375話(2/2)~総員!退避!~
※臨時投稿です。昨日も投稿していますので、ご注意ください。
【さぁ、行け!行きなさい!】
蔵人達が次のタッチへ動き出そうとしていると、イーグルスベンチから金切り声が聞こえてきた。
見ると、フィールドの境界線近くで誰かが手をブンブン振り回している影だけが見えた。声からして、恐らくカトリーナさんだろう。
最初にあった時は、お高く留まったお嬢様といった印象の彼女だったが、今の彼女にはその面影すら残っていない。
そんな彼女に急き立てられて、数人のイーグルス選手がフィールドに入って来た。
最初に倒した5人の選手達の、補充要員であろう。
『ここでチームイーグルスが選手交代です。フィールドに入って来たのは、14番、20番、21番。そして、3番のリビー選手に代わって5番のオリアナ選手だ!』
【オリアナ?誰だ?】
【そんな選手、イーグルスに居たか?】
盛り上げようと叫ぶ実況に対して、観客席はえらく冷めた反応だ。まさか、この窮地に無名の選手を投入しようとしているのだろうか?
観客達の疑問に、実況が答える。
『知らない人が居るのも無理ない話だ!オリアナ選手はU12のシングルでチャンピオンシップにも出場した優秀な選手だったが、最近は鳴かず飛ばずだったからね。でも、彼女の膨大な魔力量はAランクシングル選手の中でもピカイチ。そこを買われて、この大会ではイーグルスにスカウトされたみたいだぞ!』
【ああ、シングルの選手なのね】
【大丈夫か?確か最近は、予選敗退が続いている落ち目の選手とか聞いているけど】
【ずっとシングルばかり戦ってた奴に、練習もなしでファランクスが出来るのか?】
やいのやいのと話題となっているオリアナ選手達が、イーグルス領域の中央までやって来た。自立制御は入っていないみたいで、いきなり襲ってくる様子はない。
真ん中に佇むオリアナ選手を前に出し、後から入って来た3人の選手が背後で構えている。
3人を隠すように前へ出たオリアナ選手の装備は…他の選手よりも一回り以上大きい。まるで、グレイト2を思い起こさせる巨大な機体だ。
嫌な予感がする。
蔵人が直感に従い構えていると、オリアナ選手の後ろで3人娘の声が聞こえ、彼女の雰囲気が一層色濃くなる。そして、巨大な機体から何かが生えて来た。
腕だ。薄い影の様な物が8本。彼女の背中から生えて来た。
これは…。
「サイコキネシス…それも、この濃度はSランクの力よ…」
鶴海さんの掠れた声が聞こえた。
Sランクの腕が8本。これは、明らかにAランクの領域を超えた力だった。
魔力量が多いと言っていたが、まさかSランクの選手?いや、それであれば落ち目になるとは思えない。
一体…?
【ぐぅうううおぉおお…】
巨大なフルアーマーの中から、くぐもった獣の様な呻き声が響く。
オリアナ選手の声だ。
異常な力を使う彼女だが、その様子は明らかに常軌を逸していた。
苦しそうな怨嗟の声を響かせながら、黒色の8本腕で巨大なフルアーマーを持ち上げて、こちらへと迫って来た。
彼女の後ろには、腕を突き出した状態の3人の選手が居た。
こいつは…。
「テレサ選手の時と同じ、オーバーバフか…」
オリアナ選手と共に投入した選手達は全員バッファーだったみたいで、オリアナ選手に向けて全バフを掛けている様子だった。
身体の限界を超えたバフを掛ける事により、通常よりも強力な力を手にする。だがその代償として、掛けられた側は体に多大な負荷がかかる筈だ。テレサ選手の場合は、彼女のAランクヒールで常に回復して相殺していた。
だが、オリアナ選手の異能力はサイコキネシス。回復で相殺することは出来ない。
「あの巨大な装備で、無理やり負荷を抑えているという事か」
「抑えきれている様には、とても見えないけれど…」
青い顔で首を振る鶴海さんに、蔵人は頷いた。
全く、なんて非道な事をするのだろうか。
その非道な作戦の立案者であろうカトリーナの方を見ると、両手を大きく広げて観客席を見上げている風だった。
【皆さん!ご覧ください!このパワードスーツは、嘗ての大戦で使われていたDP-Ⅲを我が社の最新技術でアップデートした改良型DP-Ⅲです!素晴らしいとは思いませんか?3人のバフ掛けられたというのに、装着者の負担は驚く程に軽減されています】
軽減されてこれか?
蔵人は、桜城前線へと迫りながらも、呻き続ける8本腕を見上げた。
8本腕が、止まる。
【やりなさい!DP-Ⅲ!我が社を貶めようとした罪は、償わせなければならないわ!】
カトリーナの声を受けて、8本腕が4本の腕を持ち上げた。
「総員!退避!」
鶴海さんが号令を出した直後、その4本の拳が桜城前線へと迫った。
全員が退避できたかと思われたが、2人だけ出遅れていた。
イーグルス前線から丁度桜城前線に戻って来た、功労者達だった。
不味いっ!間に合わない!
「ランパート!」
蔵人は瞬時にランパートを生成し、その拳に向けて放つ。
だが、Sランクにまで昇華されたサイコキネシスの拳は、易々とランパートを叩き割ってしまい、その後ろへと滑り込んでいた桜城選手を巻き込んで地面に突き刺さった。
『ベイルアウト!桜城27番!11番!』
【【あぁああああ…!】】
「ももぉ!」
「レオン!」
凱旋したばかりの2人がやられ、観客席からはため息が、桜城選手からは悲鳴が上がった。
その悲鳴に向けて、再びSランクの拳が振り下ろされた。
黒い拳が、水晶盾を割ろうとした直前、
「チェストォオ!」
その盾の前に躍り出た海麗先輩の拳が、2つの黒い拳を弾き飛ばしてしまった。
大きくバランスを崩した8本腕を前に、海麗先輩は顔だけ振り返る。
「みんな!早く円柱まで!」
流石は海麗先輩だ。Sランクの攻撃にも、全く引けを取っていない。
だが、それは2本の拳に対してだ。
攻撃を弾かれたオリアナ選手は、今度は4本の腕を振り上げてこちらを潰しにかかった。
「チェストォ!」
「ドラゴン・テール!」
4つの拳が飛来する中、海麗先輩の横で蔵人も踏ん張り、4本全ての腕を弾き返すことに成功した。
だが、その攻撃にオリアナ選手が怯んだ様子はなかった。すぐに態勢を整えた彼女は、体を支えていた腕の内2本を追加で投入し、逃げる桜城選手へと叩き付けた。
『ベイルアウト!桜城15番!6番!』
「さっちゃん!」
祭月さんと下村先輩もやられてしまった。
これで、桜城の遠距離攻撃が全て潰されたことになる。
『一気に4名の脱落者を出した桜城!状況が一気にイーグルスへ傾きだしているぅ!堪らず、殆どの桜城選手が円柱へ避難する一方、イーグルスの前線が押し上げて来たぞ!』
実況が言う通り、8本腕の下を潜り抜け、こちらへと迫ってくるイーグルスの選手達。蔵人のランパートに取り付き、海麗先輩へと攻撃しようと飛び上がった。
数的有利も無くなり、更に遠距離攻撃が潰された桜城に、彼女達を迎撃する能力は残されていない。加えて、彼女達の後ろには8本腕の化け物が控えている。
どうしたら…。
打開策を探りながら、盾に取りついたイーグルス選手にシールドバッシュを食らわせる蔵人。
その頭上に、黒い影が落ちる。
見上げると、黒い拳が迫ってきていた。
くそっ!
「海麗先輩!」
蔵人は先輩を抱えて、後方へと飛び退いた。
その瞬間、
『ベイルアウト!イーグルス15番!22番!26番!』
そんな、実況の声が響いた。
見ると、桜城前線があったところに8本腕の拳が叩き付けられており、その拳の下からイーグルス選手が着ていたフルアーマーの破片が残されていた。
『なんてことだ!ここにきて、フレンドリーファイアが発生してしまった!桜城選手に向けて放ったオリアナ選手のサイコキネシスが、味方を巻き込んで大暴れしているぅう!』
ランパートとサイコキネシスに挟まれたイーグルス選手は、抗うことも出来ずに一瞬にして消えてしまった。残ったのは、ランパートに突き刺さる黒いサイコキネシスの残滓だけ。
仲間が居ようとも、敵を殲滅することしか考えられなくなっているのか。
これは、失敗作じゃないか?
それは向こうも理解しているのか、桜城に迫って来ていたイーグルス選手達の侵攻を取りやめて、全員をイーグルス円柱へと避難させていた。
これで、敵は中立地帯でのさばる8本腕のみとなる。
「黒騎士ちゃん!避難して!」
強大な敵を前に構えていると、円柱前で鶴海さんが叫んだ。
「相手はSランクの力を持て余すランクA。すぐに魔力が尽きる筈だわ!」
うん。確かにそうかも知れない。
沖縄のデージエイサーで尚様が魔力切れを起こしていたみたいに、バフでSランクの力が出せても長続きしないのだ。このまま攻めず、守りに専念するのが賢い選択。
だが、
「ダメです!それでは!」
蔵人は尚も、8本腕の前で構える。
相手は、非道な手段で選手を戦わせるDP社。魔力切れで勝っても、本当の勝ちにはならない。
正面から力で勝たねば、彼女達の非道な考えを変えられない。
蔵人は盾を集める。あの黒い腕に勝てる、最強のドリルを生成する。
それを回す。
高速回転…。
の、前に、
『オリアナ選手の拳が、ブラックナイトに向かう!』
こちらを敵と認識したオリアナ選手が、4本の腕を向かわせて来た。
仲間諸共に攻撃する彼女だが、脅威とみなした敵を優先して叩く知能は持ち合わせていた。
そのアンテナに、蔵人はばっちり捉えられてしまった。
いい判断だ。嫌になるくらいなっ。
蔵人は対巨星の回転を止めて、ランパートを作り直そうとした。
でも、その前に、
「チェストォオ!!」
海麗先輩がインターセプトして、4本の拳を全て弾き返してくれた。
「黒騎士くん!」
先輩が顔だけ振り向く。
「止めないで!回し続けて!」
「はいっ!」
そうだ。これはファランクス。俺には仲間がいる。
蔵人は海麗先輩に守られながら、盾を回す。
そんな2人に、ゆっくりと8本腕の化け物が迫ってくる。今度は最初から、6本の腕を高く掲げてこちらを捻り潰そうとしてきた。
そんな彼女の腕に、別の腕が絡みついた。
「視野が狭いんやないか、自分!」
伏見さんが空を舞い、オリアナ選手の背後へと回り込んだ。
「自分の相手は、こっちにも居るんやで!」
伏見さんのサイコキネシスの腕が、オリアナ選手の本体に絡みつき、急速に腕を縮めた。
彼女に向けて、伏見さんのサイコキネシスが思いっきり殴りつけた。
ゴンッという重低音。
オリアナ選手の体が、大きく沈む。
支えていた2本の腕が曲がり、彼女の体が地面へと沈んだ。
『うぉお!やりやがったぞフッシミー!Sランクのタコを相手に、Bランクの拳が深々と刺さったぁ!これは!まさにマーベラス!マーベラス・スパイダーウーマンそのものだぁ!』
【【うぉおおお!!】】
【ヒーローだ!フッシミーはヒーローだったんだ!】
【素敵よ、スパイダーウーマン!】
「蜘蛛女やない!兵長やで!」
観客の歓声にまで、律儀に突っ込みを入れる伏見さん。
そんな彼女の足元で、オリアナ選手が再び立ち上がった。伏見さんに攻撃された箇所は大きくへこんではいたが、行動に支障をきたす程のダメージではなかったようだ。
直前でガードでもしたのか?あと少しで行動不能に出来ただろうに、惜しいことをした。
だが、十分に時間は稼いでくれた。
「行けます!海麗先輩!」
「おっけぇー!」
蔵人の合図に、海麗先輩が横へと飛び退る。途端に、目の前がクリアになる。
蔵人は、高速回転する盾を真っ直ぐにオリアナ選手へと向けた。
自立制御の次は強制強化ですか。
「どこまでも冷徹。流石は兵器メーカーの社長だ」
それも、偏見かと思いますが。




