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410話~ばっ、バカな!~

漸く、主人公視点に戻ります。

「もう戻らんかと思ったぞ」

権利書を持ったまま、ギデオン議員は逃避行を続ける。何処に行くのかと思っていたが、彼はひたすらに高く、高く飛んで行くばかりであった。

近くに伏兵でも隠れていたり、用意していた場所におびき寄せるのかと思っていた蔵人は、ただ空を飛び続ける議員に疑問を持った。

この人、まさか大気圏を突っ切るつもりじゃないだろうな?

そんな不安を持ちながらも、蔵人は彼の背中についていく。分厚い雲を突き抜けて、5月の太陽に照らされながらもまだ上空へ。そして、青空が広がる超高高度の何もない場所で、議員は漸く止まった。

止まったと思ったら、今度は膨大な魔力を使って何かを生成し始めた。

巨大な腕?亀の甲羅?いや…これはドームか。

出来上がったのは、太陽光を反射させる真っ白いドーム。魔王城の様に中空に浮いた、魔銀のドームであった。

その入り口が音もなく開き、議員がその中に入って行った。入るときに、こちらをチラリと振り返って。


「続けて入って来い…と」


ギデオン議員の意図をくみ取った蔵人は、一瞬入ることに躊躇したが、意を決して中に入る。

一応トラップの可能性も考えて、2重の龍鱗だけは発動させておく。


「遅かったな、黒騎士。まぁいい。そこに座れ」


ドームの中はがらんどうで、中央に小さなテーブルと椅子が二脚だけしか置かれていなかった。その片方に議員が座っており、もう片方をこちらに勧めてくる。

蔵人は殆ど警戒せずに、その椅子に座った。そして、議員に尋ねる。


「何故、このような回りくどい事をなさるのです?父の話題を出してまで、私をここに呼ばれるとは」


鈴華を助けたのも、こうして自分を呼び出すための前準備だったのだと蔵人は感じた。イギリスでは、方向性の違いから敵対することになってしまい、彼に悪印象しか持てていなかった。それを払しょくするために、今回はこちら側に回って鈴華を助けたのではないかと考えた。

そして、ロマノフ家との交渉の途中、I・Mの情報でこちらの反応が良かったから、父親についてを質問させようとしていた。最初から自分を引き込むことが目的だったのかと、蔵人は問うた。


「ふんっ。やはりI・Mの事件に関わった石井正人研究員ってのは、お前の父親だったか」


ギデオン議員は関わったと言うが、多分それを作り出したのが正人本人だと思われる。彼はそれを使って特区を出入りしていて、それが警察にバレそうになったから逃げたのだろう。

考えてみれば、母親が何故あのような片田舎に居を構えたのか疑問に思っていたが、議員の話で漸く分かった。父親が新薬の開発に携わっていたと言う事は、もしかしたら彼は、大山製薬に勤めていたのかもしれない。大山製薬の本社は、つくば特区近くの研究都市に建てられている。あの家からであれば、車で通勤可能な距離だ。


全ての辻褄が繋がっていく。だから、議員の言っていることは正しいのだと思う。だからこそ、とても危険な話題だ。下手をすると、彼と繋がっている大山製薬にも、警察の手が迫る恐れがあるから。

支援者を危険に晒す様な話題を出してまで呼び出そうとしなくても、鈴華を助けてくれた時点で話を聞くくらいはする。そう思ったから、蔵人は不思議に思った。


「言って下されば、話を聞くくらい無条件で受けましたのに…」

「イギリスで敵対した俺に、お前は2人きりで対面出来たか?あぁ?」


2人きり。それは…ムリだな。

周囲も黙っていないだろうし。


「それに、この話はここでじゃねぇと出来ねぇ話だ。この高さであれば、またあのテレポート野郎に邪魔されることもねぇだろうからな」

「と、言いますと、お話とはあの時の続き…」


テレポートで邪魔されたというと、コンビネーションカップの時を言っているのだろう。あの時に議員が言おうとしていた『悪魔の実験』とやらが、今回の話題なのか。

確かにそれは、ここまで来る必要がある。魔銀のドームを作り出したのも、外部からの盗聴を妨害する為の物だったのか。

蔵人が期待した視線を送ると、議員は「はっ」と短い笑い声を上げる。


「ああ、そうだ。俺があの時に話しそびれた悪魔の実験についてをお前に教える」

「それは有難い」


間髪入れずに相槌を打つと、議員は「ふんっ」と鼻を鳴らす。

不機嫌そうな態度だが、目の奥はギラギラと怪しく輝いている。彼もまた、話したくて仕方がない様子だ。


「俺の祖母が始めた実験。その実験の被験者に選ばれたのは、世界大戦の戦犯者、つまりは世界戦争に参加した男達だ。彼らはまともな説明も受けることなく、悪魔の薬、通称LTFを半強制的に投与された」

「ばっ、バカな!」


議員の爆弾発言に、蔵人は椅子から立ち上がり叫んでしまっていた。


「アグレスを人工的に作っただと!?そんなバカげたことを、一体、何の為に…?」

「お、おい、ちょっとは落ち着け」


蔵人の剣幕に、ギデオン議員の方が面食らっていた。

そして、蔵人が席に着き直すと、疲れたように「ちっ」と舌打ちを漏らす。


「既に知っていたのか、お前。LTFを服用すると、アグレスに変わっちまう可能性がある事を」

「ええ。つい先日、過去を知る人物と接触する機会がありましたから」

「はっ!ミスター雷門か。だったら、ここまで大掛かりな事をしなくても良かったって事かよ。くそっ」


少し投げやりになりつつある議員に、蔵人はゆっくりと首を振る。


「いえ。私が把握しているのは、LTFの作用と副作用程度でした。何故政府が、そこまで過去を隠すのかと不思議に思っていましたが…」

「ああ、そうだ。LTFの原型を作り出したのは俺の祖母。そして、それを男達に服用させたのはその当時の政府、つまりは女共の仕業だ!」


興奮した様子で言葉を吐いたギデオン議員は、「はぁ、はぁ」と息を整えた後、少し落ち着いた声で語りだした。

過去の、過ちを。


「世界大戦が終わり、各国は異能力の開発に躍起になっていた。鉛弾や火薬とは比べられない強力な兵器である異能力を使い、早く世界の主権を握ろうとした女共は、低能な男共をモルモットの様に使い潰し、高ランクの男を種馬の如く利用した。マデリーン・ラザフォードが出した論文で、高ランク同士の交配が強い異能力者を産むと書かれちまったからな。加えて、ラザフォード博士は高ランク異能力者の脳の動きに着目した」


1929年。ラザフォード博士は、能力熱が高ランクに起きやすい事に着目し、実験を進めた。

そして、高ランク異能力者が異能力を使う際、脳の一部が活性化することを突き止めた。


「俺の祖母、スカーレット・コッククロフトはその実験を引き継ぎ、脳の活性化に関与する物質を探し回った。そして、見つけた。ドイツの国花である、ヤグルマギクの花粉だ」

「ドイツ…国花…」


蔵人の脳裏に、あの光景が思い出される。

文化祭で演じた桃太郎戦記。あの時、花屋さんが持っていた青い花が、ヤグルマギクの花だった。


「そうか、だからドイツが異能力発祥の地だったのか。リンデンでの革命で、市民たちが見る見る強く成ったのもそれが原因だった?」


劇の中だから、話を進めるために短縮したと思っていた住人達のパワーアップ。だが現実も劇と同じように、住人達の胸に飾られたヤグルマギクの作用によって、みんなは早期に異能力を目覚めさせていったのだ。


「俺の祖母も、リンデンの革命に着目した。何故、住人が急速に異能力の力を付けていったのかと疑問に思い、ドイツには何か異能力を増強させる成分があると踏んで研究し続けた。そうして見つけたのが、ヤグルマギクの同位体だ」

「同位体…」


同位体とは、同じ成分や物質でも、性質が異なる物体の事だ。

有名なもので言うと、核の原料であるウランがあげられる。多くのウランは核分裂をし難い性質を持っているが、その中の1%に満たないウランの同位体だけ、核分裂を起こす性質を持っている。

つまり…こんなところまで、史実の核兵器(バグ)に似ていると言う事だ。


「祖母はこの物質を、自分の名前からレット、LTと名付けた。その数年後、ドイツの科学者フリーダ・ハーン博士によって、このLTを使った魔力増強剤、LT・Fが作り出されたって訳だ」

「それが、F」

「ああ、そうだ」


ギデオン議員が重々しく頷く。


「Fの効力は凄まじかった。Eランクの底辺男子がCランクにまで成り上がり、Bランクだった者がAランクの魔力量を手に入れた。各国は争うように、この新薬の更なる開発に没頭し始め、またFによって1人でも多くの高ランク異能力者を作り出そうと、DランクやCランクの男にもそれを投与し始めた」

「男にばかり?それは、副作用が怖くて…ですか?」

「ああ、そうだよ」


吐き捨てるように、ギデオン議員は鼻に皺を寄せる。


「Fの効力は強力だが、副作用も大きい。飲んだ者の半数近くが能力熱に掛かり、そのまま死ぬケースが後を絶たなかった。故に、服薬する者は基本、死んでも代えの効く低ランク男性ばかりが選ばれた。生き残れば種馬として使い、高ランクの子共を産ませる為にな。ダメだった奴らは埋めてサヨナラって訳だよ。クソ共がっ」


ああ、そうか。キリスト教が強い欧州は、基本土葬だったな。


「そうして多くの低ランク男性が死に、数年が過ぎた。各国の魔力ランクを求める動きは益々活発化し、その先頭に立っていたのがソ連とアメリカだ。2国は世界の覇権を争うようにFの開発に勤しんでいた。だが、ここで問題が起きる。死んだはずの男達が、蘇ったんだよ」

「…アグレス化」

「ああ、その通りだ!」


まるで殺された怨念に突き動かされるかのように、アグレス化した男性達は女性達を襲った。ドイツで、フランスで、ロシアで、中国で。

多くのアグレスが自国へと攻め込み、人々の生命を脅かした。


「アグレス共は強敵だ。ただでさえCランク以上の魔力を持つ上に、死んだことで2つ目の異能力まで得ていた。各国は多くの兵士を犠牲にして、こいつらを抑え込んだ。だが、そんなことが起きてるのにも関わらず、列強の女共は変わらずに、Fの開発に勤しむばかりだった。何処かの国が開発を止めてしまえば、その国が覇権争いから脱落すると思ったみたいでな」


その最先端を言っていたのが、ソ連とアメリカ。

2国はし烈に競い合い、それに負けじとドイツやフランスが後に続いた。

そして、


「1942年、シャーロット・オッペンハイマー博士が提唱するマンハッタン計画が始まった。こいつは、人工的にSランクを作り出そうとした実験で、被験者の中にはAランクの男性も多くいた。狂ってる事に、博士の親父もその実験に参加させられたんだとよ。はっ!」


そして、実験は失敗した。

多くのAランク男性は死に、唯一生き残ったAランク男性は、Sランクへと昇格したものの、やがてカイザー級アグレスとなって実験室を飛び出してしまった。


「もしかして、それがあの、機械神?」


蔵人は白髪の少年を思い出した。

だが、ギデオン議員は「大外れ」と肩を竦めた。


「あれはロシアで作られたものだ。ロシアもアメリカも、その当時やっていたことは同じ様な事だろうからな。だが、アメリカはその失敗で目が覚めた。逃げ出した実験体は甚大な被害をアメリカ全土に刻み、アメリカ政府はマンハッタン計画を中止。Fの開発も凍結し、各国にも同調するようにと呼びかけた」


それが、1944年の9月2日。

Fの開発に出遅れていたインドや中国は直ぐそれに賛同し、アグレス侵攻によって甚大な被害を受けたドイツは翌年、1945年5月4日に署名した。

そして、3度のアグレス侵攻を受けた日本も、1945年8月14日にF凍結合意文書に署名した。


「だが、ソ連だけは署名しなかった。何かと理由を付けて署名から逃げ回った。それを受けて、アメリカはソ連との貿易を止め、冷戦に入った」


ああ、そうか。だからこの世界にも冷戦があったのか。そして、ロシアだけ高ランクが多い理由も分かった。ここ最近までFを使っていたから、高ランクの割合が多いのだ。

一気に氷塊する疑問に、蔵人はただ頷くしか出来なかった。


「だが、ソ連にも限界が来た。1986年。ソ連キーウ州のチェルノブイリ研究所で、複数の人工Sランク被験者がアグレス化した。世界各国の支援を受けてこの事件を鎮静化させたものの、ソ連政府はこれが原因で急激に衰退し、そして崩壊した」


それが、1991年。史実と違う理由だが、時期は全く一緒だ。

そして、きっとそのチェルノブイリで逃げ出した被験者の1人が、機械神なのだろう。

ギデオン議員は、手を握りしめる。その拳を、蔵人の目の前で振る。


「分かったか?黒騎士。俺が言っている意味を。女は男達をアグレスに変え、そしてこの世界を壊そうとした。あまつさえ、その事実を頑なに隠そうとしている。あいつらが行ってきたことがバレれば、女の世界は終わりだからな。

だから女共は、変化しちまった被験者達をアグレスと呼び、さも我々の敵であるように刷り込みを行った。そして、その事実すら俺達反乱分子で覆い隠した。俺達にアグリアという似たような名前を付けて、全ての罪を着せていった。他の男達の台頭を恐れた女共は、特区を作り、俺達の動きを監視しようとしている。

俺達は、そんな女共から世界を解放する必要があるんだ。俺達男の、この手でなぁ!」


握った拳を、テーブルに叩きつける議員。

鋭い視線で、こちらを睨み上げる。

そして、ふっと笑みを浮かべる。

叩きつけた拳を解いて、スッとこちらへ突き出す。


「お前なら分かる筈だ、黒騎士。巻島蔵人。魔力絶対主義の世界を変えようとしているお前なら、この世界が如何に歪でいるかが見えている筈だ。女共によって歪められちまったこの世界を、共に創り変えよう、同志よ!」

「ギデオンさん」


蔵人は、その手に向かって、真っ直ぐに正対する。彼の言う事が、本当にそうであろうかと心の中で首を振る。

史実を知っているから。

核兵器のある世界では、男達が同じようなことをしていた。流石に、女性を兵器にしたりはしなかったが、第二次世界大戦という愚行を犯し、原爆(バグ)を使用し、多くの人々を不幸に陥れた。

だから蔵人は、


「貴重なお話を、ありがとうございました。お陰で決心がつきました。オリンピックで優勝し、技術こそが異能力を発展させる道であると世界に示す事こそが、私の道です」


彼の差し出した手の前で、深々と頭を下げた。


仮令、議員が言う通りの世界になったとしても、この世界からアグレスは居なくならない。

魔力を追い求める世界である限り、人々が新たなFを作り続けるだろう。

I・Mや、LTDの様に。


「貴方が言うように、私も貴方と同じ世界を作り変えようとしている者の1人です。ですが私は、この世界が歪であっても、それを壊すのではなくて正していきたい。男とか女とか関係なく、誰もが上を目指すチャンスを与えられる世界にしていきたいと思います」

「つまりお前は、女共を許すと言うのか?」


低い声で問うてくるギデオンさんに、蔵人はゆっくりと頷く。

すると、ギデオンさんは乾いた笑みを浮かべた。


「甘ちゃんが。女共は何れ、世界を壊すぞ?また同じことを繰り返す。同じように力を求め、同じように楽な道を行こうとする」

「それもまた、人の性でしょう。でもそれは、男とか女とか関係なく、誰もが陥る可能性のある道です」

「ふんっ、そうかよ」


ギデオンさんは鼻で笑う。静かに、何処か落胆したようにも見える笑い方だ。

そして、権利書の入ったファイルをこちらに投げて寄越すと、そのまま立ち上がった。


「精々足掻け。そして、絶望しろ。お前の思い描く明日など、何処にも無いことをな」

「道が無ければ、この手で作りますよ。議員」

「はっ!」


議員はもう、こちらを見ない。そのままドームから出て行ってしまった。

蔵人もドームを出ると、議員の姿は既に見えなくなっており、ドームも崩れ始めていた。


「ありがとうございました」


見えなくなった彼の背を思い浮かべながら、蔵人は一言、感謝を口にした。

なるほど。

アグレスを自ら作り出してしまった女性達が、それを隠そうとした。だから政府は、アグレスの存在をひた隠しにしてきたのですね。


「バレれば暴動であろう。非人道的実験を行った実績も含めてな」


今の政府が行った訳ではないのですが、そう言うのは関係ないんでしょうね。


「人間であるからな」

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