411話〜良いんじゃねぇの?そんなボスもよ〜
「と言う事で、俺の父親についてを教えてくれる為に、態々場所を変えてくれたんだよ、ギデオンさんは」
教室の片隅で、蔵人は先日の後日談を若葉さんに語って聞かせていた。
後日談と言っても、LTFの話やマンハッタン計画の話なんかは出来る筈も無く、無難に父親の話とギデオンさんのお祖母さんの話をしてもらったという事にしておいた。
それでも、若葉さんは興味深そうに聞いてくれていた。
「そっか。蔵人君のお父さんは、そんな大変なものを作り出しちゃった人だったんだね」
「それ故に、家からも逃げ出したんだろう。警察に捕まれば、二度と外には出られないと思って」
「でも別に、その当時は違法薬物じゃなかったんだよね?なら、一時的に捕まりはしても、法律で捌かれたりしないんじゃないかな?」
「どうだろうね」
LTFにも通じそうな新薬を、アグレスを生み出してしまったこの社会が見逃すとは思えない。第二、第三のLTFになるのでは?と危惧されて暗殺されるか、こいつは使えると目を付けられて飼い殺しにされるかどちらかだとは思う。そう考えると、早々に逃げ出した父親の判断は正しいとも言える。
…まぁ実際は、I・Mの副作用のせいで、極度のネガティブ思考に陥っていただけなのだろうけど。
「そんな感じで、俺の方はなんら問題はなかったよ。そっちはどうなったんだ?鈴華達の方は、大丈夫だったか?」
姉の婚約者が違法薬物中毒者で、母親が軍に連行されて、とんだ1日になってしまった鈴華である。流石の彼女も参っているのだろうなと思い、蔵人は心配した。
のだが、
「大丈夫そうというか、寧ろ元気になったと言うか。肩の荷が下りたって感じで、あの後みんなで川村さんに会いに行ったんだ。オリンピック選手を辞退するのを止めますって言いにね」
ああ、それで、権利書を返しに行ったとき、誰も居なかったのか。
「鈴華ちゃんのお母さん、その日の内には帰って来たらしいけど、随分としおらしくなってたらしいよ。きっと、軍隊でこってり絞られたんだろうね。オリンピック出場についても、貴女の好きにしなさいってお墨付きを貰えたらしいし」
それは朗報だな。娘を所有物と思っていたあの母親がそう言うって事は、相当な事だ。ディさんが何本も釘を打ち込んでくれたのは間違いない。二条様達も、久我家当主の事は両親と良く話し合っておくと言って下さっていたから、そちらからも釘が飛んできているのかも。
どちらにせよ、あの母親はもう、昨日までの横暴な態度で娘達に接することは出来なくなったのだろう。それは良い事だ。
「おっ、噂をすればだね」
若葉さんの視線を追って振り返ると、そこには桃花さんと一緒に教室へ入ってきた鈴華の姿があった。
「おっす!ボス」
「おはよう、蔵人君」
「おはよう、2人とも。昨日はお疲…」
言い切る前に、鈴華が突っ込んできた。
慌てて支えるも、ちょっとよろけてしまった。
「昨日はマジでサンキューな、ボス。ロシアの奴らが来た時なんて、マジで終わったと思ったぜ」
「あれを撃退したのは、君のおじさんである、ギデオン議員の手柄だぞ?」
「あんなの居なくても、ボスならなんとでもなっただろ?ボスがみんなを連れて来た時、こいつはもう勝ったぜ!って思ったからな」
それはちょっと、気が早い気もするけど。
「モモもありがとうな。お前らが来てくれた時、正直すげぇ嬉しかったんだ」
鈴華は体を離すと、今度は桃花さんの頭を撫でる。
それに、蔵人も頷く。
「本当に、よく頑張ったよ。友達の為に動けるというのは、何ものよりも賞賛されるべき勇気だ」
「や、やめてよ、蔵人君まで」
桃花さんは恥ずかしそうに身をよじる。
「僕はそんな、大した事はしていないよ。ミドリンや早紀ちゃんが凄かっただけだし、若ちゃんの脅しが効いてたんだよ」
脅し?この娘はまた、何かやらかしているのか?
蔵人が若葉さんを振り返ると、彼女は小さく舌を出した。
何かやったな?困ったものだ。
「でもさ。なんでロシアの人達は、Sランクの人と鈴ちゃんをトレードしようとしたんだろう?」
桃花さんが話題を変え、首を傾げる。
それに、鈴華も腕を組む。
「まっ、実際は偽物のSランクだったけどな。でも、危険な薬まで使って、あたしらを騙したのは確かに疑問だよな。相手がアメリカなら分からんでもないけど、ロシアなんて無縁の国だし」
「だよね?鈴ちゃんの人気が、そこまで広がっているのかな?ロスの暴動のせいで」
「つっても、あたしはギターをかき鳴らしてただけだぜ?CECだって、早紀の方が断然キル数を稼いでいたしよぉ」
ふむ。確かに、鈴華を狙い撃ちにした理由が分からない。
CECで活躍したという観点では、慶太や鶴海さん。伏見さんや桃花さんも同じくらい活躍した。LA暴動では、鈴華の言う通り彼女達は楽器を演奏していただけだし、それも祭月さんの演奏の方が注目されていた。ピアノ演奏者として、コンサートに招かれていると聞くくらいに。
…それもそれでどうかと思うが、それはまた別のお話。
さて、真相は?と、蔵人は若葉さんを振り返る。すると、彼女は得意げな表情を浮かべて指を立てた。
「ええっとね。この話にはどうも、ロシアの外部から干渉があったみたいなんだ。日本に優秀な選手がいるよ~って、ロシア側に教えた人間がいる」
「うん。その外部からとは、具体的に言うと?」
「アメリカ。そこで奔走しているDP社のカトリーナさんだよ」
うわ…。またあいつか。
蔵人は目を覆いたくなる。
「カトリーナさん…なんでまたあの若社長が、ロシアなんかに」
「なんかね、DP社の信用が一気に落ち込んじゃって、もうアメリカじゃまともに相手してくれなくなってきているんだって。だから今、ロシアとか中国とか、アメリカと縁の遠い国に拠点を切り替えて、再起を狙っているらしいよ」
ああ、そうか。アメリカに居られなくなって、そことは真逆の共産主義寄りの国家に逃げ込んだって訳か。そして、そこで良いように使われているらしい。
「ロシアとDP社が手を組んだか。そいつはかなり厄介だな」
「そうだね。他にも色々情報を漏らしているかもしれないから、他の人達も気を付けた方がいいよ。桃ちゃんなんて、小さくて軽いから簡単に連れてかれちゃうよ」
「もぉー!若ちゃん!小さいって言わないでよ!」
桃花さんが、若葉の胸の辺りをポカポカする。
それを見て、蔵人は確かになぁと思った。
「蔵人君?何かな?その目は」
「うん?いや、青春だなっと思って」
危ない、危ない。
いつの間にか、桃花さんの勘が鋭くなってきているぞ?これも、覚醒の影響か?
昼食を食べに、みんなで学食へと向かっていると、向こう側から女子生徒の集団が近付いてきた。
その先頭には、朝日のような黄金の髪を縦ロールにした女子生徒と、アッシュグレーの髪を肩まで伸ばした男子生徒の姿があった。
九条様と頼人だ。
「兄さん!」
蔵人が声を掛ける前に、頼人が嬉しそうに手を振りながら掛けてくる。
こういう所は昔のまま。子犬みたいな子だ。
「よぉ、頼人。久しぶり」
「兄さん聞いたよ?凄いね。今度はオリンピックに出るんでしょ?」
「まぁね。運良く選考会を通ることが出来たよ」
蔵人が控えめに言うと、頼人はブンブンと首を振る。
「なに言ってるのさ、兄さん。全日本を制覇したんだから、当然の事じゃないか。じゃあ次は、世界制覇を目指すんだね?」
「ああ。必ず、この世界の天井を貫いてやるさ」
蔵人が意気込んで答えると、頼人は目を点にする。
何故かと思って周囲を見ても、みんな目が点だ。
おいおい。どうしたんだよ?皆さん。
「いつもの兄さんにしては過激と言うか、はっきりと断言するなって思って」
「そうだね。いつもの蔵人君なら、世界制覇はどうか分からんが、先ずは1勝出来る様に訓練するさ…みたいに言うと思ったよ」
若葉さんのセリフが、簡単に頭の中で再生できた。
確かに、今までの自分であれば、世界制覇なんて烏滸がましい事を軽々しく口にしなかっただろう。
だが、今は違う。
文子ちゃんの夢を見て、ギデオン議員の話を聞いて、明確に分かったのだ。技術力で世界を取る。それこそが、この世界からバグを根絶する唯一の方法であると。だから、絶対に成し遂げたい。この世界の天井を、このドリルで貫きたいと切に願うのだ。
「良いんじゃねぇの?そんなボスもよ」
驚く若葉さん達から一歩前に出た鈴華が、腕を組んでニヤリと笑う。
その彼女の横に、伏見さんも並んだ。
「せやな。合宿の時は、なんやおかしくなっとった様に見えたけど、ようやっとカシラらしくなったわ。ビッグゲームでうちらを率いた、あん時と同じカシラですわ」
うっ…そうか。選考会では、みんなにも迷惑を掛けていたらしい。
迷って済まなかった。これからは前を…いや、天を向こう。
蔵人が気持ちを新たにしていると、頼人は蔵人をすり抜けて、後ろの慶太と手を繋ぐ。
「慶ちゃんもオリンピック選手なんだよね?」
「うん!オイラ、くーちゃんと一緒に世界を駆け抜けるぞ!」
「いいなぁ。僕もファランクス部に入っていたら、兄さん達と一緒に戦えたのかな?」
頼人の発言に、蔵人は素早く振り向く。
「おっ?なら今からでも入部するか?」
「あっ、いや、今のはなんて言うか、言葉の綾と言うか…」
頼人がしどろもどろになり、それを見て蔵人は笑った。すると、釣られて頼人も笑う。
慶太も、鈴華達も、九条様達も微笑んでいる。よく見てみると、九条様の隣には白井さんが立っていた。
ふむ。そちらも、なんだかいい感じに纏まっているのかね?
蔵人は、物事が順調に動き出しているのを感じた。
しかし、それは勘違いだったかも知れない。
5時限目が始まった直後、教室に入ってきたのは英語の先生ではなく担任の先生であった。
「皆さん。5時限目は急遽、臨時集会となりました。講堂へ向かう準備をお願い致します」
臨時集会。何かあったと言うことだ。
蔵人は、講堂へと向かう集団の中で考える。
アグレスの襲撃時期が早まったか?確か、次に来る超大型アグレスの侵攻は8月末頃と林さんから聞いていた。襲撃場所は東京特区からかなり離れている筈だから、ここでその襲撃犯の魔力を感じ取ることは難しい。でも、その襲撃犯はカイザー級だから、もしも襲撃が早まったとしたら、特区でも厳戒態勢を敷くことは十分に考えられる。
果たして、何があったのだろうか?
不安を抱えたまま、蔵人は講堂の椅子に座る。
何時もは十分に余裕がある席も、今日は満員だ。見ると、2階席には高等部の先輩方も座っていた。
こいつは、いよいよ何かあるな。
『桜城ファランクス部の皆さんは、どうぞ壇上へお上がり下さい!』
警戒していると、何故か壇上へと呼ばれてしまった。
そして、
『賞状、桜城ファランクス部特別編成チーム殿。貴女らはアメリカ・カルフォルニア州で行われたクリスタルエッグカップにおいて、最優秀の成績を収めましたので、ここに表彰致します』
うん。何故か表彰式が始まってしまった。
煌びやかなスーツを着た校長先生の手から、鹿島部長へと賞状が手渡される。そして、優勝カップは蔵人の手へと納められた。カップにはローマ字で〈SAKURA ZAKA〉の文字が刻まれていた。
なるほど。こいつがアメリカから届いたから、急遽表彰式を開催したんだな?
蔵人が納得していると、舞台の最前列で幾つものフラッシュが炊かれた。
見ると、スーツ姿のカメラマン達が大型カメラを構え、幾つものフラッシュを炊いて我々を狙い撃ちにしてきた。
うわっ。外部から記者も招き入れているのか。だから、校長先生は気合いの入ったスーツを着ているんですね?
カメラマン達に気を取られていると、ファランクスメンバーが降壇していくのが目に入る。
それに、蔵人もついて行こうとすると、鈴華に引き止められた。
なんだ鈴華?まだ何かあるのか?
「どこに行くんだよ?ボス。次はオリンピックの表彰だって言ってるぜ?」
ああ、そっちもあるの?
蔵人が壇上の中央へと戻ると、校長先生から『期待しています』と言うお言葉を頂戴し、そのマイクが海麗先輩へ渡った。
一言ずつ、皆さんから発言してくださいってことか?
『えっと…みんな!私、頑張ってくるから、応援よろしくね!』
「「「わぁああああ!!」」」
「海麗先輩、ステキィー!!」
「ウララァ!存分に暴れて来なさい!」
「「ウ・ラ・ラ!ウ・ラ・ラ!ウ・ラ・ラ!」」
大歓声だ。ウララコールまで鳴り響いている。
その後に、鈴華達にもマイクが渡っていく。
『誰が相手でも関係ない!あたしらの前に立ちはだかる敵は、全部ぶっ飛ばしてやるからな!期待していてくれよ!』
「「「キャァアー!!」」」
「「お姉様ぁあ!」」
『アメリカさんにも勝ったうちらや。みんな期待しとって、沢山チケット買うて欲しいわ!』
「「わぁあああ!!」」
「姉御!」
「チケットいっぱい買います!早紀姉様!」
『えっと…頑張って、頑張って、えっと、いっぱいタッチ決めます!』
「「おぉおお!!」」
「良くぞ言いましたわ!」
「モモちゃん、頑張れ!」
「鬼を倒せ!」
『オイラも頑張る!』
「「「ギャァアアア!!」」」
「「クマちゃーん!」」
「「可愛いぃい!」」
大反響。
みんなが一言言う度に、講堂が小さく震えている。そんな中、マイクは蔵人の元まで回ってきてしまった。
その途端、会場中がシンッと静まり返る。期待する目が、幾つも、幾つもこちらを射抜く。黒騎士が何を言うかと、大きな期待が込められている。
期待してもらって悪いけど、そんな大した事を言えたりはしないぞ?
蔵人は心の中で言い訳をしながら、手を広げる。
『皆さん!我々は今まで、多くの強敵と戦ってきました。ビッグゲームでは日本の強豪チームと、そしてCECではアメリカの精鋭と競い合い、ぶつかり合った。そして、それらのチームに勝ってきた。アメリカ2位のワイルドイーグルスにも勝ち星を上げた我々は、嘗て異能力後進国と呼ばれた日本ではありません。技術力を高めに高めた我々であれば、世界にだって通用すると私は自負している!』
「「「おぉおおお!!」」」
動揺とも言える観客の反応に、蔵人は一時だけ時間を置く。
そして、再び落ち着き出したところで、右拳を振り上げる。
『私は、私達は必ず証明します。魔力量こそが絶対と信じるこの世界に、技巧と工夫を凝らす事がどれだけ大きな力となるかを!異能力とは、生まれで全てが決まる訳では無いことを!』
「「黒騎士さまー!」」
「「黒騎士ぃー!」」
生徒達が立ち上がる。彼ら彼女らの右手は、この講堂の天井を指さしていた。
それに、蔵人も合わせる。
『見せてやります!世界中の人達に!地面に視線を落とす人達に、我々の魂を!』
自分達を煌々と照らす光に向かって、右腕を突き上げる。人差し指を真っすぐに立てて、誓いを立てる。
『地上に天井は!』
「「「ねぇんだぜ!!(ですわ!!)」」」
会場の心が1つとなる。
世界の命運を賭けた戦いに、蔵人の意思も固まる。
必ず貫いて見せると、己の魂を回転させた。
「(低音)と、言うことになってしまいましたので、申し訳ありません。橙子さんにお話した話は、なかった事にして頂きたく思います」
「勿論です、黒戸様。ご決心下さり、自分も嬉しい限りです」
部活も終わり、蔵人は橙子さんの背中に掴まって、音切荘までの帰路を進んでいた。
謝っているのは、強化合宿での申し出についてだ。アグレス殲滅戦に加わりたいと無理を言ったのに、こうして取り下げる形となった事を謝罪していた。
でも、その謝罪を受け取る橙子さんは、何処かほっとした表情だ。大佐からの任務を無事に完遂した事が嬉しいのだろう。
いや、彼女の事だ。中学生の自分が、危険な最前線に出ることにならなくて良かったと思ってくれているのかも。文子ちゃんの記憶を読ませて貰って思ったが、アグレスの最前線は想像以上の地獄絵図であった。高ランクを倒せる様になったからと言って、浮かれて戦場に出れば轢き殺されてしまう。
まだまだ、実力不足なことは否めない。
「では、自分はバイクを停めてまいりますので、黒戸様は先に」
「(低音)はい。夕飯のお手伝いをしています」
音切荘に着いた蔵人は、すぐに台所へと向かう。
この時間ならば、まだ大野さんも買い物から帰ってきたばかりであろう。下ごしらえの段階から手伝える。
蔵人は足早に玄関を通り過ぎ、リビングの扉を開く。中では早めに帰ってきていたレオさん達の姿もあり、談笑していた。
おお、珍しいな。食事の時間でもないのに、リビングに居るなんて。
そう思いながら、彼女達を通過しようとした。
その時、
「なんや?アメリカでは見かけんかった人やな?」
声を掛けられた。
しかも、大阪弁。
しかも、よく知っている声。
蔵人は、緊張で固まる首を無理やり動かして、そちらへと顔を向ける。
そこには、
「うちは伏見早紀って言います。よろしゅう頼んます、お爺さん」
蔵人を良く知る人物、伏見さんが手を振っていた。
オリンピックに向けて、蔵人さんも前向きになりましたね。
「目標が出来たからな。蔵人としても、黒戸としても」
その出陣式の矢先、まさかの知人が遊びに来た?
「あ奴の明日は、どちらだろうな」