407話(2/2)~お客様が見えました~
臨時投稿です。
昨日も投稿していますので、読み飛ばしにご注意ください。
また、主人公は引き続き、桃花さんです。
「あ奴のセリフはゼロだ」
「お前ら、どうやって…」
鈴華ちゃんの屋敷に潜入した僕達を見て、流石の鈴華ちゃんも驚きを隠せない。
「鈴ちゃん!」
やっと会えた彼女に、僕は嬉しくて、つい彼女の胸に飛び込んじゃった。
なんかキラキラしたドレスを来た鈴ちゃんは、ちょっとキツめの香水の匂いがした。
「モモ…。お前ら、どうやって…いや、先ずは中に入れ。誰かに見られちまうぞ」
僕たちは鈴華ちゃんに促されるままに部屋へ入る。
すると、すぐに鈴華ちゃんが怖い顔になって、僕たちを睨みつけた。
「お前ら、どうやってここに入り込んだんだ?アイツが許可を出すなんて有り得ないし、こっそり忍び込んだのか?」
「ちゃんと正門から入ってきたよ?」
しれっと若ちゃんが言うと、隣でミドリンが溜息を吐く。
「ちゃんとじゃないわ。若ちゃんが執事さんを脅したのよ。鈴華ちゃんの事を、テレビや雑誌にリークするって言って」
「招き入れたのは本当だよぉ〜」
「その招かれた場所も、母屋ではなくて離れにだけどね。そこからは、私達の異能力を駆使して、ここまで来たのよ」
「翠のサーチがエグかったで。あと、若葉の錬金術も凄かったわ。お前ん家の窓、1枚だけ教会みたいんになっとるからな」
早紀ちゃんが腕組みしながら誇らしげに語ると、怖い顔をしていた鈴華ちゃんがニヤリと笑った。
「マジかよ。007みたいでめっちゃ楽しそうじゃん。あたしもやりたかったなぁ」
「今からやればええねん。ほら、鈴華。早うここから出るで。もうすぐここに、Sランクが来てまうからな」
早紀ちゃんが鈴華ちゃんの手を引っ張る。
でも、鈴華ちゃんはその場から動こうとしなかった。
早紀ちゃんが不満そうな顔で、鈴華ちゃんを振り返る。
「何しとんのや、自分。もう時間が無いって言うとるやろが。早うせんと…」
「行けねぇよ、あたしは」
鈴華ちゃんが悔しそうに呟く。
それを聞いて、みんな固まる。僕も、グラビキネシスを受けたみたいに体が重くなった。
早紀ちゃんが顔を赤らめる。
「なっ、何を寝ぼけたことを言うとるんや?このままここに居ったら、自分はロシアに連れて行かれるんやで?ロシアの選手になって、うちらの敵になるかもしれへんやろが。まさか自分、それでええなんて思うとるんやないやろな?」
「ねぇよ。そんなん。微塵も思ってねぇ」
「せやったら」
「けどな。どうしようもねぇんだよ」
鈴華ちゃんは、早紀ちゃんに掴まれていた手を解いて、そっと窓の外を見る。
「どんなにあたしが拒否しようと、アイツが決めた以上は絶対に変わらねぇ」
「アイツって、お母様の事よね?」
ミドリンの問いかけに、鈴華ちゃんは悲しそうな顔で振り向いて、頷く。
「アイツはこの家の当主だからな。久我家の中で、アイツに逆らえる奴なんて誰も居ねぇ。みんな、アイツの言いなりだ。叔母さんも、従姉妹も、使用人も。その中で1番忠実なのが、あたしの姉貴だ」
「鈴ちゃんのお姉さん?」
お姉さんと仲が良くないって言っていたのを思い出した僕が聞こうとすると、鈴華ちゃんはうるさそうに手を振った。
「とにかくだ。お前らは早くここから出た方がいい。アイツに見つかれば、何をされるか分からない。ここは久我家のど真ん中。ここでのアイツは絶対で、法律すらアイツの気分次第でねじ曲がっちまう」
「そんなん、ぶっ飛ばせばええやろ」
悲しそうな鈴華ちゃんに、早紀ちゃんがグイッと顔を寄せる。
「オバハン1人に、なにビビってんねん。自分の親やから手ぇ出したくないっちゅうんやったら、分からん事もあらへんけど」
「お前は、この家の大きさを知らねぇからそんな事が言えんだよ。貴族って、本当に面倒なんだよ」
いつも元気過ぎる鈴華ちゃんがこんなになっちゃうんだから、相当な事なんだと思う。
どうにかしなくちゃって思っていたら、ドアがノックされた。
コンッ、コンッ。
「失礼します。お嬢様」
そう言って部屋に入ってきたのは、あの執事さん。彼女は、部屋に居る僕たちを見ても、全く表情を崩さなかった。まるで分かっていたと言うように、冷たい目をこちらに向ける。
ううん。分かっていたみたい。
その証拠に、彼女の後ろには警備員みたいな格好の人達が続いて、最後尾にはあの母親が居た。
「驚きました。まさか、桜城の生徒がこんな泥棒紛いの行動に出るとは。やはりこの子を向こうの学校に移すのは正解の様ね」
「何が正解や!自分が勝手なことをしとるから、こうしてうちらも行動に移しただけやで」
「そうだよ!鈴ちゃんはロシアになんか行きたがっていない。僕たちと一緒にオリンピックに出て、優勝するって夢があるんだ!」
「おだまり」
母親がピシャリと言うと、僕たちを囲む警備員達が構えた。
「恥ずかしい子供達ね。人の家に勝手に上がり込んで、人の家の事情に勝手に入り込もうとする。桜城生徒とは言え、やはり庶民の子供は程度が知れているわ。全く、貴女達の親の顔を見てみたいわ」
「立派なもんやで。少なくとも、自分と比べたら何倍も親らしい人や」
「おだまりと言っている!」
母親が早紀ちゃんを睨みつける。彼女の口元が、薄っすらと金属膜に覆われる。。
「何も知らない、何も背負わない庶民の貴女達では理解できる筈もない。貴女達が踏み込んだここは、貴女達の住む世界とは全く違う。元々、庶民の貴女達と、久我家に産まれたこの子では友達になんてなれなかった。貴女達の勘違いだったのよ」
「そんな事ない!僕たちは鈴ちゃんの友達で…」
僕が訴えかけようとすると、母親は手を挙げた。それに、警備員達が構える。
「捕らえなさい。存分に、社会の厳しさを体に覚え込ませてあげなさい」
「「はい。ご当主様」」
警備員達が一気に押し寄せて来る。
僕たちも構えて、迎え撃とうとした。けれど、それよりも先に、鈴華ちゃんが僕たちの前に飛び出した。
同時に、着飾っていた装飾品を警備員達に投げつけて、両手を突き出した。
「止まれ」
その途端、警備員達が全員止まった。手足を地面に貼り付けて、跪いて鈴華ちゃんを見上げた。
何が起きているか分からないといった表情で、必死に体を動かそうとしたり、異能力を発動しようとしていた。
でも、誰も動けない。完全に、鈴華ちゃんの磁力に操作されていた。
その様子に、母親が顔を赤らめる。
「何をしているの!その子の異能力は、ただの磁力。何の役にも立たないゴミ能力に押されるなど、それでも久我家に使える使用人ですか!恥を知りなさい!」
母親が吠え、警備員達は一層必死な様子でジタバタする。でも、魔力を掌握された彼女達が動ける筈もなく、鈴華ちゃんによって完全に床にねじ伏せられていた。
それを見て、母親の表情が変わる。
「何故?磁力のBランクなんて最低の異能力一つで、我が家のガードマンがこんなことになっているの?」
「なんや自分。自分の娘のことも知らんかったんか?こいつの磁力は最強やで」
早紀ちゃんが得意げにそう言うと、母親は悔しそうに顔を歪めた。
そして、後ろを向いて手招きした。
「金穂。来なさい」
「はい」
母親の命令で出てきたのは、金髪の女の子。何処となく母親に似たその子は、何処を見ているか分からない目をしていた。
「ちっ」
鈴華ちゃんが舌打ちをする。
その表情から、この人が鈴華ちゃんのお姉ちゃんなのかも?って思った。顔はあまり似ていないけど。
「行きなさい、金穂。お前の愚昧を捕まえるのです」
「承知いたしました。お母さま」
お姉さんは小さく頷くと、そのまま駆け出した。体中が金属で覆われて、当たったらとても痛そうな格好でこっちに突っ込んで来た。
そこには、妹に対する姉の感情というものが一切感じられなかった。
「マグネットフォース!」
でも、お姉さんの体を覆っているのは全部が金属。鈴華ちゃんが出した超強力磁場を前にして、一瞬で床に倒れ伏した。
それを見て、母親が目を丸くする。
「そんな…Aランクのゴルドキネシスまでも、なんでこんな簡単に?貴女、何をしたの?」
「何もしておりませんよ、お母さま。これが私のマグネキネシスでございます」
鈴華ちゃんが感情のない声で返すと、母親は再び「あり得ない」と首を振った。
そして、
「金穂!何をしているの!それでもお前は、久我家の次期当主なのですか!?立ちなさい!立って妹を捉えるのです!」
「は、い。おかあ、さま」
ヒステリックに叫ぶ母親に、お姉さんは立ち上がろうとする。でも、鈴華ちゃんの磁力の前ではまともに立つことは出来ず、かなり無理をしながら体を起こした。ここからでも、お姉さんの体が相当な無理をしている音が聞こえる。ミシミシッって、とても痛そうな音だ。
それでも、お姉さんは止まろうとしない。無理に一歩を踏み出して、その途端、ガキッっと嫌な音を出して地面に崩れ落ちる。
きっと、何処かの骨が折れたんだ。
それでも、お姉さんは進むのをやめない。母親に指示された通りに、鈴華ちゃんを捉えようとジワジワと進んでいた。
「相変わらずだな、金ぴかマリオネット」
鈴華ちゃんは呆れたように言葉を漏らして、手を下ろした。
途端に、お姉さんの体は自由に動くようになり、鈴華ちゃんを取り押さえた。
「全く、手間を取らせて」
他の警備員達も立ち上がり、僕達は抵抗せずに警備員達に取り押さえられた。
鈴華ちゃんが抵抗するのをやめたから、僕達もそうしなかったんだ。きっと、鈴華ちゃんは心のどこかで、お姉さんを心配していたんだと思う。だから、僕達もそれ以上のことが出来なかった。
それにしても、酷い母親だ。実の娘がボロボロになっているのに、まるで駒の様に使い潰して、鈴華ちゃんを捕えようとするなんて。しかも、お姉さんはこの後にSランクの男性と会うんだよね?お見合いとか、そういうことをする大事な体な筈なのに、そんな配慮も一切なかった。
自分の娘を、道具としか見ていない。
だから、鈴華ちゃんは無駄だって言ったんだね?僕達が情に訴えかけたとしても、そもそもこの人の目にはそんなものが入っていなかったんだ。
この人の目に映っているのは、きっと久我家の繁栄だけ。
社会的権威しか興味がないんだ。
でも、じゃあ、どうすればよかったの?
何もできない事に、僕は悲しくなってきた。
このままじゃ、本当に何もできない。鈴華ちゃんがロシアに行っちゃう…。
焦りと悲しみでいっぱいいっぱいになった僕は、自然と涙を流していた。
そこに、執事さんの声が上から降って来る。
「ご当主様。お客様が見えました」
「そう。漸くご到着されたのね」
母親の嬉しそうな声に、僕は胸が締め付けられた。
ああ、だめだった。とうとう来ちゃったんだ。鈴華ちゃんを奪いに来た、ロシアの人達が。
「申し訳ございません、ご当主様。いらっしゃったのは、巻島を名乗る男性達です」
「…何です?巻島?」
巻島。男性。
その言葉で、僕は泣き顔を上げた。
怒りで顔を歪める母親の姿が見えた。
「巻島などという下級貴族、私に聞かずとも追い返しなさい!貴女は、何年その役職についているの?!今がどういう状況か、理解していない訳じゃないでしょう!」
烈火のごとく怒る母親。それに、執事は深々と頭を下げる。
「申し訳ございません、ご当主様。ですが、その男性のお連れ様が、無視できない方々でしたので」
「無視できない?一体、誰が来たと言うの?」
目を吊り上げる母親に、執事さんは頭を上げる。
蔑んだ瞳で、名前を上げる。
「二条煉様、近衛瑞姫様、九条薫子様。そして、一条透矢様でございます」
「…えっ?」
早々たるメンバーの名前を聞いて、母親は表情を消した。
「そうそうたるメンバーだな」
蔵人さん、お昼休みも奔走して、彼女達をかき集めていたんでしょうか?
「あのブローチが役に立ったのか」
立ったかもしれませんけど、フラグも立ちましたね。
「風紀委員のか?それもまた一興」