409話~俺の世界から、消えて失せろ~
※他者視点です。
【ギデオンだって?まさかお前は、イギリス最強と謳われる、あのギデオンなのか?】
「ああ、そうだ。てめぇら没落寸前の木っ端貴族でも、流石に俺の名前くらいは知っていたか」
突然現れたギデオン議員さんは、相変わらずふてぶてしい態度でロマノフさんを見下ろしている。
今日の執事さんは、前に会った時よりもちょっと態度がおかしいって思ってはいたけど、まさか議員さんが変装しているなんて夢にも思わなかった。
でも、そもそも…。
【イギリス平等党の党首が、何故こんな辺境の地の、それもこんな一貴族の屋敷になんか居るんだ!?】
そう、それ。
ギデオンさんは何をしに、鈴華ちゃんの家に来たんだろう?イギリスの偉い人なんだよね?
僕も不思議に思って見上げていると、ギデオンさんの表情が不機嫌になっていった。
「あぁ!?俺が何処へ赴こうが、てめぇらには関係ねぇことだろう。今ここにいる俺は、イギリスの議員ではなく、ただ久我の血筋を引くものとして立っているんだからな。それになぁ、もう党首の座からは降りてるんだよ。そんなことも把握してねぇとは、てめぇらの情報収集能力も大したことはねぇな。くはっ」
降りたんじゃなくて、引きずり下ろされたんだよね?僕たちに負けて、ミドリンを人質に取って、たくさんの人に恥ずかしい姿を見られてさ。
僕はギデオンさんに白い目を向けたけど、おじさんは変わらずに、ロマノフさんに嘲笑を向けていた。
「てめぇら、随分と婚姻を焦っているみたいだが、何か後ろめたいことでもあるんじゃねぇか?」
【焦っているだって?それこそ君の妄言だ。そうやって言い掛かりを付けて、有利な条件に引き込もうとしているのだろう?姑息なイギリスがやりそうな常套手段だ】
「はっ!言ってくれるねぇ。姑息なのは、てめぇらロシアだって一緒だろうがよ」
ロマノフさんが強く否定すると、ギデオンさんは楽しそうに笑う。
そして、ロマノフさんの斜め後ろで棒立ちとなっていたSランクの男性を指さした。
「てめぇらが焦る理由。それは、そいつが飲んでいる薬にあるんじゃねぇか?」
【っ!】
ロマノフさんが目を剥く。
明らかに同様していて、怒りで揺らめいていた陽炎が、何かを怖がる様に小さく震えていた。
薬って、お酒のことじゃないよね?この人、薬を飲んでるのにお酒も飲んでるの?それって、ダメだってお医者さんも言ってたよ?だからこんなにフラフラなんだよ、きっと。
【何を言うかと思えば、酷い言い掛かりを…。我々はちゃんと、ロシアと日本の検問を通ってここに来ている。違法な薬物なんて使うのは勿論のこと、所持すらしていない。もしもそんな物を持ち込めば、我々がこの国の地を踏める筈が無い。日本は検問が特に厳しいんだ。そんなことも知らないのか?!】
「誰が違法薬物を検問の前で使ったなんて言ったよ。あぁ?語るに落ちるってのは、てめぇみたいな奴の事だなぁ。くはっ!」
ロマノフさんが怒れば怒るほど、ギデオンさんは楽しそうに笑い声を上げる。そして、懐から何かを取り出した。透明な袋に入った、青と白のカプセルだ。
なんだろう?何かのお薬かな?
「てめぇらが使った薬物は、通称"I・M"。瞬間的に魔力を上げる増強剤だ」
【なっ、何故お前が、それを持って…】
ロマノフさんの声が掠れた。
それを聞いて、より一層の深い笑を浮かべるギデオンさん。
「本当にてめぇらは、情報不足だな。良いだろう、特別に教えてやる。俺は平等党党首の座からは降りはしたが、その時の人脈とは今も深い関りがある。その中には、てめぇらが今回利用した薬物シンジケートと繋がりがある奴も居るんだよ」
【なっ…なん…】
ロマノフさんはもう、声すらまともに出せない様子だった。パクパクと金魚みたいに口を動かして、乾いたうめき声を出すので精いっぱいだった。
そんな彼女に、ギデオンさんは更なる追い討ちを掛ける。
「俺は心優しいからな。ついでに教えてやろう。この薬物、I・Mだがな、この日本じゃ禁止薬物に指定されている。13年前、この薬物を使用した事件が発覚してからなぁ」
「13年…だと?」
今度の呟き声は、僕のすぐ前から聞こえた。
蔵人君だ。
彼が、驚きで目を瞬かせていた。
何だろう?その13年前の事件について、蔵人君は何か知っているのかな?
ギデオンさんは一瞬、僕たちの方を振り向いたけど、すぐにロマノフさんの方に向き直った。
「てめぇらがやったことは、こうだ。LAの事件を受けて、黒騎士とその周辺に興味を持ち、接触が容易そうな久我家に目を付けた。そして、久我家との縁談話を進める一方、その男の出国手続きを進めた。Sランクなら数ヶ月掛かる手続きでも、Aランクの、それも政府が後押しする人間であれば出国の許可も容易に降りる。
そうして日本にまで来たお前らは、前々から連絡を取り合っていた日本側の協力者と接触し、そのI・Mを入手。その男に服用させた。そいつを酒で酔わせているのは、I・M特有のダウン状態を誤魔化す為だろう?あれを飲むと、酷い鬱状態になるって話だからなぁ」
「鬱状態…ああ、なるほど」
また、蔵人君が反応している。
何か、思い至る事があるのかな?後で教えてくれると良いんだけど。
僕が蔵人君に注目していると、ギデオンさんが動く。薬を持っていない手でロマノフさんをビシッと指さす。
「観念しろ、没落貴族共。てめぇらは最初から、交渉の場になんか立っていねぇんだ。てめぇらが立っているのは絞首台のど真ん中。てめぇらの首は、初めからしめ縄に括られてたんだよ」
【それはお前も同じだろう!ギデオン!】
ロマノフさんが吠えた。
【お前も今、I・Mを所持している!お前も我々と同罪だ!】
「同罪?俺の何がてめぇらと一緒だって言うんだ?あぁ?」
【I・Mの不正所持だよ、ギデオン。この日本では、使うのもただ持っているのも変わらないんだ。だからお前は、I・Mを使用した我々と何ら変わらない罪人だ。お前が我々を捌く事は出来ない!自分も捕まるから、我々を告発する事も出来ない!お前こそ、情報収集不足なんだよ、ギデオン議員!】
狂った笑みを浮かべるロマノフさん。
それに、ギデオンさんは口を押さえて笑った。
「くっくっく。本当にてめぇら、笑えるほどマヌケだな。くっはっは!」
【なっ、なんだ?何がおかしい!】
急に笑い出したギデオンさんに、ロマノフさんだけじゃなく、僕たちも目を丸くする。
すると彼は、袋から薬を取り出して、そのカプセルを真っ二つに開いて見せた。
そこからは、何も出てこなかった。
カプセルには、薬が入っていなかったんだ。
「こいつはただのカプセルだ。I・Mなんざ入っていねぇ。俺はただ、外見だけI・Mに似せた偽物を袋に入れていたんだよ。てめぇらがちょっとでも動揺すりゃ儲けものと思ってたんだがなぁ、まさか自分から暴露する程にマヌケだとは思ってもみなかったぜ!くっはっはっはっは!」
【なっ…そんな…卑怯な…】
ロマノフさんが崩れ落ちる。
その彼女を、笑を消したギデオンさんが見下ろす。
「卑怯?それはてめぇのことだ。偽物のSランクで他国の選手を奪おうなんざ、卑怯者以外の何者でもねぇ。そんな卑怯な手段を使ってまで、メダルを手にしようとしているてめぇらと、てめぇらの国に反吐が出る。故に…」
ギデオンさんが手を真っすぐに突き出す。
「俺の世界に、てめぇらは要らねぇ。俺の世界から、消えて失せろ」
その途端、彼の周囲に数人の女性が現れた。
みんながみんな、迷彩のフル装備を着けている。
軍隊の人だ。
その中には、全日本で蔵人君を助けてくれた指揮官の男性の姿もあった。
「違法薬物使用の罪で、諸君らを拘束する。総員、抵抗する者に容赦は要らん」
「「はっ!」」
軍人達はあっと言う間にロマノフさん達を組み伏せてしまい、金髪男性も指パッチン一つで拘束された彼女達を消してしまった。
テレポートだ。
こんな大勢を一瞬でテレポートできるなんて、この人はイギリスで僕たちを助けてくれたディさんって人なのかも。確か、陸軍の所属だって言っていたし、またメタモルフォーゼで変身しているのかな?
僕が指揮官さんをジッと見ていると、彼は振り返ってこちらに近づいてきた。そして、ギデオンさんの前で止まった。
「ご協力感謝します、ギデオン議員」
「あぁ?何が感謝だ。今回はお前らが俺に協力したんだよ。そこを勘違いしてもらっちゃ困るねぇ」
「それはそれは。では今度は、我々にご協力願えるかな?ギデオン議員。彼女達の尋問に協力して欲しい」
指揮官さんの申し出に、ギデオンさんは「はっ!」って鼻で笑った。
「俺がそこまで、大人しく従うとでも思うか?あぁ?俺は今回の件に、何ら関わっていねぇ。日本への入国だって、通常の手続きを取っている。だから、お前らにまた護送される筋合いはねぇ筈だ」
「ああ、そうだ。”今回の”貴方に、何ら落ち度はない。だからこれは、捜査の協力を申し出ているに過ぎない。随分と裏事情に詳しい様だからな」
「はっ!ならお断りだ。俺は色々と忙しい。それに、俺よりも適任が居るだろう」
そう言ってギデオンさんは、鈴華ちゃんの母親を背中越しに指さす。
「没落貴族共とやり取りしていたのは、そこのマヌケだ。お前らが重要視している金の卵を、易々と他国に売り渡そうとする大バカ者だ。叩き方によっては、色々と埃が出てくるんじゃねぇか?くっくっく」
「…」
ディさんは一瞬、悩ましい顔を伏せていたけど、直ぐに母親に近づいた。
「ご同行願えますかな?久我家のご当主」
「な、何故私が、貴方達のような無法者に付き従わねばならぬのです。無礼ではありませんか!」
相手が男と見るや、威厳を取り戻した母親が、怒りで顔を赤らめた。
そこに、一条君が近づく。
「何処が無礼なのだ?教えてくれ、久我殿。叔父上の何処に、非礼があった?」
「なっ!?おじ、うえ…ですか?この人…いえ、この方、が…?」
再び、弱い立場に蹴落とされた母親は、ディさんに向かって大きく項垂れた。
そして、軍隊の人達と共に消えていった。
あっという間の出来事で、残された人たちは暫く動けないでいた。
その中で、僕の足は自然と動いた。
「あの!」
そして、一番の功労者の元へと駆け寄っていた。
「あの、えっと、ありがとうございました!」
「あぁ?」
ギデオンさんが振り返って、僕を見下ろす。
返って来たのはちょっと威圧的な声だったけど、見下ろしてくるその目は怖くない…気がする。
僕はペコリと頭を下げてから、ギデオンさんを見上げた。
「貴方が居なかったら、僕たち鈴華ちゃんを救えなかったと思うから。だから、その、お礼が言いたかったんです!」
「ふんっ。勘違いをするな。俺には俺の目的があって動いたまで。お前達に感謝される道理はない」
「目的?」
僕が首を傾げると、ギデオンさんは悪い顔で笑う。
その顔を、僕の後ろに居た蔵人君へと向けた。
「おい、黒騎士。お前、俺に何か言う事があるんじゃないか?」
「えっ?あっ、はい。鈴華を助けて頂き、ありが…」
「そうじゃねぇ!」
蔵人君の言葉を遮って、ギデオンさんは怒る。舌打ちをして、肩を落とす。
「もういい。お前らの相手をしている程、俺は暇じゃねぇんだ。この家の主も追い出せた今のうちに、事を起こさせてもらう」
ギデオンさんはそう言うと、何処からか1枚のクリアファイルを取り出した。それを見せつける様にフリフリして、再び不敵な笑みを浮かべた。
「おい、黒騎士。これが何だか分かるか?」
「ええっと…何かの書類…重要書類でしょうか?」
うん。そうだよね。幾ら蔵人君でも、それくらいしか分からないよね?僕も、なんか緑っぽい紙が入ってるなぁ~くらいにしか分からないよ。
でも、ギデオンさんはその答えで満足そうに頷いた。
「こいつはな、この家と土地の権利書だ」
「えっ!?」「なんやと!?」
僕は驚いた。早紀ちゃんも驚いている。
だって、その書類はとっても大切な物だ。良くドラマとかでも、借金した主人公のお父さんとかが、悪い人に奪われて、お家やお店を取られちゃうんだ。
僕、お母さんと一緒にドラマとか良く見るから詳しいんだ。
「おじさん!それ、どうする気なの?!」
「あぁ?決まっている。ここに新たな事務所を構えるんだよ。お前らに党首の座から降ろされて、俺は今、イギリスでほとんど動けない状態だ。よって、平等党日本支部をここに作ろうって訳だ」
ああ、やっぱり。ギデオンさんは鈴華ちゃんの家を奪うつもりなんだ。
僕が「どうしよう」ってみんなを見回していると、ギデオンさんが「だが」って思わせぶりな言葉を吐く。
「俺も鬼じゃない。交渉には乗ってやる。ただし」
ギデオンさんはそう言いながらも、背中に翼を生やして宙へと飛び上がる。
「黒騎士。お前が1人で、俺に追いつけたらの話だ。でなければ、この屋敷をもらい受ける!」
ギデオンさんが大きく飛び上がり「精々、足掻け!」って言って、玄関上の窓を突き破って行ってしまった。
僕は慌てて、蔵人君を振り返る。
「不味いよ!蔵人君。このままじゃ、この家が取られちゃう!」
「早う追って下さい!カシラ!」
早紀ちゃんも一緒になって、蔵人君に詰め寄る。
でも、蔵人君がなにか言おうとする前に、彼の横に鈴華ちゃんが進み出て、首を振った。
「別に、そんな事しなくても良いぞ?家くらい、また建てりゃいいだけだし」
「えっ!?」
「だってそうだろ?今回の報酬として、あのおっさんにこの家をプレゼントするくらい良いんじゃねぇか?」
鈴華ちゃん、そんな…。
僕は唖然としてしまったけど、けどやっぱり良くない事だよ。
「日本に平等党が出来るのは不味いよ、蔵人君」
「ホンマですわ、カシラ。早う取り返したって下さい」
僕達が頼み込むと、蔵人君は渋々と浮き上がる。
「まぁ、ちょっと面倒な事には変わりないから、返して貰った方が良いのかな?」
蔵人君は首を傾げながら、ギデオンさんの後を追った。
良かった。これで、この家が取られないで済む。
「桃ちゃん。早紀ちゃん」
僕達が安心していると、ミドリンが申し訳なさそうな顔をしながら近付いて来た。
うん。どうしたの?
「あのね。権利書が手元にあるだけでは、家も土地も、その人の物にはならないのよ?」
「…えっ?」
…どういうこと?
味方っぽいムーブをかましていましたが、最後はしっかり悪役でしたね。
「さて、しっかりかどうかは分からんがな」