386話(1/2)~我が腕に来たれ~
獄炎の炎をチラつかせるSランク相手に、私は渾身の一撃を放つ。
【らぁあああああああ!!!】
私の命と引き換えに、最後の一撃が、
スカッと、空気を蹴った。
なにっ!?
嘘だ!
私は呆然とした。
完璧なタイミング。
完璧な軌道。
完全にヒットしたとものと確信していた。
だというのに、私の攻撃は相手のヘルメットを浅く掠るだけで終わってしまった。
最後の最後でしくじった?
呆然とする私に、獄炎の炎が迫る。その黒炎が、私のYシャツと肌を焼きながら、すぐ横を通り過ぎて行った。
…うぅうんん??
私は目を見開く。
さっきまで、私を正面で捉えていたタミーの顔が、いつの間にか横を向いていたから。
…いや、違うな。私が、タミーの側面へと移動したんだ。誰かが、私を移動させた?
そう理解すると同時に、私の体は防御陣形の中へと引き戻された。
そこで待っていたのは、怖い顔のウララと、彼女の後ろで亜麻色の髪をクルクルと巻き取って、指遊びをする少女の2人。
ウララがずいッと前へ出てきた。
「ちょっと、アマンダさん。今、死んでも良いやって思いながら突っ込んだでしょ?分かるよ、私。いっつも、無茶する子を見ているからさ」
「あら?あの子はいつもそうなのね」
ウララが腰に手を当てて、ぷりぷりと何かを怒っている。その後ろの少女も、疲れたようなため息を吐き出している。
なんだろう?私が無茶した事を怒っているのだろうか?2人は私とジャバウォックの両方に視線を寄越しているけど、蔵人君に対しても怒っているのだろうか?
私が怪訝な顔をしていると、ウララが向こうの方へと指を突き出す。
そこには、フラフラと飛んでいるタミーの姿があった。
「あの赤い人を倒すんでしょ?私もやるよ。この3人で力を合わせたら、きっとSランクだって倒せると思うからさ」
ウララが何て言っているかは分からないが、なんとなく彼女の意志は伝わってくる。
どうも、彼女達もタミーを抑えるのを手伝ってくれると言っているみたいだ。さっき私に使われた異能力を考えると、そこの少女の異能力はリビテーションのようだ。
【ありがとう、ミスウララ。君たちの申し出、とても助かる】
一般人の、それも年端もいかない少女に助力を申し出ることには抵抗があるが、ウララは普通の少女ではない。彼女であれば、Sランクヒーローにも対抗できるという確信があった。
この非常時に、是非とも力を借りたいと思う。
「うん。センキューそーマッチ。みんなで頑張ろ!」
ウララが気合いを入れると、私達3人の体が浮き上がる。
3人同時と言うことは、そこの少女はAランクのリビテーションなのか。
その少女が、ふふっと薄ら笑う。
「まさか、敵である貴女と共闘する日が来るなんてね」
「美遊さん。今の敵は、目の前にいるあの赤いヒーローだよ?」
「…戦う事ばかりに集中していると、大切な人を失っちゃうわよ?」
気のせいか、少女達の間でも、女の戦いが始まっている気がする。
でも、そう言うのは後にしなよ?相手はSランク。それがもう、目の前なんだからね。
【ウララ。気合いを入れるんだ!】
「押忍!」
私が魔力を引き出すと、ウララも拳を黒く染めた。
言葉が分からなくても、彼女が私の言葉に応対しているのが分かる。
何となく、彼女と通じ合えている気がした。
【私は右から。ウララは左から攻めるぞ!】
「私が左からね、了解!美遊さん、お願い!」
「貴女、いつの間に英語が話せるようになったの!?」
少女が驚く間にも、タミーがこちらに獄炎弾を放ってきた。それを、ミユと呼ばれた少女がリビテーションで私達を浮遊させ、簡単に避けてしまった。
3人同時に動かしているのに、器用な子だ。普段から、こんな戦い方に慣れているのだろうか?
その疑問に答えるように、ミユは1人で前に出る。
「私が囮になるわ。貴女達はタイミングを見て接近させるから、何時でも攻撃出来る様に構えていなさい」
「おっけー!アマンダさん!攻撃準備だってさ!」
攻撃する準備をしろと、ウララは言っているみたいだ。
【了解した】
私は右拳に魔力を貯める。ウララみたいに黒くはならないが、これでも人を相手にするには十分過ぎる。Sランクだろうと、地平線の彼方までぶっ飛ばしてやる。
さぁ、何時でも良いぞ!
私達が構えている目の前で、ミユがフワリ、フワリと空中を浮遊する。タミーの周りをブンブン飛び回り、彼女をかく乱させる。
タミーはミユを撃ち落とそうと、獄炎弾を四方八方へと撃ちまくるが、全然当たる気配がない。
少女の飛行速度が速いのもそうだが、どうやら、タミーの攻撃も浮遊させて散らしてしまっている様だ。攻撃を当てようと威力を落としているのも影響しているみたいだ。
ブンブンと、必死な動きで火炎弾を放出するタミー。
そんな彼女の姿を見下ろして、ミユが「あははっ!」と高飛車に笑う。
「随分と愚鈍なのね。踏みつけちゃうわよ?」
楽しそうに笑いながら飛ぶ少女に、タミーが苛立っている様に見えるのは気のせいだろうか?いや、気のせいであるはずだ。だって、彼女は操られているのだから。彼女が苛立っているようにみえるのは、きっと操る方の問題。
その苛立ちが、大きな隙を作る。
「今よ!」
ミユの声と共に、我々はタミーへと急接近する。タミーはそれに、気付いていない。頻りに、彼女の頭上を飛び回るミユを撃ち落とそうと、両腕を上げて踊っていた。
そこに、我々が近付く。
到着する。
攻撃モーションに入る。
【うりゃぁあああ!!】
「チェストぉおお!!」
我々の拳が届く位置に到着して漸く、こちらへと気付いたタミー。彼女は慌てて、ミユを落とそうと作り出していた黒炎弾をウララの方へと放った。
だがそれを、ウララは拳1つで打ち砕いてしまった。
そして、タミーは私の方までは対応出来なかった。
私の拳が、タミーの着ているボロボロのパワードスーツに着弾する。フレームに蜘蛛の巣上の亀裂が入り、直ぐに崩壊して、彼女と共に吹き飛んで行った。
タミーの体が、道路へと叩き付けられた。
【ぐっ……】
アスファルトに深くめり込み、そのまま動かなくなるタミー。
私の全力ブーストを食らっても生きてるのは、さすがSランクだ。彼女のパワードスーツは、跡形もなく砕け散ってしまったが。
私は地面に降り立ち、彼女を見下ろす。
【タミー。次目覚めたときは、君が仲間に戻っていることを願っているよ】
「アマンダさん!」
私が、彼女の復帰を願っていると、頭上で声が聞こえた。
【ウララ!】
地面に降り立ったウララが、そのまま私の方に走り寄って来たので、私は腕を開いて彼女を迎える。
彼女が私の胸に飛び込んで、太陽の様な笑顔を向けて来る。
「やったね!私達!」
【ああ、やったな!Sランクヒーローに勝ったぞ!】
私はウララを下ろし、その後ろで倒れたままのタミーを見る。
そして、前を向く。
まだ操られている住人達が、こちらへとフラリ、フラリ近づいて来ていた。
【後は、カイザークラスをどうにか見つけ出すだけだな】
「えっ?カイザー…クラス?」
うん?ウララ達は、アグレスの事を知らないのか?蔵人君は知っている風だったから、てっきり彼の周りにいる者達は知らされているかと思ったのだが…。
いや、彼だけが特別なのかもしれんな。何せ、彼なのだから。
【おっと、専門用語だったな。一般的な言い方をすると、この暴動の先導者というか…首謀者と言う意味で言ったんだ】
「ああ、犯人の事ですね?みんなを洗脳して暴動を起こすなんて、酷い人ですよね」
ふぅ。危ない、危ない。
私は小さく息を吐き出し、2人を連れて軍が敷きなおした防御陣形の中に戻ろうとした。
だがその時、目端に白い物が映った気がした。
私は振り返り、迫る群衆を睨みつける。
本当に一瞬だが、すぐ近くで感じた気がした。もしかしたら、奴はすぐそこなのでは?
そう思っていると、
「うっ…」
ウララが、頭を押さえて蹲ってしまった。
どうした?と声を掛けるよりも先に、私にも強烈な眠気が襲ってきた。とても立っていられず、私もウララも、ミユ少女も、地面に膝を着いて座り込む。
ジャバウォックがすぐそこで詩を口ずさんでいるのに、それでもこれだけの眠気。やはり、奴はすぐ近くに…。
私は最後の力を振り絞り、顔を上げた。
目の前に、白い何かが居た気がした。
でも、すぐに見えなくなる。
何も、見えない。
視界が、真っ暗になった。
〈◆〉
ジワジワと、カイザー級に操られていた住人達を取り戻していた。最初は、後から後から暴徒が押し寄せてきていたが、いよいよその最後尾が見え始めている。
この目の前に広がる人達を解放することが出来れば、この戦いは終わる。機械神の居場所が分かる。
そう思った矢先、目の前でシールドを展開していたアメリカ軍兵士達が倒れた。次いで、足元に集まっていた海麗先輩とアマンダさんも膝を着く。
これは、機械神のヒュプノスか。
『蔵人様。私まで、少し、眠気が来ている気がします…』
おっと、不味いな。このジャバウォックの体であっても、眠気を誘うとは。
こいつは、いよいよ機械神が近くにいるという事だろう。そう思うと、今にも探し出したいという思いに駆られるが、先ずは柳さんを、そしてみんなを解放しないと。
『 (低音)憩う傍らにあるはタムタムの樹、
物想いに耽りて足を休めぬ』
詩に柳さんの魔力を混ぜて、ジャバウォックの体内でそれを反響させる。そして、ジャバウォックの口を開けると、野太く高い不思議な歌声が周囲に響き渡り、倒れ伏していた彼女達の中へと入って行った。
蔵人と柳さんの意識の一部が、彼女達の見る夢の中へと侵入していった。
〈◆〉
眠気が抜けて、重かった瞼が開けられる様になった。それでも、何も変わらない。目を開けた先でも、見渡す限りに真っ暗闇が広がっていた。
ここは、さっきも来た場所だ。私の夢の中。また、カイザークラスが操ろうとしているのだろうか?
そう考えたが、一向に場面が切り替わらない。ずっと、闇の中に取り残されていた。
これは、どういう事だ?
【どうもこうもないよ】
私の頭上で声が響いた。見上げると、色白の肌に髪まで真っ白な少年が、逆さまになって立っていた。
少年の赤い瞳が、私を射抜く。
【君達はここを彷徨い続けるんだ。一生ね】
【夢の中に閉じ込めた…と言う事か?】
【大正解!脳みそが筋肉で出来てる君にしては、なかなか鋭いじゃないか】
少年は小馬鹿にしたようにケラケラ笑い、いつの間にか手に持っていたクラッカーを鳴らす。
何も無い空間で、クラッカーの弾ける音だけが虚しく響く。それに、少年は心底楽しそうな笑みを浮かべる。
いや、楽しそうにしているのは、私を見ているからか。手も足も出ない私を見て、愉悦に浸っているのだ。
こいつがカイザークラスで、間違いない。
私は少年を睨みつける。すると、少年は余計に深い笑みを浮かべた。
でも、急に笑みを消した。逆転していた体を正位置に戻し、上を見上げて怒気を強めた。
【また来たのか、おじゃま虫】
少年の視線の先を追ってみたが、何もない。ただ暗闇が広がっているだけだ。
そう思っていると、ピシッと、真っ暗な空間に小さなひび割れが起きる。そのヒビは見る見る広がっていき、ガラスが割れるような音がして空間が割れた。そして、そこから巨大な銀龍が這い出てきた。
ジャバウォックの赤い瞳が、少年を見下ろす。
『(低音)我が腕に来たれ、白射の男子よ!』
【はんっ!いい気になるなよ、鉄のトカゲ。ここは、僕の世界だ。僕の好きなように夢を見て、僕が好きなように振舞える空間。ここでの僕は最強だ!】
少年が叫ぶと、彼の体に変化が現れる。小柄だった体がみるみる内に大きくなり、立派な兜を被って重厚な鎧を纏った。手には身の丈を超える程の太く大きなランスを持ち、何もない空間から白馬が飛び出してきて、その背中に飛び乗った。
中世ヨーロッパにでも出てきそうな、古代の騎士へと変身して見せた少年。
その少年騎兵が、馬の腹を蹴ってこちらへと突撃してきた。
それに、ジャバウォックも動く。騎兵に背中を向ける様にグルリと回転し、その長い尻尾を振り回した。
『(低音)燻り狂え、ヴォーパル!』
盾が連なって出来たジャバウォックの尻尾が伸びて、鞭の様にしなって騎兵に襲いかかる。
変幻自在なジャバウォックのヴォーパルは、突撃してくる騎兵の馬を襲う。前足に尻尾を絡みつかせて、グイッと引っ張り上げた。
その拍子に、騎士は馬から転がり落ち、引っ張り上げられた馬は尻尾に切り刻まれて、白い霧となって消えてしまった。
標的が居なくなったことで、ヴォーパルが再び自由になる。地面に転がっている騎士に向って、蛇行しながら迫った。
【くそっ!調子に乗りやがって!】
騎兵は立ち上がり、手に持ったランスでヴォーパルは弾く。そして、そのランスを振りかぶり、ジャバウォックに向けて投げつけた。
【これでもくらえ!】
騎士が勝ち誇ったような声を上げると同時に、投げつけられたランスにも変化が現れる。まるでコピーでもしたように、同じようなランスが幾つも出現し、そのすべてがジャバウォックへと迫った。
【ハチの巣になりなよ!】
勝ち誇った声を上げる騎士。
それに、ジャバウォックは目の前に巨大な盾を何枚も生成する。
人1人を隠してしまいそうな巨大な盾のお尻同士を接触させて、それを回転させる。
巨大なドリルの様に見えるそれは、クリムゾンラビッツ戦で見せた技だ。
『(低音)回り儀い錐穿て、バンダースナッチ!』
高速回転するドリル盾が放たれて、無数のランスと衝突する。鉄板であろうと容易に貫けるだろう極太のランスだったが、高速回転する盾にぶつかった途端に尽く弾かれてしまい、全て消えていった。
それでもドリル盾は速度を落とさない。
ただ真っすぐに、ランスが放たれた方向へと突き進む。
その先には、
【おいっ!嘘だろ!?】
騎士が居た。
奴は慌てて逃げるそぶりを見せたが、ドリル盾は方向を微調整し、逃げ惑う騎士の胴体を貫いた。
【ぐぁ…】
体に大穴を空けられた騎士は、一歩、二歩と、覚束ない足取りで何歩か前に出た後に倒れた。
そのまま、体がバラバラになって、白い霧となって消えていってしまった。
倒した…のか?カイザークラスを?
あまりに呆気ない終わりに、私は警戒する。カイザークラスが、こんな簡単にくたばったりしないだろうと考えて。
【気をつけろ、ジャバウォック。奴はまだ生きている】
【当たり前じゃないか】
私がジャバウォックに注意を促していると、それを遮るように声が響いた。
その声の方向は…上。
私が声のした方を見上げると、先程の少年が逆さになって揺れていた。
彼は、小さく拍手をしていた。
【頑張ったね、トカゲくん。実に見事な一撃だったよ。お陰で、僕の残機が1個減っちゃった。どうしよう?これじゃ、君に負けてしまうかもしれないなぁ〜】
少年はわざとらしい声を上げる。
そして、
【そうだ。良い事を考えた。1機でダメなら、全部出しちゃえば良いんだよね】
そう、少年が声を弾ませた途端、彼の周りに先程の大きな騎兵が現れる。その数は……数え切れない。真っ暗な空間が、白い壁に覆われた様に見えるくらいに、大量の騎兵が一面に生成された。我々を囲い込むかのように、上から下まで、左から右まで、ズラリズラリと立ち並ぶ騎兵の壁。
10とか100とか、そんな次元じゃない。
こんなのを相手にするなんて、いくら特別な力がある蔵人君達だって無理だ。この世界では、カイザークラスに勝てない。
私は、真っ白な壁を前にして絶望した。
長くなったので、明日へ分割します。
「夢の中の戦い、か」
人の夢を操れるなら、無限の力を持っていそうです。
…そんなのに、勝てるのでしょうか?