390話(2/2)~ちょっと怖い人だったね~
※臨時投稿です。昨日も投稿していますので、読み飛ばしにご注意ください。
怪しさ満点で近づいて来た、白人女性の2人組。足運びや雰囲気から、どうも一般人ではない様子。
加えて、銃口を突き付けられているというのに、全く動じる様子もない。彼女達視線はずっと、こちらから離れようとしなかった。
これは…どうやら彼女達は、俺をターゲットにしているみたいだ。この2人には、こちらの正体がバレているのか?
蔵人が危惧していると、橙子さんの腕がカチャっと鳴り、銃弾が装填された事が周囲に伝わった。
「道は交番でお聴き下さい。我々は急ぎますので」
冷たく言い放つ橙子さんに、女性達は顔を見合わせてペチャクチャと会話する。
その言葉は聞こえてはいるが、何を話しているのかは全く分からない。
…もしかしてこいつら、ロシア人か?
機械神と似たよな発音の言葉を吐く2人に、蔵人は警戒レベルを更に上げる。
そうしていると、こちらが警戒しているのが伝わったのか、2人の白人女性達は足を止めて、ニコッと胡散臭い作り笑いを浮かべた。
「ミチを教えてくだサイ。お爺ちゃん」
柔和な雰囲気を作り出そうとしているのだろうけど、欲が丸出しだ。2人の放つ異国語が、どんな意味かは分からないが、明らかにこちらとの接触を狙っているのが伝わってくる。
とは言え、相手は外国人。下手に手を出せば外交問題になるかもしれない。何処の国から訪日したか分からないが、五代列強であれば日本の司法が守ってくれるかが微妙なところ。史実でも外国人に弱腰の日本だが、この世界では更に立場が弱くなっている。だから、素性が分からない外国人に手を出すのは得策ではない。
では…逃げるか。
蔵人はこっそり橙子さんの手を握り、そのまま走り出そうとした。
だが、その前に、
「道でしたら、我々がお教えしますよ?」
白人女性2人の背後に、4人の女性と1人の男性が突然現れた。
テレポート。
女性達はスーツを着たOLっぽい格好の日本人で、男性はすっぽりとフードを被って顔が見えない出で立ちだった。
何処にでも居そうな服装だが、この人達の雰囲気も只者ではなかった。空気がピリついているし、何より、橙子さんが銃を下ろしてビシッと敬礼していた。
つまりは…そっち方面の人達か。
【#&+%=@]%=&[[#-!】
【\$+¥'~\¥}>_$'$!?】
突然現れた5人組に対し、白人女性達が捲し立てる様に言葉を言い放つ。
でも、4人のOLは全く動じない。流れる様な動作で白人女性の両側に立ち、そのまま何処かへと連行していってしまった。
強い…。
「(低音)橙子さん。あの人達は一体…」
「申し訳ございません。自分には、それを開示する権限がありません」
うん。やっぱりそう言う人達ってことだな。
流石は軍人さんだなと、蔵人は彼女達が去った方向に視線を向ける。
しかし、どうして急にロシア人が接触を図って来たのだろうか?まさか、あのテレビを見て、ジャバウォックの力にロシア政府も動いたとでも言うのか?
分からないが、世界からも徐々に注目され始めたと思って、注意するべきだな。
大野さんに言われた意味が分かり、蔵人は気を引き締めた。
「そりゃ、あれだけ暴れたもんねぇ〜」
昼休み。
学食を食べに行こうよと、食堂へと向かっている最中に今朝の事をみんなに話したら、若葉さんが「当然だよ」と腕を組んで口を尖らせた。
「元々、オリンピックの影響で訪日外国人の数は増えていたけど、ここ最近は急激に増えているみたいだからね」
「それって、僕たちの影響なの?」
桃花さんが眉を下げながら聞くと、若葉さんは大きく頷いた。
「それが1番大きいだろうね。現に今、大阪都心のホテルは殆ど埋まっていて、GW期間なんて、既に近畿中のホテルが取れない状態になっているからさ」
「GWで大阪周辺が混雑しているってことは、その人達はファランクスの強化合宿が目的なのね?」
鶴海さんの問いかけに、若葉さんは「ビンゴ」と指を鳴らす。
「蔵人君達が参加する合宿を一目見ようと、世界各国から訪日外国人がわんさか来ているんだ。強豪イーグルスを倒した手腕と、LAの大規模暴動を見事に抑え込んだ小さなヒーローを観たいっていう好奇心からね」
「ふむ。手腕ね」
それはつまり、我々の技術力に注目が集まっていると言う事。魔力量ばかりでなく、技術力も大事だと世界も気付き始めている兆しでは無いだろうか?
これは良いことだと鼻息を荒くしていると、桃花さんが小さくなって呻いた。
「うぅう…みんなに注目されているって思うと、なんか緊張するね」
彼女も強化合宿に参加する事を決めたから、その光景を思い浮かべて不安になっているみたいだ。
誰しも、見世物パンダは嫌だからな。
そんな彼女に、鶴海さんが笑いかける。
「大丈夫よ、桃ちゃん。練習は殆どが非公開だし、公開されるのも一部のメディアだけ。一般人が見に来る事は出来ないから、CECよりも緊張はしないわよ」
「私はしっかり取材するけどね!」
若葉さんが親指を上げる。
彼女は特別に、大会運営から取材許可が降りているらしい。
桜城専属のカメラマンとして呼ばれているのもあるだろうが、彼女自体が我々の仲間と認識されているのが大きいと思う。
CECでは撮影に専念していたけど、コンビネーションカップではギデオンとも戦ったからね。彼女が蒼龍の中核に居た事も、大会運営理事や政府関係者であれば把握しているだろう。
「そっか。それなら、ちょっとはマシなのかな?でも、合宿とは言っても選考会なんでしょ?厳しい練習って、なんか怖くて嫌だなぁ」
「普段の俺の練習も、十分厳しいと思うがね」
桜城の練習量は、他校と比べてもかなり多い。特にフィジカルを鍛えることを重要視しているので、練習終わりはみんな汗だくだ。
そんな練習をこなしているみんなだ。強化合宿でも十分通用するのでは?と蔵人は思ったが、若葉さんは「どうだろうねぇ」と言葉を濁した。
「今回の強化合宿には、獅子王の進藤監督もコーチの1人として参加しているらしいよ。あの人の訓練は特に厳しくて、獅子王の精鋭選手ですら、毎年脱走兵を出しているレベルなんだ。だから、進藤監督は裏で〈鬼軍曹〉なんて呼ばれているんだってさ」
「お、鬼軍曹…」
桃花さんの顔が、更に青くなる。
それに、若葉さんは得意げに人差し指を上に向ける。
「他にも、現U18リーグの監督さんや、元プロ選手達もサポートに来るみたいだから、練習内容はかなり濃くなるんじゃないかな?」
「それは面白そうね」
鶴海さんは目を輝かせて、両手を合わせた。
鶴海さんも今回、U18のサポーターとして呼ばれている。フィールドに出る選手としてではなく、練習をサポートするベンチスタッフとしてだ。CECでは見事な采配を披露したので、そこを大会運営は評価して、彼女にも声を掛けたみたいだった。
「楽しみって言うけど、ミドリンも練習に参加させられるかも知れないよ?いざって時に、フィールドで指揮を執るクォーターバックを任される可能性もあるんだから」
選手として招かれている訳じゃなくても、フィールドに立つ可能性は大いにある。
彼女の魅力の一つが、フィールドでの的確な指示であるから、強化合宿の練習内容によっては、鶴海さんが指揮を執ることもあると思われる。
「ええ。それに近い説明は受けているから、心の準備は出来ているわ」
しかし、鶴海さんは動じない。選手と同じような扱いを受けても、楽しみの方が勝つらしい。
「蔵人ちゃんが編み出した桜城の練習と、日本のトップが推奨する練習。その2つのを比べられるチャンスなんて、なかなかない事だもの」
なるほど。確かにそれは楽しみだ。
日本のプロがどんな練習をしているのか。それを体験できるだけでも良い経験になる。また、全日本から半年が経つ今、異能力に対する日本異能力会の考え方が見えるかもしれない。
ある意味、自身の通信簿みたいなものだ。
「流石はミドリン。旦那さん自慢をする気だね?」
「なっ!何を言っているのよ!若ちゃん!」
小悪魔笑顔を浮かべる若葉さんに、真っ赤な顔で悲鳴を上げる鶴海さん。
若葉さんよ。今の攻撃は、こちらにも飛び火しているのが分かっているかい?
仲良く追いかけっこを始めた2人の背中を、腕組みしながら見る蔵人。その背中を、桃花さんがツンツンと突いてきた。
はいはい。なんでしょう?
「ねぇ、蔵人君。知らない男の子が、こっちに手を振っているよ?」
彼女が指さす方を見ると、数人の女子に囲まれた男子が軽く手を上げて、こちらへと歩いて来ていた。
一瞬、サーミン先輩かと思ったが、違った。
彼は、
「随分と賑やかだね、巻島君」
「えっ?湊音君…か?」
その子は、鹿島湊音。鹿島部長の弟さんで、ハーモニクスの同級生だ。去年の今頃、WTCのダンジョンダイバーズで手助けしたことが切っ掛けで、ちょっとした顔見知りとなった。
その頃はとても大人しくて内気な子、だったのだが…。
「ああ、僕は湊音だよ。それ以外の何かに見えるのかな?」
「ああ、いや。済まない。随分と凛々しくなったと言うか、堂々としているから、別人のように見えてしまってね」
そう。彼は様変わりしていた。
あの時は、常に下を向いている弱弱しい特区特有の男子って印象を受けたのだが、今は人の目を真っ直ぐに返して微笑むくらいの度胸が付いていた。
加えて、周囲に女子生徒が居ても嫌がる素振りを見せず、寧ろそれを誇っているようにも感じる。彼を取り巻く彼女達も、満足そうな顔をしていた。
蔵人が驚き顔を向けると、湊音君は少し得意げに笑みを浮かべた。
「君には遠く及ばないけれど、僕もそれなりに鍛えているからね。去年の夏ごろからずっと、神奈川WTCのダンジョンダイバーズに挑んで、先月には150階を突破したんだ」
「おおっ!それは凄いな」
蔵人はつい嬉しくなって、彼に向かって手を差し出していた。
あの時、しり込みをして前に出られなかった少年は、しっかりと前を向いて歩いている。それを聞いて嬉しくなったのだ。
その手を、湊音君は力強く握り返す。
「僕は君のお陰で変われたんだ。ただ怖がっているだけじゃ駄目だって分かった。挑戦して、前に出る事が大事なんだってね。そしたら、怖いと思っていた者なんて、大したことないって分かったんだよ」
「ああ、そうだな。経験とは、人を何倍も大きくするものさ」
握手を解いて、蔵人は頷く。
無知なる恐怖は、それを知ってしまえば無くなるもの。だが、それを知るのが難しい。湊音君の様に、自ら克服できる人間は強い。
湊音君は握手した手をそのままに、その腕に巻かれた腕時計に目を落とす。
「おっと、ごめん。つい話し込んでしまったね」
「こちらこそ、貴重な昼休みに済まない。今から学食かい?」
「いいや。午後は学校を早退して、WTCに行くんだ。彼女と約束があるからね」
早退?WTCで遊ぶ為に?
違和感を感じた蔵人。だが、こちらが何かを言う前に、湊音君は颯爽と去って行く。彼に置いて行かれまいと、周りの女の子達も小走りで彼の背について行った。
廊下の中央を堂々と歩く集団を、蔵人は暫く目で追う。
本当に、彼は変わった。まるで別人の様に見える。
「なんか、ちょっと怖い人だったね」
蔵人の隣に立った桃花さんが、彼らの後ろ姿にポツリと呟く。
それに、蔵人は首を傾げた。
「怖い?湊音君が?」
「うん。何となくだけど、あの子の空気が冷たく感じたんだ。それが、なんとなく怖いなって思って」
「ふむ。冷たい…か」
そうなのだろうか?
蔵人はもう一度彼らへと視線を戻したが、その時には既に、彼らの姿は消えていた。
そこには、真っ赤な顔で追いかけっこに興じる、鶴海さん達の姿があるだけだった。
強化合宿には進藤監督も来るのですね。
「鬼軍曹か。昭和の男…いや、昭和の女の気質でビシバシやるのだろうな」
パワハラだって、訴えられませんかね?
「そういう時代ではない。まだな」