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400話(2/2)~立候補します~

※臨時投稿です。昨日も投稿していますので、読み飛ばしにご注意ください。

中城(なかぐす)湾戦の後、秋山大将が前線に姿を現すことは無くなった。

Sランクと言う強大な力で支えていた前線は直ぐさま崩壊し、陸軍は中部の街を捨てて、住人達と一緒に南部の那覇本部へと移動する事となった。


「くそっ!慶良間(けらま)諸島、慶伊瀬(けいせ)島に続いて、中城(なかぐす)まで落とされるなんて…」


何とか那覇本部へ到着し、早速会議をするという事で会議室に入った隊長さん達。それまでジッと我慢していた感情が、小さな声と共に漏れ出てしまっていた。

まだ誰も来ていないからいいものの、誰かに聞かれないかと、給仕係の文子ちゃんは壁際でそわそわしている。

そんな中、ツルさんが彼を慰める。


「大丈夫ですよ、隊長。ここには、大本営が送って来てくれた物資もあります。人員だって、徐々に集まってきていると聞きますし」

「だが、Sランクは居ない。送られてくる隊員は、DCランクの新兵ばかりだろう。昨夜のアグレス急襲で、秋山大将の魔力は完全に底をついた。もう我々に、奴らを止める術は残されていない」

「それは…」


ツルさんも口を噤む。もう、大丈夫だとは言えなくなっていた。

彼女も、隊長さんと同じ考えだったのだ。秋山大将が倒れ、ここまで追いつめられた自分達に先がない事など、言われる前から分かっていた。


暗く沈む2人に、何と声を掛けるべきだろうか?と文子ちゃんは視線を彷徨わせる。

すると突然、会議室の扉が開かれた。

入って来たのは、他の隊の指揮官達。そしてその一番後ろには、真っ赤な髪をだらりと垂らし、真っ青な顔で杖を突く秋山大将が入って来た。

今にも倒れそうな大将を目にして、文子ちゃんが慌てて駆け寄る。

でも、


「良い。そのままでいなさい」


大将は言葉短く制止し、会議室の一番奥の席へと座る。

彼女に続いて他の指揮官達も全員着席すると、それを確認した隊長さんも席に座り、その後ろにツルさんが立った。

大将が姿勢を正し、肘をついて前のめりに構えた。


「先ずは戦況を報告せよ、日下部(くさかべ)少尉」

「はっ!」


入り口付近に居た軍人が、秋山大将からの指名に短く返事をし、絶望的な戦況を伝える。それが終わると、大将は小さく息を吐いてから全体に言葉を投げかける。


「聞いての通り、戦況は極めて厳しい局面を迎えている。明日の朝にも、アグレスの本隊がここへと到着し、総力戦へともつれ込むだろう。奴らの戦力はこの瞬間にも増大しており、奴らが通った後には雑草一本も残りはしない。この大津波を止めるだけの戦力が、今の我らには残されてはいない」


大将の弱音に、会議室はザワザワと空気が淀む。逃げるべきでは?沖縄を捨てる気か!ではどうすればいいと、指揮官同士が小声で言い争う言葉が至る所で飛び交った。

それを遮るように、秋山大将がドンッ!と、固く握った拳で机を叩いた。

全員が顔を引きつらせて彼女の方を見ると、大将は強い瞳で指揮官達を睨み返した。


「だが君達の決意によっては、奴らを殲滅できる術が残されている」

「決意?」

「一体…何を言われているのです?大将閣下」


訳が分からないと狼狽する指揮官達を見て、秋山大将は目を伏せる。机の上に叩きつけた己の拳を見て、その拳をゆっくりと開いた。

そこから、何かが机の上を転がった。

それは、小瓶。青い液体が入った、手のひらサイズの小瓶だった。


「これは、列強各国で使用されていた”F(エフ)"と呼ばれる魔力増強剤である。個人差はあるものの、使えばたちまち強力な力を得ることが出来る。ソ連やアメリカでは、これでCランクからSランクにまで登り詰めた事例もあると聞く」

「「「おぉおおおっ!」」」


指揮官達が一斉に湧き立つ。絶望しかなかった未来に、確かな希望の光が灯った。

この中の誰かがSランクに登り詰めれば、秋山大将の穴を埋められる。

絶望的な戦況を、覆せる。


「閣下。質問をよろしいでしょうか?」


喜ぶ指揮官達の中で、隊長さんが静かに手を上げた。

それに、秋山大将は重々しく頷く。


「質問を許す。大門大尉」

「ありがとうございます。その様に強力な薬がありながら、何故このような状況になるまで使用されなかったのでしょうか?もっと早くに使用していれば、住人にも我々にも被害が出なかったものと愚行致します。数に限りがあるという事でしょうか?それとも、副作用か何かがあるとか?」

「ああ、当然の疑問だな」


秋山大将はそう呟き、少しだけ目を閉じた。

でも、直ぐに目を開けて、隊長さんを真っ直ぐに捉える。


「確かに、貴重な品であることには間違いない。ここにも、これを含めて僅か17本しか回って来なかった」

「17本か」

「少ないな。やはり、Aランクに使うべきか」

「最上位種に使うべきであろう?」

「いや、ここは我々の様に、優秀な者が使うべきだ」


17と言う数字を聞いて、指揮官達は顔を突き合わせて目を光らせる。自分が欲しいと、欲丸出しの表情だ。

行きかう彼女達の視線。それを、大将は「おっほんっ!」と大きな咳一つで引き戻す。


「加えて、このFを使った事での死亡事例が報告されている。未熟なものがこれを使えば、体が耐えきれなくなり自滅すると聞いている。それ故に、アメリカではFの製造と使用が禁止され、今では各国にも同調を促している状況だ。だからこそ、これだけ貴重な品となっているのだ」

「「「…」」」


指揮官達の間に、緊張が走る。

隊長さんが、再び手を上げる。


「致死率は、どれ程なのでしょう」

「明確な数字は公表されていない。だが、アメリカの大使から聞き出したところでは、半数近くに上るとの話だ」

「「「…っ!?」」」


半分が死ぬ。

それを聞いて、指揮官達は固まる。我先にと光らせていた目を伏せて、お前が使えと無言の押し付け合いが始まる。

そこに、再び隊長さんが手を上げる。


「立候補します、秋山大将閣下。私にFの使用許可を頂きたい」

「うむ。素晴らしい決断だ、大門大尉。君は日本陸軍の、いや、日本国の誇りだ」


秋山大将は立ち上がり、杖を突きながら隊長さんに近づいて、固い握手をする。

とても名誉ある事。なのに、他の指揮官は誰もそれに続こうとしなかった。

それを見て、隊長さんの後ろに居たツルさんも、小さく手を上げた。


「閣下。僭越ながら、私めにもご許可を頂きたい」

「うむ。ツル軍曹、か。うっ…む」


隊長さんの時とは違い、大将は褒めずに言い淀んだ。

そして、徐に口を開く。


「これは噂程度に聞いて欲しいのだが、Fの致死率は男性の方が低いという話がある。男性の生存報告が多く寄せられているとな。故に、男性隊員を優先したいと私は思っていたが…」

「構いません。私は、大門隊長の右腕であり、指導役ですので」


ツルさんの変わらぬ熱意に、大将は「そうか」と一言だけ呟いて、ジャケットの内側からFを渡した。


「俺も良いですかい?閣下」


ツルさんがFを受け取っていると、向こうの方から声が上がる。

指揮官の後ろに立つ男性隊員だ。

大将の目が、男性を鋭く突き刺す。


「君は?」

「俺は、73部隊の石井少尉です。その薬品に興味もありますし、なにより、俺は前の戦場でその人に助けられました。だから、拾われた命を返したいって思ってるんでさぁ」


彼は軽く手を振った後に、ツルさんを指さした。

ああ、確かに。この人、漁村での戦いで逃げる途中、ツルさんにピックアップされた男性だ。


「そうか。分かった。他に希望者はいないのか?」


秋山大将の呼びかけに、今度こそ誰も反応しなくなった。

結局この日、Fを使用したのは大門隊長とツルさん、そして石井少尉の3名だけであった。



そして、次の日。

早朝。

まだ日が昇り切っていない薄暗い空に、眩い光が走る。


ゴロ…ゴロゴロ…。


「おらぁああ!!」


ズッドンッ!!!


沖縄の空に雷鳴が轟き、地表へ極太の雷撃が降り注いだ。

地表を埋め尽くす程に群がっていたアグレス共は、その一撃で半数が吹き飛び、残った奴らも地面を走る電撃に痺れて倒れ伏した。

そこに、再び光が襲い掛かる。


「てめぇら全部、焼き焦がしてやるぜ!」


バァアアンッ!!


無数の雷撃を纏わせた男性が残ったアグレスの群れに飛び込み、光の刀を振り回す。遠くまで伸びた刀身は、一振りするだけで地表で倒れ伏すアグレスを一掃する。

アグレスが全て消え去った大地を踏みしめ、男性は真っ白になった髪をかき上げる。


「ふぅ…」

「大門隊長」


白髪の男性に、大柄な真っ黒のフルアーマーが駆け寄る。

黒騎士が兜を取ると、そこからは少し厳しい目のツルさんが現れた。


「あまり先行しないで下さい。もしも伏兵が居たら…」

「そんなもの、この俺が全て焼き焦がした後だよ」

「ひゅ~♩やりますねぇ、大門大尉。いや、今は少佐でしたねぇ」


口笛を吹いて2人に近づいたのは、ライフル銃を担いだ石井少尉だった。

何処か軽い態度の少尉だったが、次の瞬間には徐にライフル銃を構えて、その引き金を引いた。

途端、黒こげの地面の中から白い靄が浮かび上がり、そのまま消えていった。

どうやら、本当に伏兵が居たみたいだ。きっと、隊長さんの一撃で吹き飛ばされた土砂に埋もれた個体だろう。


「どうですかい?俺の腕も、なかなかのもんでしょ?残りの雑魚は全部、俺が撃ち抜いておきますよ。だから、お2人はこの先に居る大部隊を殲滅してくだせぇ」

「見えるのですか?石井大尉」


ツルさんが問いかけると、石井少尉…石井大尉は手で輪っかを作って、それを覗き込む。


「あーっと。大規模部隊がここから4㎞先の山奥を進んでいますねぇ。んでもって、12㎞先の浜辺にも、上がって来たばかりの奴らが大量にたむろってますわ。浜辺の奴らは、今は止まってますねぇ。幽霊みたいに彷徨ってらぁ」

「…良く見えますね?そんな遠くまで。貴方の異能力は、遠視ではなかった筈では?」

「まぁ、魔力がAまで上がってますからねぇ。だから、透視でもここまで出来るんでしょ?良く分からんですけど」


石井大尉は適当に返しながら、再びライフル銃の引き金を絞る。

それを見て、隊長さんは前を向く。石井大尉が示した方向を指さして、唸るように声を上げた。


「ここは石井大尉に任せて、俺達は進むぞ、鶴准尉。俺達の力で、沖縄からアグレスを殲滅するんだ」

「ええ。了解しました、大門少佐。貴方の背中はお任せください」


ツルさんは勇ましく返すと、支給品で貰った真っ黒い大剣を肩に担ぐ。

そして、掛けだす。アグレスによって蹂躙された大地を、2人は駆け向ける。

まるで風の様に駆け抜ける2人に、他の軍人達は追いつけない。

Aランクにまで上がったツルさんは、一足で田畑を飛び越える程の跳躍力を見せ、まるで空を飛んでいる様に駆け抜ける。

そして、Sランクの力を手に入れた大門隊長は、誰も目で捉えることの出来ない音速で、地を、空を、真っ直ぐに突き抜けて行った。


それから程なくして、沖縄がアグレスの脅威から脱したと言う要らせが、那覇本部へと舞い込むのだった。

F…これが、ディ大佐が懸念していた物。

ランクを底上げするなんて、凄い薬物です…。


「このような危険な薬物に頼る程、人類は追いつめられていたのだな」

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― 新着の感想 ―
ディ大佐の懸念(313話)は大袈裟だと思う。「F」が魔力増強(2ランク分?)のみをもたらす薬物ならば。 九死に一生の福音・起死回生の成算である護国の力を獲得した以外の何かが、服用者たちに起きたのだろう…
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