381話~おい、どうした?疲れちゃったか?~
開幕、そして文末は他者視点です。
【くそっ!失態だ。まさか、こんなバカげた事をしでかす奴がいるなんて…】
私は悔しくて、自分の拳を反対側の手のひらに打ち込む。
それだけで、小さな衝撃波が発生して、機内に大きな音が響き渡った。
その破裂音に、私の前に座っていたソニアが顔を顰める。
【焦っても仕方ないわ、アマンダ。打てる手は打ったんだから、あとは待つだけ。トータスズは優秀よ】
【ああ。彼女達なら、直ぐにでも探し当ててくれるだろう。彼女達の索敵能力は並みじゃないからな。もしも特区外の下水道に隠れようとも、たちどころに突き止めてくれる。だが、問題はそこじゃない】
【犯人の目的ね?】
ソニアの問いかけに、私は大きく頷く。
【セレナと鈴華嬢を狙った犯行は、明らかにCEC決勝戦の結果に不満を持つ者の仕業だ。加えて、現場の実行犯が男となれば…】
【アグリアの犯行に見せかけたい人間…つまり、リリーの活動に熱心な人物って事になるわね】
【そうだ。イーグルスが負けて大損し、リリーとも深く関り、尚且つこんな蛮行を実行出来る権力を持つ者となる】
【そんなの、1人しか居ないじゃない】
小さくため息を吐くソニアに、私は小さく首を振った。
【まさかあいつが、そんな浅はかな奴だとは思っていなかったんだ。あいつはもっと強かで、だから若くしてあの地位にまで上り詰め…】
私は言っていて、気付く。
【うん、そうだな。やはりおかしい。あいつにしては短絡的過ぎる。あの2人を殺せば、余計に疑いの目が彼女の方に向けられるだろう。タダでさえ自社の株価が下がりつつある現状に、追い打ちを掛ける事になる。そんな事、あいつがする筈はない】
【つまり…目的は2人の抹殺じゃないって事?】
【希望的観測だがな…おっと】
機内の電話が鳴ってる。
出てみると、トータスズのレオだった。
短い報告を受けた後、私は電話を切って【ふぅ】と息を吐く。
どちらの意味にも取れるその吐息に、ソニアが心配そうな顔を向けてきた。
【どう?】
【解決した。2人とも無事らしい。目立った外傷もないとのことだった】
【そう。良かったわぁ】
厳しかったソニアの表情が、一気に氷解した。目には薄らと涙も見える。
彼女も、随分と入れ込んでしまったらしい。
まぁ、大統領との会談を中断してまで、LAに急ぐ私も大概だとは思うがね。
彼女らの無事を聞いて、私もソファーに背中を預けて天井を見る。色々と考えねばならない事はあるが、先ずは大事にならなくて良かったと喜びを噛み締める。
そんな風に、神に感謝までしていた私の前で、再び機内電話が鳴った。
相手は…大統領だった。
【アマンダです、カニンガム大統領。先ほどは大変失礼いたしました。事件は無事、解決致しました】
『ああ、聞いているよ。被害者も無事だそうだね』
【はい。会議を中断してしまい、申し訳ございません】
『それは良いさ。それよりも、国防省からの知らせが入ったから、君にも伝えなければと思ってね。君たちが向かっているLA近郊のロングビーチで、空白地帯が広がっているそうだ』
【そんなっ…このタイミングで…】
私は声が掠れた。
空白地帯。それは、アメリカ国防省が誇る未来予知チームでは見通せない場所を意味しており、それは即ちアグレスが出現した事を表す専門用語。それが、LA特区から30マイル(約48km)も離れていない場所で発生したと聞いて、私は肝を冷やした。
しかも、
『観測された空白地帯はかなりの広範囲に渡っている。私が聞いた所では、ジェネラルクラスの10倍は下らないそうだ』
ジェネラルの10倍。それって…。
【皇帝級…】
余りの衝撃に、私は受話器を取り落として固まってしまった。
先ほどまで灯っていた光が消え、私の目の前が真っ暗になった気がした。
〈◆〉
『詳しくは言えないが、君達に危険が迫っている。今すぐにその場を離れるんだ』
電話越しのベイカーさんは切羽詰まった様子で、仕切りに急いで特区に戻れとの言葉を繰り返す。犯人と思わしきパワードスーツの男も、ヤク中の暴徒までもを置いて今すぐ逃げろと。
彼女の様子や、その直前から感じるこの違和感から、強大なバグが発生したのは明白。特区へ逃げろと言うことは、それが特区とは反対側から来ているからだろう。
ここから特区の反対側と言うと…ロングビーチ。
海からの侵攻ということは、アグレスで間違いない。
【ベイカーさん、教えて下さい。相手は何体ですか?空を飛べますか?何かに擬態していますか?】
蔵人はみんなに避難指示を伝えながら、ベイカーさんに問う。
港戦で会敵したアザラシや海龍の様に擬態していたら、相手を察知するのも逃げるのも困難だ。大野さんみたいに鳥獣に化けているなら、闇雲に逃げるより物陰に隠れた方がいい。
そう思って聞いたのだが、向こう返って来たのは息を飲む音であった。
『君は…状況を理解しているようだな。やはり、Mr.ディの予見が正しかったという事か…』
「えっ!?」
ディさん!?ヤバい。軍側に、沖縄での俺の記憶が消えていないのがバレてるのか?
内心凄い焦った蔵人だったが、ベイカーさんは『いや、こっちの事だ』と話を続けた。
『防犯カメラの映像から、奴は1体だけだと分かっている。それも、ソルジャークラスの大きさで、大人が歩く程度の速さだった』
えっ?ソルジャー級?
蔵人が声を上げそうになると、ベイカーさんは『だが』とそれを止めた。
『今や何千人と言う民間人を巻き込んで、君達の方へと押し寄せている。じきに、そちらでも先兵を目撃するだろう。だから、直ちにその場を離れてくれ。頼む』
【ベイカーさん。既に移動は開始しています。それより民間人を巻き込むって、もしかしてそいつは、人をゾンビにでも変える力があるんでしょうか?】
『ゾンビでは無いんだ、蔵人君。良いか、相手はカイザークラス。Sランクのヒ』
「危ねぇ!!ボス!」
突然、鈴華がタックルをかましてきて、蔵人と一緒に地面へと倒れ込んだ。
そして、さっきまで蔵人が立っていた場所に、コンクリート片が飛んできて、近くで横転していた車に大穴を開けた。
一体、何が?
蔵人がコンクリート片の飛んできた方を見ると、そこには恰幅の良い黒人女性が立っていた。
鈴華達を襲った暴徒のリーダー格だ。
拘束されていた筈なのに、何故自由の身になっている?
そう思って女性をよく見ると、彼女の足元には変形した鉄の拘束器具が落ちていた。借金男のバフがなくなり、Dランクまで落ちた筈の彼女はしかし、異常なパワーを発揮していた。
そして、更に異常なのは、黒人女性の様子。彼女は白目を剥きながら、力なく開け放たれた口元からヨダレを垂らしていた。覚束無い足取りで、フラリフラリと歩いている。そして、時折口を開いて声を上げていた。その内容は…。
【ぐがぁあ!…がっ…ぐぅう…ぐぅう…ぐがぁあ!】
うん。いびきだ。
盛大ないびきを響かせながら、こちらへと近づいて来ていた。
「ボス!あのおばさん、寝ながら歩いてるぞ!?夢遊病って奴か?」
「違うぞ、鈴華。あれは彼女の病気ではない。別の者の…異能力だ」
かなりシュールな状況に、鈴華は驚き半分、呆れ半分な表情を向ける。
それに、蔵人は大きく顔を歪ませた。
林さんから聞かされていた中でも、これは最悪な事案であったから。
【ぐぅう…ぐぅう…】
【んぁあ…むにゃむにゃ…】
そうしている間にも、他の暴徒達も寝ながら起き上がり、こちらへと手を突き出す。その手から、異能力を放出し始めた。
「シールド・ファランクス」
蔵人は水晶盾を並べて、簡易な防御陣を作る。
殆どの人がEランク異能力者の筈だが、彼らの魔力弾は、水晶盾の表面を削るだけの威力があった。
間違いなく、Cランク以上の威力。
これは、かなりデカいバフがかかっている。
蔵人が周囲を見渡すと、向こうの方でフラフラ歩くパワードスーツの男が目に入った。
【ファファ…ファ〜…ファファ〜♪】
寝言みたいな歌だが、それでも十分にバフを掛けられているらしい。彼の歌を聴いた夢遊病者が、いびきを大きくしてこちらに近付いて来る。
いびきまで強化するのか…。
【ふむ。あの子がまた悪さをしている様だね。私に任せたまえ】
赤いパワードスーツを着たお姉さん?はそう言って、夢遊病患者と化した暴徒達の中に入っていった。そして、寝言で歌う借金男に火炎弾を放ち、彼を吹っ飛ばした。
【さぁ、これで懲りただろう?これ以上痛い目を見たくなければ、大人しく拘束されなさい】
殴って言うことを聞かせようとしているみたいだ。
だが、そんな彼女の攻撃を受けても、借金男は何事も無かった様に立ち上がった。
パワードスーツは焦げて、きっと火傷くらいはしているだろうに、男性は全く起きる気配も痛がる素振りもなく、再び歌を歌い出した。
寝ている人にとって、火傷程度は全く効果が無かった様だ。
その光景を見て、赤いヒーローは驚きで一歩退いた。
【なっ、何なのだ?これは…】
【ヒーローさん!戻って下さい!】
蔵人が警告するも、赤いヒーローは手のひらを真っ直ぐにこちらへ向けて、それを拒否する。
【私はSランクヒーロー。善良なる市民を守り、悪人を正すのが私の役目。もう少しだけ、私に任せて欲しい】
そう言うと、ヒーローは周囲の暴徒にも弱い火炎弾を噴射し、鎮圧にかかった。
だが、他の暴徒達もユラリと立ち上がる。髪が燃えて、服に引火して肌を焼いても、声1つ上げずに歩き始める。
赤いヒーローに向かって、ゆっくりと近づいて行く。
【これは…どうなっているんだ…?】
気味の悪い集団を前に、赤いヒーローは空を飛んで彼らから距離を置こうとする。
すると、彼女の後ろに建っていた4階建てのビルから、人が飛び降りてきた。
男性だ。
男性が次々と赤いヒーロー目掛けて飛びかかり、彼女はあっという間に豪雨となった男性の中に飲み込まれていった。
【やめろ!私はSランクヒーローのア…】
ヒーローはその言葉と共に、地面へと落下する。
その間にも、建物からは次々と男性が飛び降りて来る。その建物だけじゃない。至る所のドアから、通路から、大勢の人が押し寄せてきた。
男性だけじゃない。女性も老人も、小さな子供の姿まであった。
その誰もが、口からヨダレを、鼻から鼻提灯を出していた。
【おや?わたくし達をトータスズと知って挑もうと言うのですか?面白いですわね】
【やめろラファ!戦おうとするな!相手は一般人だぞ!?】
【それに、明らかに操られてるね。上からの攻撃命令も無しに、我々から手は出せないよ】
【こんなに大勢を操るなんて、一体どんな異能力なんだろう?】
トータスズの皆さんが言う様に、下手な手出しは出来ない。彼らに何ら罪はなく、彼らを操っているであろうカイザー級を倒せば解除されるだろうから。
とは言え、このままでは不味い。赤いヒーローの攻撃でも怯ませる事が出来なかった彼らを止めるには、殺すくらいしか方法が無いのだから。
このまま彼らを放置したら、いずれ特区の中まで迫って来るだろう。そうなれば、大惨事になるのは火を見るより明らか。ゲームの世界で言う、血のGWがここLAで起きてしまう。
【ここは一旦、逃げるしかないだろうね】
【ドナの言う通りだ。壁まで戻って態勢を整えよう】
【軍隊も動いている様ですし】
【他のヒーローもね】
おお。そうなのか?そいつは有難い。きっと、ベイカーさんが手配してくれたのだろう。彼女自身も、プライベートジェットでこちらに向かっていると言っていたから。
蔵人が安堵していると、車のエンジン音が響いた。次いで、男性の怒鳴り声が聞こえる。
「おい!お前ら!早く乗れ!」
大野さんだ。
いつの間にか、駐車していた大型バスのエンジンを起動させて、運転席から手招きをしている。
流石は軍人さんだ。そんな事も出来るなんて。
【皆さん!バスに乗って下さい!】
蔵人は叫び、鈴華達に乗るようにとジェスチャーする。
とその時、暴徒達の中から強力な魔力反応を感じた。
蔵人は咄嗟にランパートを構築し、構える。そこに、
ズッバアアン!!
極大の火炎弾がぶつかり、一瞬でランパートを粉々にした。
余った勢いで、蔵人は後ろへと吹き飛ばされる。
二転三転、ゴミだらけの道路を転がり、立ち上がって火炎弾が来た方向に視線を向けると、そこには赤いパワードスーツを着たヒーローが立っていた。
彼女は、
【…すぴー…すぴー…】
寝ていた。
顔を伏せて、静かな寝息を立てながら、こちらへと手を真っ直ぐに伸ばしていた。
拒否する為の手のひらじゃない。こちらを攻撃する為の行為。
Sランクヒーローが、敵に寝返ってしまった。
こいつは、最悪だ。
そう思って構える蔵人に向け、そして、その後ろでみんなを収容するバスを狙って、赤いヒーローがこちらに黒炎弾を放ってきた。
Sランクの攻撃。これは、受けきれない。
やられる!
【カウア・バンガー!】
蔵人が被弾を覚悟していると、後ろから鉄砲水が放たれて、黒炎弾を打ち消した。
青いハチマキをした亀さんだ。
【ここは私に任せて!君はバスに乗ってくれ!】
青い亀さんは、蔵人を赤いヒーローから隠す様に立ちはだかる。ここで時間稼ぎをすると、その背中が語っていた。
分かるよ。あのヒーローは機動力が高い。ここで逃げられても、あのオンボロバスでは逃げきれない。
それは分かっているが、
【ダメです!それでは、貴女まで取り込まれてしまう】
Sランクがこれ以上取り込まれたら、目も当てられない。
だから、
【共闘しましょう。あのヒーローが着ているパワードスーツ。あれさえ壊せば、彼女の足も鈍る筈】
【う〜ん…おっけー。じゃあ君は、迫って来る住人達を盾で押さえておいてくれ!】
青い亀さんはそう言うと、直ぐに水鉄砲で赤いヒーローを攻撃する。向こうも火炎弾で攻撃してくるが、操られているだけだからか、精度はよろしくない。
次第に、青い亀さんの攻撃に押され始めた。
そこに、
【わたくしのこの攻撃、防げますかしら?カゥワ・バンガーですわ!】
赤い亀さんが釵を投げ付けて、見事にパワードスーツに命中させた。
その一撃は、パワードスーツのど真ん中に命中し、バキリッとスーツの胴体部分を破壊した。
【あらあら情けない。わたくしの一撃に、ハエのように落ちて行きましてよ?】
赤亀さんが言う様に、パワードスーツを破壊された赤いヒーローは制御が効かなくなったみたいで、隙間という隙間から炎を噴出させて、クルクル回りながら地面に叩きつけられた。
すぐに、夢遊病者達の中に埋もれて行ってしまったが、あれでは空を飛ぶことも出来まい。これで、厄介な奴の足は潰せた。
【ナイスです!皆さん!】
蔵人は、シールド・ファランクスで迫る住人達を押さえつけながら、2人を労う。
それに、2人は嬉しそうな顔を返してくる。
【さぁ、我々も行こう】
【もう、わたくし達以外の方は乗り込まれたみたいでしてよ?】
本当だ。もう、みんな乗り込んでいる。
後は、我々だけか。
【ええ。では、シールドファランクスはこのままに、して…】
盾を残し、蔵人も彼女達の後に続こうとした。でも、足が言うことを聞かず、足がもつれて道路に倒れ込んでしまった。
それを、青亀さんが立たせてくれる。
【おい、どうした?疲れちゃったか?】
【わたくしの背中にお乗り下さい。今、甲羅を外しますから】
赤亀さんがそう言って背中を見せてくれるが、蔵人は立ち上がれなくて座り込んでしまった。
なんだ、これは?体が、鉛の様に重い。目の前がボヤけて、世界が歪む。頭の中が深い霧に呑まれたみたいだ。
次第に、目の前の霧が濃くなり、暗くなっていった。
そして、
暗い闇の中へと、蔵人の意識は吸い込まれていった。
〈◆〉
「そら、もうすぐ特区の検問に着くぞ。黒騎士の様子はどうだ?」
漸く見え始めたバリアウォールの正面ゲートに、俺はバックミラー越しに後ろの奴らに声を掛けた。
だが、誰も色よい返事を返しては来なかった。
最後列のシートをベッドにして寝かせている蔵人は、運び込んだままの姿勢で眠り続けている。まるで死んでいるのではと思ってしまう程に、周囲の問いかけにも全くの無反応であった。
その周りに集まる奴らも、葬儀の参列者みたいに暗い顔で黙りこくる。何をしても起きない蔵人を見つめて、殆どの者が諦めたように顔を伏せていた。
「ボス…ボスぅ…」
その中でも、久我は重症だ。ずっと蔵人の傍から離れず、ああして泣いてばかりいる。
気持ちは分かる。俺だって運転がなけりゃ、あいつらの列に加わって悔やんでいただろうからな。
だが、今の俺は運転手。先ずはこいつらの安全を確保するのが最優先だ。
それに、特区の中にさえ入っちまえば、アメリカ政府からの援軍もあるんだ。ヒーラーか、クロノキネシスか、ディナキネシスか。何かしらの手段で回復すると信じたい。
今はそう思って、ただ前を進むしかねぇ。
【あなただけの夢、決して忘れないで♪
輝く星目指し、思いのまま進め♪】
暗いバスの中で、セレナの歌だけが響いた。
少しでも気を紛らわそうとする彼女の歌が、深く沈みこもうとしていた俺達の意識を少しだけ浮き上がらせてくれる。
気持ちが少しだけ前を向き、何とかなるんじゃねぇかって希望が見えて来る。
こんな時だからこそ、彼女の歌が俺達に勇気を与えてくれる気がするぜ。
そう思っていると、
「うぉっ!今、ボスの瞼が動いたぞ!」
「マジか!」
久我が声を上げ、釣られて俺も反応してしまった。
「マジだ!セレナの歌が、ボスを甦らせるカギなんだ!そうに決まってる!」
「おい!勝手に爺さんを殺してんじゃねぇ!」
「あたしも歌うぞ!セレナ」
聞いちゃいねぇな、こいつ。
でも、泣いてばっかだった久我も前を向いた。
やっぱ、すげぇ奴なんだな。世界の歌姫ってのはよぉ。
バスの最後列で、一生懸命に歌う2人。
だが、現実はそうそう上手くはいかない。2人の努力も虚しく、バスがバリアウォールの検問を通過する頃になっても、蔵人は目を覚まさなかった。
しかも、
「ヒールもクロノキネシスも効かないだと!?」
「ディナキネシスもです。少佐」
柏木大尉が泣きそうな顔で報告してきた。
バリアウォール内部の医務室。そこに関係者が集まって、ベッドで眠り続ける蔵人を祈るように見ていた。
ただのヒュプノスじゃない。それは分かっていたが、何かしらの異能力であることは間違いねぇ。それだというのに何故、ディナキネシスまで効かないんだ?
「セレナの歌には反応してた。だから、死んでる筈はねぇんだ」
「はい。脳波や心音に異常はありません。ただ、深い眠りに着いているのかと」
「眠りだと?じゃあ何か?大声出しゃ起きるってのか!?ああん?」
「落ち着いて下さい、少佐」
これが落ち着いていられるか!?
そう怒鳴りたい気持ちを押さえつけて、俺は拳を握りしめる。
不甲斐ない。俺が付いていながら護衛対象を、大事な仲間を守れなかった。
俺はなんて、無力なんだ。
「大丈夫です」
俺が自分を責めていると、その手が優しく包み込まれた。
その手の先を見ると、そこには慈愛に満ちた微笑みを携えた女性がいた。
「私に、お任せ頂けませんか?蔵人様を、坊っちゃまを」
「柳さん、あんた…」
優しく暖かな微笑み。だが、その瞳は強い光を携えていた。
渦巻く様な、魔力と一緒に。
「私が、坊っちゃまを連れ戻します」
蔵人さんまで倒れてしまいました…。
深い眠り…それが、カイザー級の異能力?
「ようこそ諸君、”夢幻”の世界へ」




