっと、日本との関りが薄い人達なのだろう。異能力後進国である日本に対して、何故アメリカやイギリスの観客が手を振り声を上げるのかが分からないと、彼女達の顔には書いてあった。
コンビネーションカップやクリスタルカップに出た当初も、反応は似た様なものだったからね。LA暴動の報道を彼女達も見ているかも知れないけれど、あれはセレナさんの歌が前面に出ていたし。
『続いての登場は、前回金メダル獲得数1位の中国チー…』
「「【【わぁあああああああああ!!!】】」」
入場ゲートから赤いユニフォームがチラリと見えただけで、歓声が大爆発した。中国国旗を持った観客席の応援団は勿論のこと、そうでない観客達も拍手喝采を送り、個々の選手名を必死に叫んでいる人までいた。
その声量の大きさは、実況の声をかき消す程であり、結局、実況が中国チームの紹介を始められたのは、観客達の前を中国選手達が通り過ぎた後だった。
流石は中国チーム。世界最大のSランク選手を内包し、アメリカ以上と言われる軍事力を誇るだけはある。
蔵人はある意味感心して、観客席に向って手を振る赤ユニフォームの集団を眺めていた。
でも、どうやら違ったみたいだ。
その後から入場してきたアメリカやドイツ、インドの選手団に対しても、観客達は同じように大興奮で迎えていた。
中国だけが特別と言うよりも、五大列強はどの国も人気らしい。
ロシアに対してだけは、ちょっと遠慮気味な応援だったけど。
何故だろうか?
下手に声援を送ると、KGBにでも暗殺されるのか?それとも、冷戦の影響で西洋諸国との間に蟠りが今でも残っているのか?
「ロシアには色々と、黒い噂があるのよ」
不思議に思って観客席を仰ぎ見ていると、鶴海さんが教えてくれた。
何か、きな臭い話だ。
「黒い噂…ですか?」
「ええ。例えば、審判を買収して判定を覆したとか、裏で相手選手を襲ったとか、逆に仲間に引き入れようとしてきたとか」
そいつは、完全にアウトな案件だな。仲間に引き入れるなんて、まさに鈴華の案件じゃないか。
「それでよく、出場停止になりませんね?」
「今のはあくまで噂よ。でも実際に、違法なドーピングをして出場停止を受けた事はあるわ。個人でドーピング判定を受けた事例は他国の選手でもあったけど、ロシアの場合は国家ぐるみでドーピングを行い、データの改ざんまでしていたのよ。そんな悪質なことをするものだから、その当時のオリンピック委員会は、ロシアに対して3年間の国際大会全面出場禁止の処分を下したわ」
ああ、こちらの世界でもその事件が起きてしまったのか。いや、こちらの世界の方が深刻かもしれない。なにせ、LTFでアグレスを発生させてしまった世界だから、薬物にはより一層厳しい目が向けられる。それ故に、ロシアとアメリカは44年という長い年月、冷戦でバチバチやり合っていた訳だし。
西側諸国がロシアを危険視する理由が、痛いほど分かる。
蔵人が目を細める先で、ロシア選手団は澄ました顔でトラックを歩き、観客達の声援をすり抜けていた。
それからも、開会式は順調に進んでいく。
開会宣言は日本の首相、一条様のお母様が粛々と行い、選手宣誓はアメリカのシングル戦選手が堂々と行った。
オープニングパフォーマンスでは、各国のアーティストが母国の歌を歌い、日本からはステップ×ステップの各メンバーが勢ぞろいして、平和をイメージした歌を合唱していた。
ステップ×ステップって、プレストだけじゃないみたいだ。アニマートとかラルゴとか色々分かれていて、全員で48人くらいは居るように見えてしまった。
そう言えば、小学生の時に誘われたのがアニマートだったかな?
【やっほー!みんなぁー!】
そして、アメリカから参戦したのはやはりこの人、世界の歌姫、セレナ・シンガー。
「「「うわぁああああ!!!」」」
【【【Yhaaaaa---!!】】
「「【【セレナー!!】】」」
どの国の選手団が入場した時よりも、セレナの登場の方が大盛り上がりだった。
これには、中国選手達も不満そうな顔をしていたし、フランス選手団も意味が分からないと両手を上げていた。
自分達が中心でないことに業を煮やしているのかな?いい気味だ。
蔵人はつい、そう思ってしまった。
そうして開会式は無事に終了し、選手達は退場する。
だが、イベントはまだ終わっていなかった。フィールドの入口で待機していた選手達に、各国の取材陣が接触してきた。彼女達は、大会運営から特別な許可を得ている公式メディアだ。彼女達の報道が、全世界へと報道される。
【劉・清麗選手!シングル戦の意気込みをお聞かせください!】
【今回のチーム戦、金メダルは取れるでしょうか?ユージェニー選手】
【ドイツは何枚のメダルを目指しているのでしょうか?ゲルダ選手】
だが、その多くはアメリカや中国選手へと群がり、我々の所に来るのは自国の取材陣くらいであった。
蔵人は思い知った。コンビネーションカップやクリスタルエッグカップで優勝したとしても、世界から見たらこの程度の扱いである事に。
己の発言が、世界には殆ど届いていない事を痛感した。
【カーネギー選手!アメリカファランクスチームは今年こそ、金メダルの奪取を掲げていると聞いていますが、最大の敵は何処のチームでしょうか?】
アメリカのファランクス選手団も、各国の取材陣に囲まれていた。取材陣達はチラチラと中国側に視線を送りながら、期待を込めた目でローズマリー選手にマイクを向けている。
よく見ると、記者には白人が多い。北欧系の彼女達が、ローズマリーさんに強い言葉を求めているのはここからでも見て取れる。
だが、ローズマリーさんはそれに従わなかった。
【はい。私達が目指すのは金メダルです。当面の目標は、先ずリーグ予選1位での通過。そして、本戦ではインドや中国、そして最大の敵である日本を倒し、祖国に金メダルを持ち帰る事をお約束致しますわ】
【えっ?日本?】
ローズマリーさんの最後の言葉に、記者達の誰もがメモを止めて、自分達の聞き間違いかと彼女を見上げていた。
だが、ローズマリーさんはそれを肯定する。
【はい。そうです。日本は必ず、私達にとって最大の壁となるでしょう。彼ら彼女らを倒さねば、祖国に金メダルを持ち帰ることは叶いません。ですので、私達は全力で日本国に挑み、栄光をこの手に掴むとお約束致しますわ】
【は、はぁ…】【う~ん…】【どうする?】
冷静でありながら熱く語るローズマリーさんとは裏腹に、記者達は戸惑いの表情を隠せない。頻りに内輪で顔を見合わせて、彼女の発言をどう扱うかと小声で相談し合っていた。
記者達からしたら、打倒中国とでも言って欲しかったのだろう。メダル獲得数でもランキング外の日本を挙げられてしまっては、ローズマリーさんの意気込む意味が分からないと見える。
そうやって、蔵人が向こう側ばかりに気を取られていたら突然、目の前にマイクが割り込んできた。
「黒騎士選手!オリンピックの意気込みをお願いします!」
「ファランクスは最年少チームと言われていますが、そのことについても一言!」
【男子選手を3人も編成していることについても、是非コメントを下さい!】
おっと、こっちも少なくない記者達が詰め寄ってきてる。しかも、俺と真緒さん(剣聖選手)にばかり。
蔵人は細心の注意を払いながら、彼女達の質問に答えて行った。
日本チームの立場を思い知らされる記者会見から少しして、蔵人達ファランクス選手団はフィールドに呼び戻されていた。
先程までオープニングセレモニーが開催されていたそこは、今は椅子がズラリと並んだ青空会場となっていた。
1番前には大きなステージも設置されており、これからコンサートでも開かれる雰囲気である。
だが、今から行われるのはもっと大事なイベント。そう、リーグ予選の抽選会だ。
予選は1ブロック6チームで構成され、そこから戦績順で2位までが本戦に進出できる。ブロックは8つに別れており、どの国がどのリーグに入るかで、本戦出場の難易度は大きく変わってくる。
だから、集まった選手達はみんな、緊張した面持ちとなっていた。
『それでは!全チームが揃いましたので、抽選会を開始いたします。先ずは、世界ランキング1位の中国からどうぞ!』
ここでの抽選順位は、国際試合のランキング順で行われるらしい。
ファランクスの1位は中国。
アメリカが1位かと思っていたが、やはりランクの差は大きいみたいだ。
呼ばれた中国選手達が壇上に上がり、紙がいっぱい舞っている透明な容器の中に手を突っ込む。
ビッグゲームではデジタルルーレットを使用していたが、オリンピックは随分とレトロな抽選方法を採用していた。
でも、こちらの方が信用性は高い。デジタルだとどうしても、ハッキングとかの危険性もあるから。それに、容器の隣には川村のおっちゃんが立っている。きっと、ディナキネシスで周囲の異能力を無効化しているのだろう。舞っている紙を掴むだけだと、透視や超視覚、サイコキネシス等で幾らでも操作出来てしまうからね。
『28番!』
中国選手が掴んだ紙を広げ、堂々と宣言する運営スタッフ。
読み上げなくても、我々はずっと選手の手元がズームになった画像を見ていたので、開いた瞬間に数字は見えていた。
スタッフが28と叫ぶと、ズームしていた画像が切り替わって、リーグ表に切り替わる。そこのG組の先頭に、中国の文字が浮かび上がってきた。
『続いては、アメリカチーム。前にどうぞ!』
そうして、抽選会は進んでいく。
五代列強がみんなバラけたのには驚いたが、これは流石に作為のしようがないだろう。もしくは、異能力以外の力がこの世界には隠されているのか。
分からないが、どのリーグも楽に通過できないのは明白となっていた。
『次は日本です!どうぞ、前に』
そして、リーグ表の半分ほどが埋まった辺りで、漸く日本が呼ばれた。
なんだかんだ言って1時間近く経っているし、中国やインドチーム等の上位国家はもう帰ってしまっている。
さて、誰が抽選するのかとチームメンバーを後ろから傍観していると、みんながみんな、こちらを振り返った。
……えっ?なに?チームリーダーは海麗先輩だよね?
蔵人が海麗先輩を見ると、彼女はニカッと笑う。
「さぁ、黒騎士くん。出番だよ」
「えっ?俺?」
「当たり前だろ?ボス。ボスはボスなんだからよ」
「そうですわ。カシラなんやから、一発ぶちかましたって下さい」
いや、ボスとかカシラって、君らが勝手に呼んでるあだ名だよね?
「黒騎士様!どうぞ前に!」
「黒騎士ちゃん。きっとみんなも、貴方の登壇を望んでいるわ」
「円さん、鶴海さんまで…」
みんなにそう言われてしまえば仕方がない。蔵人は大人しく前に出て、容器の中に手を突っ込むのだった。
そして、
『12番!』
微妙な数字を引いた。
12番って、どうなんだ?
蔵人が心配して画面を見ていると、日本の名前がF組に現れる。
そのグループに入っていた他のチームは、スイスとフランスであった。
うげっ。あの人種差別チームかよ。
【【わぁっ!】】
蔵人がゲンナリしていると、下で短い歓声が起きていた。
何事かと見下ろすと、2つのチームが喜びあっていた。
アメリカとイギリスだ。
【よしよーし!日本と外れたよ!これで本戦出場は確実だね】
【自分は当たりたかったですが…仕方ありません。本戦で当たる事を祈りましょう】
【何はともあれ、最大の障壁は取り払われました】
【ブラックナイトと当たらなくて良かった】
【ホントそれ。ギデオンさんに勝った人達なんて、私たちには無理だよ】
【アメリカでも優勝したんでしょ?当たってたら確実に、本戦は無理だったわ】
2チームは喜びあって、そのまま帰り支度を始めた。
もしかして、我々が何処の組に入るかが気がかりで、帰れなかったのだろうか?
「よくやったぜ、ボス!」
「流石っすわ!カシラ!」
自軍に戻ると、みんなが賞賛してくれた。
あまり強いチームと当たらなかったからだ。
「フランスの順位が8位で、スイスが12位ね。どちらも19位の日本よりも格上の相手だけど、五大列強と当たらなかっただけでも奇跡よ」
「凄いよ、くら…ええっと、黒騎士くん。私よりもクジ運が良いんじゃない?」
鶴海さんと海麗先輩も褒めてくれる。
そうか、フランスもかなり強い部類なんだな。
蔵人はちょっとズレた事を考えていると、みんなは荷物を持って帰り支度を始めた。
あれ?最後まで見ていかないの?
「ここから先は、私達よりもランキングの低い国ばかりだから、あまり大きく影響はしないわ」
「早めに帰らないと、道が混雑するだろうしね」
鶴海さんだけでなく、海麗先輩もそう言う。
うむ。だから、上位国家のみなさんは先に帰ったのか。でも、思わぬ強者が居るかも知れないよ?
そう思った蔵人だったが、抽選会で見ただけじゃ何も変わらないと思い直し、みんなと一緒にホテルへ帰宅することにした。
今回はテレビもネットも見られるから、あとで確認したらいいだけだし。
そう思っていた。
でも、夜になって見たニュース番組で一波乱が起きた。
【はい。私達が目指すのは金メダルです。当面の目標は、先ずリーグ予選1位通過。そして本戦では、インドや中国 を倒し、祖国に金メダルを持ち帰る事をお約束致しますわ】
今見ているのは、ホテルロビーに設置された衛星テレビだ。何処の国のメディアが撮った物か分からないが、今日の開会式後に行われたアメリカファランクスチームの取材映像が流れていた。
流れているが、一部コメントが操作されていた。
そう、ローズマリーさんが言ってくれた"日本が最大の敵"と言う部分だけがカットされて、中国やインドだけを敵視している風な報道がされていたのだ。
「なんやこれ…。全く違う話しになっとるやないか」
「あの記者ども不満そうな顔してたけどよ、まさかこんな事をしてくるなんてな」
鈴華達が拳を握りしめている。
かなり悔しそうにしているが、メディアなんてこんな物だ。スポンサーの意向次第で、白い物を黒と報道するのが大型メディアの悪いところ。
だから、
「伏見さん、鈴華。悔しいのなら見せつけてやろう。こいつらが改変するだけじゃどうしようも出来ない程の結果を、俺達が叩き出せばいいだけの事だ」
「おう、そうだな。目に入れたくなくてもねじ込んでやるぜ。あたしらの活躍をよ」
「先ずは予選リーグやで!」
鼻息荒く、2人は偏見報道を睨みつける。
それは、2人だけでは無い。
後ろを見れば、殆どのチームメイト達が熱い思いを語り、明日の初戦に思いを馳せている。
そう、明日から予選リーグだ。先ずはFブロック最強と名高いフランスとの試合。
勢いに乗る為にも、絶対に負けられない戦いが始まろうとしていた。
初戦の相手はフランスですか。
前話で嫌がらせをしていた人達ですよね?
「さて、あ奴らが偏見報道に打ち勝つ程の成績を残せるか」
激戦が予想されますね。