374話(2/2)~戻れぇえ!~
※臨時投稿です。昨日も投稿していますので、読み飛ばしにご注意ください。
DP社が誇る情報通信システムが、完全に盲目となってしまった。
原因は、この砂塵の嵐。
全ての電波を遮断するこの厄介な砂を、なんとしてでも見通す必要がある。
見通す?
【そうよ…テレパス。テレパシストを呼んで、それで選手達に指示を出しなさい!透視能力者と合わせて、イーグルスの目を復活させるのです!】
指示を出していて、私は悲しくなった。そんな前時代的な通信手段に頼らざる負えないなんて、大国アメリカを引っ張るDP社からしたら屈辱的な仕打ちだ。
それでも、背に腹は代えられない。使える者は全て投入し、この試合をスマートに勝たねばならない。
このまま苦戦を強いられていては、イーグルスとDP社の沽券に関わるから。
そう覚悟した私に、監督は悲しそうな顔で首を振った。
【ダメです…。どちらも試しましたが、この砂塵の中でテレパスを飛ばすことも、透視で見通すことも出来なかったんです…】
【異能力が効かないですって?】
それって…つまり…。
この砂自体が、異能力で作り出された物と言う事だ。
いや、分かっている。この砂が何なのか。さっきまで馬鹿な動きをしていたゴーレム達。あれがこの砂塵を生み出している。崩れやすかったのも技能が低かったからじゃなくて、砂で作ったゴーレムだったからだ。
だから、爆破するだけで簡単に砂塵がまき散らされた。
でも、テレパスや透視まで遮断する砂なんて、一体どうやって作り出しているのだろうか?
『ベイルアウト!イーグルス7番!27番も巻き込まれての連続ベイルアウトだ!桜城の1番、ウララ選手が放った一撃で、一気に2枚抜きだ!イーグルスの最新装備が、紙クズみたいに粉砕されちまったぞ!』
【【【うぉおおおお!!】】】
【すげぇ!なんだよあの拳!?】
【Sランクだ!Sランクのブラックダイヤだよ!あの拳】
【AランクがSランクの技を!?アメイジング過ぎるだろ日本人!】
【流石はサムライの国、修羅の国だよ!】
ダメだ。こちらからの指令が一切届かないから、イーグルス選手達は連携が全く取れなくなっている。
それなのに、相手はこの砂嵐の中でも連携を保持している。盾の動きと連動して、両翼の近距離選手が波のように襲ってくる。
鶴翼の陣に誘い込まれたイーグルス選手が、次々とベイルアウトされていく。8番と9番に加えて、化け物みたいなAランクのエースまで出てきてしまった。
このままじゃ、イーグルス前線は壊滅する。
DP社が誇る最新鋭装備もまた、同じ様に…。
【ジェーン!”あれ”を持って来なさい!今すぐに!】
そんな事、許せるはずがない。彼女達が着ている装備は、我が社の最新モデル。DP社の最新技術で作り上げた最高傑作であり、今までのシリーズの集大成。つまり、今年度の業績に大きく関わる大切な商品だ。ここで無名の外国チームに負けたなんてなったら、他商品の売上にも大きな影響が出るのは必至。
下手をすると、社のブランドそのものに傷が付く。
そう考えた途端、怒りよりも恐怖が心の底から込み上げてきた。居ても立っても居られず、私は何とかしようとベンチの中の物をひっくり返す。何か、何か打開できる物は無いかと。
そして、見つける。壁に備え付けられていたメガホンを。
私は慌てて駆け寄り、それを引っ掴んでベンチを飛び出す。フィールドの端を駆け、関係者が入れる白線の手前まで駆け寄って、イーグルスの青い卵の後ろ側に立った。
そして、
『戻れ!戻りなさい、イーグルス!全員、っけほ、けほっ、全員、いば直ぐに、戻ぎなざい!!』
声をガラガラにして叫んだ。
大声を出しての情報伝達。前時代的を通り越した原始的な蛮行。怒号と唾を飛ばし、真っ黒な涙を流す醜態を晒しながらも、イーグルスを戻す為にと必死に叫んだ。
叫んで、この試合がテレビでも放映されている事を思い出して、背筋が凍った。こんなはしたない姿を、もし、お父様にでも見られたらと思って。
そう思ったら、一瞬のどが詰まる。
でも、考え直した。
もしもイーグルスの失態がお母様の耳にでも入ったりしたら、もっと大変な事になると。
そう思うと、足が震えた。
『戻れぇえ!戻れイーグルズゥウウ!!』
向こうからは見えないと分かっていても、私は空いている方の腕を振り回して、必死に選手達を引き戻そうとした。
すると、砂塵の中から幾つもの影が現れた。
イーグルスだ。イーグルスの重厚な装備が、私の声を頼りに戻ってきた。
戻って来た選手の数は…4…6…8。8体か。5体やられたのは痛いけど、すぐに復旧出来るレベルだ。代わりの主力メンバーはいくらでも居るし、得点はこちらが圧倒的に有利なのだから。
私の胸に安堵感が広がり、足に活力が戻って来た。先ずはこの8人でガードを固め、ベイルアウトした5人が揃ってから反撃に出る。
そう思い描いていると、砂塵の中から9体目の選手が現れた。
ああ、なんだ。まだまだ生き残りが居るじゃない。気をもんで損したわ。これなら、すぐにでも行動に移せる。
そう思ったのもつかの間。その選手が他のイーグルス選手達を次々と追い抜いていき、こちらへと猛スピードで駆け寄って来ているのが見えた。
影が近付くにつれ、その選手がかなり小柄で、イーグルスの装備とフォルムが違う事に気が付いた。
黄色い砂塵の中で、薄らと白銀の光が煌めいた。
イーグルスの選手じゃない。敵だ!
『そのホワイトナイトを止めなさいっ!!』
有らん限りの声で叫ぶ私に向かって、白銀の11番はどんどん近付いて来る。
私の声に反応したイーグルス選手が動き出す。手を前に突き出して、異能力を発動した。
でも、11番は左右に大きくステップを刻んで、その攻撃を軽々と避けてしまった。視界も悪い中で、小柄な白銀鎧を打ち落とすのは至難の業だった。
これでは迎撃できないと判断したイーグルス選手達は、11番を追って走り出す。全力で後方へと風を吹き出して、砂塵が巻き上がるフィールドを駆ける。
でも、
『追いつけないぃい!超高性能パワードスーツを着たイーグルス選手達の誰もが、桜城11番との距離を全く詰めることが出来ない!独走!桜城が独走状態!なんて速さだ!』
全速力で走るイーグルス選手達を背後に抱えながら、11番は尚も先頭を走り続けていた。
DP社が誇る推進装置と同等以上の速度を、白銀の11番は出していた。
【そんな、そんな事有り得ない。我社の製品と張り合うなんて、そんなの…】
信じたくなかった。でも、11番の姿はもう、私の目の前まで迫って来ていた。
彼女の表情まで見えたその時、
『ファーストタァァアアッチ!!桜城11番!』
【【【うわぁああああああ!!】】】
無慈悲な放送が、私の鼓膜を震わせた。
『桜城がやった!またやってくれたぞ!あのイーグルスからファーストタッチを奪っちまった!これで、桜城領域は36%から48%まで一気に回復!コールド負けの心配が無くなったぞ!!』
「やったぁ!」
円柱をタッチした少女は飛び跳ねて喜び、あどけない顔に満面の笑みを浮かべていた。
その顔には見覚えがある。確か、先日のセレナ脱走事件の時に居合わせた、3人組の内の1人だった筈。
あの時は震えるだけの小さな子供と思っていたのに、今私に見せつけた彼女の風は、紛れもなく優秀な異能力選手のそれだ。
あの時のか弱い少女はもう居ない。目の前に居るのは、我々を窮地に追いやった憎い敵だ。
『イーグルスから見事タッチを奪ったのは、桜城11番のモモカ選手だ!素晴らしいランだったぜ、モモカ!このモモって言うのは、アメリカで言うピーチの意味らしいぜ!』
【ピーチちゃん!凄く可愛らしい名前ね!】
【名前だけじゃなくて、飛び跳ねる姿も可愛いわ!】
【妹にしたいくらい可愛い!】
【凄く速かったわ。異能力陸上でもいいところ行くんじゃない?】
【オリンピックに出るんなら、応援しに行くぜ!ピーチちゃん!】
大歓声の中を、手を振りながら凱旋する11番。彼女の装備は、どう見ても時代遅れの骨董品。あんな物が、我社の製品を脅かすなんてあり得ない。何か、何かとんでもないズルをしているとしか思えない。
そうだ。相手はきっと、とんでもないズルをしているんだ。
この砂嵐だってそう。こんな電波障害を引き起こす程の特殊な砂を、ただのソイルキネシスが出せる筈がない。きっと、外部からの支援があるんだ。
例えば、大会運営が味方して、彼らの支援を行っているとか。大統領を唆したアマンダなら不可能じゃない。
そうか。だからセレナもおかしな行動に出たんだ。世界的大企業であるDP社との契約を破棄するなんて、正気の沙汰ではないから。
きっとアマンダに脅されて、あの歌を歌ったに違いない。やはりアマンダは、企業に雇われた汚いスパイ女だったんだ。
【これは聖戦です!】
イーグルスベンチに戻った私は、声高らかに宣言する。
すると、監督達は訳が分からないといった表情を返してくる。
全く。なんでこんなことも気付かないの?こんな、あり得ないことばかりが起きている状況で、それを見ようともしないなんて。
呆れてしまって、言葉を失いそうになったけど、これも上に立つ者の定めと思い直し、丁寧に教えて上げることにした。
【良いですか?この試合…いえ、この大会は仕組まれた物だったのです】
私も最初は考え過ぎだと思っていたけれど、大会運営も抱き込んでいるとなれば話は別だ。やはりこれは、DP社を陥れる為の罠だったのだ。異能力兵器分野でトップを走る我社を妬んだ、競合他社の策略だ。
我々をこの大会に誘き寄せ、無名のチームと戦わせて敗北させる。そうなれば、DP社の信用は地に落ちる。同業他社からしたら、これ程美味しい話はない。
【いい?よく考えて。こんなの出来過ぎているのよ。だって、今戦っている相手は無名のチームよ?何処かの弱小国家の雑魚チームが、CEC決勝戦まで勝ち進めると思える?出来る訳ないでしょ!】
そう。あまりにも話が出来過ぎている。まるで、マンガやアニメの世界だ。
そんなの、この現実には存在しない。マジックには必ずトリックが隠されている。桜城が凄いんじゃなくて、周囲が彼らを持ち上げているだけなのだ。
カーディナルシープも、クリムゾンラビッツもそうだ。あいつらも運営に協力してる。アメリカのプロが、日本の学生風情に負ける筈がないじゃない。きっと、そういうシナリオの上で踊っていただけ。
【仕組まれたのよ、これは】
【あ、あの、カトリーナ社長。それで…聖戦とは、具体的に何を?】
未だに理解しきれてなさそうな顔の監督が、恐る恐る私に聞いてくる。
言葉で言っても理解できないのね。全く、仕方のない人。
私は、ベンチの端で待機していたジェーンを呼び付ける。有能な彼女は、私が一言言っただけで全てを準備していた。その中の一つ、ジェラルミンケースを持ち上げて、蓋を開けて私の前に差し出してきた。
そこに入っていたのは、小さな機械。
【あの…カトリーナ様。これは?】
【皆さんに提供した最新機種、その新たな機能を発動させる為のスイッチですわ】
【機能?それは一体?】
相変わらず言葉で理解しようとする監督に、私は黙ってスイッチに指を置く。そして、
【オートプログラム、起動】
スイッチを押し込んだ。
見事にファーストタッチでした!西風さん。
「イーグルスにも負けん瞬足であったか」
そして、オートプログラム…。
「それ以外にも、何か隠し持っていそうだな」