396話(1/2)~ほら、フィールドを見て下さい~
強化合宿4日目。この日は午前中に軽い基礎練習を行った後、午後からは実戦形式の訓練が始まった。
即ち、練習試合である。
試合時間は1試合10分で、出場者は完全にランダムだ。ポジションは配慮してくれるが、誰と一緒のチームになるのか、またどのタイミングで投入されるかは全て進藤監督の采配次第だった。
「スターティングメンバーはこれだ。名前がある者はすぐ配置に着くように」
そう言って監督が指さすのは、ベンチの中に取り付けられた大型モニターだ。そこに、簡易なフィールドが描かれ、選手達の名前がポジション毎に並べられている。
その画像は、訓練場の四方に設置されているモニターにも映されていた。
「交代時には笛でも合図する。各々画面を見て、交代を指示された者は速やかにベンチ入りすること。もしも指示に従わずにフィールに留まった場合は、強制的にベイルアウトさせてもらう」
つまり、その分査定を悪くするという事か。
蔵人は、会場のベンチを見回す。そこには、他の監督やスーツを着たお偉方の姿が見えた。
この訓練の採点者という事だろう。今日までの3日間も勿論評価対象になる。だが、これだけ多くの採点者がいる時点で、今回の訓練を如何に重く見ているかが分かる。
それは、選手達も感じているみたいで、何時になく緊張した面持ちとなっている娘ばかりであった。
「おぉっ!オイラの名前あった!」
「うちもや。よろしゅうな、クマ吉」
「よろしく!兵長!」
「ちっ。あたしはねぇのかよ」
「ダメだよ、鈴ちゃん。舌打ちは」
うん。桜城組はこんな時でも平常運転だ。
「暇だなぁ〜。なぁ、美原先輩。暇だから向こうでスパーリングしましょうぜ」
「鈴華ちゃん。みんなも見てるし、今日は我慢しよう?ね」
「オイラもスパークリングする!」
「クマ吉は呼ばれとるやろ!早う行くで!」
うーん…。何時もより自由な気がするんだけど、なんでだろうね?
そんな自由な彼女達だったが、試合に置いても自由であった。
伏見さんは縦横無尽に飛び回り、次々とベイルアウトを重ねていく。上空から急襲してくる彼女に、相手選手は戦々恐々だ。みんな上空ばかりに気を取られ、動きが小さくなっていた。
そこに、地上から慶太のミニゴーレムが押し寄せる。数十cmの小さな兵士達は、視界の外から襲いかかり、彼女達を土ダルマに仕立てて行く。
ピッ
ピッ
慶太達がベイルアウトを重ねる度に、進藤監督の笛の音がフィールドに響く。それと同時に、画面の中の名前がコロコロと変わっていく。
今回はベイルアウトしても、2分のペナルティー時間が無いみたいだ。選手の数も多いし、なるべく多くのチャンスを作り出したいと言う事だろう。
この事からも、この試合がチームの勝ち負けに重きを置いていない事が分かる。
「くっ、うっく…」
蔵人の目がフィールドに釘付けとなっていると、小さな嗚咽音が聞こえた。
振り返ると、女子選手が1人、袖で顔を覆いながら小さく震えている。
何かあったのかとそちらへ耳を傾けると、どうやら彼女は試合でベイルアウトになってしまったらしい。何も出来なかったと、悔し涙を流している声が聞こえた。
可哀想だが、その悔しさがバネになる。頑張って前を向いてくれ。
そう、心の中で呟くだけに留めるのが、今までの蔵人だった。
でも、
「大丈夫ですよ。チャンスは一度きりではない筈です」
悔し涙を抑える彼女に、蔵人は声を掛けた。
彼女達の指針に成ろうと決意したから。迷っていたり、しり込みしている子の手は積極的に引っ張って行こうと決めた蔵人は、泣いている女の子にも無遠慮に話しかけていた。
それに、女子選手は慌てて涙を拭き、ピシッと背筋を伸ばした。
「ご、ごめんなさい!情けない所を見せちゃいました。もう、大丈夫ですから、黒騎士選手は気にしないでください」
そう言って無理に笑う彼女だが、どう見ても大丈夫とは思えない。この場を取り繕うための嘘であるのは誰でも分かる。
なので蔵人は、笑顔を作って更に突っ込む。
「それは良かった。もう、次の一手が浮かんでいるのですね?」
「えっと…それは…本当に、次も出してもらえるか分からないし…」
女子選手は戸惑う。
それに、蔵人は首を振って後ろを指さす。
「可能性はかなり高いですよ。ほら、フィールドを見て下さい」
今現在、試合開始から5分が経ち、伏見さんは7人、慶太は5人をベイルアウトにさせていた。更に、監督は5人を交代させており、たった5分で20人近い人間を入れ替えていた。
「交代の頻度はかなり高い。加えて、午後はこの試合を中心に行うと監督は言われていました。つまり、まだまだこんな試合が続いて行きます。そうすると、1度出た選手が再び投入される可能性は極めて高いでしょう」
今回はベイルアウト後のペナルティー時間も廃止されている。そうなると、ベイルアウトした試合に再度出場となる可能性も十分に考えられる。
余計に出場する機会が増えるから、下手をすると毎試合1回以上出場となるかもしれない。
…まぁ、個々の魔力が持てばの話ではあるが。
「チャンスは来ます。ですから、今回出来なかった事を次に生かす為に、考えることが必要なんです。次の一手を。次にフィールドへと出た時、自分ならどうするかと想像するんですよ」
「どうするかを想像する…」
女子選手の目付きが変わった。憂うことで鈍っていた瞳の光りが、希望の光に上書きされる。
絶望で俯くのではなく、何をするべきかと深く思考する為に顔を伏せていた。
そして、
「ありがとうございます、黒騎士選手!私、次はなんだか出来る気がしてきました!」
女子選手は顔を上げて、輝く笑顔を向けて来た。
うんうん。良い傾向だぞ。
蔵人は満足して、小さく頷く。
すると、
「私も!暗い気持ちが吹っ飛びました!」
「あたいもだ。次こそはやってやろうって、そんな気が沸々と湧いてきたぜ」
「ありがとう!黒騎士様!」
周囲の女子選手達からも、感謝の声が飛び交った。
どうも、彼女達も同じように悩んでいたみたいだ。大方、ここに集まっていたのはベイルアウト後に復帰したばかりの選手達だったみたいだ。みんなで集まって、反省会も出来ずに押し黙っていたのかも。
明るくなった彼女達を見て、まだ試合に出してもらっていない選手達もこちらに注目する。
「流石は黒騎士様だわ。なんて凛々しい」
「敵に塩を送って、どうするつもりなんだよ?」
「それが黒騎士様の魅力よ。男女もランクも関係なく、分け隔てなく接して下さるお方なの」
「ファランクスの選手はみんな仲間って、アメリカの試合でも言われていたし」
「まさに天使様ですわ…」
ぐぉっ。強引なお節介を焼いたら、余計に高評価を貰ってしまったぞ?おかしいな。縁の下の力持ちになって、目立たない存在になろうと思っていたのに、これじゃ余計に目立つのではないか?
予想と現実のギャップに、蔵人は顔が歪みそうになった。でも、何とか耐えて、笑顔を前面に押し出すのだった。
「とうとう出て来よりましたね、カシラ!」
そうこうしている内に、蔵人も出場となる。ポジションは勿論、盾役だ。
でも、相手が強い。
伏見さんに慶太のコンビは、2試合目となった今でも健在で、更に今試合からは久遠先輩まで加わっていた。
「行くで!アニマルアタックや!」
久遠先輩が出したアニマルズは、伏見さんの足場となっていた。空を飛ぶ鷲の軍団を掴んで宙を舞い、地上をひた走る牡鹿を掴んで地上を滑るように移動していた。
まるで強力なリビテーションとエアロキネシスで飛んでいるのでは?と思う程に、凶悪な連係プレーが行われていた。
こりゃ、俺が出される訳だ。
蔵人はそう思いながら、シールド・ファランクスを展開する。
「こっちはOKです!藤波選手!」
「ありがとう!黒騎士くん」
そう。今回のチームメイトには、元岩戸中の藤波命選手が居る。八岐の大蛇を操る彼女が味方なのは、かなり心強い。
中立地帯の真ん中を分かつように盾を並び立て、その後ろで8体の水龍が鎌首を上げる。盾に近づこうとした敵を、容赦なく呑み込んでいく。
「なによ、これ!」
「こんなの、近づくことも出来ないわ!」
近づけば丸のみにされ、遠くから攻撃しようにも盾で防がれる。
難攻不落な陣形を前に、相手からは幾つも非難めいた声が上がる。攻め入る隙が見えず、足を止めて見上げる者ばかりであった。
そんな中で、
「ほんなら先ず、水龍の姉ちゃんを倒したるわ!」
伏見さんの勇ましい声が聞こえる。
彼女は、上空で翼を広げる大鷲の足にサイコキネシスの腕を括り付け、水龍の頭上から急襲してきた。その大鷲の背中には、久遠先輩の姿もあった。
「うちが黒騎士君の代わりをしたるさかい、自由に飛んでええよ」
久遠先輩は屈強な鷲を何羽も作り出し、水龍の上空へとそれを散会させる。その鳥達を掴んで、伏見さんが宙を縦横無尽に飛び回る。ジグザグと不規則な動きで、水龍の攻撃を見事に回避して見せた。
それを、シールドファランクスの後ろにいる藤波選手と遠距離部隊の面々が迎撃しようと躍起になる。
でも、なかなか当たらない。伏見さんは鷲だけでなく、立ち並ぶ盾も利用して移動しているので、余計に予測の難しい動きをしていた。それを撃ち落とすのには、かなりの練度が必要であった。
うむ。ここは少し、口を出すとしよう。
「総員!足場になってる鳥を狙うんだ!」
「了解!」「あっ!そうでしたわね」「分かったわ!」
蔵人のアドバイスに、ハッとした顔になる遠距離部隊。
普段、飛行系異能力者を相手にする時とは勝手が違うから、思いつかなかったみたい。伏見さんの飛行は、飛んでいるというよりも引っ張られているからね。引っ張っている大本を壊すという考えに至り辛いのだろう。
アニマルズを攻撃され始めた久遠先輩は、動物達を逃がすので精一杯となる。そして、掴む場所が少なくなった伏見さんは、仕方なく並び立つ盾を掴んで移動しようとする。
だがその途端、蔵人はその盾を消してしまった。突然足場を失った伏見さんは、そのまま、
「今やで!」
地面に落ちる寸前、何かの号令を出す。
その途端、消えた盾の部分から、茶色の波が押し寄せた。
慶太のミニゴーレムだ。
まさか、これを狙って盾を足場にしていたのか?
「ヤバッ!」
「早く迎撃しないと!」
こちらの遠距離役は慌てている。入って来た侵入者と、上空の足場消しのどちらが優先かと視線を迷わせる。ただでさえ当てにく小さなゴーレムに、それでは余計に当たる筈もなくなる。
「皆さん、落ち着いて!相手は小動物みたいな物ですので、一つ一つを迎撃するイメージではなく、ガトリング砲…じゃなくて、魔力を散らす様に拡散させて撃ってみてください!」
「えっ!?拡散?」
「や、やってみます!」
蔵人が叫ぶと、遠距離部隊は早速実践してくれた。精度はイマイチだが、攻撃が確実にゴーレムに当たるようになってきた。
ゴーレムの波が引き、相手の攻撃が収まりつつある。今なら、向こうの前線がくっきりと見えるぞ。
「藤波さん!」
「はい!」
藤浪選手が繰り出す水龍が鎌首を上げ、相手前線へと突撃する。巨大な水龍の一撃に、CBランクの防御では歯が立たなかった。相手前線に、大きな穴が生まれる。
そこに、
「難波さん!」
「分かっとるわ!」
難波さん達、近距離型のスプリンターに突撃してもらう。
彼女達が大穴に近付こうとすると、再び向こう側の遠距離攻撃が開始される。だがそれも、蔵人のシールドファランクスと藤浪選手の水龍が難波さん達の上空を守り、彼女達をサポートする。
そうして、難波さん達は2本のタッチを奪って見せた。
ピピィイッ!
そこで、第2試合は終了した。
タッチを決めた難波さん達が誇らしそうに凱旋し、こちらへと手を高く出してきた。
ハイタッチか。
「ええ指揮やったで、黒騎士くん」
「いえいえ。皆さんが臨機応変に対応してくれた結果ですよ」
「そんな事ありませんよ!黒騎士様が来てくれてから、凄く動きやすかったです」
集まって来たチームメンバーが、挙って持ち上げてくれる。
そんな中、藤浪さんだけは何か言いたそうな顔をこちらに向けていた。
なんでしょう?
「よろしかったのですか?その、黒騎士選手は今回、守ってばかりでした。行こうと思えば、ご自身でもタッチを決められたと思いますけど…」
「ええ、まぁ」
蔵人は歯切れ悪く返答する。ここで、裏方に回るなんて言っても良い顔をされないだろう。
少々返答に困っていると、難波さんが「ないない」と手を振った。
「あそこで黒騎士君まで前に出たら、カウンターされた時に誰が守るんや」
「黒騎士様は盾役なんですから、十分に役割を果たしていたと思いますよ!」
「それに、うちらへの指揮やて無駄やない。エースっちゅうんは、周囲の人間も動かせてなんぼのもんやさかい」
なるほど。そういうものか。
…エースじゃないぞ?
危うく、乗せられそうになる蔵人だった。
長くなりましたので、明日へ分割致します。
「当てが外れたな」
どう動いても、目立つ存在には変わらないようですね。