385話(2/2)~花柳かな。 華麗かな~
※臨時投稿です。昨日も投稿していますので、読み飛ばしにご注意ください。
カイザークラスの影響を、より濃く受けた尖兵達が攻めてきた。
アメリカ軍も応戦するが、数が足りない。無数に群がる暴徒達の攻撃が、我々の方にも飛んでくる。
『(低音)シールド・ファランクス』
その攻撃を、ジャバウォックが全て防いでくれた。クリスタルシールドが我々の前に現れて、強化された魔力弾を尽く防ぎ切ってくれる。
流石は蔵人君達。素晴らしい防御性能だ。
だが、これではダメだな。
【私の事は気にするな!ジャバウォック!】
「私も大丈夫だよ!」
私とウララは、迫り来る魔力弾を拳1つで弾き飛ばす。
強化された我々の拳の前には、少しバフが乗っている程度の攻撃など蚊程もない。
この程度の攻撃で、彼らを煩わせたくない。彼らを守るために着いて来たというのに、彼らに守ってもらっていては意味がなくなってしまう。
そう思っているのは、私だけではなかった。
「こちらも大丈夫ですよ!」
トラックの方からも、そんな声が聞こえた。
振り返ると、トラックの周辺に土壁が出来て、シールドの代わりに攻撃を防いでいた。それを行っているのは、トラックの前に立つ袴姿の女性。
かなり広範囲のソイルシールドを平気そうな顔で出しているが、ソイルキネシスのAランクだろうか?そんな子まで、桜城は隠し持っていたのか。
『準備出来たよ!』
防御陣形が整ったトラックから、そんな声が響く。声がしたのは、トラックの荷台からだった。
一体、何の準備が出来たのだ?と、私が不思議に思っていると、トラックの荷台のサイドパネルが開き、中で待機していた少女達が現れる。
『やっほー!みんなー!セレナだよー!』
トラックの荷台では、セレナのライブステージが設置されていた。
キラキラと輝くステージの上で、セレナはフリルがいっぱい付いた衣装でクルリと回り、スカートを危険な高さまで跳び上がらせる。
彼女の後ろには、桜城とハニーベアーズの混合バンドメンバーズがセレナを取り囲み、楽器を右手に左手は高く上げて、セレナの合図に「いぇえ~いっ!」と声を上げていた。ギターにベースにドラムにキーボード。トランペットにマラカスにカスタネット…ロックンロールなのか学芸会なのか分からないラインナップだが、楽し気に鳴らす彼女達に格差はない。
そうか、このトラックはステージトラックだったのか。
驚く私を置き去りに、ロッカーズが楽器をかき鳴らし、セレナのゲリラライブが始まる。
荒廃した街の中で、場違いな明るい音楽が奏でられ、セレナの力強い歌声が街の中に響き渡る。
すると、操られた暴徒達の動きが止まる。攻撃を止めて、歌に聞き入る素振りを見せた。
『(低音)夕火の刻、粘らかなるトーブ。
遥場にありて、回儀い錐穿つ』
静かになった空気に、ジャバウォックの詩が静かに流れる。
暴徒達の力が抜け、皆一様に地面に倒れる。
そして、
【う…ん?ここは、何処だ?】
【儂は、何をして…?】
意識を取り戻す、住人達。
ジャバウォックの力で洗脳が解け、最後に見た風景との違いに戸惑いを見せていた。
そんな中、楽し気な歌が彼らの耳に入る。
トラックの上の様子が、彼らの目に入る。
【……お、おお!セレナだ!】
【セレナのゲリラライブじゃねぇか!超久しぶりだな!】
【コンプトンでも開いてくれるなんて…俺らラッパーへの挑戦か!?】
【おもしれぇ!見せてやろうじゃねぇか。俺らのノリって奴をよぉ!】
【【ヒャッハー!!】】
興奮した住人達が、キラキラとしたステージの前に集まってくる。そして、ステージに向けて歓声を上げる。もっと楽しもうと、歌に合わせて踊り始める。
特区の上品な客とは違うノリに、ステージ上のセレナも楽しそうに歌い、跳ねる。
『(低音)おお、芳晴らしき日よ!
花柳かな。
華麗かな』
気のせいか、詩を口ずさむジャバウォックの声も、楽しげに聞こえる。見上げる程に大きな体を左右に揺らし、鋼の衣をガヤガヤと鳴らして福音を奏でる。
彼のその声が、更に遠くの暴徒まで届き、彼らをカイザークラスから解放する。
『こちら第三部隊。Dブロックでの暴徒鎮圧を完了』
『第四部隊。同じくCブロックでの暴徒鎮圧完了です。目視できる範囲で、洗脳されている住人は居ません』
『了解。洗脳が解けた住人達の保護を進めよ』
通信は淡々としたものだが、彼女達の口調は何処か明るい。
当初は絶望的で前が見えなかったイザークラスの急襲も、今では光が見え始めたからだ。セレナ・シンガーの歌と、蔵人君達が作り出したジャバウォックによって。
そんな明るい雰囲気の中に、緊張した声が割って入った。
『緊急!コンプトン北東より暴徒多数!第五、第六部隊だけでは手に負えません!』
『部隊員から昏睡者多数発生!ジャバウォックの詩が効きません!』
無線から悲鳴が響き、新たな危機を知らせた。
それを受けて、バリアウォール上の司令部から指示が出る。
『第五、第六部隊は後方へ撤退!昏睡者は捕縛し、ジャバウォックの近くへと移動させなさい』
前方の部隊で、暴徒が集結しているらしい。上空ではヘリのホバリング音が近づいてきているから、アメリカ空軍特殊部隊が近くに来ているのだと思う。
つまり、カイザークラスが近づいているのだ。
私はジャバウォックへ近付き、この事を伝える。すると、彼らは私を見下ろした後、直ぐに前を向いた。
そこには数台の装甲車両がこちらへと戻ってきており、彼女達を追うように大量の暴徒達がそれに続いていた。
暴徒は全員、奇怪な走り方でこちらへと迫って来ていた。中には、装甲車と変わらない程の速度を出す者まで居る。
バフがより強力にかかった、カイザークラスの尖兵だ。
装甲車両がジャバウォックの前で停車し、中から隊員達が飛び出してくる。彼女達は車外に出ると同時に、中からぐったりと首を垂らす隊員を外へと運び出す。その誰もが、強力な拘束具を着けられていた。
【早く!ジャバウォックの元に!】
【本当に、こんなので助かるのか?!】
叫びながらも、彼女達はジャバウォックの足元に被害者を横たえる。
その姿は、まるで生贄を龍へと捧げる邪教の一種の様に見える。
だが、ジャバウォックが一節を謡うだけで、彼女達の目が薄っすらと開く。二節も謡えば、まどろむ眼がジャバウォックの姿を捉え、徐々に目が輝きだす。
【【おおぉお!】】
途端に、隊員達の間で歓声が沸く。
【昏睡者が目を覚ましました!操られている形跡も…ありません!】
【すげぇよジャバウォック!こりゃ、死者も蘇らせるんじゃないの?】
『こっちも復活したぞ!』
逼迫した状況であったが、現場から、無線から、感情が昂った隊員達の声が届く。そして彼女達は、その昂りを保ったままに車両群から飛び出して、暴徒達に向かって防御陣地を構築した。
『各隊員は防御陣地を死守せよ。その場から誰1人として通すことは許さない』
『第一、第二部隊了解!』
【いいかい、みんな!絶対に、ここを通すんじゃないよ!】
【来てみなさい、カイザー!貴方なんて怖くないわ!】
【こっちには不思議の国のドラゴンが付いてるんだ。お前の悪夢なんざ、食い尽くしてくれるぞ!】
隊員達は己を鼓舞するように叫びながら、装甲車を前に置いて様々なバリアを張る。
そのバリアに、暴徒達から無数の魔力弾が降り注ぐ。ABランクのバリアに突き刺さり、徐々にその防御陣地を削りだす。
それを見て、ライブ会場で飛び跳ねていた住人達は顔を引きつらせ、不安そうに隊員達の方へと視線を移す。
【なんだ?あいつら。なんで、軍隊と揉めてんだよ】
【こんな場所でライブなんてやるから、キメてる奴らが来ちまったんじゃないかい?】
『皆さん!落ち着いて!我々に従って、避難してください!』
どうするべきかと迷う住人達に、サポート型の隊員達が率先して声を上げ、避難誘導に買って出ていた。
そうして、徐々にライブ会場からは観客が避難していく。セレナの歌も、十分すぎる程に役立った。
【さぁ、繋ぐ絆♪
夢見る世界♪
みんなの声が、私の翼♪】
そうだというのに、セレナは歌い続ける。トラックを装甲車のすぐ手前まで乗り付けて、声高らかに歌いあげる。
彼女達を守る土壁が、近づく暴徒達の魔力弾に晒される。
【下がるんだ!セレナ!ここは危険すぎる!】
私は叫びながら、トラックの方へと流れたロックシュートを蹴り飛ばす。向こうでは、ファイアランスをウララがアッパーで消滅させていた。
音楽を聴いた暴徒達は大人しくなるが、それが分かっているのか、歌わせてなるものか!と、暴徒達の狙いがセレナ達へと向く。
とても、こんな場所で彼女達を歌わせるのなんて無理だ。何かあってからでは、遅いのだから。
だが、セレナ達は歌い続ける。
失ったソイルガードは補填され、先ほどよりも更に土の量を多くする。デコイとして周囲を走り回っていたクリエイトアニマルが、体を張って魔力弾を受け止めた。更には、運転席から出て来た男性がアンキロサウルスに変身して、その頑丈な背中でステージを守った。
軍の防衛陣。そして、蔵人君の仲間達が守るすぐ後ろで、セレナの力強い歌が続けられる。
より暴徒達に近づいたことで、被弾のリスクは大幅に上がった。
でもそれだけ、歌声はより遠くまで響いた。カイザークラスの影響を色濃く受けている尖兵達も、セレナの歌に意識を奪われ、ジャバウォックの詩で常世から引き上げられる。
【あれ?ここは…?】
【俺達、何をしてたんだ?】
正気に戻った彼ら。
そんな彼らの頭上を、何かが通過する。
真っ赤な閃光。膨大な熱量。
それは、爆炎を手からジェット噴射させる人間だった。
パイロキネシスのSランクヒーロー、タミー・ストレンジャーだ。
ヒーローの彼女まで、取り込まれているなんて…。
私が顔を引きつらせていると、タミーは手のひらをこちらに向けて、獄炎を放出した。
彼女がいつも纏っているパワードスーツは半壊していて、飛行性能は大幅に落ちているみたいだが、その攻撃力は普段と変わらない。
いや、普段以上の火力が出ている。
幾らこの場にアメリカの精鋭が揃っているとはいえ、Sランクヒーローを相手にするのは厳しい。多方面へと救援に行っているヒーロー達を招集しなければ、全滅してしまう。
私の懸念した通り、彼女の集中砲火を喰らった防御壁は一部が崩壊し、後ろの装甲車は溶けて変形し、周囲の隊員は装備の上からでも火傷を負ってしまった。
【下がれ!】
【まだやれます!】
それでも、隊員達は退こうとしない。本当に死ぬ気で、後ろの子供達を守ろうとしているのだ。
決死の覚悟を決める隊員達。だが、旗色は良くない。彼女達ではタミーの火力を防ぎきれないのもあるが、後衛部隊の脆弱性も表面化しつつあった。
【腕をやられた!回復を頼む!】
【待って下さい!あと5分で…】
重症を負った隊員に対し、青い顔のヒーラーが懇願する。
忙しい訳じゃない。ヒーラーの彼女は今、目を瞑って何もしていない。いや、何も出来ないのだ。彼女は今、魔力が底を尽きかけていて、必死に回復させようとしていた。
彼女だけではない。その周りのヒーラーも全員、顔が青い。きっと、これまでの激戦で魔力を消費し過ぎたのだろう。
仕方がない。こんな最前線にヒーラーが同行するだけで、十分凄い事だ。ヒーラーの多くが男性だから、女性のヒーラーは貴重な存在。
ヒーラー不足が、ここに来て露呈していた。
男性をもっと前に出すべきだったが、今のアメリカ軍では難しいだろう。すぐには解決しない問題だ。
セレナ達も必死に歌っているが、タミーが止まる様子は無い。元々、超高級セレブで一流に囲まれて育った彼女にとっては、セレナの歌も心に響かないのかも知れない。彼女の歌は異能力を使わない普通の歌。その人の心に届かなければ、ただの音でしかない。
一流になれきってしまっていたタミーは、そうそう心を動かさない。
ならば、
【物理で動かしてやろうじゃないか!】
私は隊員を飛び越え、半溶した装甲車を足場にして更に跳ぶ。黒炎の火炎放射で空を飛ぶタミーの正面に躍り出て、彼女の頭に向けて渾身のハイキックを、
打とうとした瞬間に、彼女の手がこちらを向いた。
不味い。
私は本能で危険を感じるも、既に空中へと飛び出してしまった今では方向を変えることは出来ない。空気を蹴って空を飛ぶ?無理だ、そんな漫画みたいな事が出来る訳がない。
ならば、一矢報いてやろうじゃないか。体が燃え尽きる前に、奴に一撃を食らわせて、叩き落としてくれる。
私は、こちらに向かう凶器に飛び込み、右足を大きく上げる。先程見たウララのかかと落とし。アレであれば、タミーを落とせる。
後は頼んだぞ、蔵人君。
私の目の前に、タミーの手がかざされる。その手のひらから、黒い炎がチラリと生まれた。
さようなら、みんな。
私の頭の中で、様々な思い出が蘇る。それを懐かしく思ってしまい、声を上げて霧散させる。渾身の一撃を、今、獄炎の向こう側へと下ろす。
【おらぁあああああああ!!!】
私の、最後の一撃が今…。
やはり、Sランクが取り込まれたのは痛いですね…。
「ゾンビ物と同じだな」
強力な尖兵を倒すために、アマンダさんが…。