388話(1/2)〜当然の事だ〜
朝食の後、各自はそれぞれの部屋に戻って荷造りを行う。
とは言え、昨日の内にある程度は終わっている作業である。後は今日使った物をバッグの隙間にねじ込み、時間までゆっくり過ごせば良いだけ。
そう思っていたのだが、何故か部屋の中には私物が散乱している。洗面台のワックスとベッド上の派手なパンツは誰の物?
「オイラじゃないよ?」
「俺な訳ねぇだろ」
2人に視線を送ったら、どちらにも跳ね返されてしまった。
うん。分かっている。この派手な柄はやっぱり…。
「よぉ、蔵人。俺のパンツなんて持ってどうした?それ欲しいのか?」
丁度帰ってきたサーミン先輩が、ドアにもたれ掛かりながら格好付けていた。彼の着ているシャツはヨレヨレで、顔中に真っ赤な口紅が付いている。しかも、目の下には特大のクマさんが横たわっていた。
見事な朝帰りだな、先輩。一緒に表彰式出てた筈なのに、何処にそんな体力があるんだ。
呆れながらも、蔵人は首を振る。
「遠慮します。それより早く荷造りしちゃって下さい。もうそろそろ帰国しますよ?」
「なに!?今日が帰国だったっけ?やっべー。キャサリンちゃん達と今夜、デートの約束しちまったよ」
流石はサーミン先輩。もうこっちでも現地妻を作ってるとは。
「その人が誰かは問いませんが、出発まで1時間もありませんから、ちゃちゃっと朝食を摂って…」
「わりぃ、蔵人。俺ちょっと野暮用を思い出し…」
「行かせるかぁ!」
サーミン先輩が逃げ出そうとしたので、蔵人は盾で彼の体を押さえつけ、逃走を阻止した。
「離せ!蔵人!せめて、あの子達に直接会って謝らねぇと!」
「それで遅れたらどうやって帰るんです?電話で謝って下さい」
這いつくばっても進もうとする先輩を見下ろし、蔵人はため息を吐く。
これは、部長や西園寺先輩の気持ちがよく分かるってもんだ。
何とかサーミン先輩に荷造りをさせると、結構ギリギリの時間となってしまった。
蔵人達が急いで1階へと降りると、みんなは既に集まっていた。そして、その周りでは随分と多くの人が右往左往していた。
水色の制服がホテルの従業員なのだが、他にも黒服やカーキ色の制服を着た人達もいる。
…誰だ?他の団体客かな?
【おーい!黒騎士君】
黒服の1人が、こちらに手を振っていた。そのバルン!バルン!と暴れるチョモランマは…アマンダさんじゃないか。
【アマンダさん。態々お見送りに来て頂いたのですか?】
【ああ。君たちを丁重に空港まで送り届ける様にと、大統領直々のお達しでね】
うわ、出た、大統領。
大丈夫だろうな?飛行機はちゃんと、成田に向かうのだろうか?まさか、見えない力でワシントン空港に方向転換したりしないよな?
不安になる蔵人だったが、アマンダさんは更に不安になることを言い出す。
【それと、君達に是非会って貰いたい人がいてね】
おいおい、待ってくれよ。そのパターンって、絶対ヤバい人を紹介する気よね?
堪らず、苦い顔をする蔵人。その前に、目の冴えるスカイブルーのスーツを着こなす白人女性が進み出た。
うーん。重鎮のオーラが滲み出ている。
【紹介させてくれ。フォックス国防副長官だ】
なに!?国防総省の副長官!?
警戒心を強める蔵人に対し、向こうは優雅な笑みを向けてくる。
【初めまして、蔵人巻島さん。グラディス・フォックスです。今話題の選手にお会いできて光栄ですわ】
【こちらこそ、お会いできて光栄です。フォックス国防副長官】
国防副長官とは、また凄い人が出てきたなぁ…。
内心では盛大に嘆きながらも、表面は取り繕う蔵人。
陸海空の軍隊を取りまとめるアメリカ国防総省。そこのナンバー2が態々挨拶に来るとは、余程の事だ。それだけ、如何にアメリカ政府が今回の襲撃を重要視しているかを計れるのと同時に、それを解決した我々に注目しているかが分かる。
さて、どう出てくるつもりだろうか?
蔵人は心のガードを固めながら、表情は柔らかくして首を少し倒す。
【国防副長官というお忙しいお立場でありながら、私達に会う為に態々足を運んでいただいたこと、恐悦でございます】
アメリカのトップ層が出て来ているのだ。ただの見送りではなかろう。
そう思ったのは蔵人だけじゃなかったみたいで、大人達が自然と集まって来る。
大野さん、柳さん。そして、ローズ先生。みんな緊張した面持ちで、蔵人の背中側に回る。
それを、フォックス副長官が興味深げに見回し、キラリと目を輝かせる。
【貴女が…柳綾子さんですね?テレビで拝見致しましたわ】
そう言って、フォックス副長官は柳さんの手を取り、こちらに視線を寄こす。
【あなた方のユニゾンがなければ、今頃アメリカは全土で喪に服す事になっていたでしょう。それを、あなた方が防いでくれたのです。操られた多くの国民を、無事に救って頂いたのです。カニンガム大統領に代わり、そしてアメリカ国民を代表して、救国の英雄に感謝を申し上げます】
フォックス副長官が、強い視線で感謝を伝えてくる。こちらに向ける瞳が真っ直ぐで、少しでも思いを伝えたいと言う意志を感じた。
この感じは、明らかに洗脳を解いたのが誰なのかを分かっている様子だ。テレビでは突っ立っているだけの置物だから、表面上はセレナさん達のマスコットキャラとしてしか見られていなかったジャバウォック。しかし、アメリカの中枢にはしっかりと知れ渡っている様子。
まぁ、アマンダさんとか指揮官さん達とか、重要人物も救助してしまったからね。時間の問題だったか。
【CECでの活躍も、聞き及んでおります】
蔵人が難しい顔をしていると、フォックス副長官が柳さんと握手を解いて、今度は桜城ファランクス部員を見回しながら鼻息を荒くする。
【皆さんのスーパーパワーが、アメリカの強豪チームを打ち負かしたと大きなニュースになっています。まだミドルスクール生(中学生)の、それもAランクが1人だけのチームが、最新装備を惜しげもなく使用したアメリカの精鋭を倒したと、誰もが驚愕しています。
今や全てのアメリカ国民は、貴方達に夢中なのです。誰も彼女もが、あなた達の試合をもっと観たいと思っています。だから是非、またアメリカにいらして頂きたい。あなた達の姿を、また私達に見せて頂きたい。我々アメリカ国民は、あなた達桜城ファランクス部の来訪を、何時までも首を長くして待っておりますわ】
つまり、これからも末永くお付き合いしましょうって言いに来たのかね?
外交問題にもなりかねないから、国民にならないか?みたいなことは、流石に大臣クラスが言い出したりはしないか。
蔵人が安心していると、フォックス副長官が何かを差し出してきた。
これは?
【独立記念日の授賞式が、7月の中旬に行われます。お2人には是非とも、この式にいらして頂きたく思います】
独立記念日の授賞式?待て待て。それって何か、凄い勲章を渡される奴じゃなかったか?大統領何とかって勲章を。
蔵人が招待状らしき物に目を落としている間に、フォックス副長官は颯爽とホテルを出ていた。
「蔵人様…どうしましょう?」
柳さんが困ってる。彼女の手にも、同じ招待状があった。
2人って、俺と柳さんなのね。完全に、ジャバウォックを狙い撃ちにしているじゃないか。
俺も分からんと、蔵人が首を振っていると、アマンダさんが蔵人の背中を押す。
【さぁ、君たち。そろそろ出発した方がいい。我々が全力でエスコートするが、時間はかかるだろうからな】
時間がかかる?それはどう言う意味だ?と、蔵人は首を傾げる。
だがホテルのエントランスに出てみて、漸く理解する。
目の前には、行きと同じ高級リムジンバスが我々の乗車を待っている。そしてその手前には、迷彩服を着た軍人達が両側2列になって、ホテルの入口からバスまでの道を作り出していた。
これは…。
絶句する蔵人。その頭上で、ヘリのホバリング音が聞こえた。
テレビ局のヘリコプターかと思って見上げてみれば、濃い緑色の機体にアメリカ国旗のマークが入った軍用ヘリが何機も空を行き来していた。更に、バスの周囲には装甲車両が数台止まっており、銃器を持った軍人が報道陣らしき人達を通せんぼしていた。
【お~い!みんなぁ!】
しかも、装甲車両の上には亀のヒーローさん達の姿もあるし、ヘリコプターの間をビュンビュン飛んでいるのは赤いヒーローさんであった。
【先日の暴動では迷惑を掛けたね!君達の国のコトワザで言うと…汚名挽回?だったかな?兎に角、今日は変な依頼も来ていないし、全力で君達を守るよ!】
【くっくっく…汚名挽回か。あんたにはピッタリの言葉だぜ】
【おいおい、ドナちゃん。笑ってないで教えてやれよ】
なんと、Sランクヒーローも護衛をしてくれるらしい。
言動はちょっと不安にもなるが、間違いなく最高クラスの護衛達。大統領もビックリな厳戒態勢だ。
これだけ大掛かりになってしまうと、確かに来た時と同じ感覚で出発してしまえば、飛行機に間に合わなくなるな。
蔵人達はホテルの人達との挨拶もそれなりに、バスへと乗り込んだ。
大統領でも乗っているのかと思ってしまう程の厳重警備の中、蔵人達は空港へと向かう。
これだけの軍用機が周囲を囲んでいる中では、誰もちょっかいを出してこようとはしない。だが逆に、これだけ大々的にしてしまえば、誰もがここに桜城選手団が居ると気付いてしまう。
なので、バスの車窓からは、こちらに手を振る姿が列を成しているのが見えた。中には、決勝戦で見かけた桜城Tシャツや旗、横断幕を掲げる人も居る。
これを見ると、大統領と言うよりも有名人が訪問した時みたいだ。ちょっとしたパレードみたいになっている。
【当然の事だ。君たちが成したことを考えればね】
バスに乗り込んだアマンダさんが、腕を組んで自慢気に胸を張る。
【フォックス国防副長官も言われていたが、君達はアメリカのヒーローなんだ。弱きを助け、強きを挫く。慈愛の心を持ち、窮地に颯爽と現れる。そんな存在に、私達は弱いんだよ】
【偶然が重なっただけですよ】
今回のSランクが機械神でなければ、これ程までアメリカの軍隊が苦しむことも無かっただろう。ただ力の強いカイザー級であれば、Sランクヒーロー達を招集し、ごり押しで勝っていただろうし。
そう思ったが、アマンダさんはゆっくりと首を振る。
【君達がアメリカに来てくれて、本当に助かったんだ。今回の騒動がなかったとしても、巷では危険な薬物が流行っていた。遅かれ早かれ、今回と同じような事件は起こっていただろう。アレが来ていなかったとしても、きっと同じだったさ】
鈴華誘拐事件がトリガーになったとは言え、何れは自然発生していたと。
そう言えば、
【アマンダさん。その違法ドラッグについては、何か分かりましたか?】
確か、暴動で破壊された街の復興と並列して、薬物の一斉検挙を行ったと、軍人達の会話から聞いた。あの薬がカイザー級を呼び寄せたのだとしたら、その出処にアグレスの秘密が隠されている気がするのだが。
そんな期待を込めてした質問だったが、アマンダさんは残念そうに目を瞑って首を振る。
【Dと呼ばれるあの薬が、違法な製造方法を使っていた事は判明した。だが、その出処については不明だ。軍の上層部は、薬物シンジケートから流れた物だとして調査を打ち切ってしまったんだ】
だが、と、アマンダさんは小声になって続ける。
【私はどうも、セレナを攫った一味が怪しいと思っている。軍に所属する私の友人達から聞いたのだが、誘拐事件の首謀者とされたハーモニクスの男性が、ブラッツというギャング組織に薬物を配布したと言う証言が出ているらしい】
つまり、あの借金男が住人に薬を渡したと。
【その男性が、薬物シンジケートと関わっていたと?】
【表向きは、そう処理されている。だが、私はDP社が怪しいと思っている。あの男が事件前に大きな借金を作っていた事が分かっていて、決勝戦の後にVIP席の方へ向かったと言う目撃証言もある。それから、男性の行方が分からなくなったとね】
そいつは…確定だな。そのVIP席に居たのはDP社の社長さんで、彼女に唆されて誘拐事件に加担したと。
それだけ証言があるのなら、DP社を調査できるのでは?と蔵人は思ったが、アマンダさんは肩を竦める。
【無理だな。首謀者が確実にVIP席に入った証拠は出て来ていない。カトリーナ社長も知らないと証言している以上、首謀者との接点は見出せない】
【監視カメラとかは…】
【VIPルーム前に設置はされているが、首謀者は映っていなかった。大会主催がDP社である以上、信用性は殆どないがね】
異能力でどうとでも出来るのか、それも。
【では、男性が着ていたパワードスーツはどうです?証拠になりませんか?】
【あれはフライング社の物だった。ああ、フライング者とは、DP社のライバル企業とも呼べる大手メーカーだな】
うわ。切り捨てる借金男にライバル会社の製品を着せるなんて、徹底しているな。
狡猾なカトリーナ社長の手腕に、蔵人は苦笑いを浮かべる。
【DP社が関わった証拠がない以上、捜査は手詰まりだ。もともと、DP社を相手に、軍の上層部も手を出そうとしていなかった。DP社…デュポン家の力は大きいからな】
何処の世界でも、何処の国でも、財力がある奴は強いな。
世界の真理に、蔵人は口をへの字にする。
すると、アマンダさんは口元を緩める。
【とは言え、彼女達にもしっかりと天罰が下っている。今頃、カトリーナ社長は死に物狂いで、アメリカ中を飛び回っているだろうからな】
なんでも、今回の決勝戦を見たDP社の取引先から、商品の購入見直しが次々と出ているらしい。右肩上がりだったDP社の株価も急落しているみたいで、そのブランドに大きく傷が付いた形となった。
決勝戦で、選手に無理をさせ過ぎたからね。安全性に欠陥があると分かったら、ユーザー達が離れるのは早い。不祥事を起こした会社の性である。
【DP社が信用を取り戻すようになるまでには、長い長い年月が必要になるだろう。そもそも、今回の試合で世論は大きく傾いて来ている。仮に信用を取り戻せたとしても、以前のような繁栄を掴めるかは疑問だな】
なんでも、桜城のCEC優勝はスポーツメディアを中心に、大きく取り上げられているのだとか。パワードスーツに頼らずに、己の力だけで優勝した桜城の戦い方を学ぼうと言う声も増えているのだとか。
【魔力量の差も、装備性能の差も関係ない。己の努力と工夫でもって、全てを覆せる。そんな、格差の少ない君達の考えは、アメリカンドリームを夢見る若者を中心に広がって来ている。小さな力で強大な敵に挑むという姿勢も、彼女達の心に深く刺さっているだろう】
そいつは良い。装備に頼った風潮はどうしても格差を産み、結局は魔力量の問題に行き着いてしまうから。
機械にばかり頼っていたら、体がついて来られなくなる。行き過ぎた兵器開発は何れ、己の命を脅かす。力は、それに見合うだけの精神も持たねば暴走する。誰でも簡単に使える強大な力なんて、悲劇しか生まない。それは、どの世界でも言える事。
技術も大事だと分かれば、あの様な薬に頼る人間も減るのではないだろうか?
そんな淡い期待を抱きながら、蔵人はバスに揺られる。
長くなったので、明日へ分割致します。
「武力とは、努力の上に成り立たねばならんのだな」
ただ破壊力を求めれば、それは己の足元を崩しかねません。
イノセスメモ:
大統領自由勲章…
アメリカで文民が受け取れる最高位の勲章。
受け取るには、「アメリカ合衆国の国益や安全、または世界平和の推進、文化活動、その他の公的・個人的活動に対して特別の賞賛に値する努力や貢献を行った個人」に該当する事が条件。
独立記念日の前後で授与式が行われる。