393話(1/2)〜そうじゃないぞ!〜
「しっかし、フル装備で20kmも走らされるとは思わなかったよなぁ」
「あの監督、ホンマもんの鬼やな。殆どの奴ら、魔力切れで道端にぶっ倒れとったで」
お風呂から上がった鈴華達が、夕涼みがてらにホテルのテラスでお喋りをしていた。
ここは合宿主催者が用意してくれた、合宿会場に隣接している大きなホテルだ。この強化合宿の間だけ、選手と関係者で貸し切りにしてくれている。そのお陰で、フル装備でチェックインするという荒業も可能だったし、外部との接触も極力減らすことも出来た。
ホテル自体も、かなりのハイグレードな所を取ってくれていた。大きさで言うと、アメリカのリンカーンホテルよりは一回り小さいが、内装は和風テイストで落ち着いており、どの部屋からも大阪城が一望できた。
このテラスからも、今日の訓練で使われた大阪城周辺の運動公園が一望できる。
…最も、初日からコッテリと絞られた選手達にとって、この光景がいい物かどうかは判断に苦しむけれど。
夕涼みをしながら、今日の訓練がやり過ぎだ!と愚痴っている彼女達だが、言うほど疲れている様には見えない。磁力でスイスイ飛んでいた鈴華や、公園内の木々を軽々と伝っていた伏見さんからしたら20kmはあっという間に走破できる距離であった。
だが、それは彼女達だからであって、他の選手からしたら堪ったものではなかった。
ただでさえテストで異能力を酷使していた事もあって、殆どの選手が外周をクルクル回っている内に魔力切れを起こしてしまい、自力でホテルに辿り着けなかった。
なので、そこは蔵人が盾タンカーで送迎したり、海麗先輩や米田先輩の怪力で搬送したのだった。
「ぐぁあ…足が、足が攣りそうじゃああ…」
「大丈夫ですか!?雄也様?」
テラスの向こう側では、西濱のアニキが疲労困憊の体に悲鳴を上げていた。
彼らも、自力で走破した数少ない選手の2人だ。
剣帝さんが付いて来られたのは、何となく分かる。彼女の装備はかなり軽装で、しかも武術の達人だからか、かなり余裕そうに見えた。
だが、アニキは自分と同じフルプレートで20㎞を走破していた。普段から走っているのもあるとは思うが、それ以上に異能力の使い方が上手かった。走っている最中、若葉さんがするように飛び跳ねて走っていたから、きっと足に柔軟性の高い盾スパイクを生成し、機動力を上げていたのだと思う。
アニキもきっと、覚醒の道を歩んでいるのだろう。
それでも、今はちょっと辛そうだ。ふくらはぎを摩って、必死に筋肉のコリを取ろうとしていた。
疲労が筋肉だけなら良いが、もしも筋や骨にまで浸透していたら大変だ。
そう思っていると、アニキに大きな影が近付いた。
米田さんだ。
「大丈夫?足が痛いんだったら、医務室に行ってみると良いと思うよ」
「医務室…ですか?」
「うん、そうだよ。選手が何時でも使える様にって、訓練場にもこのホテルにも、臨時の医務室を設けているらしいんだ。かなり高ランクのヒーラーとか、クロノキネシスのお医者さんもそこに居るって進藤監督が言ってたから、とっても安心だね」
なるほど。医療体制もしっかりしているらしい。
思えば、マスコミ対策も万全な今回の強化合宿で、医療だけ外部に頼っていては危険だ。ホテルすら、訓練場に隣接しているここを選んでいるのだから、医療チームを引き連れているのは当然と言える。
だが、練習中にはそんな人達を見かけた覚えがない。
「すみません、米田さん。その医療チームは何処にいらっしゃるのです?」
「あれ?黒騎士くんも怪我したの?」
「ああ、いえ。そうではなくて…」
「なにぃい!?」
蔵人が否定しようとしたら、別方向から鋭い悲鳴が上がった。
鈴華だ。
テラスの椅子に寝そべっていた彼女が跳ね起きて、猛スピードでこちらに突っ込んで来た。
「ボス、怪我したのか!?何処だ?」
「水臭いっすわ、カシラ!うちがひとっ飛びでバフォリン買うて来ますんで、待っとって下さい!」
伏見さんまで、血相変えて突撃してきた。
蔵人は慌てて、2人を受け止める。
「いや。違うんだ2人とも。俺が言いたいのは…」
蔵人が弁明しようとしている間にも、鈴華が腕や足をペタペタと触診してくる。
「ここか?ボス。ここが痛いのか?あたしが舐めてやるぞ」
「やめんか、アホ!訴えるで、ホンマ」
ああ、こんな事で喧嘩しないの。
「大丈夫だって、2人とも。別に、俺が怪我をした訳じゃない。ただ、見かけなかった医療チームに興味があっただけだ」
そう、医療チームについては全く見かけなかった。
他のサポーターや練習内容は、事細かく説明があった今回の強化合宿だが、ヒーラーの存在は一切伝えられていない事に違和感を感じたのだ。
進藤監督の性格なら、医療体制がしっかりしている事をみんなに伝え、怪我をしても大丈夫だからと、練習内容をもっと過激にしそうなものだ。
だが彼女はそうはせずに、逆にやり過ぎた自分と真緒さんの決闘を止めた。それを考えると、進藤監督はなるべく医療チームの世話にならないようにしている様に思えた。
これだけ高級なホテルを貸切にしているのだから、今更医療チームに支払う報酬を節約するとは思えない。では何故、積極的に使おうとしないのか。
蔵人のその疑問に、みんなを激写していた若葉さんが食いついた。
「それはねぇ、医療チームが軍人だけで構成されているからだと思うよ」
「ほぉ、軍人が」
蔵人が驚きを素直に表情に出すと、若葉さんは得意顔になる。
「今回の強化合宿は、軍からのバックアップをかなり受けているんだって。今まで合宿を開く場合は、大会運営が引っ張ってきた企業が出資するのが当たり前だったけれど、今回は何処の企業も我先にと名乗り出てしまって収集が付かなかったらしいんだ。だから、軍が代表して出て来ているって話だよ」
これも、誰かさんの影響だね。と、意味深な視線を送ってくる若葉さん。
まぁ、そうだろう。この間のロシア人もそうだが、これだけ注目されてしまっては、軍も動かざるを得ないに違いない。企業が集めた警備員では、とても対処できないだろうから。
そういう意味でも、軍がこの合宿をサポートしているのかも。
「だから進藤監督はあまり利用させたく無いんじゃないのかな?軍の人達に遠慮して」
それは…分からなくもない。軍隊という強力な組織を前に、躊躇しているのかもしれない。強力な異能力と権力を持つ軍隊に対して、なるべく迷惑を掛けたくないという彼女なりの配慮かも知れない。
加えて、我々未成年を相手に、あまりに酷い怪我をさせたりしたら、後で何を言われるか分からないからね。特に、今回は男性の選手も含まれている。悪い印象を与えるかもとでも思っているのかも。
「って事は、その医療チームを頼らん方がええっちゅうことじゃな?」
アニキが足を擦りながら言うと、若葉さんはゆっくりと首を振る。
「良いと思うよ?それは進藤監督の考えなだけであって、選手が使う為に設置しているんだから。何時でも使える様に24時間体制にしているって聞いたから、今でも患者を待っているんじゃないのかな?」
ふむふむ。それは有難い。
「そいつは良いですね、アニキ。今から俺が、そこまで盾担架で運びましょうか?」
蔵人が水晶盾を生成して見せると、アニキは両手をブンブン振った。
「ええって、ええって!そこまでせんでええって。こんなもん、唾でも付けてりゃ治る」
「ダメですよ!雄也様。私が医務室までお送りします」
「ええって言うておるのに…」
理緒さんに怒られて、アニキは渋々立ち上がる。そして、理緒さんと真緒さんに肩を貸されてトボトボと歩いて行った。
その背中を見て、鈴華が嬉しそうな顔をする。
「ほらな、早紀。言っただろ?唾は万能なんだよ」
「そう言う話や無かったやろ…」
まぁ、唾はモルヒネの何倍もの鎮痛効果があるらしいけどな。それで筋肉痛は治らんぞ?
翌日。
強化合宿2日目。
アニキはしっかりと医務室に行ったみたいで、練習場に現れた彼は、昨日と変わらず堂々とした姿で歩いていた。
「アニキ。もう足は良いんですか?」
「おう、もうバッチリだ。ほれ、昨日の訓練前よりも軽くなっとる気がするわ!」
アニキは足をクイクイっと動かして、快調具合を見せつける。
「凄いもんじゃの、高ランクヒールっちゅうのは。他にも膝とか、腰とか、肩とか、前々から痛んどったんじゃが、それも全部治療してくれとるぞ」
「雄也様は普段から、練習のし過ぎなんですよ」
アニキの隣に立つ理緒さんが、嬉しそうな、それでいて心配そうな顔でアニキを見つめる。
回復したのは嬉しいけど、無茶をしてほしくないと言う顔かな?その気持ちは、分からないでもない。
「何を言うちょる。ワシらはDランクなんじゃから、人一倍努力せんとコイツらと肩を並べられんぞ」
「そうですけど…」
果たしてそうだろうか?アニキ達の戦っている場面はしっかり見ることは出来なかったが、進藤監督からのダメ出しは、他の人よりも少なく聞こえた。
工夫せずにゴリ押しする人間には厳しい監督だが、ちゃんと考えて戦う人にはちょっと厳しい程度にしてくれるのが彼女だ。アニキは十分に見込み有りと見られているのではと思うのだが。
そのように、進藤監督の内心を予測した蔵人だったが、それはあながち間違ってはいないようだった。
今日は基礎訓練の後に、ポジション別でワンオンワンの練習を行っていた。待ち構えるサポーター1人に対し、選手も1人で攻め込む練習だ。
そこでアニキは、Dランクとは思えない激闘を繰り広げていた。
「そら喰らえや!ヘッジホッグ!」
「くっ!」
Cランクのソイルキネシスを前に、アニキは凄いスピードで突撃をかまし、土のシールドに盾剣山を突き刺した。
Cランクの土壁が相手でも、鋭利に尖らせたDランクの鉄盾は深々と刺さり、その堅牢な壁に見事な大穴を開けて見せた。
やがて、耐えきれなくなった土シールドが崩れて焼失したCランク選手は、慌てて後方へと下がって、新たな土壁を生成するのだった。
「「「おぉおお…」」」
DランクがCランクを下げさせた。
そのことに、順番待ちをしていた他の選手やサポーターのOG達からも声が上がる。
アニキはそれを背中で受けて、芝生を踏みしめる。逃げた相手との距離を詰めるために、足に力を入れて駆け出し…。
「待て!そうじゃないぞ!ハマー選手!」
駆け出そうとしたところ、進藤監督の大声を受けて急停止した。既に勢いが付いていたから、若干コケそうになりなっていた。
進藤監督が、太い指を逃げたサポーターの方へと向ける。
「これはワンオンワンであって、シングル戦ではない!ただ実力を見た昨日のテストとは訳が違う!」
監督は一旦訓練を中断し、近距離役の選手達に自分の元へ集まる様にと手招きをする。そして、全員が集まると、選手達を見回しながら人差し指を空に立てる。
「諸君らに問おう。ファランクスで勝つには、どうするべきだと思う?」
厳しい視線で問いかける進藤監督に、選手達は生唾を呑み込んだ。
長くなりましたので、明日へ分割します。
「シングルとファランクスは違うか」
まぁ、人数が違いますからね。
「それだけではなさそうだぞ?」