396話(2/2)~30分後に移動を開始する~
※臨時投稿です。昨日も投稿していますので、読み飛ばしにご注意ください。
それからも、試合は小休止を挟みながら繰り返されていった。
大量ベイルアウトを量産していた伏見さんや慶太、海麗先輩などは徐々に出場頻度が少なくなっていき、目立っていない選手達の出場頻度が上がっていった。
伏見さん達がいると、他の選手達の見せ場が無くなると思われたのか。もしくは、既に彼女達が出場を確定させたからなのか。
「皆さ~ん。焦らずにじっくり行きましょう。焦れば結果も逃げていきますよ!」
そして何故か、蔵人の出場頻度も上がっていた。
期待していた無双が見れないから、フィールドに居る時間を確保しようとしているのか。はたまた、またこのお節介のせいなのか。
評価者達をやきもきさせてしまっている証拠かもしれない。だが、これは好都合だ。蔵人は、なるべく多くの人にアドバイスをしながら、戦線をコントロールしていく。
「獅子王の8番さん。もっと前に出て弾幕を撃って下さい。貴女のパイロキネシスは中距離の方が威力があるみたいですから、近づいてしまう方が脅威は減りますよ!」
「円さん。貴女は前に出過ぎです。敵を倒す事より、ご自身が帰還することを第一と考えて下さい」
「黒騎士様が、私を案じて下さっています!分かりましたわ。この試合、貴方様の元から一歩も動きません!」
「いやいや。それだと選考から落ちますよ!?」
極端すぎるんだよな、、円さんは。
扱いの難しい選手に苦労するも、順調にフィールドをコントロールする蔵人。
だが、それもそこまでだった。
「ぎゃっ!」
「やばっ!右翼がやられた!」
「左翼も押し上げてきてる!」
急に、敵の動きが鋭くなった。
何が起きたのだろうかと、蔵人はシールドファランクスの上から敵陣を覗き込むと、
「左翼は前進!右翼はそのまま、相手を引き付けるように後退して。相手が前に出たら、すかさず中央が前に!」
敵陣のど真ん中で、鶴海さんが指揮を執っていた。
こいつは…厄介だ。
蔵人は急いで、右翼に声を掛ける。
「引っ張られるな!総員、盾に合わせて単横陣を敷け!」
「「「はいっ!」」」
「相手が引いたわ!皆さんの攻撃が効いている証拠ですよ!」
「「「おおおっ!!」」」
「マジか!」
「黒騎士を押している!?」
「さぁ!今の内に、中央はそのまま前進!両翼もそれに合わせて展開して下さい!」
「「おうっ!」」
「黒騎士チームに、一矢報いちゃうよ!」
うわっ。一瞬で鋒矢の陣を作り上げてきた。即興で作り上げたチームなのに、各々の感情を上手くコントロールして、士気を上げているからだ。
敵に回すと本当に厄介な相手なんだな、鶴海さん。
蔵人は、声を枯らしてみんなを導く。
気分はいつの間にか、戦国武将だ。
そんなエンドレス試合が終わったのは、太陽の色も真っ赤に染まった夕方頃。一体、何試合したのかを数える事も諦めた頃であった。
しかも、
「よし。30分後に移動を開始する。それまで、各自準備を整えておく様に」
練習が終わったと思った矢先、進藤監督が当たり前のように言い放った。
まだ、何かあるらしい。
選手達は声を出さずに、表情だけで「うっそでしょ?」と訴えかける。
流石の蔵人も、彼女達と同じような表情を浮かべていた。今日はかなりの疲労感を感じていたからね。
鶴海さんとの1戦が激戦であったことも影響しているのだが、試合が終わった直後のイベントも影響していた。
コーチ陣は、最後の試合の数分間だけ再び取材陣を観客席に招き入れており、試合の風景を撮影させていた。それに加えて、試合が終わると彼女達をコート内にまで招き入れて、選手達への取材を許可していた。
その為、蔵人はつい先ほどまで彼女達に囲まれて、四方八方から取材を受けていたのだ。
オリンピックの意気込みは?とか、気になる相手はアメリカですか?とかも聞かれたけれど、まだ選手を選ぶ段階で答えられる訳がない。
一体、どういう神経をしているんだ?と、色々と突っ込みたい衝動を抑えるのに必死であった。
そんなこともあったから、選手達は疲れた色を隠せないでいた。もう一歩も動けないと、必死に目だけで監督に訴えかける。
それに、監督が呆れ顔を返す。
「なんだ?お前達。オリエンテーションで説明しただろう?今日はこの後、簡単な慰労会があると」
ああ〜…確かに、そんな事も言っていた気がする。
明日は合宿最終日で、午後には各々帰宅の途に着く。だから、今日が最後の夜になる。
最後の夜に、何か催し物があると言っていた気がするぞ。
「とはいえ、参加は強制ではないからな。希望者がいれば、儂とここで居残り練習をしていっても構わんぞ?」
監督が意味深に笑みを作ると、選手達は一目散でフィールドを後にした。
蔵人は残ろうかとも思ったのだが、鈴華と伏見さんに引っ張られてしまったので、彼女達の波に乗ることにした。
有名監督とのワンツーマン。実に残念だ。
そんな彼女達の背に、監督は「ふんっ」と満足そうに鼻を鳴らすのだった。
慰労会はホテルの宴会会場で行われた。幾つもの丸テーブルに豪華なディナーを並べた、立食パーティースタイルだ。流石にお酒は出ないものの、スタッフが様々なフリードリンクを運んでくれる様子はそれっぽくも感じる。
蔵人は濃い麦茶を貰い、それをウーロン割りだと思い込んでパーティーを楽しんだ。
ここには取材陣も居ないので、蔵人達男子もサングラス程度の軽い変装だけになっていた。
「くっ、黒騎士様!あの、私、5回目の試合で一緒になった市川ですけど…あの、ご指導ありがとうございました!」
「私は3回目の時に一緒だった飯田だよ。良いアドバイスをありがとね〜」
態々、お礼を言いに来てくれる選手も居た。
蔵人は彼女達に「僕こそ、支えて頂きありがとうございました」と、簡単にお礼を返した。
たったそれだけなのに、彼女達は偉く喜んでいる。
加えて、周囲で見守っていた人達も集まり出す。
「あの!私も、もっと前に出るようにアドバイス貰って…」
「あたいはソイルキネシスの使い方を教えて貰ったよ」
「うちは黒騎士くんのお陰で、3回もタッチ奪えたんやで!おおきにな、黒騎士くん!」
てんやわんやだ。みんな、接触まではして来ないものの、キラキラした目をこちらに向けてくる。
尊敬。感謝。期待。
そんな、正の感情が満載である。
そんな、感謝される様なことはしていないのだが?
過剰な感謝に困っていると、橙子さん達が駆け寄ってきた。
「皆さん!1箇所に集まり過ぎないで下さい!男性に圧を掛けないで下さい!」
「料理は他んとこにもあるだろ!てめぇら、散らばれ!」
レオさんがシッシと手であしらうと、選手達は不満気な表情を浮かべながらも離れていく。
ありがとうございます、お2人とも。
「全く、油断ならねぇ奴らだぜ」
「本来であれば、手打ちになってもおかしくはない悪行です」
いつの間にか、鈴華と円さんが両側を陣取っていた。
本当に、いつの間に近付いたのだろうか?
「大丈夫だぜ、ボス。次に言い寄って来た奴は、あたしがぶっ飛ばすからな」
「試合と同じように、斬り伏せて差し上げますわ」
いや、穏便に済ませてくれよ?円さん。
「黒騎士さん」
2人の猛犬をなだめていると、藤波選手が話し掛けて来た。
視線を迷わせながら話しかけて来る彼女に、何故か猛犬達は反応しない。
何故だ?彼女が無害だと嗅ぎ分けたのか?
そう思いながら、蔵人は藤波さんの前に出る。
「どうかされましたか?藤波さん」
「えっと、ちゃんとお礼を言えてなかったなと思いまして。その、ありがとうございました」
なんのお礼だろうか?まさか、試合中に出した指示に対してじゃないだろうな?あんなの、ただ口煩く言っていただけだぞ?
蔵人が不思議に思っていると、藤波選手は慌てた様子で首を振る。
「あっ、ごめんなさい。ちゃんと順序付けして喋らないとですよね。えっと、去年の夏、ビッグゲームの試合中に、私にアドバイスを色々くれましたよね?そのお陰で、母の元を離れて、今は大阪の茨木高校に通っているんです」
「おお!そう言う事でしたか!」
あの毒親から解放されたのか。それは大きなニュースだ。
思えば、ビッグゲームが終わったと同時に、彼女については頭の中から消えてしまっていた。
晴明戦や彩雲戦がハードだったと言うのもあるけど、そうだとしても気にかけてあげるべきだった事案。
それを、彼女は克服していたみたいだ。
「もうあのどく…お母さんからは、何も関わって来なくなったんでしょうか?」
「えっと、偶に電話はするんですけど、前みたいに命令ばっかりじゃないから、私も自分で考えなくちゃいけなくて、なかなか大変で。でも、それが楽しいなって、ちょっと思えてて…」
うんうん。それが人間と言うものだ。
蔵人が安心していると、彼女は「それで」と蔵人を蔵人の周りに立つ鈴華達を見る。
「お礼って言ったらダメかもしれないですけど、オリンピックに出るだろう皆さんの勝負運を、ここで占ったらどうかと思いまして」
オリンピックに出るねぇ。
蔵人は苦い顔をしたが、鈴華達は乗り気だ。良いじゃん、良いじゃんと言って、スタッフにミネラルウォーターを頼んでいた。
この世界の女性も、占い好きみたいだね。
「では、始めます」
そう言って、藤波選手は目を閉じたままグラスに入った水をぶちまる。それは空中で留まり、小さな水球となって会場の光を乱反射させた。
そして、
「見えました。皆さんの未来が。
歪な旋律が吹き荒れる中、あなた達は大切なものを掴まんと必死に手を伸ばします。
しかし、あなた達のその手を、強大な敵が阻みます。幾重もの厚い壁を並び立て、あなた達の行く末を閉ざそうとするでしょう。
氷獄の吹雪と歪な旋律が吹き荒れるフィールドで、それでもあなた達は希望を捨てません。星々の輝きが道を示し、新たな世界を創世するでしょう」
氷獄。
その言葉を聞いて、蔵人は真っ先に頼人の事を思い出した。
あいつが魔力を暴走させた教室。そして、2人でユニゾンしたリヴァイアサン。それらを思い出し、彼の身に何かあるのでは?と暗い考えが過ぎる。
それを、鈴華達の明るい声が拭い去る
「へぇ。これが、早紀の言ってた水占いって奴か。なんかヤバそうだけど、道を示すって辺りが今のボスを言っているっぽい感じだよな」
「ええ。世界を創世するなんて、流石は黒騎士様です」
「ボスが神様になるって事なのか?」
「黒騎士様は既に、我々にとっては神様と同格です」
彼女達は、好転する文末に着目したみたいだ。
確かに、新たな世界を創世するってのはインパクトがあるけれど、そいつもギデオン議員が言っていた事と被っているからなぁ。あまり、良い印象を抱きにくい。
蔵人は1人、頭を悩ませていた。
不吉な?予言ですね。
「フィールドと言う事は、何かの試合か」
分かりませんよ?
藤波選手の予言は、予想外の時期に来ますから。