401話~ただの失神じゃない!~
※グロ注意です
沖縄での激戦の次に現れた場面では、何処かの講堂で授賞式が行われていた。壇上には日の丸が掲げられており、その下には顔色が良くなった秋山大将の姿があった。
そして今、大将閣下の目の前には、白髪を肩まで伸ばした隊長さんの姿があった。
『大門少佐改め、雷門重三大佐。貴殿の多大なる戦績を鑑みて、新たな家名と階級を与えるものとする』
「はっ!」
隊長さん、いや、雷門様は短い返事と敬礼を返し、賞状と勲章を恭しく受け取る。
その途端、周囲からは割れんばかりの拍手が起こり、全員が尊敬のまなざしで雷門様を見上げていた。
雷門様はその様子を見て、直ぐに顔を伏せた。だが、赤くなった耳だけは隠せていない。逃げるように降壇した彼が隊列に戻ると、待っていた文子ちゃんが拍手で迎えた。
「おめでとうございます、大門隊ちょ…あっ、ごめんなさい…雷門隊長」
「はっはっ。気にするな。俺もまだ慣れておらず、たまに間違えるからな。上層部にいきなり、新たな家を興すことを許す…なんて言われて、その場で思いついた名前だ。別に、今まで通り大門でも構わないんだぞ?」
「そうはいきませんよ。なんたって、日本で9人目のSランクなんですから。みんなに示しがつきませんよ」
「死んじまったあいつらに対しても…か?」
雷門様は笑みを消して、講堂の隅に視線を移す。
そこには、静かに眠る人々が棺に入って並んでいた。戦死者…にしては綺麗過ぎる。体の何処も欠損が無く、今にも目を覚ましそうな程であった。
文子ちゃんも悲しそうな顔をして、その人達を振り返る。
「結局、Fを服用した人の多くが死んでしまいました。それに、Sランクにまで成れたのは雷門隊長だけでしたし、やっぱりアメリカやドイツに習って、日本でも禁止にするべきなのではないでしょうか?」
「だがな、Fのお陰でここまで乗り切れたんだぞ?服用した者は確実に1段、上手くいけば3段も異能力階級が上がった。俺やあいつらが居たから、この戦線を維持できたんだ。弱いままの俺達じゃあ、どう足掻いてもアグレスの侵攻から日本を守れなかった。この戦乱の世の中を生きる俺達には、無くてはならないもんなんだよ。仮令、それでどれだけ多くの犠牲が出たとしてもな」
2人の会話を聞くに、どうやらFを服用して死んでいった人達の死体の様だ。
その数は10体ちょっとの様に見えるが、きっとここに居るのは階級が上の人達か、最近亡くなった人達なのだと思う。もっと多くの人が無くなったから、文子ちゃん達の表情がこれ程暗くなっているのだろう。
講堂の外から見える景色からは、季節が初夏になりつつあるように見える。沖縄戦の時は、まだ春に入りたてだったのに。
つまり、あれから数か月が立っており、その間に多くの者がFを服用した。
それは、それだけ日本が窮地に追いやられていたのか、雷門様の姿を見ての憧れなのかは、定かではない。
『続いて、尚鶴准尉』
「はっ!」
2人が後ろを向いていると、ツルさんが呼ばれた。
『貴女は、東京、名古屋、四日市、福岡等、多くの戦線で多くの貢献をし、敵対勢力の侵攻からこの日本国を見事に守り抜いた。よってここに、特務中尉の階級を与えるものとする』
「はっ!」
ツルさんも賞状と勲章を受け取って降壇する。
降りて来る彼女の顔は、高揚していて真っ赤だった。
恥ずかしかったのかと思っていると、文子ちゃんが慌てた様子で彼女の元に駆け寄った。
「お鶴さん!?顔が真っ赤じゃないですか。風邪をひかれたんじゃないですか?医務室に行った方が良いですよ」
「平気だよ、文ちゃん。ちょっと緊張し過ぎて、昨日からまともに寝てなかっただけだから。特務中尉なんて、現場上がりの私が貰っていい階級じゃないからさ。気持ちが昂っているだけだよ」
そう言って無理に笑うツルさんだが、かなり辛そうだ。
そんな彼女の体を、雷門様がグイッと引っ張り、肩を貸す。
「兎に角、医務室に行くぞ」
「えっ?ですが、式典は…」
「終わりだ。俺達の分はな」
「そんな、無茶苦茶な…」
そう言いながらも、ツルさんは雷門様に引きずられて退出していった。
それだけ、体が弱っていたのだろう。その証拠に、医務室のベッドに横たわると同時に彼女は寝息を掻き始めた。
「本当に、寝ていなかったんですね」
「そうだな。神経が図太いお鶴にしては、珍しい事だ」
「もぅ!それはお鶴さんに失礼ですよ、隊長」
「事実だろ。ほら、そんな怒った顔をしても無駄だ。どうせ、あと2時間もしたら、いつもの人を食った態度で絡んでくるだろうからな」
文子ちゃんは怒った風を装い、隊長さんはそれを軽く受け流しながら医務室を出ていった。
だが、雷門様の思惑通りにはならなかった。
次の日も、その次の日も、ツルさんは医務室のベッドから起き上がることが出来なかった。顔を真っ赤にしながら大量の汗をかき、ずっとうなされる様にうわごとを呟いていた。
「だ…いもん…たい、ちょう。ふみ、ちゃん…。どこ、なの?どこに…いるの?」
「お鶴さん。私はここに居ます。文はここですよ?」
文子ちゃんがベッドの横に座り込み、突き出されたツルさんの手を取る。
でも、ツルさんにはそれが分からない様だった。ただただ、2人の名前を弱弱しく呼びながら、悪夢の中に囚われていた。
「ダメですね。これは、能力熱だ」
「なに?」
ツルさんの様子を見て、医務室の隅で軍医らしき人物が首を振る。その様子を咎めるように、雷門様の鋭い声が飛ぶ。
それに、軍医の彼は強い視線を返す。
「能力熱ですよ。Fを服用した患者はみんな、この病に蝕まれて死んでいます。魔力操作の未熟な子供に起こり易い病でしたが、Fを飲んだ貴方達のそれは、子供が起こす物よりも遥かに厄介なものとなっている。こんな高熱が数日も続いたら、大の大人でも持たないですよ」
「持たないだと?鶴は現場上がりの、それも身体強化の異能力種だぞ?」
「そんなの関係ありません。瞬間移動だろうと身体強化だろうと、掛かる人は掛かるんです」
「そんな…。何とかしてくれ。鶴は漸く、士官にまで登り詰めたんだ。なぁ、あんたは軍医だろ!」
「無理ですよ!致死率100%の病だ!」
語気を強める雷門様に、医者はつい、叫んで返していた。
そして、叫んだ相手が大佐だと気付いて、目を伏せた。
「だから僕は言ったんですよ、Fなんて怪しい薬を使うのは反対だって。あのアメリカが禁止にする程の劇薬を飲めば、こうなるのは目に見えていた」
軍医は歯を食いしばりながら、言葉を吐き出す。
それだけ、彼は悔しいのだ。目の前の患者を救えないことを。
町医者とは比べられない程の技術を持つ彼らでも、どうする事も出来ない難病。
Fがもたらした、副作用だった。
場面が切り替わる。
ジリジリとコンクリートを焼く太陽に、青々と繁る林の中からけたたましい蝉の鳴き声が響いている。
真夏の昼間。青い空に入道雲が流れる。そこに、一筋の黒煙が立ち上る。
それは、長く太い煙突から吹き上がっていた。何本も太い煙突を屋根に着けた屋敷の様な建物。その周囲に集まった人々は、黒い軍服を着ていた。
軍の喪服だ。
喪に付す軍人達が、幾つもの白い棺桶を煙突が立つ大きな屋敷の中に運び入れていた。彼らの周りには、軍服を着ていない男性や、小さな子供の姿まであった。
ここは恐らく、火葬場。集まる人たちは、軍人達の同僚や親族達であろう。
「文。そこに居たのか」
その一角で、小さく座り込んでいた文子ちゃんを雷門様が見つけて、駆け寄る。彼の後ろには、沖縄戦で共に戦った石井大尉の姿もあった。
文子ちゃんは顔を上げて、真っ赤に腫らした目で雷門様達を見上げる。そしてそのまま、黒煙を噴き上げる煙突を見上げた。
「皆さん、無事に天国へと着けましたでしょうか?」
「ああ。皆、立派に戦った者達だ。誰よりも先に、誰よりも安らかに極楽浄土の地を踏みしめるだろう」
「お鶴さんも、でしょうか?」
文子ちゃんの問いに、雷門様は少し言い淀む。そして、隣に立った石井大尉に視線を移した。
どういうべきだ?と、問いかけているようにも見える。
石井大尉はそれを受けて、少し困ったような笑みを浮かべて少しだけ屈む。
「ああ、鶴特務中尉もきっと、天国に行けてるさぁ。あの人がいたから、多くの人が救われたからね。俺も漁村で命を拾われたし、あの人と一緒の戦場も多かった。だから分かるよ、あの人が立派だったってことはね。だからさ、きっと天国で神様も認めてくれるんじゃないか?貴女は立派でしたよって、今頃向こうでも表彰されてるさ」
「さて、どうだろうな」
石井大尉がお道化て言うと、雷門隊長も口元を緩めて首を振る。
「お鶴の奴は、故郷の地で眠る予定となっている。だから、もしかしたら天国には行かずに、そのまま地元の野山を駆け回る方を選ぶかもしれんぞ?」
「ああ、そいつはいい。折角守った故郷だ。彼女が守り神になってくれるなら、親族も安心できるってもんだ」
石井大尉が明るい声を出すと、文子ちゃんも顔を上げる。
「そしたら、沖縄に行ったら、またお鶴さんに会えますよね?」
「ああ、そうだな」
泣きそうな文子ちゃんに、雷門様も悲しい笑顔を向ける。
そうしていると、彼らの元に女性の軍人が歩み寄ってきた。彼女の後ろには、小学生くらいの小さな女の子の姿もあった。
親子は、雷門様の前まで来ると綺麗な敬礼をする。
「雷門大佐。この度は、お忙しい中に参列していただき、ありがとうございました。夫も、喜んでいることと思います」
「佐藤少佐。当然のことだ。わざわざ礼を言う必要は無い」
「はっ!それと、次の任務地である広島でも大佐とご一緒出来ると聞き、挨拶に参った次第であります」
佐藤少佐の言葉を聞いて、雷門様は少し苦い顔をした。
でも、それに気が付かない藤村少佐は、キラキラした目を彼に向ける。後ろに隠れていた子供の頭に手を置いて、
「この子の為にも、私は全身全霊で日本国を守る所存であります。千代子、挨拶をしなさい」
「あっ、えっと、佐藤、千代子です…」
女の子は小さな声で挨拶をすると、直ぐに軍人の背中に隠れてしまった。
それを見て、佐藤少佐は疲れた顔で肩を落とし、雷門様に一礼してから去って行った。
親子が去っていく背中を、雷門様は眩しいものを見るような目で見送る。
そんな彼に、文子ちゃんがポツリと零す。
「次は広島に”来る”んですね?」
何が来るのか。それはもう、この世界の軍人なら誰もが知るところである。
雷門様は文子ちゃんに背を向けながら、「ああ、そうだ」と返した。
「上海を襲ったアグレスの一部が先日、大分の別府湾近海で目撃された。奴らの侵攻ルートから考えて、来週にも広島湾へ上陸する可能性が高い」
「分かりました」
文子ちゃんが静かに頷くと、雷門様は文子ちゃんの方へ振り返り、静かに首を振った。
「文子。お前はここに残れ」
「…えっ?」
文子ちゃんが驚きで固まる。きっと、今までにそんなことを言われたことがなかったのだろう。
そこに、雷門様は立て続けに言葉を継ぎ足す。
「鶴中尉の訃報を聞いて、沖縄の親族がこちらへ向かっているそうだ。向こうでも葬式を挙げたいから、遺体を引き取ると言っている。お前には、その親族達の対応を任せたい」
「そんな、でも、隊長は…」
「俺は1人で任務にあたる。なに、何の心配もあるまい。なにせ、俺は天下のSランク様だぞ?ただ有象無象を焼き焦がすだけなら、俺一人で十分。お前の細やかで見事な変身能力は、また別の任務に役に立てるべきだ」
それになと、雷門様は続ける。
「お前はお鶴と1番仲が良かった。だからよ、東京に来た鶴の親族達に、鶴の思い出話を沢山してやってくれ」
「分か…りました…」
文子ちゃんは、何処か煮え切らない態度で頷いた。
きっと、自分がいない間に雷門様にもしもがあったらと心配しているのだろう。
見たところ、彼女達は常に3人で行動していた。だから、雷門様まで何かあったらと怖いのだ。
そんな彼女を見て、雷門様は再び横を向く。
「君にも頼めるか?石井少佐」
「俺ですかい?まぁ元々、東京防衛の任を受け持っているんでねぇ、文子ちゃんの面倒くらいは朝飯前でさぁ」
「少佐!面倒って…私はもう二十歳を超えたんですよ?」
「おっと、わりぃ。子供の成長は早いもんだ」
「子供じゃありません!」
少し明るくなった文子ちゃんを見て、雷門様は漸く笑った。
そのまま、彼は2人に背を向ける。
式場を後にした彼の形相は、既に修羅へと変貌していた。
場面が切り替わる。
相変わらず済んだ青空の下で、真っ赤な絨毯が敷き詰められたステージに、徽章を沢山付けた女性達が立ち並び、そのステージの前にはずらりと木製椅子が置かれていた。
椅子には、背筋を伸ばした多くの軍人達が詰めかけており、その椅子に腰を下ろし、緊張で顔を赤らめて正面のステージを睨みつけていた。
誰一人身じろぎもせずに制止する空間。
緊張が、空気にまで伝播するような荘厳な場所。
そんな中を1人だけ、闊歩する人物がいた。真っ白な髪をテンポよく揺らし、威風堂々と肩で風を切って進んでいるその姿は、彼がこの舞台の主役だと知らしめているようだった。
周囲の軍人達は必死に目だけを動かして、彼の姿を1秒でも長く目に焼き付けようとし、ステージの手前で構えていた記者達は、太陽よりも眩いフラッシュを彼に焚き続ける。
そんな彼女達の挙動を気にする素振りも見せず、雷門様は変わらずにど真ん中を進み続け、最前列に着くと開いていた椅子にどかりっと腰を落とした。
皆が静止する中で、彼は隣に座る文子ちゃんに声を掛ける。
「文子。お鶴さんの迎えは来たか?」
「はい。ゴホッ。お鶴さんのお姉さんがいらっしゃって、棺ごと連れて帰りました。式には是非、私と雷門隊長も来てくれと言われ、ゴホッ、ゴホッ」
「どうした?文。風邪を引いたか?」
「はい。最近、軍の間で流行病が広がっていて。私もそれに掛かってしまったみたいです。でも大丈夫ですよ?私はまだ軽い方で、中には寝込まれてしまった方もいます。石井中佐も、今日の表彰は登壇せずに見送るそうで、ゴホッ」
どうやら、軍人達の顔が赤いのは、緊張のせいではないようだった。石井しょう…中佐も、後ろの席でぐったりと首を落としている。どうやら寝ているようだが、誰も彼を咎めようとしていない。それだけ調子が悪く、それでも式典だけは参加しようとしているのだ。
苦しそうな文子ちゃんに、雷門様まで辛そうな顔をする。
「そうか。式が終わったら直ぐに休め。いや、今からでも構わん。俺が許す」
「私が許しませんよ。ゴホッ。だって、雷門隊長の晴れ舞台じゃないですか。聞きましたよ?広島と長崎のこと。凄い活躍だったそうじゃないですか。だから、石井中佐もああして、無理に、ゴホッ」
文子ちゃんが怒ったような顔を向けると、雷門様は取り繕った困り顔で腕を組む。
「ふんっ。ただ群がるアグレスを焼き焦がしただけだ。長崎では、秋山大将に討伐数で負けてしまったからな」
「現役大将に張り合うだけ凄い事ですよ。ゴホッ。これは噂通り、今日の式典で佐官から将官への昇進でしょうか?」
「あくまで噂だ。それに、俺はそんな事を望んでいない。望むのはただこの日本から…世界から、アグレスを殲滅する事だけだ」
雷門様がバチバチッと静電気を立てた時、式が始まる。
偉い人の演説が長々と続き、戦死した英霊に敬礼と言って、左を向いて敬礼していた。それに習い、観客席で立っていた軍人達も敬礼する。
彼女達の視線の遥か先には、確かに墓地があった。
式典会場に併設して、かなり大きめの墓地が設けられていた。
あれが、戦死した仲間達なのだろう。
式典会場の近くには、真新しい棺桶も置かれている。
また、能力熱に命を奪われた者達の遺体だ。今回のは、以前の授与式で見た何倍もの数となっている。
…そんなにFの数を確保出来る様になったのだろうか?それとも、流行病も一緒になっている?
『続いて、授与式に移る』
ここで漸く、授与式となった。
何人もの軍人が壇上に呼ばれ、徽章とお褒めの言葉を秋山大将から貰う。
そして、雷門様の番となる。
彼にも徽章と言葉が送られ、また大佐から少将への昇格も発表された。
「「「おぉおおお!」」」
軍人達はスタンディングオベーションだ。
とうとう将官にまで登り詰めた雷門様に、惜しみない拍手が送られ、無遠慮なカメラのフラッシュまで追い討ちを掛けてくる。
それでも、雷門様は動じない。フラッシュに目を閉じることもなく、秋山大将と握手をしながら片手を挙げる。
Sランクの彼が手を挙げると、女性達は更に盛り上がる。無闇に歓声は出せないみたいで、拍手を強くして興奮を吐き出す。吐き出し切れなかった者は、更に顔を赤くして、胸の内の喜びを表す。
そして、興奮が最高潮にまで達すると、とうとうその場に倒れ込む人達が出はじめた。
給仕係が、彼女達を異能力で持ち上げて、会場の端っこに寝かせる。失神した人が多いので、とりあえずの処置だ。
待機していた軍医が駆け寄り、彼女達の介抱をする。
そして、叫んだ。
「ただの失神じゃない!これは、能力熱だ!」
彼の声で、会場の拍手は一斉に止んだ。
軍人達の間で、緊張が走る。
「能力熱だって?あれって、Fを飲むと起きる病気でしょ?」
「佐藤少佐も飲んでたの?」
「分からない。でも、宮原軍曹は飲んでないぞ。上官の私が許可していないからな」
「では、なんで?」
Fを飲んでいないのに、これだけ多くの人が能力熱に倒れる。
それを見て、文子ちゃんは震え出す。きっと、彼女の症状がツルさんと似ていると思ったからだ。彼女の様になるのではと、真っ赤な顔で歯を打ち鳴らす。
不安で押し潰されそうな彼女達に、更なる悲鳴が降りかかる。
周囲を固めていた記者だ。
「きゃぁあああ!」
「なっ、なんだと!?」
驚く彼女達の視線。その先にあったのは、
「棺桶が、死者が蘇ったぞ!」
棺桶が破壊され、その中からゆらりと戦死者が立ち上がっていた。彼らは青い顔のまま、フラリ、フラリと、覚束無い千鳥足でこちらへと近づいて来る。
その様子を見て、軍人達は固まった。その死者と面識がある者ばかりで、最後を看取った者もいたからだ。彼らが生き返るなんてあり得ないと、理解が出来ずにフリーズしていた。
そんな彼女達とは反対に、記者達の動きは素早かった。
彼女達は狂った様にカメラのフラッシュを焚き、必死にペンを走らせる。
時間遡行の異能力であっても、死後数時間が経ってしまえば蘇ることは叶わない。だからこれは、新たな異能力だ。
そうとでも思ったのか、記者は目を輝かせて戦死者へと突っ込んでいく。我先にと新情報を得ようと躍り出る。
その先頭を走っていた数人の女性記者は、次の瞬間、頭部を一瞬で失った。
「…えっ?」
「あっ?えっ?」
彼女達の後ろを追っていた女性達は、何が起きたか分からずに、呆然と立ち止まった。
だが、直ぐに理解する。頭部が無くなった者達から、鮮血が吹き上がるのを目の当たりにして。
そして、
「い、いやぁああああ!!」
「うわぁあああ!!」
叫ぶ。
目の前の濃厚な死を目の当たりにして、金切声を上げた。
加えて、目にした。戦死者達が、風の刃を振り回している場面を。
その刃には、べっとりと女性記者達の返り血が付着していた。
「死んだ?殺された!?軍人が私達に、異能力を向けてきた!」
「噓でしょ!?こんな、そんなっ!」
「やばい!早く逃げっ…ぐぁ!」
踵を返して逃げ出す、女性記者達。だがすぐに、彼女達の背中に無数の異能力が突き立てられる。
非戦闘員の彼女達。その背に、死者達は容赦なく異能力を放出していた。
「殺ス。アグレス、は殺ス」
「日本、を、侵略スる、アグレス共を、1匹、残らズ殲滅、すル」
「コロして、ヤる。戦友の敵ヲ、討つんダ」
綺麗な礼服を着せられた戦死者達は、その体に真っ赤な返り血を浴びながら、守るべき市民の死体を踏みつけて、前へ前へと進み続ける。
ただ、純粋な殺意を携えて。