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39話~これだ、これは売れる!~

中学生生活2日目。

今日の蔵人は、昨日と同じ暖かな空を、悠々と遊覧飛行していた。


雲一つない見事な快晴で、とても気持ちいいフライトだ。これだけ余裕で飛んでいられるのは、今日の検問がとてもスムーズに終えられたからだ。

検問に着いて、並んで、通過するまでに5分も掛からなかった。昨日は確認だの連絡だので30分以上かかったのに、今日は通行証を見せただけで通過できたのである。

正にタッチアンドゴー。素晴らしい。余計に気分が良い蔵人であった。


そんな時、下に何かを見つける。

現在蔵人は、高度100mくらいの空を航行しているのだが、50mくらい下の空に、赤色の何かが動いたような気がした。


鳥…ではないな。UFOか?

そう思いながら近づいてみると、それは人間であり、少女であることが分かった。

明るい茜色のツインテールが風にたなびく様は、何処かで見た覚えが...あっ。


その記憶は3年前。川崎フロスト大会で対戦した、ユニゾンの先駆者達。彼女の名前は確か…飛鳥井さんだ。

近づいてみると、飛鳥井さんはパイロキネシス全開で、必死な形相をしていた。


「ん〜!遅刻するぅ!」


どうやら、ピンチらしい。

遅刻とは言っているが、流石に食パンは咥えていないご様子。

顔が必死に見えるのは、スピードを出しているが故に、空気抵抗で目が開けられないからか。

困っているの時はお互い様だ。

蔵人は手助けすることにした。


「あの〜」

「うわぁ!びっくりしたぁ」


蔵人が声をかけると、目をまん丸くして驚く飛鳥井さん。

驚かせないように声を掛けたつもりだったが、申し訳ない。

蔵人は、飛行しながら頭を下げる。


「驚かせてしまって済みません。何かお急ぎのご様子だったので。もし良ければ、ドラフティング致しましょうか?」

「えっと、どらふ?」


言葉の意味が分からない様子なので、蔵人は実際にやって見せる事にした。

飛鳥井さんの飛ぶルートに車線変更して、彼女の前を飛びだす蔵人。すると、飛鳥井さんの表情が一気に和らぐ。


「あっ、すごい。なんか、飛びやすくなった?」

「それは良かった。私が前を飛ぶことで、吹き付けていた風が遮断され、空気抵抗が減っていると思います。それで、飛びやすくなってたのですよ」


元々、自転車や車などで行われる技術で、速度が上がればより効果を実感でき、牽引される側は殆ど労力を費やさなくても走ることが出来る。


「えっ、でも、それじゃあ君が大変なんじゃ」

「大丈夫ですよ。私の前に盾を置いているので、空気抵抗は受けません。これなら、1人で飛んでいるのも、貴女をドラフティングするのも負荷は変わりませんので、どうぞ有効活用してやって下さい」


車同士が紐で牽引するのとは違い、蔵人はただ飛鳥井さんの前を飛べば良いだけだ。何ら労力を割いていない。

強いて言うなら、


「航行速度は、これくらいでよろしいですか?もっと飛ばせますけど?」


相手にペースを合わせるという、ちょっとした煩わしさがあるくらいだ。


「あ、出来たら、もう少し速く...」

「了解。ちょうど良い速度で声掛けして下さいね。行きますよ!」


蔵人と飛鳥井さんは、一陣の風となって春空を駆け抜ける。




そのまま暫く飛んでいると。


「あ、私、ここが目的地です」


飛鳥井さんが指で示す先には、桜城と同じくらいの大きな校舎が聳え立つ。

桜城が白亜の城なら、こちらはロンドンの時計塔だ。レンガ造りの校舎群が、なんとも古風で粋である。

確か、天川(あまのがわ)興隆(こうりゅう)学園...だったかな?桜城と並ぶ名門校で、通称で天隆(てんりゅう)と言われていたはず。東京三大中学校の1つと、桜城を調べた時に出てきた。


「あの、ありがとうございました!私、今日入学式で、遅れそうだったんですけど、何とか間に合いました。本当に、助かりました!」


入学式だったのか。それは遅れないで良かった。


「いえいえ。お役に立てたのなら幸いです」


蔵人がそう言うと、彼女は蔵人の後ろから外れて、学校の方へ飛んでいく。そのまま飛んでいくかと思ったら、途中で止まって、もう一度こちらに向かって深々とお辞儀をした。

そんな事してないで、早く入学式に行けばいいのに。律儀な娘だ。


「良い入学式を!飛鳥井さん!」


蔵人はそう言って、頭を上げた彼女に大きく手を振り、通学路に戻る。


「あ、私、名前...」


彼女の言葉は、残念ながら蔵人の耳には届かなかった。


〈◆〉


「...私の名前、なんで...?」


私は少し間、空中で首を傾げていた。

見ず知らずの男の子が、自分の名前を知っていた。

知らない人が自分の事を知っていること自体は、初めての事ではない。

小学生の時のチーム戦で、少しは名前が売れたから、知らない人から声を掛けられる事もままあった。


でも、あの子もそうなのかな?

男の子、特に特区の子は、異能力の事に関しては疎い事が多い。私の名前を知らないどころか、チーム戦が2人でも参加できることを知らない男の子も結構いるのだ。

それなのに、あの男の子は私の名前も知っていたし、知っていたのに”怯えなかった”。

私が、Bランクの選手だというのに。


「それに、名前聞きそびれちゃった」


相手の名前も聞けなかったし、お礼をする為に、住所とか電話番号とかも聞いておけば良かった。

決して、男の子と仲良くなるために言っている訳じゃない。

特区は男の子がただでさえ少なくて、しかも空を飛べるくらいの凄い子なんてそうそう会えない。

そういうのは分かっていても、決して不純な考えで言っているんじゃない!

はず…。


「はぁ...私ってダメだなぁ」

「どうしたの?」


私が落ち込んでいると、横から突然、親友の顔が出てきたので、私は心臓が飛び出るかと思うくらいびっくりした。

いつの間にか、地上まで降りていたみたい。


「ううん。なんでもないよ、ソフィアちゃん」

「そう?何かあったら言ってね。それより早く行こう、もみじ。入学式、始まっちゃうよ」


そう言って、ソフィアちゃんが校舎に駆け出す。


「あ、待ってよ!ソフィアちゃん」


私は急いで、自分と同じワインレッドのブレザーを着た親友の背中を追いかけた。


〈◆〉


飛鳥井さんを学校まで送った後、蔵人は真っ直ぐに桜城まで飛んだ。距離的にも、桜城と天隆はそれ程遠くなかったので、時間的余裕をかなり残して教室に着くことが出来た。


だが、そこに蔵人の席は無かった。


いや、そんな深刻な状況では決してない。

ただ蔵人の席が、見知らぬ女子生徒に占拠されているだけである。青みがかった艶のある長髪を腰辺りまで伸ばした娘だ。

昨日、このクラスにはいなかったはずなので、別のクラスの娘かな?

若葉さんと本田さん、見知らぬ女子生徒、あと後ろの席の西風さんの4人で楽しそうに話している。


これは邪魔できないな。

蔵人がこっそり教室の扉を閉めて、既に来ていた佐藤君の所にでも行こうと、1歩踏み出す。

すると。


「あ、巻島君!おはよう!」

「おはよう!巻島君!」

「巻島蔵人君おはよう!」


入口付近にいた女子生徒が一斉に振り返り、これまた一斉に挨拶を送り付けて来た。

女子の感知能力がずば抜けている!?

アル○ックもびっくりな防犯体制だ。


「おっ、おはよう、みんな」


蔵人は驚く内心を押し隠し、笑顔で返答する。すると、はち切れそうな笑顔を向けていた3人の目が、一瞬鋭く光り、まるで忍者のように音もなく、蔵人のすぐ近くまで忍び寄ってきただった。


「嬉しい!巻島君が、私に返事してくれた!」

「違うわ、私よ!だって私と目を合わせてくれたもの!これってもしかして、相思相愛って奴!?」

「2人とも、やめて!巻島君はみんなの物よ!」


誰の物でもないわよ!


蔵人は3人娘の圧に、一歩後退させられる。

3人は、蔵人との間に一定の間隔を保ってくれている。だが、圧が凄い。熱っぽい視線が、蔵人の体中を舐め廻すように徘徊する。見ると、周りのクラスの娘達も、蔵人に向けて同じ温度の視線を送っていた。


理由は分からないが、Cランクというだけでこうなるのは、認めざるを得ないな。

蔵人が内心諦めている中、3人は尚も口論を続けている。

これは、横やりを入れるべきであろう。


「しかし、もう名前を憶えてくれたんだね。うれしいよ」


蔵人が呟く程度の声を発すると、しかし、3人の口論はピタリと止まり、一斉にこちらへと顔を向ける。

怖い怖い。


「もちろん!ちゃんと覚えているよ!」


最初に挨拶をしてきた娘が、ブンッブンッと頭を縦に振って、過剰な肯定を示す。


「シールドで、特区の外から来ていて、出身校はモモヤマ?小学校で、趣味は筋トレと怪談話だよね!」


おお、自己紹介を完全網羅されている。

流石はエリート校のお嬢さん達だと、蔵人が感心していると、


「あと、身長は166.7cmで、首筋のホクロがチャーミングで、困ると頭の後ろに手を置くよね?」


その情報は公開していません!


自身すら知らない情報に、蔵人は笑顔が凍ってしまう。

その、蔵人の苦すぎる苦笑いを肯定と取ったのか、彼女達は嬉々として頷き合っている。


「ねぇねぇ、巻島君。巻島君は、その、私の名前は、覚えてる?」

「私は北山紗枝だよ。改めてよろしくね!」


止める間もなく、次の話題に移りだす女子生徒達。

その話題に、蔵人は顔を曇らせる。

3人の名前を覚えていなかったからだ。覚えていないが故に、自分の名前を覚えていた事を褒めたのに。これは墓穴を掘った。


「ごめんね。人の名前を覚えるのは苦手で。徐々に覚えていくから」


蔵人が素直に謝ると、嫌な顔1つせずに、それどころか慌てて手を振る3人。


「全然良いよ!」

「ゆっくりでいいから覚えてね!」

「私は北山紗枝だからね!」


北山さん、自己主張強いな。

蔵人が曖昧な態度で手を上げると、3人は凄く嬉しそうに手を振り返し、周りの娘達は恨めしそうに顔をしかめている。


「朝から男の子と会話出来ちゃった!」

「桜城に入れて良かったよぉ~!」

「手まで振ってくれるなんて、巻島君、神対応すぎ!」


…そんなことで喜んでくれるのか?

黄色い声を背に受けながら、やはり特区の娘は分からんなと、蔵人は3人の隙を縫ってその場を脱出する。

すると、さっきまで談笑していたクラスの娘達が、ほとんど全員、蔵人の方を見ていた。


そりゃそうか。あれだけ騒がれたのだから。

案の定、見知らぬ女子生徒も気付いてしまい、彼女は、大きいお目目をパチクリと瞬きした後、慌てて立ち上がってしまった。


「あっ、ごめんなさい!勝手に使わせて貰っちゃったわ」


長い髪をさらりと流して、見知らぬ女子生徒が頭を下げる。

落ち着いていて、大人びた物腰の娘だなと、蔵人はそう思いながら首を振る。


「いえいえ。こちらこそ、お話の途中で割り込む形になってしまって済みません」


蔵人が申し訳なさそうに頭を掻くと、何故か驚き顔を返してくる大人びた女子生徒。

彼女の視線が、蔵人の顔とネクタイを往復する。

はい。私はまたもや、何かやらかしているのでしょうか?もう分かりません…。

蔵人の戸惑いに気付いたのか、大人びた女子生徒は視線を落として、再び謝る。


「ごめんなさい。ジロジロと見てしまって。貴方の受け答えがとても堂々としていたから、少し…いえ、かなり驚いてしまったの」

「ああ、そう言う事ですか」


これは特区の外でもあった事だ。2歳の頃は、流子さんに同じように見られたからね。

蔵人は懐かしくなって、固かった表情が少し氷解する。


「良ければ予鈴まで座っていて下さい。僕はあちらの友達に用がありますので」


佐藤君の方を見ながら言う蔵人だが、別に佐藤君に用事なんて無い。彼女に気を使っただけである。

だが、


「ちょっと待って蔵人君。私は君に用があります」


立ち去ろうとする蔵人を、若葉さんが止める。

用とは何だろうか?何故、ペンとメモ帳を持って取材モードになっているのだろうか?昨日は散々、その取材を受けた筈なのだが?

蔵人が訝しんでいると、大人びた女子生徒がその大きな瞳を薄くして、クスクスと笑った。


「こうなった若ちゃんはもうダメよ。テコでも動かないから」


そう言うと蔵人を手招きして、先程まで座っていた蔵人の席に座るように誘導する。

蔵人が大人しく席に着くと、大人びた女子生徒が説明してくれる。


「実は若ちゃん、貴方に聞きたいことがあってずっと待っていたのよ。なんでも、昨日の放課後、貴方が九条様と決闘をしたっていう噂があるから、それを確かめたいそうよ」


なんか物騒な感じで広まっているぞ?

蔵人が眉を寄せていると、驚きの声が上がった。それは、後ろの西風さんの物。


「決闘!?しかも、あのお嬢様と!?」

「流石にそれは、無いんじゃないのかな?だって、九条様って確か、Aランクの人でしょ?いくらなんでも男の子に手を上げるなんて...」


西風さんに同意するように、本田さんも苦笑いして首を横に振る。


「どうなんですか!?巻島さん!」


ペンをマイクの様に蔵人の口元に差し出して、真実を引き出そうとする若葉さん。

彼女の目は、とってもキラキラしていて、知りたくて仕方がないと言わなくても分かる状態。

ジャーナリストの鏡め。

蔵人は一瞬、彼女を胡乱げに見て、重い口を開く。


「決闘ではないよ。まぁ、でも...」


昨日の九条様とのやり取りを、簡単に説明する蔵人。

すると、


「ま、巻島君って、あの、頼人様のお兄さん...!」


絶句する本田さん。


「すっご~い...Aランクと戦って、互角って」


目を輝かせる西風さん。


「互角じゃないさ。九条様は、かなり手加減していたからね」


蔵人は急いで、西風さんの発言を訂正する。

また話が大きくなって、九条様に迷惑が掛かる恐れがあったから。


「それでも相手はAランクでしょ?やっぱすっごいよ...」


それでも尚、目を輝かせる西風さん。

その横で、危険な笑みを浮かべる若葉さん。突然、ペンを走らせ出す。


「真昼の決闘。Cランクに打ち砕かれたAランクの拳、天才少年現る!これだ。これは売れる!」

「決闘ではないし、砕いてない。そもそも売るな!」


蔵人は、全力でそのペンを止める。


「あら?天才少年は良いのかしら?」

「...それもやめてくれ」


大人びた女子生徒が蔵人をイジリ...いや、的確なアドバイスを入れてくれたので、採用して若葉さんに釘を刺す蔵人。


「ええ〜!絶対売れるのにぃ!」


だから売るなって…。

若葉さんが不満タラタラで蔵人に唇を尖らせた所で、予鈴が鳴った。

もう、そんな時間か。朝からハードである。


「それじゃあ私は行くわ。またね、若ちゃん。えっと、蔵人ちゃん?」


大人びた女子生徒が小首を傾げて訪ねてくる。

男にもちゃん付けか。なかなか新鮮だ。

蔵人が、その呼び方で良いという意味で頷くと、彼女は嬉しそうに微笑む。


彼女が笑うと、蔵人の中で何かがざわめく。

頭の中で、あの子の顔がおもむろに浮かんでくる。

いかん。

蔵人が頭を振っている内に、大人びた娘はクルリと後ろを向いて、教室の出口へと歩み出そうとしていた


「あ、えっと...」


名前を呼ぼうとした蔵人だったが、そう言えば名前を聞いていなかった。この数分で、随分と親しくなった気がするが、肝心の自己紹介を全くしていなかったな。

そんな蔵人の心中を察してか、


「鶴海よ。私の名前は鶴海翠(つるみ みどり)。よろしくね」


振返りそう言った彼女は、静かに笑った。

長い髪を靡かせて帰っていく鶴海さん。

表情がとても豊かで、可愛らしい一面を持っているのに、雰囲気や立ち居振る舞いがとてもお淑やかな娘だ。

正に大和撫子。


「またね!ミドリン!」


手を振る若葉さんの横で、ズッコケる蔵人。

ミドリンって、折角のイメージがぶち壊しである。

ようやく、現実を受け入れ始めた主人公。

それでも、随分と振り回されていますね。


そして、再開した飛鳥井さん。天隆ということは、ライバル校ですよね?

彼女との縁も、どう転がっていくのでしょうか…。


イノセスメモ:

・鶴海翠…Cランク、アクアキネシス。知的で穏やかな性格であり、成績も学内で上位。主人公は彼女に誰かを重ねているようだが…?

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― 新着の感想 ―
[一言]  とりあえず、最新話まで読んでからの2周目中(笑)  やはり、鶴海さんが最終的に”メインヒロイン”になるのかぁ!?  などと思ったり(^^a
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