40話~次は北海道の鮭が良い~
暫くは日常回…特区の日常回が続きます。
チャイムが鳴る。
お嬢様学校とは言え、チャイムの音は特区の外と一緒であった。
そして、授業が始まる。
とは言え、今日はどの科目も授業はお休みで、昨日に引き続きオリエンテーションを行う。この学校の設備説明や、学校生活における注意事項、部活の紹介などもあるらしい。本格的に勉強が始まるのは、明日からとの事。
一時限目は校内の簡単な案内ビデオを鑑賞し、二時限目からは班ごとに分かれて校内の探索を行う事となった。
班員は、席の近い人達で6人1班とし、今後もこの班での行動が多くなるらしい。
早速、同じ班になった者同士で自己紹介を行う。
西風さん、若葉さん、本田さんに加え、ブルブル震えていた男性恐怖症の林さんと、今もぽけ~っとした表情を隠さない白井さん。昨日も行った自己紹介を繰り返した後は、みんなの出身学校等や趣味などの話に移っていった。
真っ先に手を上げて、先陣を切るのは若葉さんだ。
「私の趣味はカメラと取材!綺麗な景色と美味しい得ダネがあれば生きていけます!」
「うん。もう貴女のキャラクターは良く分かってるわ!」
若葉さんのボケ?に突っ込む本田さん。何だかんだ言って、親しき間柄になりつつあるのを感じる。
西風さんと若葉さん、そして先ほどの鶴海さんは一緒の小学校出身で、林さん、白井さん、本田さんが一緒の小学校らしい。
この桜城学園を受けるのには、それなりの学力が求められるので、有名私立小学校が固まって受験するのが常なのだとか。
その分、蔵人のような完全外部生は珍しいとの事。蔵人の場合、本当に外から来ているから余計にである。
「女子では偶にあるけど、男の子で外から来るのってそうそうないからね。凄い貴重な存在だよ」
というのが若葉さん談である。
珍しいのは分かったから、執拗にカメラを向けるのは止めて頂きたい。
学校探検改め、学校の施設を目の当たりにして驚愕する会は無事に終了した。
もう、何から何までスケールもグレードも違い過ぎて、蔵人は頭がおかしくなりそうだった。
校舎が何棟もあるのは外から見て分かっていたが、音楽室や視聴覚室が3つも4つもあったり、運動場が陸上競技会でも開けそうな広さと設備であったりと、この学校を建てるのにどれだけの費用が必要なのか考えるのも恐ろしかった。
恐怖の見学会が終了した後は、学校の決まり事を担任の先生から聞かされる。
遅刻しない、校内の器物破損をしない等の常識的なコンプライアンスは軽く流され、小テストが毎月ある事や、期末には期末テストがある事。異能力試験みたいなもの(ランキング戦?)も後期に実施され、テストとランキング戦の結果を総合して、学年末に通信簿を付けられるのだとか。
そうして3年間の成績によっては、Cランクでも学校推薦が受けられるようになり、特にランキング戦の成績が良ければ、高等部への推薦枠にもノミネートされるとのこと。
実力主義である事を隠すことなく示されて、嫌でも競争意識が芽生える仕組みだ。
ちなみに、蔵人が1番気にしていた、昨日の校内乱闘騒ぎについてだが、話の隙間にすら現れなかった。
もしかしたら、何か黒い力でもみ消されたんじゃないだろうか。そうでなければ、異能力による無許可の戦闘行為は認められておらず、悪質な場合は退学の2文字も見えてくるからだ。
退学どころか注意も受けないのは...流石Aランク?それとも九条家と言うべきか?
昼食は、折角だから班で食べようという事になった。校内見学会などを通して、この6人は随分と親しく会話できるくらいの仲になったからだろう。
相変わらず、林さんは蔵人とは目も合わせようとしないが、他の娘達とは、普通の会話が出来るようになっていた。
だが、いざ集まってお弁当を広げようという時に問題が起きた。
弁当を持参している人と、していない人が出てきてしまったのだ。
ちなみに、蔵人は持参していない。完全に学食目当てだったから。
「じゃあ、学食に行こうよ!お弁当組も持参して、一緒のテーブルで食べよう!」
「無理無理。お昼始まって直ぐに行かないと、学食は凄い混むみたいよ。今じゃ座れないって」
元気よく手を上げた西風さんの提案を、本田さんが止める。なんでも、本田さんはお姉さんがここの卒業生らしく、桜城校内の事情にある程度精通しているらしい。
確かに、本田さんは校内見学会で殆ど驚いていなかったのだが、そういうカラクリだったのね。彼女の家が同じくらい豪勢なのかと勘ぐってしまったよ。
その本田さん曰く、学食という名の高級レストランは空いていないらしい。ならば、
「では、購買部はどうかな?」
そう、蔵人が提案した。
この学校、購買部も設置されている。蔵人は入試試験の1日目、そこでお弁当を買ったので、道順も覚えている。
購買部と言うか、某大型ショッピングモールのような施設で、文具、食料は勿論。スポーツ用品や家具家電なんかも売ってる総合デパートだ。特に食料品は豊富で、各地のご当地グルメ弁当なんかも売っていたのだ。
のだが、
「購買部は遠いよ。ここから往復だけで20分くらいかかるかな?」
若葉さんが言う通り、購買部は少し離れた区域にあるので、この教室棟からは少し遠い。
買い物をする時間も含めると、急いでも30分は掛かるだろう。昼は12時から13時までの1時間なので、間に合いはするが、弁当組を大いに待たせる事になる。
ちなみに、弁当なし組は蔵人のほかに、西風さんと白井さんだ。西風さんは蔵人と一緒で学食を考えていて、白井さんは…えっ?持ってきたのが少なかったのか?サンドイッチ一つとか、それであれば確かに足りない。
さて、どうするのか。
簡単だ、普通に歩かなければいいだけの事。
「なら、俺が速攻で買ってこよう。なに、10分で帰ってくる。西風さん、白井さん。何が食べたい?」
蔵人が席を立ちながら、弁当無し組の2人に問う。
「ええっ、いいの?じゃあ、僕はお肉!ボリュームたっぷりの!」
栗毛色のポニーテールを元気よく跳ねさせて、西風さんが顔を輝かせる。
「お魚がいい」
小さな手を上げて、白井さんが表情少なく発現する。無表情だが、声色は少し高くなっており、目の奥は輝いている。彼女なりに期待を寄せているのだろうな。
そんな彼女が、続けて言う。
「あと揚げ物」
「えっ?魚の揚げ物?」
魚の揚げ物か…。あるかな?
蔵人が思案していると、白井さんは首を振って驚きの発言をする。
「ううん。お魚と、揚げ物。お弁当2つ」
「……」
この小さな体のどこに、そんなに入るんだ?
蔵人は、白井さんを驚きの表情で見返し、彼女の手元に立派なお弁当箱があるのを発見して、更なる驚きで一瞬固まってしまった。
……おっと、イカンイカン。それは個人の自由だ。
蔵人が雑念を振り飛ばしていると、本田さんが手を振って2人を制す。
「ちょっと、2人共、なに当然の様に巻島君を使おうとしているの?男の子をパシリに使うなんて、聞いたことないからね?巻島君も本気にしないでね?この2人の悪ふざ…け…」
しかし、本田さんが蔵人に謝ろうと振り返った時、蔵人は既に盾に乗っていて、準備万端なスケボースタイルを構築し終えたところだった。
「えっ?ま、巻島くん…何を?」
「では、行ってくる」
蔵人はそう言い残し、出ていった。
3階の、教室の窓から。
「って、えぇえええ!!?!?」
本田さんの絶叫を背に、蔵人は風を切りながら空を滑り降りる。
こうすれば、購買部までなんてあっという間だ。異能力での移動を制限する校則は無いからね。異能力での戦闘でなければ、そこら辺は緩いのがこの世界だ。
…それから10分後…。
蔵人は宣言通りに、速攻で購買部に突撃し、見事弁当4つを抱えて戻ってきた。
「巻島君、貴方さっき空を...いや、なんでもない」
帰ってきた時、本田さんが呆れた様な、疲れた顔で蔵人を見ていたのが印象的だった。
昼食を食べた後、残り時間も班内で談笑する。
先ほどの蔵人の行動もあったからか、班内の雰囲気も随分と柔らかくなった。特に、今まであまり喋らなかった白井さんも、会話に入る様になってきた。
「次は北海道の鮭が良い」
キラキラした目で蔵人を見上げて、早速翌日の予約をする白井さん。
白井さんは、購買部の魚が気に入ったみたいだった。
ちなみに、お金は後払いで貰った。余分に渡そうとする白井さん達だったが、そこはしっかりと区別しないと。お金の貸し借りは、友情を壊しかねないからね。
蔵人は今日の総菜売り場を思い返しながら、小さく唸る。
「う~ん…。鮭あったかな?マスならあったから、そっちにする?」
「それが良い」
蔵人が提案すると、親指をサムズアップして答える白井さん。
「いや、事前に買ってきなよ」
それを本田さんが突っ込む。
うん、確かに、ごもっとも。
しかし、白井さんは首を振る。
「窓から飛ぶの、また見たい」
「そっちが本音!?」
楽しそうにじゃれ合う2人。
本田さんは、少し疲れが見える。ツッコミ役が1人で大変そうだ。
そんな穏やかな昼下がりの後には、引き続きレクリエーションが再開される。次に催されるのは、1年生全員が第一文化部棟に集まって行われる、部活紹介であった。
桜城では、必ずどこかの部活に入っていなければならず、帰宅部は許されない。
とは言え、部活は運動系だけでなく、文化系もあるので、体を動かすのが苦手な子も安心して部活を選べる。
殆ど毎日遅くまで練習している部活もあれば、週に2,3日だけの緩い部活もあるらしいから、習い事などで忙しい子もニッコリだ。
普段演劇部が使用しているらしい第一文化部棟の1階は、まるでオペラハウスのような構造だ。蔵人達は2段目の客席に座り、広大な舞台の上に1人の女子生徒が躍り出たのを見下ろしていた。どうも、あの娘は生徒会の役員らしい。
「ではこれから、各部の代表者による部活説明会を始めます!一年生の皆さんは、興味がある部活を見つけて、後で部活見学に参加してください。ここでしっかりと説明を聞いて、後で見学をして、ここだ!と思う部活を見つけてくださいね!では、先ずは異能力ファランクス部からです!」
「はい!私達ファランクス部は、夏のビッグゲームに向けて、日々練習を重ねています!過去には全国大会にも出たことがある部活で、今年は…」
生徒会の娘が下がると、ステージに複数人の女子生徒らしき人達が駆け寄る。
らしき、と断定できない理由は、彼女達が白い甲冑を着こんでしまい、顔が見えないのからである。
唯一顔を晒しているのは、中央に立った女子生徒だけである。スポットライトに照らされた黒髪の先輩が、一生懸命に部のいい所を説明してくれる。
言葉だけではなくて、後ろに居た白銀の騎士達が隊列を組んで、活動の実演なんかも見せてくれた。
かなり本格的だな。流石、名門校の部活は違う。
「はい!ありがとうございました。次は男子バスケットボール部の紹介です!部員の皆さん!よろしくお願いします!」
「俺達の部活は、名前の通り男子だけの部活だ!肩身の狭い思いをしている男子諸君!俺達の所に来い!ここは桜城で唯一の憩いの場所だ!」
「吹奏楽部よりも女子が少ないぞ!天国だぞ!」
「バスケが好きな奴も来い!練習もするぞ!」
次に出て来た男の子達は…これは部活紹介なのか?ただ突っ立っているだけで、言いたいことを叫んでいるだけのように見える。
その叫ぶ内容も、かなりおかしい。練習もするぞ!じゃなくて、練習するのが当たり前じゃないのか?
そう思っているのは、蔵人だけみたいだ。
「バスケットかぁ。身長低い僕でも出来るかなぁ?」
佐藤君が心配そうに呟く。でも、目は期待に満ちた色をしている。今まで紹介されてきた部活動には、目もくれていなかったのに。
「俺は元々、バスケ部入ろうと思ってたんよ。佐藤君もやろうぜ」
鈴木君も同様だ。どの部活も、男子のマネージャーを熱望していたのだが、それに対して「やるわけないやん」と鼻で笑っていたのに、彼らのお誘いには前向きに考えているらしい。
2人の様に、男子バスケ部に魅力を感じる男子はそれなりにいるみたいだ。各クラスで男子の囁きが大きくなっていく。
「僕はいいや。体より頭を使いたいからね」
吉留君は魅力を感じないらしい。いつの間にか、近くにいた渡辺君も頷いている。そういうインドア派の男子も結構いるみたいだ。各クラスの男子で、首を振っている子も見かけた。
人それぞれだな。
勿論、蔵人は運動系、できれば異能力に直結する部活を選ぶつもりだ。そして、その目に留まったのは3つの部活。異能力シングル部、チーム部、セクション部。
それぞれが異能力戦各部門での優勝を目指す部活で、掛け持ちも可能だが、練習は過酷である事からオススメはしないと説明された。
また、人気部活なので、異能力の種類やランク次第で足切りされる可能がそれぞれ大きいと言われた。
特にシングル部は、ほとんどの枠がスポーツ推薦で埋まっているので、募集しているのはサポーターやマネージャーだけだと宣言していた。
その3部活は積極的に募集を掛けていないみたいで、ファランクス部みたいに実演も無かった。部長さんらしき人が注意事項を述べただけで下がってしまい、少し残念にも思う蔵人。
だが、裏を返せば、それだけ集客に自信があるという事だろう。現に、周囲の女子生徒の中には、異能力部に絶対入りたいという娘も見受けられた。
「シングル部が良いわね。入るだけでも箔が着くわ」
「チーム部だって、一昨年は関東大会まで出る強豪よ?入部の可能性で言えば、チームが狙い処よね」
「私はセクションに入りたいわ。私のソイルキネシスは防御寄りだから、そっちの方が活躍できそう」
中々の盛り上がりだ。聞いてるだけでワクワクする蔵人。
他の有力候補としては、最初に説明があった13対13の大規模異能力戦のファランクス部や、空手部、柔道部、合気道部などの各種格闘技部活も面白そうだ。
サッカーや野球の球技も、異能力を使う競技らしく、面白そうではある。だが、蔵人の目的からは遠い。体力向上や友好関係の構築がメインではなく、いざという時の戦う力が欲しいのだ。そう考えると、文化系部活に至っては検討の余地もない。
やはり、無茶で無謀と言われようと、異能力戦関係の部活に入りたい。第一希望は...シングル部か。推薦で埋まっていると言うが、ダメもとで聞きに行こう。
それでダメなら、チーム部だ。慶太と頼人でチームを組むのも良いな。若葉さんや本田さんも誘ってセクション部に入るのも夢がある。
蔵人は、部活動見学が解禁される放課後が、待ち遠しくなった。
主人公は相変わらず、はっちゃけていますね…。
部活動は、異能力部に行こうとしていますが、どうなるのでしょうか…。
イノセスメモ:
白井雪乃…大喰らい。
林映美…震えは止まった?
本田彩香…突っ込み役。