372話(1/2)〜難しい相手ね〜
4月20日。イースター復活祭当日。
正午12時29分。クリスタルエッグカップ3日目、最終日。
フィールドの各所には26名の選手が構え、試合開始の合図を今か今かと待ち侘びていた。
桜城の初期位置は、今となっては普通となってしまったワントップ防御スタイルだ。
盾役…1人(蔵人)
近距離役…4人(鈴華、桃花、木元、伏見)
遠距離役…4人(秋山、祭月、慶太、下村)
司令塔…1人(鶴海)
円柱…2人(サーミン、鹿島)
対する相手は、見た目だけはカーディナルシープと同じ前衛防御型の陣形をしている。
前衛…9人
中衛…0人
後衛…0人
円柱…4人
だが、そうではない事は昨晩の事前情報で把握済みだ。彼女達は、1人1人がオールラウンダー。カーディナルシープ並の防御力と、如月や彩雲並の攻撃力。そして、クリムゾンラビッツ並の突破力を持っていると思っていい。
イーグルス選手の1人1人が、他チームで言うエース級の猛者である。
今までの強敵をまとめて煮詰めた様なイーグルスの選手達は、しかし、試合開始直前となっても無反応だ。ただ、与えられた配置の上でじっと立っているだけ。
その姿を見ていると、本当にロボットなのではないかと思いたくなってくる。
…試合前に人間が入っているのを見ていなかったら、本当にそう思っていたところだ。
蔵人がイーグルスの選手に着目していると、視界の端に誰かが映りこんだ。
黒いプロテクターを装着した審判だ。
鷹のように鋭い目をした彼女はフィールドの中央に立つと、時計を確認してからスっと手を挙げた。
【これより!イースター復活祭特別イベント、クリスタルエッグカップの決勝戦を開始する!試合時間並びにルールはNFL公式ルールに則る物とし、U18ルールを適用する。両チーム、正々堂々と戦うこと!】
審判の注意に、桜城側は何人か頷くも、イーグルスは微動だにしない。
それでも、審判は満足そうに頷いてから、構える。
手を、上げた。
【試合、開始!】
ファァアアアン!!
【【【うぉおおおおおおお!!】】】
試合開始の合図と同時に、興奮した観客の声がそれを上回る。
審判は物凄い速さでピッチの端まで跳躍し、フィールド中に厳しい視線を向けた。
フィールドに、実況の声が響く。
『とうとう始まったぞ、クリスタルエッグの決勝戦!例年ならガゼルホーンズとクリムゾンラビッツの頂上決戦となっていた筈なんだが、今年は両チームとも敗北し、のし上がったチーム同士が戦う異例の復活祭になっちまった!しかも、片方は異国の中高生だって言うんだから驚きだ!一体、どんな試合になるんだ?Sランクプロディクションだって分かりはしないぜ!』
【【【わぁあああ!!】】】
【【イーグルス!イーグルス!】】
【【オージョー!オージョー!】】
『早速、両チームの応援合戦が繰り広げられる中、先ず初めに動いたのはチーム桜城だ!ブラックナイトのクリスタルシールドが、広大なフィールドを横一線でぶった斬った!』
【【【わぁあああ!!】】】
『早い早い!常識外れの早業で、常人では真似出来ないことをいとも簡単にやってのける!彼がただのシールダーじゃない事が、初っ端から見せつけられたぜ!!』
【これよこれ、これを見に来たのよ!】
【本当にテレビと…いえ、テレビ以上の凄技ね!】
【流石はブラックナイトだ!】
【素敵よ!黒騎士様!】
まぁね。早く展開しないと、一瞬で前線を抜けられちゃうんで。
蔵人は、一列に並べた半透明な水晶盾の向こう側を見る。そこには、あと数歩で盾にぶつかる所まで迫っていたイーグルス選手がいた。
あと数秒盾の生成が遅れていたら、今頃は前線を抜けられて、そのままファーストタッチまで取られていたことだろう。ラビッツ選手と同等と考えていたが、それ以上のスピードだ。
「チャンス!これでもくらえ!」
すかさず、飛び出してきたイーグルス選手に対して、下村先輩がエアロカッターをお見舞いする。隊列から孤立してしまった選手は、恰好の的。離れた所にいた秋山先輩も、目を輝かせてその選手に手を向けた。
だが、相手は瞬時に水の防壁を作り出し、2人の攻撃を難なく受け止めてしまった。
そして、来た時と同じように、足から水を噴射して自軍前線に戻って行った。
移動と防御を瞬時に切り替える技術。そして、それを可能にするDP社製の装備。
最初っから、見せつけてくれる。
「砲撃開始!相手が後退した今がチャンスよ!」
「ふっふ。任せろ!」
鶴海さんの合図を受けて、桜城の後衛部隊が盾の前に並び、遠距離攻撃を開始する。
それに、相手は横2列になって構え、手から様々な属性シールドを展開する。
無数の弾丸が相手シールドを叩き、祭月さんの爆発がその表面を焦がす。
だが、9人でのガードは硬く、弾丸を受けても余裕そうであった。
その余裕が出来た分、手が空いた選手達はガードから砲撃に切り替えて、こちらの水晶盾を攻撃してきた。
『両チーム激しい撃ち合いとなった!だが、弾数でいえば圧倒的にイーグルスが優勢だ!桜城が押されているぞ!』
まぁ、相手はガードしていない人が遠距離攻撃に転じているから、人数が圧倒的だ。
こっちは秋山先輩と下村先輩、そして祭月さんの3名だけ。手数が圧倒的に足りない。
「黒騎士ちゃん。左翼の盾が壊れた様に演出して」
「了解」
相手を誘うんですね?
鶴海さんの指示に、蔵人は早速、左翼の水晶盾2枚の中身だけを鉄盾にランクダウンさせて防御力を下げる。すると、その水晶盾は徐々にひび割れていき、そして砕け散った。
『ああっと!イーグルスの猛攻に、ブラックナイトのシールドが破壊された!なんてパワーだイーグルス!今まで引っ張り上げるくらいしか対策が無かったブラックナイトのシールドを破壊するなんて!すかさず、イーグルス前線から8番、13番が飛び出した!』
鶴海さんの思惑通り、相手が2匹釣れた。
普通、防御を崩して相手を誘い込むなんて危険な事はしないから、相手はチャンスとばかりに桜城前線に飛び込んできた。
でもそれは、侵入者に対しての迎撃が十分確保できないから。桜城の盾役は蔵人1人だけ。だから、迎撃に回せる人数は十分に取り揃えていた。
「伏せな!」
「えぇえいっ!」
鈴華の磁力に捕まった8番は、水を噴出してのホバリングが出来なくなり、地に足を着いた。
そこに、桃花さんが肉薄する。8番の懐に飛び込んで、腹部に濃密な風の弾丸を打ち込んだ。
8番の腹部パーツがひび割れ、数mの距離を吹き飛んだ。
最高の一撃が、ジャストミートした。だが、相手はベイルアウトしなかった。
転がりながら飛び起き、13番と共に方向転換をする。こちらに背を向けて、イーグルス前線へ逃げ帰ろうとした。
漸く、これが罠だと気付いたらしい。ぽっかりと空いている2枚分の盾の隙間から逃げようと、全速力で中立地帯を駆け抜ける。
でも、ここは桜城前線の真っただ中。彼女達を狙う狩人達の巣窟だ。
「逃がさへんでぇ!」
意気揚々と、桜城領域の空を伏見さんが飛来する。
空中に出した蔵人の水晶盾を掴んで飛翔し、背中を向けて必死に逃げる2人に迫る。そして、2人に向かって腕を伸ばした。
だがその攻撃を、2人は易々と避けてしまった。
「逃げられないよ!」
それを見た秋山先輩がフォローに入る。広範囲にファイアランスを乱射し、2人の背中を焦がそうとする。
しかし、それすらも2人は避けてしまった。
こちらを振り返る事すらせず、ずっと背中を向けながら全ての攻撃をステップだけで避けてしまった。まるで、予知能力でも持っているかのように。
2人はそのまま、桜城前線を突っ切って…。
「出られると思ったか?」
脱出出来ると誰もが思った直前、蔵人は空いていた空間に盾を補填した。
急に逃げ道を閉ざされた2人は、止まること出来ずに勢いよく盾に激突。よろめいて尻もちを着いた。
「ナイスだよ!黒騎士くん!」
秋山先輩が親指を立てながら、ファイアランスを撃ち込む。狙いは、13番。
飛び起きる様に立ち上がった彼女だったが、すぐ傍まで迫ったファイアランスを避ける事は出来ず、頭部に1発が命中して倒れ、そのまま姿を消した。
『ベイルアウトだぁあ!!』
【【【おぉおお!!】】】
『最初のベイルアウトは、なんと、イーグルスから出たぞ!なんて事だ!イーグルスのBランクが落とされたのは今大会初!桜城の素晴らしい連携がイーグルスを捕らえたぁ!』
【良いぞ!オージョー!】
【ナイスなキルファイアだったぜ!】
【ブラックナイトのシールド捌きも素敵よ!】
会場が一気に湧く。
だがその間に、もう1人のイーグルス、8番は、足裏で噴出する水の量を大幅に増やして、シールドを飛び越えて逃げおうせてしまった。
特大ジャンプ。そんな事も出来るのか。
まぁ、彼女の装備は桃花さんが半壊させているから、脅威度は下がっている。それで良しとするか。
【凄いな、桜城】
【これは、ひょっとしてがあるかもね】
会場からは、楽観的な予測も出始める。相手のBランク2人を圧倒した事で、十分に戦えると思ってくれたみたいだ。
それは、嬉しいのだが、
【どうだろう?円柱役の差で、オージョー領域は見る見る削られているよ?】
そう。領域的には、桜城が押されている状態であった。
試合開始から3分が経過した今、領域の現状は…。
桜城:46%
イーグルス:54%
となっていた。
11人の桜城前線を、9人で抑えるイーグルスの方が優勢であった。
イーグルスの優秀な装備が、人数差を十分に埋めていた。
それに加えて、
【それでも、このままベイルアウト取り続ければいけるかもだろ?】
【どうだろう?だってイーグルスは…】
観客達が議論に熱中する最中、イーグルスサイドで笛が鳴った。
ピッピッ!
『おおっと!イーグルスが交代だ。8番ベロニカ選手を下げて、12番コリー選手を投入します』
そう。イーグルスは高ランクの層が厚い。だから、折角壊した8番の装備も、新たな選手を投入されて戦力を補充されてしまう。きっとあと2分経てば、13番のベイルアウトも直ぐに代わりの選手が投入されるだろう。
普通であれば、それでも相手は大きなダメージを被る。その選手でないと出来ない仕事という物があるから。
だが、イーグルスは違う。最新兵器にサポートされている彼女達は、誰でも同レベルの仕事が出来る。魔力ランクさえ一緒であれば、戦線に影響は出ないのだ。
それもあるから、突っ込ませたのがBランク2人だったのだろう。Bランクの控えは10人。代わりがまだまだいるから。
「難しい相手ね」
困り顔の鶴海さんが、蔵人の近くまで来た。
蔵人は頷く。
「ええ。人を駒の様に扱うから、戦術が立てにくいですね」
「そうね。それも厄介だけど…さっきの動きが引っかかって」
鶴海さんが言いたいのは、桜城前線から逃げ回っていた時の2人の動きについてみたいだ。
彼女達の動きは、背中に目玉が付いているのでは?と思ってしまう程に洗練され過ぎたものであった。
プリポート?透視?いや、それでは攻撃や防御、移動が出来やしない。
その答えは、
「きっと、ベンチからの指示を受け取っているんだと思うわ。機械がいっぱい付いているんですもの、あのフルフェイスの中に無線の類いが内蔵されていても不思議じゃないもの」
なるほど。インカムか。
確かに、イーグルスベンチは物凄く静かだ。誰かが指示を出す所か、顔すら出していなかった。
きっと、ベンチの中でPC画面越しに指示を出しているのだろう。テレビ中継用のカメラや監視カメラの映像を使えば、多角的に戦況を見ることも出来る。インカムで指示すれば、ノータイムで、観客や実況などのノイズに邪魔される事もなく指示が飛ぶ。
テレパシストをチームに入れずとも、同じ事が出来るのか。
「だから…これは不味いわね…」
「そうですね」
鶴海さんは元々、個々で勝るイーグルスに対し、戦術で対抗しようとしていた。局所的に2対1の場面を作り出し、各個撃破していく算段だった。
だが、相手がこうも視野が広く、そして瞬時に指令を飛ばせるとなると分が悪い。相手を嵌めようと動いても、簡単に破られてしまうから。
「見られても分からない様な戦術?それとも、蔵人ちゃんや海麗先輩を使った強硬策?どうするべきなの…?」
鶴海さんが必死になって考える。
カーディナルシープ戦では相手の意表をついてゾンビアタックを崩し、クリムゾンラビッツ戦ではアッと驚くような作戦を見せつけた彼女。
だが、今回ばかりはそんな風にはいかない。見れば見るだけ相手の陣形に隙はなく、また切り替えも素早くて瞬時に対応されてしまう。
どうすることも出来ないと、考え込む鶴海さんは苦悶の表情を浮かべていた。
長くなりましたので、明日へ分割致します。
「厄介な相手か」
常に見られてしまっては、戦術も何もありませんからね。
加えて、全選手への連絡手段も確保されている…。
「これは、相手ベンチを攻撃するしかないな」
気持ちは分かりますけど、反則です。