374話(1/2)〜ホコリっぽいわね〜
今回は全て、他者視点です。
「またお前か」
『ハーフタイムショーを終えたセレナが、アンコールの声を背に受けながら降壇していく。今まで見たことない吹っ飛んだ演出で、会場を盛り上げてくれてありがとう!』
【【【セレナァー!!】】】
【【ありがとー!】】
【最高のショーだったぜ!】
【ちょっとドキドキしちゃった!久しぶりにセレナらしい企画だったわ!】
舞台の階段を降りながら、セレナは『みんなー!ありがとー!』と観客席に向って手を振る。
それに、観客達も手を振り返す。
『まさか選手が共演するなんて夢にも思わなかったから、本気でボイコットされたのかと思っちまったよ!一緒になって騙してくれた桜城の3人にも、ありがとうだ!同調してくれたハニーベアーズの選手達もな!』
【【ブラックナイト!ブラックナイト!】】
【スズカ素敵だったわ!】
【このまま歌姫とバンドを組んで欲しいわ!】
【爆発の子もナイスだったぜ!】
【ベアーズも良かったぞ!試合でもそれくらい活躍してくれよ!】
セレナの無謀な反逆をショーの一環だと錯覚させる運営に、観客達は完全に騙されていた。
それもそうだろう。素人集団が演奏した舞台に喜ぶような低レベルの群衆なのだから、騙されて当然。セレナの歌に感化されるのも仕方がない。
だから、彼女達が目覚めるくらいに鮮烈な後半戦を見せてやろう。開始1分で桜城前線を崩壊させて、2分で連続タッチ。3分でコールドの鐘をフィールドに響かせる。
【それでよろしいですわね?監督】
【勿論です、カトリーナ社長。既に、主要メンバーを対ライオンズ用に入れ替えております】
PC前のオペレーターに指示を出していた監督が振り返り、作り笑いを浮かべながらそう答えた。
対ライオンズ。それは、勝つ為に最大戦力で攻め込む強襲作戦。全員で一斉に攻め込む為に、パワードスーツの機能を一時的に攻撃へ振る尖ったスタイルだ。
防御が薄くなるデメリットはあるが、相手はライオンズではなく素人集団。我々の猛攻を防ぎながらカウンターを決められるはずもないから、デメリットなんて有って無いようなものだ。
【その采配で進めて下さい、監督。選手達にも、桜城を潰すつもりで事にあたる様にと通達を】
【はい。彼女達のタスクの中でも、最優先事項に来るよう設定しております】
それならば良い。行動を設定さえしておけば、選手達のヘルメットディスプレイに表示され、サポート装置もその動きに合わせるようになる。私の指示を遂行するために、全力を尽くしてくれるだろう。
私は、フィールドで配置に着く青と白のフルアーマー達を見て、心が満たされる思いがした。セレナによってささくれ立っていた心が、落ち着きを取り戻していく。
桜城側を見ると、領域の中央で集まって円陣を組んでいるみたいだ。
前時代的な手法だ。ああして感情をコントロールして戦うなんて、非効率的で無駄な事。DP社最新モデルのパワードスーツであれば、高周波によって安らぎと疲労回復を同時に得ることが出来るのに。
先ほどセレナは夢だなんだと歌っていたけれど、そんな物は感情の浮き沈みをコントロール出来ない脆弱な人間達の言い訳に過ぎない。
だから、決勝戦という大切な試合だというのに、不安定な戦いしか出来ない。勝てていれば問題ないのかもしれないけど、負け越したら一気にテンションが落ちる。そうなれば、立て直すのに多大な労力を割く必要が出る。
前半戦の桜城の様に。
感情に左右されるなど、欠陥品でしかない。我々が欲しているのは、常に最高のパフォーマンスが出せる人材。どんな場面でも仕事をする駒だ。
それがイーグルスであり、我社の製品だ。
誰もが同じタスクを確実にこなせるようになれば、臨んだ結果を得られるのだ。
感情なんて不確定要素は、要らない。
ファァアン!
後半戦が始まった。
桜城は前半戦に引き続き、盾を並べて防御する構えだ。
バカの一辺倒。そんな戦法で、少しでも耐えようとしているのだろうか?現状維持なんて、全く愚かな考えだ。
そんな守りばかりの相手には、攻めて攻め立ててやるのが最善の選択。
【突撃配置に着いたのち、総攻撃の指示を送りなさい】
【承知しました】
監督が、私の指示通りに駒を動かす。それに、PC前のオペレーター達も忠実に働き、目の前の兵士達も思い描いた通りに動き出す。無駄に考えたり、不安に思わないから、指示した事を直ぐに実行する。
これが、理想の兵士だ。
【総攻撃指令を出しました】
【それでいいわ】
指令を出すと、直ぐさまイーグルスの選手が盾に向かって走り出す。
彼女達はすぐに成果を出すだろう。走りながらに全ての盾を壊し、その後ろに隠れていた桜城選手を蹂躙。そのまま桜城領域を駆け抜けて、タッチを奪えば即試合終了。圧倒的な戦力の差を前に、愚か者達は地面に這いつくばって悔いるのだ。
そう思い描いていた私のシナリオに、ノイズが走る。
盾の隙間から、小さなゴーレムが出てきたのだ。
手のひらサイズの、小さなゴーレム。それを見た途端、私は笑いが込み上げてきた。
なんて小さく、みすぼらしいの。こんな小さな物しか作れないなんて、なんて低レベルな選手なんでしょう。ピンチを前になりふり構わなくなっているんでしょうけど、それが余計に未熟さを露呈させている。
こんなレベルの選手を入れて、クリムゾンラビッツを…いえ、カーディナルシープを良く倒せたものだ。
そう思っていた私の前で、ゴーレムは更に追い打ちを掛けてきた。
可愛らしく駆け寄っていた数体が、崩れてしまったのだ。
【プフッ!】
思わず、吹き出してしまった。
ソイルキネシスの精度が拙いから起きる、魔力の崩壊だ。
これは、逆に使える。ここまで滑稽だと、コメディアンとしての才覚がある。あんな小さなゴーレムの形状すら維持出来ないなんて、U12の選手でもなかなか居ない逸材よ。
ダメだ。笑いを堪えるのに精一杯で、指示が出せない。もしも桜城がこれを狙ってやっているなら、向こうの監督はさぞかし優秀な人材だ。是非、ゴーレムの術者と共にエンタメ業界に推薦してあげたい。
ズッバァアアン!
そうしている間にも、イーグルスは桜城前線に近付き、それを阻止しようと桜城側からの爆発攻撃が開始される。
でも、素早い動きを可能にする我社のパワードスーツを相手に、そんな攻撃が当たる筈もない。そもそも狙いが雑過ぎて、避ける必要もなかった。
爆発は選手達を捉えることが出来ず、ただフィールドを削るだけで終わっていた。それどころか、折角作ったゴーレムまで一緒に吹き飛ばしている。
これは不味い。あまりにも面白過ぎる。仲間同士でぶつかり合いつぶし合い、最高のドタバタ劇を見せつけてきている。
【プッ!ふっふふ。ぐっ、けほっ、けほっ】
しまった。笑い過ぎて、のどに入り込んでしまった。
【けほっ、けほっ。ホコリっぽいわね】
爆発で埃が舞い、私は袖で口を覆う。
最悪だ。口の中がシャリシャリする。きっと、先程の小さなゴーレムの残骸が舞っているんだろう。術者が異能力を解けば消えると思うけど、気持ちの良い物じゃない。
ジェーンにマスクを持って来させようと、私は振り返た。
丁度その時、
『ベイルアウト!イーグルス12番!』
放送から、そんな声が耳に入った。
…えっ?イーグルスがベイルアウト?ベイルアウトさせた…じゃなくて?
耳を疑った私に、再び放送の声が耳にねじ込まれる。
『開始早々のベイルアウト!やったのはこの人、桜城の8番、スズカ選手だぁあ!!』
【【おぉおお!!】】
【またお前かよスズカ!なんてパワーしてやがる!】
【スズカ!素敵よ!】
【貴女のファンになっちゃったわ!】
嘘でしょ?イーグルス選手がベイルアウトなんて…。
私は、フィールドに視線を戻す。
すると…。
【なっ!何が起きているの!?】
何も見えなくなっていた。目の前が濃い黄色で覆われている。
この黄色いのは…砂。
濃厚な砂塵がフィールドを覆い、視界が急激に悪化していた。ベンチから見えるのは、精々1番手前の選手の姿くらい。それも、薄っすら影が見える程度で、他の選手達の姿は全部、砂塵の中へと飲み込まれてしまっていた。
肉眼では、試合の様子が全く見えない状況となっていた。
【状況は!?試合の様子はどうなっているのです!?】
【そ、それが…フィールドの砂が爆風で舞い上がってしまって、四方に仕掛けたカメラではここと同じように全く見えなくて…】
監督が小さく震えながら、PCを指さす。
その画面には、ここから見るのと変わらないカメラ映像ばかりが映っていた。
カメラが全て使えなくなっていた。
いえ。
【上空のカメラに切り替えなさい!】
こんなに見えないのに、観客席は変わらずに盛り上がっている。と言うことは、そこからならフィールドの状況が見える筈だ。
そう思った私の考えは正しく、天井に仕掛けたカメラからは、地上カメラよりも大分クリアな映像が流れる。
選手が豆粒みたいで、それぞれの位置くらいしか分からないけど。
それでも、イーグルスがピンチなのは分かる。隊列がバラバラで、各々が好き勝手に動いてしまっていた。
選手達の視界も悪く、またこちらからの指示が途絶えたことが原因だ。
逆に、桜城選手はキビキビとした動きを見せていた。一列に並んでいた盾が中央だけ大きく後退し、くの字の陣形を取っていた。
この構えは…鶴翼の陣。
【何をボケっとしているのですか!このままだと、すり潰されてしまうわよ!】
視界を奪われたイーグルス選手達は、唯一目視できる盾を追うように突出する。すると、中央の選手が前に出過ぎてしまい、そこを両翼から飛び出してきた桜城選手に攻撃されていた。
『ベイルアウト!イーグルス6番!倒したのは桜城の9番!』
【【【わぁああああああ!!】】】
【【オージョー!オージョー!】】
【よくやったぞ!フッシミー!】
【今のは完全にスパイダーの動きだ!】
盛り上がる会場の声が、私の繊細な心を掻き乱す。
そのうるさいノイズを消したくて、私は声を荒らげる。
【戦線を一旦下げるように指示を出しなさい!イーグルス前線の態勢を整えて、下がり過ぎている相手前線の中央を集中攻撃するんです!そうすれば相手は簡単に崩れて…】
【やっていますよ!でも、選手達からの応答がないんです!】
私の的確な指示に、監督からヒステリック気味な返答が投げ返ってきた。
彼女は自分の言っている事が正しいと示すように、オペレーターにインカムのプラグを引き抜かせ、向こうからの音声が聞こえる様にする。そして、オペレーターをせっ突いて通信を促す。
青い顔のオペレーターが、PC画面の向こう側を呼び出す。
【こちら司令部!各選手、応答願います!応答願います!】
【ザッザーッ…ツー…】
オペレーターの必死な問いかけに、返ってくるのはテレビの砂嵐みたいな音だけ。選手達からの応答は、一つもない。
完全に、音声が遮断されていた。
【この砂嵐のせいです。砂の中に何か特殊な物質でも含んでいるのか、普通の物よりも電波障害が酷く、音声通信は愚か選手達のバイタル情報も全て遮断されているんです】
監督が言うように、別のPCに映っていた複雑な波形達は今、〈NO SIGNAL〉の簡素な文字が出ているだけになっていた。
細部まで見渡せるDP社の情報システムが、完全に潰されていた。
私はフィールドに視線を戻す。そこには変わらずに、黄色い砂が立ち込めていた。
全く見通せない。このフィールドも、選手達のモニターも。そして、
この試合の結末も…。
長くなりましたので、明日へ分割致します。
「またもや活躍しおったな、慶太の奴」
練馬こぶし大会で見せた、砂嵐ですね。
まさか、これほどまでに強化されているとは…。
「うむ。少々強化され過ぎだが、どうやっているのだろうな」