372話(2/2)~ちょっと静かにして!~
※臨時投稿です。昨日も投稿していますので、読み飛ばしにご注意ください。
フィールド全てを見渡す鷲の視力に、鶴海さんは苦悶の表情を浮かべて作戦を組み立てようとする。
だが、なかなか組みあがらない。四方八方から監視されている現状で、見られても良い作戦なんてすぐには思いつかなかった。
「うちが切り込んだるわ!」
そんな憂いを断ち切るかのように、切り込み隊長の伏見さんが威勢の良い声を上げて敵陣へと突っ込む。
強固なガードを重ねる相手に、伏見さんの腕が伸びる。敵陣の最先端で構えていた選手に巻き付いた。
でもその途端、ガードを固めていた周囲の選手達が盾を消して、伏見さんへと遠距離攻撃を放った。
「くっ!」
苦しそうな声を出しながら、伏見さんは何とかそれを回避する。でも、濃厚な弾幕を前に、これ以上近づくことは出来ない。悔しそうな表情を浮かべながら、彼女は桜城前線へと戻ってきた。
「なら、今度はあたしが!」
桜城2枚看板の1枚である鈴華が名乗りを上げて、小さな鉄球をばらまく。
マグナバレット。
当たれば対象の魔力を磁化し、鈴華が自由に操ることが出来るトンデモ異能力。
なのだが…。
「くっ!だめだ、遠すぎる」
バレットが当たったのは良いものの、相手までの距離が遠すぎて、鈴華の磁力範囲外であった。これでは、操ることは殆ど出来ない。
もう少し相手前線が近付いてくれると良いのだが、相手は中立地帯ギリギリに陣を敷いて動かず、高ランクだけが桜城前線へと特攻を仕掛ける戦法を取ってくる。
桜城の攻撃が上手く噛み合わない。攻められてばかりで、部員達の気力と魔力が目に見えて消耗していっている。
盾はまだ良い。鶴海さんや慶太が手伝ってくれるお陰で、魔力消費を抑えられているから。
問題は、遠距離役の人達。
「うっ…」
桜城右翼で、弾幕が薄くなっていた。遠距離攻撃のスペシャリスト、秋山先輩がフラついていた。9人対3人の圧倒的不利な撃ち合いに、負けるもんかと無理をし過ぎたのだ。
前半7分が経過した段階で、彼女の顔は青くなりつつあった。
魔力が底をつきかけているのだ。
「まだまだっ!」
それでも、秋山先輩は攻撃を止めない。自分が倒れれば、撃ち合いに勝てないと分かっているから。
それでも、威力は半減していた。彼女の脳は悲鳴を上げており、体が自然と火の勢いを抑えていた。
桜城右翼の弾幕が薄くなった。そこを、強豪イーグルスが見逃す筈はない。
相手前線の一角で、大きな爆発が起きる。
『ここでイーグルス4番!ヒラリー選手が飛び出した!Aランクのパイロキネシスで己の体をロケット噴射する!あっという間に桜城前線へ到達したぞ!』
本当に一瞬だった。
気付いたら前線に接近しており、炎の蹴りで水晶盾が真っ二つにされていて、桜城領域に侵入されてしまった。
くそっ、と、悔しがる事すら出来なかった。
イーグルス4番はそのまま、円柱までひとっ飛びで、
「行かせるかぁ!」
直進する4番の前に、秋山先輩が飛び出した。
魔力ランクでも、装備でも、全てで劣る彼女では、とても止める事は出来ない。
そう理解しているだろうに、先輩は両手に火炎弾を握りしめて、Aランクの前に立ちはだかった。
それを、侵入者に向ける。
「ファイアラ」
【Roger】
決死の覚悟で飛び込んだ先輩に、4番は軽く頷くと同時に蹴りを繰り出す。その振り抜く足からは、推進力に使われていたロケット噴射が吹き出し続けていた。
Aランクのパイロキネシスを、更に圧縮して噴出する灼熱の爪。それは一瞬で、秋山先輩の覚悟を消し飛ばした。
『ベイルアウト!桜城6番!』
4番からしたら、少し足を振り上げた程度の攻撃。そんなちょっとした動作だけで、同じパイロキネシスの秋山先輩を瞬く間に退場させてしまった。
圧倒的な力量差、そして装備性能の差を前に、秋山先輩はただ飛び込んだだけの無謀な敗者。
観客達には、そう見えたかも知れない。
しかし、
「お陰で間に合ったぜ、先輩」
先輩が飛び込んだことで、僅かな時間が生まれた。その時間を使って、鈴華は4番を射程に入れる事が出来た。
彼女の手甲が真っすぐに飛び、4番の装甲にタッチした。
「こっちに来い」
鈴華がクイッと手招きすると、手甲と一緒に4番も引きづられる。
それに抗う、4番。
【ぐっ、うっ、了解】
4番は再び小さく頷き、鈴華に向かって回し蹴りを放つ。
だが、鈴華はそれを片手で受け止める。灼熱の爪に炙られようとも、涼しい顔で受け止め続けた。
【なっ、なんでっ!】
今まで無表情を貫いていたイーグルス選手も、これには驚きの声を上げた。
その声を聞いて、鈴華は笑みを浮かべる。
「おっ、ロボットじゃねぇんだな。安心したぜ」
磁力を操作操作して、4番を空中に浮かせる鈴華。相手は何とか脱出しようと全身から炎を吐くが、全てが鈴華の支配下にあるのか、その炎は鈴華には向かわずに、周囲へと分散させられる。
もう、4番が鈴華を倒す手段は残っていない。
相変わらず、えげつない異能力だ。
【こんなのって、聞いていない。マニュアルにも載ってなかった!どうしたらいいの!?】
未知の事象にパニックになりながら、なんとか脱出しようと藻掻き続ける4番。
そんな4番を、鈴華は自分の頭上まで持ち上げて、手を大きく広げる。
「感情があるんなら、こいつも楽しめると思うぜ」
鈴華の磁力が強まる。4番を見上げて、白い歯を見せた。
そして、自分に引き付けていた4番の磁力を、一気に反発させる。
その行先は、大空。
「みんな大好き!打ち上げ花火だぜ!」
【えっ!?きゃぁああああ!】
強力な磁力の反発を受けて、4番の体は勢いよく吹っ飛ぶ。垂直に打ち出された彼女の体は、鈴華の言うように打ち上げ花火の花火玉に見える
た。
ただ違うのは、打ち上がっても爆発せず、その姿が消えてしまったことだった。
『ベイルアウト!イーグルス4番、ヒラリー選手!』
【【うぉおおおお!!】】
【なんで、ベイルアウトしたんだ?】
【飛行制限だ!10m以上の飛行は、ファランクスでは禁止だから】
【それを逆手に取ったのか!】
飛行制限ね。全日本の久遠選手との試合で、不正なイエローを取られたからよく覚えている。領域間の直接移動みたいに、一発アウトの制限区域ルールだ。
ローズマリー選手みたいな攻撃だけど、もしかしたら彼女の戦い方から思い付いたのかも。
今までは地面に縫い付けて2分待つか、大量の魔力を使ってレールガンにしていたけれど、これなら手軽に打てて良い必殺技になる。観客も楽しめたみたいだし。
蔵人が周囲に目を向けると、鈴華に向けて好意的な目が幾つも向けられていた。
『Aランク選手を倒したのは、桜城8番のBランク!Bランクのスズカ選手だ!』
【最高よ!スズカ!】
【ラビッツに続いて、イーグルス相手でも大活躍じゃないか!】
【Aランクを倒しちゃうなんて、ブラックナイトに匹敵する実力者よ!】
桜城を応援する白い集団からは、熱烈なエールが鈴華に贈られる。
それとは異なり、青と白が入り混じるイーグルスからは、驚きの声が轟いた。
【Bランク!?】
【しかも、あれって磁力でしょ?】
【下位種が1ランク上の上位種を倒したって?】
【素敵!なんて素晴らしい選手なの!】
【銀髪も綺麗で美しいわ!】
【良くやったよ!スズカ選手!】
どちらにせよ、最後は熱烈なエールになった模様。
それを受けた鈴華は、嬉しそうに手を振り返す。
「どもども。いぇ〜い、ピスピス!」
凄い上機嫌だ。手を振るだけじゃなくて、ダブルピースサインまで送っている。
Aランクを倒したんだから、文句なしの大金星だろう。
だが、現状はそこまで好転していない。
エースを失ったと言うのに、イーグルスの陣形に乱れはなく、寧ろ秋山先輩が居なくなった右翼に敵のブリッツが飛来する。
彼女達イーグルスにとって、Aランクもただの駒。控えに5人も居るから、1人2人を失っても動揺は全くなかった。
そして、
ピィイイイ!!
『前半戦終了!領域は、桜城が38%。イーグルスが62%で折り返したぞ!』
【【わぁああああ!!】】
【【イーグルス!イーグルス!】】
タッチこそ許さなかったが、円柱役の人数差で大きな点数差を付けられてしまった。
異能力を巧みに操るイーグルスに、前線の人数を円柱役に回せなかった事が大きい。
暗い顔で戻る桜城の選手達に、観客席から多くの拍手が降りかかる。
『激戦!決勝戦に相応しい激戦でした!あのイーグルスを相手に、この点数で抑えるなんて奇跡に近い事だ。十分に誇っていい。桜城は、素晴らしいチームだぞ!』
【本当だよ。日本にこんな実力があるなんて知らなかった!】
【イーグルス相手に後半戦いけるのって、NFLの中でもトップ5くらいだもんな】
【ガゼルホーンズだって、前半戦で79%取られているんだよ?オージョーは良くやったよ】
【すげぇチームだぜ、桜城!】
幾つもの賛辞が送られて来るが、みんなの表情は浮かばない。観客達の賛辞は、我々を日本と言う小国の学生と見ての物だと分かっていたから。
誰も、桜城をイーグルスと同等とは見てくれていない。
誰も、桜城がイーグルスに勝てるなんて思ってもいなかった。
そう思わせる様な試合を、前半戦では出来なかった証拠だ。
「やったぜ!ジャイアントキリング。あたしもとうとうやってやったよ」
「そりゃ、ようやったと思うんやけどな。試合は負け越しとるで?後半戦はどないするつもりや?」
ベンチに戻り、装備を脱ぎながら会話する鈴華と伏見さん。
この部活の中心人物となっている2人の会話は、必然的にみんなも加わりだす。
「相手、凄く速いよね。僕も追いつけなかったよ」
「オイラのゴーレムも届かなかった。ちょっと浮いてるんだもん」
「あいつらの防御が硬すぎるんだ。私の爆発にビクともしないんだぞ?本当にCランクか?」
「秋山もベイルアウトしちまったもんな。1本取らねえと不味いだろうし、そろそろ俺ら、出動しちゃう?」
「勝手に動いたりしたら、今度こそ舌を切るわよ?」
「わ、分かったって、夕子姫。その手をやめてくれ。指揮官に従うからよ」
「そんで?後半戦はどうすんだ?」
「どうなんや?翠?」
「俺だよな?部長?」
「そろそろ、私も出たいんだけど…」
「いいや。ここは私が一発ドカーン!と」
「ちょっと静かにして!」
部長の怒鳴り声が桜城ベンチに響き、わちゃわちゃ騒いでいたみんなが一斉に口を噤む。
目を釣り上げた部長はそれを見て、彼女の後ろを振り返る。そこには、顔を真っ赤にして考え込む鶴海さんの姿があった。
「戦術…魚鱗陣…十面埋伏の計?…いえ、ダメ。見られてるのよ。見られてても通用する陣形…バッサーノの戦い?」
彼女は前半戦の途中からずっと、この戦況の打開策を1人で考えていた。
考えて考えて、考え過ぎて、頭から湯気が上がっていた。
そんな彼女を、部長は手で示す。
「作戦は今、私達が考えてるわ。だから、みんなは私達を信じて待っていてよ。必ず、何か打開策を…」
「でもさぁ、部長。休憩時間って15分だろ?翠がそんな状態で大丈夫なのか?」
気楽に言う鈴華に、部長の厳しい目が向く。
流石の鈴華も、それにはぐっと押し黙る。
うーん。空気が悪いな。
これは不味いと思った蔵人は、部長と鈴華の間に立ち、場を沈めようとする。
「先ずは冷静になりましょう。我々に残された手を、1つ1つ」
「冷静よ!私たちは!」
うーん。最大のピンチを前にして、頭に血が上っているな。
さて、どうしたもんかと、頭の中で最適な会話の流れを構築していると、
フィールドで、楽しげな音楽が鳴り始めた。
ハーフタイムショーだ。
こいつは良い。音楽は人の心を和ませる。
蔵人は期待して、フィールドに目をやった。そこでは本格的なステージが出来上がっており、その上にはドラムやギター、キーボード等を奏でる奏者達の姿があった。
だが、
【わぁあああ!…あれ?】
【えぇ?どうしたんだ?】
【なんで、歌わないんだ?】
そこには、期待した様な楽しい音楽は存在せず、観客席からはドヨドヨと不安そうな声が聞こえて来た。
何故か。
それは、奏者達の前に立った歌い手が、楽しげなバックミュージックが流れる中で棒立ちだったからだ。
彼女の手は垂れ下がり、その手に握られたマイクが悲しげに揺れているばかりであった。
その人は、
【どうしたんだ!?なんで歌わないの?】
【何かのアクシデントか?】
【歌ってくれよ!セレナ!】
世界の歌姫、セレナ・シンガーその人だった。
今までになく厳しい状況。
そして、セレナさんの反乱?
「状況は混沌とし始めている」




