389話~私は全く知らないの~
「てな事で、ウチらは華々しくアメリカの地を送り出されたんや」
「「わぁあああ…」」
「素敵です、伏見お姉様!」
無事に日本へ帰国した翌日。
その放課後に、教員棟の1階で1年生が伏見さんを取り囲み、昂る感情を吐露していた。
それに、伏見さんは若干顔を赤らめながら、ブンブンと顔の前で手を振る。
「お姉様はアカンって。背中が痒くてしゃーないわ。それに、凄いんはウチやのうてカシラやで?」
そう言って彼女が指さすのは、学園掲示板の壁一面に張り出された構内新聞だ。そこに写るのは、アメリカで若葉さんが激写した写真の数々。
伏見さんが指し示すのは、その内で一番左側の1枚。桜城選手達が出口ゲートから出て、大勢の記者に取り込込まれる中、その中心で丸顔のおばさんと握手する蔵人を写したものだった。
「カシラは凄いんやで?帰国して5分も経っておらんうちに、オリンピック候補選手になってもうたんやからな」
「伏見さん。候補選手じゃなくて、強化合宿に選ばれただけだぞ?」
堪らず、蔵人は訂正した。今の言い方では、まるでオリンピック選手になったように聞き違える人がいると思って。
成田空港に降りた瞬間、我々は大勢の取材陣に囲まれてしまった。
元々注目されていたアメリカ遠征で、優勝という輝かしい成績を収めた桜城選手団に対し、日本はアメリカ以上に湧き立っていたらしい。
ゲートをくぐった瞬間にフラッシュの嵐が直撃し、マイクが至る所から伸ばされていた。記者団の後ろでは、沢山の横断幕とキラキラの団扇が掲げられており〈祝・優勝〉だとか〈日本の誇り〉だとかの文字が躍っていた。
その、大勢詰めかけた応援団の先頭に居たのが、異能力大会運営の川村理事長だった。彼女は、CECの優勝を称えると共に、GWに行われる強化合宿への参加を打診して来た。
ただし、
「この話には、君も含まれるだろ?伏見さん」
誘われたのは、蔵人だけではなかった。海麗先輩に鈴華、慶太、桃花さん。そして、伏見さんも呼ばれていた。
なので、自分を棚に上げて持ち上げようとする彼女を、蔵人は持ち上げ返そうとした。
その策略にハマった1年生達が、キラキラした目で彼女を振り返る。
「流石はお姉さ…伏見先輩です」
「お2人とも、流石ですわ」
「オリンピック候補って、もう決まったも同然なんじゃないです?」
「いえ、候補者を募って、その合宿で篩に掛けるらしいですわ」
「でも、それでも凄いわ。周りは高校生ばっかりの中で、呼ばれるなんて」
期待してくれている所で悪いけど、本当にどうなるか分からんよ?合宿に呼ばれている人の大半はU18の高校生。それも、大会運営が選んだ優秀な選手達だ。どんな人が来るか分からない以上、楽観視は出来ない。
とは言え、アメリカのU18を倒してきたのも事実なので、期待は出来る。
「そうなると、今年のビッグゲームは辛いな」
蔵人達がオリンピックの話題に花咲かせていると、一条様がポツリと零す。
それに、他の1年生達は固まる。おずおずと、こちらを見てくる。
それに、蔵人は頷く。
「そうですね。オリンピックは8月の上旬から下旬まで。対して、今年のビッグゲームは8月上旬。万が一我々からオリンピック選手が排出されたら、その選手はビッグゲームには出場出来ないでしょう」
関東大会までなら出られるかも知れないが、全国大会本番は時期的に厳しい。仮に、今回呼ばれた全員がオリンピック選手となったりしたら、桜城の戦力は大幅に減少するだろう。ビッグゲームが、かなり厳しい戦いになるのは目に見えている。
ただし、
「現戦力において考えたら、ですがね」
4月になって、多くの1年生達が入ってきた。その中には、一条様やその護衛達のような高ランクや、雪花ちゃんみたいな最上位種の子が大勢入部してくれた。彼女達は訓練を始めたばかりであり、これから幾らでも伸びる可能性がある。普段の練習だけでなく、大量に申し込まれている練習試合や都大会、関東大会を経験するにつれて、各々の技能が磨かれていくことだろう。
「これからの努力によっては、君達1年生が桜城を支える主力になりえるんだ。だから、君たちの頑張りによって、今年のビッグゲームが決まってくる」
蔵人が握りこぶしを作って鼓舞すると、1年生達は不安そうな顔を見合わせた。「私達1年生が?」とか「3年生も居るから…」と、遠慮気味な声がちらほら聞こえてくる。
そんな中、
「うん。そうだったな」
ただ1人、一条様だけは深く頷く。
「済まない、巻島先輩。俺が間違っていた。俺達が、次の桜城を作るべきなんだな。去年の桜城の様に。こんな近くに、最高の手本が居るのだから」
力強い彼の言葉に、他の1年生も顔を上げて、うんうんと同意してくれた。
カリスマ性と言うべきか、彼からは何か、見えないオーラがあるように感じる。そのオーラが人を惹きつけ、同意を誘っている。
「そうと決まれば、やる事は1つだ。みんな、練習をしよう。1秒でも長く練習に費やし、1つでも多くを得られるように。我々が、ビッグゲームを優勝する為に」
「「「はいっ!」」」
一条様に率いられて、1年生達は訓練棟へと向かっていく。
蔵人はそれを見て、間違いであったと思った。
彼がファランクス部へ入部したいと言い出した時、入部を許可していいものかと正直かなり悩んだものだ。一条家という大き過ぎる力が、部に良からぬ争いを招くのではないかと危惧した。
でも、今の彼を見ていると、それが間違いであったと分かった。彼の純粋な向上心は、周囲にも良い影響を広めている。彼が入部してくれてよかったと、心から思える。
流石は、政治家の家柄である一条家の…いや、そう言ってしまうのは、彼に失礼だ。
流石は透矢様、だな。
「蔵人君、蔵人君」
小さくなっていく1年生達の背中を見送っていると、後ろから声を掛けられた。
見ると、若葉さんが柱の裏から手招きをしていた。
「ちょっと」
なんだろうか?秘密の話?
蔵人が彼女の元に行くと、彼女は何も言わずに歩き出した。
…着いて来い、と言うことだろう。
彼女の背に着いて行くと、吹奏楽部が練習中のフロアの、隅っこの方へと誘われた。
周囲がうるさい方が、超聴覚に聞かれるリスクが減ると思っているのかな?それだけ、重要な話をするのだろう。
彼女の配慮に追加して、蔵人は周囲に魔銀盾を散らばらせる。
「さて、これで透視も効きにくくなったと思うが…どんな情報を仕入れたんだい?」
「前に蔵人君から依頼されていた回答だよ。ツルって名前の人を探ってくれってさ」
ああ、そうそう。依頼していたな。
蔵人はポンッと手を叩く。
確か、港で天龍にシンクロをした日に、帰り道で彼女にお願いしたのだった。琴音さんから聞いた情報で、雷門様が口にしたという人物の名前だ。
「分かったのか。その人物が」
「分からないよ」
ズコー。
蔵人は肩透かしを食らった。
「わ、分からんのかい」
「今はね。でも、その名前を出した雷門様の周辺を探ってみて、分かった事があるんだ」
ほうほう。だから、ここまで厳重警戒を敷いたと?
蔵人が体を傾けると、若葉さんはもったいぶって咳を1つ。
「ゴホンッ。ええ、音張さん達の卒業式より1週間くらい前に、雷門様の所にお客さんが来たみたいなんだ」
「客…その人がツルさん…なら、君が既に把握しているか」
蔵人の問いに、若葉さんは「勿論」と頷く。
「その客人が誰かまでは掴めていないんだけど、どうやら軍の関係者だったみたいなんだ。彼女の見せた一瞬の動作が、軍人のそれだったって聞いてるよ」
ふむふむ。長く軍に属していると、どうしても動作の何処かに癖が残ってしまうからな。それを消すために、大野さん達は学生寮生活を演じている訳で…。
「軍人が雷門様に接触する。それは、元陸軍大将である彼であれば、特段おかしな事でもないと思うが?」
「まぁね。手紙や電話でのやり取りはあるみたいだし、偶にお偉いさんが訪問することもあるみたい。でも、今回は妙なお土産を雷門様に渡したらしいよ」
「妙な、土産?」
蔵人が眉を寄せると、若葉さんも同じ様に眉を寄せた。
「うん。音張さんから聞いた話だけど、なんか真っ黒い金属みたいな物なんだ。表面はかなり錆びているのに、断面は綺麗なままの薄く黒い金属なんだって」
「錆びた、黒い金属…」
そのワードを聞いた瞬間、蔵人の頭の中である光景がフラッシュバックした。金属が一瞬でさびていくという、奇妙な現象を。
「若葉さん。DP社を探る事は出来ないか?可能であれば、社のロゴが変わる前の古い装備と、その雷門様の金属片の関係を探ってみて欲しい」
イーグルス戦の中盤。背番号1番のオリアナ選手が着ていた装備が壊れ、中から古いDP社のロゴが現れた。そのロゴが、港戦で戦ったナイト級アームドの持っていた盾と同じ物だった。
もしも、雷門様に手渡されたその金属がDP社の物であれば、DP社とアグレスの関係性を掴むことができ、そこからアグレスの情報を得られるのでは?と蔵人は考えた。
勿論、錆びた金属というワードから得た発想なので、全く見当違いな可能性も高い。
「分かった。そっち方向にも探りを入れてみるよ」
それでも、若葉さんは2つ返事で、蔵人の依頼を受けてくれた。
有難い。
「けどさ、蔵人君。私達も海外のことになると、日本ほどの情報網がないんだよ。何か頼りになるコネがあれば、情報の質も確保できるんだけど…」
「コネ、ねぇ。こんなのでどうかな?」
蔵人は若葉さんに、2枚の名刺を渡す。
アマンダさんとローズマリーさんの名刺だ。彼女達なら、ある程度協力してくれると信じたい。
「これは…強いカードだね。助かるよ。出来れば、蔵人君から一言でもジャブを打っておいて欲しいんだけど…?」
「そうだな。先ず俺から、話を通す方が良いか」
いきなり知らない番号から来たら、警戒してしまう。それが海外からの番号であれば猶更だ。
16時間の時差だから、明日の朝にでも電話するとしよう。
「うん。ありがとう、蔵人君」
「それはこちらのセリフだ、若葉さん」
今までも沢山の情報を掴んでくれて、今回も凄く重要な情報を提供してくれた。
本当に、彼女と出会えたことは、神様にも感謝したい。どんなチート能力よりも、人脈は貴重なものだから。
蔵人は感謝の念を込めて、彼女と固い握手をする。
「く、蔵人君。君はまたそうやって、女子を相手に無防備な…」
すると、彼女は顔を赤らめてしまった。
うむ。やっぱりやりにくい世界だな、ここは。
若葉さんに新たな任務を依頼した蔵人は、彼女と別れてフロアを彷徨う。
さて、トランペット部隊は何処にいるのだろう?と探していると、下の階で楽譜と睨めっこをしていた。だが、お目当ての人物は見当たらない。
こいつは、仕方ない。
「練習中に済みません」
「えっ?ええぇえ!?」
楽譜を捲っていた女子生徒に声を掛けたら、飛び上がるほど驚かせてしまった。
演奏をやめたタイミングだから良いかと思ったのだが、ダメだった。
やはり、やりにくい世界だ。
「なっ、なんなっ、なんでしょうか?黒騎士様」
「ええ。トランペットの林映美さんを探していて。練習場所が何処かご存知ありませんか?」
蔵人がそう聞くと、女子生徒は真っ赤だった顔を輝かせて「こっちです!」と誘導を開始した。
いや、場所を口頭で教えてくれるだけで十分なんだけど?
そう思いながらも、蔵人は女子生徒の背中に着いていく。
「ここですっ!黒騎士様」
案内されたのは、教員棟外の裏手だった。林さんはそこで、1人で練習していた。
別に、除け者にされているのではない。吹奏楽部って、音被りしないように各々離れてやるから、場所取りが大変なのだ。
「案内して頂き、ありがとうございました」
「とんでもないです!こちらこそ、ありがとうございます。黒騎士様!」
終始顔を赤くしていた女子生徒は、口元を押さえて走り去ってしまった。
去り際に「きゃぁああ」と抑えた声を漏らしていたが…色々と大丈夫かね?
「どうかしたの?巻島君」
「ああ、練習中にごめんね、林さん。ちょっとアメリカ遠征で得た情報を共有したいと思ってさ。今、時間はあるかな?」
「うん。大丈夫だよ」
急な申し出にも関わらず、林さんは二つ返事で了承してくれた。
感謝だ。
彼女の快諾を受けた瞬間に、蔵人は周囲にジャマーをばら撒く。
「先ずは結果報告だけど、CECは優勝する事は出来た。けどその後、大規模な暴動に巻き込まれてね」
「うん。それはテレビでも観たよ。凄いことになっていたね…」
林さんは硬い表情で頷く。
何でも、LA暴動のニュースは日本でも大きく取り上げられ、桜城選手の安否について酷く心配を掛けたらしい。でも次の日には、その暴動をセレナと一緒に止めたニュースが駆け抜けて、日本中がお祭り騒ぎとなったそうだ。
「コメンテーターが言っていたけど、ノーベル平和賞かそれに準ずる勲章が貰えてもおかしくない働きだって、自慢げに評価されていたよ。特に、蔵人君達のユニゾンについては熱く語られてたんだ」
「うわっ。こっちでも言われているのか…」
軍のお偉いさんや大統領が褒めたたえるのは分からんでもないけど、テレビのニュースだけならジャバウォックはただの置物の筈だぞ?なぜそこまで過大な評価を受けることとなっているのだ?
蔵人は不安に思うが、ふぅっと息を吐いて気持ちをリセットする。
周囲に魔銀盾をばら撒いて、話を元に戻す。
「林さんも観ていたなら話が早い。単刀直入に聞くけど、あのカイザー級がGWに出現する筈だったボスなのかな?」
「多分そうだと思う。薬物による集団暴動だってテレビの解説者は言っていたけれど、あの規模の暴動はGWの悪魔じゃないと出来ない事だと思うんだ」
ゲームでも【日輪】を分断し、主人公達を北の大地にまで追いやった仇敵。
あの暴動はそれに匹敵するほどの大規模なものだったし、そんなことが出来る奴が何体も居る筈はないと、林さんは小さく首を振る。
彼女がそこまで言うのなら、それで確定だろう。
GWに入る前に、強大な敵を倒せたのは大きな収穫だ。
でも、
「林さん。日本に来るはずだったカイザー級が、何故アメリカに来たのか、何か見当がつくかな?」
「それなんだよね。これまでのアグレス襲撃はゲームと全く一緒だったのに、今回は出現場所も、タイミングも全然違った。私の記憶間違いとも考えたんだけど…はっきりとは分からないの」
一緒に悩む林さん。
そんな彼女に、蔵人は持論を聞かせてみた。薬物Dの存在が、カイザー級を引き付けたのではないかと。
「ディ…かぁ。ゲームでは聞いた事もない薬だよ。ゲームじゃ薬なんて殆ど出てこないし、アグレスの一部を使ったアイテムなんて聞いたことも無い。そもそも、アグレスのドロップ品なんてないから」
そうだよな。アグレスって、倒すと霧みたいに消えてしまうから。
ああ、そうそう。
「そのドロップ品についてなんだけど、4月初旬に静岡の港でアグレスの襲撃があって、その中のナイト級アームドが装備品を落とした話をしたよね?そいつがどうも、DP社が製造しているパワードスーツと関係がありそうなんだ」
「DP社?うーん…そんな会社も、ゲームで出てきた覚えがないなぁ。武装アグレスの装備を、何処かの企業が作っているなんて聞いた事もないし」
まぁ、DP社がアグレスに武器を提供したかははっきりしない部分だからな。殺された軍人さんの装備をパクっている可能性の方が高いし、バグが消えれば装備も朽ち果てて消えてしまう。
ゲームでそこら辺の情報が出てこないのは納得できる。
…そこまで作り込んでいないだけかもしれないけど。
「そこら辺については今、若葉さんに調べて貰っているよ。雷門様に金属片のお土産が渡されて、彼が大きく動揺しているって聞いているからさ」
「雷門…様…」
雷門様の話をしたら、林さんの表情が暗くなった。
これは、何か知っているな?
「もしかして、その金属片について、何か心当たりがあるのかな?」
「ううん。ごめん、それも分からないんだ。実物を見たら何か思い出すかもしれないけれど、それも確かなことじゃない。謎の金属片なんてアイテムも、ゲームでは出てきた覚えがないから…」
それはそうだ。謎の金属なんて曖昧な情報では、逆に困ってしまうか。
蔵人は反省し、では林さんが気になった部分は、雷門様の方だったのかな?と思って彼女に聞いてみた。
すると、
「雷門様について、私は全く知らないの」
知らなかった。しかも全否定。
彼女の表情が暗いと思ったのは、自分の勘違いか?
そう思った蔵人に、林さんはブンブンと首を振った。
「違うの、蔵人君。私は、雷門様の事を全く知らないんだよ」
なに?全く?
「…どういうことだ?林さん。全くとは、詳しい人が他にもいるって意味…じゃないよな?」
「ううん。そうじゃないの。私は、蔵人君達と出会って初めて、雷門の苗字を知ったの。だって、雷門なんて名前のキャラクターは、ゲームでは一切出て来ないから」
…なに?
一瞬、蔵人は言葉に詰まる。
「林さん。それは…あれかな?まだゲームでは実装されていなかったってことかな?」
雷門様はSランクのエレキネシス。日本の最高戦力である彼が序盤から出てしまっては、ゲームバランスが崩壊してしまう。だから、ゲームがある程度進行した後に出てくるキャラクターなのでは?と蔵人は推測した。
それに、林さんは再び首を振る。
「多分、違うと思う。だって、他のSランク8人は全員名前が出て来ているし、何よりもゲームのタイトルである〈エイト・ラインズ〉の意味は【日輪】に居る8人のSランクを示した言葉だから」
機械神によって分断された【日輪】で、主人公達は8人のSランクに率いられて【日輪】の奪還を目指す。その際に、どのSランクの部隊に入るかでメインストーリーが変わるらしい。ストーリーによって、受ける任務も、派遣される地域も変わり、ガチャから出るキャラの排出率にも特徴が出るのだとか。
それだけ重要な立ち位置に居るSランク達の中で、雷門様の名前が全く出ないのはおかしい。日本最強の彼だから、ルート選択から外されることはあるかもしれないけれど、アグレス殲滅の象徴として崇められる立場とかに居そうなものだ。
つまり、それは…。
「雷門様は、バグで出来た存在…?」
いや、そう判断するのは早計だ。彼からは、ヒリ付く威圧感しか感じなかった。ゲームでの彼が、まだ未実装なキャラクターという線も残っているのだから。
例えば、彼が他国の出身で、後々【日輪】の援軍として実装される予定だったとか。アグレスというバグのせいで、彼の出現タイミングがズレたという線も考えられる。
もしそうだとしたら、彼の過去を調べれば何かが分かるかもしれない。ゲームのシナリオすら変える程のバグと接した可能性があり、それがバグの根本原因である可能性が高い。
「やはり、鍵はあの人か」
蔵人は、夏祭りの時の彼を思い出す。
哀愁漂う、あの後ろ姿を。
まさか…雷門様が…バグ?
「そう判断するには早計だぞ、イノセス」
ですが、謎は全て彼へと集まっているようにも見えます。
怪しいという面で考えれば、今のところ彼が筆頭でしょう。
今話にて、長らく続きました「夢幻篇」を終了といたします。
次回からは、「深想篇」となります。
「夢幻といい、深想といい。何かあやふやなイメージの言葉が続くな」
拳で殴り合う感じの章ではなさそうですね。