393話(2/2)~少しご相談したい事がありまして~
※臨時投稿です。昨日も投稿していますので、読み飛ばしにご注意ください。
「諸君らに問おう。ファランクスで勝つには、どうするべきだと思う?」
威圧感が凄い監督の問いに、選手達は生唾を呑み込む。
監督の目が鋭すぎるのが原因だ。その低く、しわがれた声も合わさって、選手達の多くは怒られている様に感じるのだろう。
本当は、ただ彼女達が答えられるか心配しているだけなんだろうけど、誰も彼女の思いを察してくれる人はいないみたいだ。殆どの人が、自分には当てないで!と微妙な位置で視線を彷徨わせている。
しかし、全員が全員、そんな風に委縮している訳ではなかった。
押し黙る選手達の中から、大きな手を高々と掲げる選手が居た。
米田さんだ。
監督の鋭い目が、その手を射抜く。
「米田」
「はい!前衛をぶっ倒せば良いんだと思います!」
「不正解!」
「ええぇえっ!?音張はいつもそう言ってるのにぃ…」
速攻で切り捨てられた米田さんが、悲鳴を上げる。
確かに、音張さんなら「全員ぶっ〇しちまえ!そうすりゃ、あたしらの勝ちだ!」とか言いそうだもんね。
また、米田さんが監督を怖がらないのは、いつも音張さんに怒鳴られているからなのかも。
監督が残念そうに首を振る。
「米田。お前が言っていることは間違いではない。パーフェクトも、ファランクスの勝利条件ではあるからな。だが、的を射た回答でもない。パーフェクトなぞ、狙って出来る戦術ではないのだからな。少なくとも、彩雲並の尖った戦法を取るか、黒騎士選手の様な並外れた選手が居ない限りは」
お言葉ですが監督。俺だって狙って出来るもんじゃありませんよ?鶴海さんの戦術が嵌ったり、相手監督が大きな油断をしてくれない限り、出来なかったでしょうから。
そう、抗議の視線を送る蔵人だったが、返ってくるのは監督の疲れた顔だけだった。
これくらい当ててくれ。
彼女の顔には、そう書かれていた。
そこに、再び手が挙がる。
「はいっ!点数を取る事やと思います!」
「その通りだ!だが、当てられる前に発言するな、伏見」
「すんません!」
怒られた伏見さんだが、顔がニヤけている。隣に立つ鈴華に向けて「どんなもんや」とでも言いたげに、チラチラ視線を送っている。
伏見さんの回答に、幾分か気持ちを立て直した監督が指を立て直す。
「ファランクスで重要なのは点数を取る事。そして、その為には敵円柱へのタッチが必要だ。その意識を持って動く様に」
なるほどな。
蔵人は頷いた。
すると、監督はこちらの動きを見ていて、私の元へ来いとばかりに、手招きをしてきた。
な、なんでしょう?
「黒騎士選手。こいつらに実演を見せてやってくれんか?まだ分かってない奴らが多いみたいでな」
そう言う監督の視線の先では、選手達が難しそうな顔をしていた。
うん、本当だ。まだピンと来ていないご様子。
蔵人はアニキと入れ替わりでフィールドへ出て、ソイルキネシスのサポーターと対峙する。
彼女は緊張した面持ちになってしまったが、そんなに警戒しないで欲しい。これはあくまで、監督の考えを示す為の物。いつもみたいに、ド派手な技は使いませんって。
「行きます!」
手を挙げて合図した後、水晶盾を前に抱え、蔵人は相手サポーターへと駆け出す。アニキがやったみたいに突撃して、相手の土シールドにバッシュをかました。
それだけで、相手は後ろにノックバックした。
うぉ!ヤバい。強く当て過ぎたか?
心配する蔵人だったが、サポーターはすぐに体勢を立て直し、土シールドを分厚く再編成した。
今度は受け止めると、意思表示をしているみたいだ。
良し。それでいい。
ノックバックしたサポーター目掛けて、蔵人は再度駆け出す。それに、サポーターはしっかりと地面を踏ん張って、迎撃態勢を整えた。
そんな彼女が構えるシールドの前に、蔵人はアクリル板を生成する。
そして、トンッ、トンッ、トンッと、その上を駆け上った。
冨道戦で見せた戦法だ。ただし、着地してからの動きは変える。
冨道戦では、シールドを構える相手に突っ込んだ蔵人だったが、今回はそちらとは逆方向。相手円柱へと走り込んだのだった。
こちらへの迎撃態勢を整えていた相手サポーターは、地面に根が張った様に動けなくなっていて、走り去る蔵人をただ目で追うしか出来なかった。
蔵人はそのまま、相手円柱へのタッチを成功させる。
すると、後ろから短い笛の音が聞こえた。
監督だ。
「良いぞ!黒騎士選手。それが正解だ!」
うーん。これは確かに嬉しいぞ。
なかなか褒めてくれない監督が、大きな声で肯定してくれたことに、蔵人は自然と口元を緩めてしまう。
兜を被っていなかったら、若葉さんあたりに「嬉しそうだったね?」ってからかわれたかもしれないな。
蔵人が表情を引き締めてみんなの元へと戻ると、監督はこちらを手で指しながらみんなを見回す。
「分かったか?今のが、円柱を意識した動きだ」
つまり、監督は円柱へのタッチに繋がる行動をせよと言っているのだ。
前衛の後ろに誰も居ないなら、前衛を躱して飛び込んでも良いし、足の速い選手を送り出す為に、相手ディフェンスラインをこじ開けても良い。
ただ目の前の相手を倒すだけでは、ファランクスは勝てない。チームが相手円柱へのタッチを成功させるビジョンを持って動かねばならないと、彼女はそう言っているのだろう。
「黒騎士選手の動きで分かったなら、ハマー選手。やってみると良い」
「っしゃぁ!やったるわ!」
気合いも十分なアニキは、フィールドに躍り出る。
そして、本当にやってのけた。
盾剣山を出して、先程と同じ突進攻撃を仕掛けた彼は、途中で動きを変えた。
相手とぶつかる直前、素早い横ステップで相手の脇をすり抜けて、そのまま円柱へと突撃したのだった。
「っしゃぁあ!」
独走状態のアニキは、突進の時の速度を保ったままに、円柱へと突っ込む。見ると、彼の足には盾スパイクが生成されていた。
あれで、高速ステップや高速移動を可能にしているみたいだ。
まるで紫電だな。
「よしっ、そうだ。それで良い。さぁ!次は誰だ?」
再び監督が褒めると、顔を強張らせていた他の選手達も前に出て来る。
私も褒められたいと、プラスの感情に突き動かされたみたいだ。
そうして、訓練は進んで行った。
最初の頃は、監督の意向を汲み取り切れずにいた選手達も、すぐに訓練の要領を得て実践していく。
昨日の訓練で、異能力に工夫を持たせていた選手達を見ても思っていたが、ここに集められた人は誰もが優秀であった。
教えられた事をすぐに覚えてしまうし、少しアドバイスを受けただけで、自分なりの答えを導き出している。1を教えると10が返ってくる感覚は、指導者からしたら堪らない感覚であった。
そう。今日も蔵人は、サポート側に立っていた。
攻め込んでくる選手達に合わせて、適度に盾で応戦している。
相手が円柱を狙って来るからね。こちらも、円柱を意識しながらの守備をやってみている。
立ち位置を工夫して、相手と円柱の最短距離を潰してみたり、ワザと盾に弱い部分を作り出し、相手に攻めさせて隙を作りだしたりした。
とはいえ、本気で対応してしまうと、昨日の剣聖戦みたいに怒られてしまう。なので、相手が誰であろうと、使うのは水晶盾を1枚だけという制約を自分に課して、しっかりと自重をしていた。
それでも、円柱を守りながらの防御は楽しい。まるで、バスケやサッカーのワンオンワンだ。異能力で相手を倒すだけでなく、如何に相手を出し抜くかという思考が加わると、一気にゲーム性が上がる。
いや、今行っていることは、実際の戦闘でも使える技術だ。前衛を抜けて後衛の遠距離役やヒーラーを潰せば、戦況は大きく変わるだろうから。
これが、大規模戦闘におけるワンオンワンなのか。
「ありがとう…ございました」
「こちらこそ。お相手、ありがとうございました」
結局、蔵人が相手した娘は、こちらを抜くことが出来ず、時間切れとなってしまった。
選考も兼ねた練習だから、手を抜く訳にもいかない。それは分かっているが、とても悔しそうな彼女の表情を見ていると、平然とはしていられなかった。
それは、彼女だけではない。
練習で失敗してしまった人は落ち込んでいるし、監督にダメ出しをされた人は顔面蒼白になっている。思い返せば、昨日のマラソンでも、完走出来なかった人達は悔し涙を流していた。
彼女達は、本気でオリンピック選手を目指していたのだろう。我々の様に降って湧いた話ではなく、前々から打診や予測があり、周囲から期待されてこの強化合宿に臨んでいる。
「おーい、ボス!どうしたんだよ?」
「うん?おお、次は鈴華か」
去っていく少女の小さな背中を見送っていたら、鈴華が目の前で手を振っていた。
「なんだよ。悩み事か?答えらんねぇかもだけど、話だけなら聞くぞ?」
「そいつは有難いな。じゃあ聞いてくれ。もっと君達に負荷を掛けるには、どんなディフェンスをしたら良いかを」
「超ドSな考え方になってんじゃか!あの監督の影響受け過ぎだろ」
「ハッハッハ!さぁ、構えろ。鈴華。ドSな俺がきっちり止めてやるぞ!」
その後も蔵人は、誰1人後ろに通すことなく、その日の訓練を終えた。
その日も、練習後には地獄のランニングが立ちはだかった。
今回は、誰も鬼軍曹の指示に逆らわなかったので、装備は無しの通常5kmの集団マラソンとなった。
選手達はみんな、粛々と指示されたコースを走り、ゴールであるホテルのエントランスを目指した。
「うっしゃ!誰が宿に一番乗りか、競走すっぞ!」
「乗ったで!」
「僕も!」
中には、元気を余らせた娘達でレースを組む強者も居るが、そんなのはごく一部の桜城勢だけである。
「その勝負、ワシもさんかするぞ!」
うぇっ!?アニキもやるのか!?
「良いぞ、ハマー!Dランクだからって、ハンデはしてやんねぇぞ」
「男なんに、ホンマ見上げた根性や」
「何を言うちょる。Dとか男とか、関係なかぁ!ワシはワシじゃけ!」
アニキが堂々と胸を張ると、鈴華達は顔を見合わせて笑った。
「悪ぃ。そうだな」
「流石は、カシラのアニキさんやで」
鈴華達とアニキは、先頭に立ってレースを始める。アニキが慶太を引っ張って行ってくれたのを見て、蔵人も安心した。
本当に、アメリカでビッグなって帰って来やがったからね、慶太は。昨日も、ランニングはゴーレムに運ばせていたし、この強化合宿中に、わがままボディをアニキに絞って貰えると助かる。
そんな風に、蔵人はみんなを後ろから見守っていた。イザと言う時の救急班だ。周囲には、他のサポーターの皆さんも居る。
みんなの背中を追いながら、蔵人はとある人の傍へと近付いた。
そして、その人に話しかける。
「橙子さん。少しご相談したい事がありまして」
「自分に、相談…ですか?」
「はい」
不安そうな顔を返してくる橙子さんに、蔵人は力強く頷く。
そして、
「僕は、この選考会を辞退したいと考えています」
そう、切り出したのだった。
「何を考えているのだ、あ奴は」
色々と考えていそうですけれど…。
「要らんことを考えておるのだろう」