36話~色変えんとマズイっしょ~
皆さま、お待たせいたしました。
中学生編、本編を開始いたします。
4月が始まり、桜が今にも咲き誇ろうとしている頃。
蔵人は入学式へ参加するために、麗らかな春の空を、スパンッと高速で切り裂いていく。
蔵人の背中には、大きな鉄盾が2枚取り付けられ、目の前には風よけのアクリル板が複数枚設置されている。
宿泊学習での競争で使っていた技の一部だ。こうすることで、時速100km/hを生身で出しても航行を可能としている。
眼下には、綺麗に区画整備された特区の風景が流れる。
蔵人が特区外の自宅から出て、既に1時間近くが経過していた。その内、特区の検問で費やしたのが30分以上だ。
検問では、事前に学校から渡されていた通行証を見せるだけで通過可能のはずだったが、初回だったからか学生証も要求され、更には警備員が学校に連絡もしていた。
そこまでしてようやく本人確認と通行証の信用が確保されたので、無事に通過することが出来た。
検問所に着いた当初、飛んできた蔵人に対して「止まれ!」と凄んできた警備員の威圧は凄かった。片手を蔵人に突き出し、今にも発砲...発動?するぞと脅す素振りを見せていた。
今度から検問近くになったら、飛行スタイルからスケボースタイルに切り替えようと肝に銘じる程に、警備員の圧は強かった。数年前にテロもあったから、仕方ないのだろうけれど。
そもそも、蔵人が何故通学のために飛んでいるかと言うと、柳さんの存在がある。
蔵人が特区で暮らそうとすると、必然的に柳さんと別れる必要があった。というより、柳さんを解雇する必要か。
いずれはそうなってしまうだろうが、柳さんが職を見つけるまでは、蔵人は今の家から通うつもりでいる。柳さん本人の強すぎる意向もあるのだが…。
しかし、自宅から桜城学園までの距離は遠く、更に検問も考えると車での通学は不可能だった。
特に検問は平日の朝だと、検査待ちの車が大渋滞を起こしており、通り抜けるだけで1時間以上掛かると言われている。反対に、歩行者用の受付は殆ど混んでおらず、更にCランク以上なら手続きも簡単なのでスムーズに通れる。
そう聞いて、蔵人は飛んで来たのだ。
これなら、検問を含めても通学時間は1時間以内に収めることが出来る。更に、異能力の訓練にもなるので一石二鳥である。
そう思って悠々と飛んでいたのだが、検問で予想以上の時間を食ってしまったので、今は全速力で飛んでいる。
果たして、検問の通過時間は、これが最速なのだろうか。はたまた、今日は初回だからだろうか。
「後者であってくれよぉ」
そう願わずにはいられない、蔵人であった。
学校が近づいてきた。
上空から見ても広大で真っ白な建物群は、何処から見ても城に見えてしまう。
何処かに対空迎撃用の砲台でも設置されているのではと、蔵人はいらぬ心配までしていた。
蔵人は、飛んでいる姿を学校関係者に見られる事を避ける為、学園の敷地よりもかなり手前で着地して、スケボースタイルに切り替える。
飛行出来る異能力は限られているので、このまま突っ込めば要らぬ注目を集めてしまう。入学前から話題になるのを避ける為の対策であった。
おっ、校門前で生徒らしき人達が談笑している。
「おはようございます〜」
目の前の集団は、蔵人と同じ真っ白なブレザーを着こなしていたので、蔵人は桜城の生徒と思って挨拶する。
先輩達か、もしくは同輩か。いずれにしても、関係者に挨拶は大事だ。
「あら、おはようご、ざ、い......」
振り返った女子生徒が蔵人を見た途端、笑顔から少し怪訝そうな顔になって、蔵人がスケボースタイルで横を通過するのを見たら、やたら驚いた顔になって見送っていた。
通り過ぎた後も、やけにこちらに視線を送って来る。その周りの女子生徒達もだ。
お嬢様学校でスケボーは不味かったか?それとも服装か?
蔵人は自分の身なりを見下ろす。
学校指定の白い制服に、”ギリギリ”青いネクタイをキッチリ着ている。
ネクタイの色は自由とはなっていたが、事前にこの学校の暗黙のルールを安綱先輩に教えて貰っていたので、その忠告通りに青系統のネクタイを選んだ。
そのルールとは、ランクによるネクタイやリボンの色分けについて。
Cランクは青、Bランクは緑と(非公式で)決まっているらしい。
試験で見た先輩方は赤と白のリボンだったが、あれは特別で、赤は校内ランキング20位までの生徒が着用を許されており、更に赤地に白の刺繍が入ったリボンは7位までの生徒しか付けられないのだとか。
ちなみに、安綱先輩は赤地に銀の刺繍が入っていたが、それは2位の証拠なのだとか。
Aランクは何色かって?ズバリ、赤色である。この学校のAランク生徒は総勢20名程度。そしてAランクもの魔力量があれば、みんなランキングの最上位に位置する。
つまり、Aランク=ランキング20位以内なのだ。だから、Aランクのリボン(男子はネクタイ)は赤色となっている。
校内ランキングというのが何なのかは、イマイチ理解できていない蔵人であったが、兎に角、強豪校の2番手と試験を共闘したという、とても貴重な体験が得られたと、蔵人は安綱先輩に感謝している。
前世の学校では、よく上履きとか体操服で色が分けられてはいたが、それは、学年を区別する物に留まっていた。しかし、この世界はランク、つまり個人の能力をことさら明確に区別する。
ただランクや異能力種類で差別されるのではなく、実力によっての区別なので、どちらかというと実力主義とも言える。
だが、それを視覚的にも判断できるようにしているのは、生徒達が、特に男性が委縮する原因の一つになるのではないだろうか。
であるならば、これも改善すべき壁なのかもしれない。
おっと、そんなことで思考を逸らしている場合じゃない。なんで変な顔をされたか考えないと。
蔵人が頭の中で一人相撲を繰り広げている内に、教室の前まで到着していた。
1-8組という黒いプレートにゴールドの枠で縁取られた看板が、柱に埋め込まれている。
何というか、政治家の事務所みたいだな。
ここが蔵人の割り振られた教室。
頼人は1組で、慶太が7組なので、みんなバラバラだ。慶太とは比較的近いから、体育の授業などの合同授業では一緒になるかもしれない。
教室の大扉を開ける。校長室への扉かと錯覚するような高級感溢れる重厚な大扉は、音も立てることなくすんなり開き、広く白い高級感溢れる教室が目の前に広がる。
受験時にも入った教室だが、こうして落ち着いて見回してみると、学校と言うよりは有名美術館やオペラハウスなのではと錯覚してしまいそうになる。
勿論のことだが、前世や百山小学校とは比べ物にならない。
その教室には白く美しい机が横に6台、縦に5台並んでいる。受験の時は、長机でテストを受けたが、通常は個別の机を使うらしい。
入り口付近にいる2人の女子生徒が、既に席に着いて談笑していた。
「おはようございます」
蔵人はその2人に軽く頭を下げて挨拶する。青いリボンをした娘達だ。
「あ、えっと...はよ...」
「......それでね、」
片方は消え入りそうな声で蔵人に挨拶を返して、もう1人の娘は怪訝そうな顔でこちらを見て、何も言わずに会話に戻って行った。
なんか、懐かしい感覚だな。
蔵人は教室の中に入りながら、小学校に入って半年経った時の教室を思い出して、少し笑った。
特区の中も外もあんまり変わらないなと。
そう思っていた蔵人だったが、
「あ、おはよう!佐藤君!」
「おはよう!鈴木君!」
他の男子が入ってきた途端、手前に居た女子生徒達が我先にと挨拶を放った。
挨拶をされなかったのは、どうやら蔵人だけの様だった。
他の子、特に男子は女子生徒達から元気よく挨拶をされている。
されまくっている。
四方八方から投げかけられていた。
な、なんか、凄い状況だな…。
蔵人が呆気に取られていると、その渦中の男子達は、
「う、うん...」
「ああ...」
素っ気なく、挨拶なのか何なのか分からない反応を返しながら、挨拶が乱舞する中を足早に通り過ぎて行く。
確かに、ちょっと驚く場面ではある。だが、彼らの様子は、何処かおかしい。蔵人の気のせいかも知れないが、彼らは、彼女達を”避けている”様にも見えるのだ。
もしかしたら、彼らは極度の人見知りなのかもしれない。
そんなことで、これからの学校生活は大丈夫であろうか?
そう、心配する蔵人だったが、取りあえず彼らに近寄り声を上げる。
「おはようございます」
これは小学校の時からやっている事だ。多少無視されてもめげないぞ。
多分彼らは、声を掛けても迷惑そうな顔をするだろうなと予測した蔵人。
だったのだが、
「あっ、おはようございます。佐藤大也です。よろしくね」
「鈴木樹郎っす。面接にいなかったけど、どこ小?ってかDランク?」
蔵人の挨拶に、彼らは強張った表情を崩して、気さくに挨拶してくれた。
それだけでなく、蔵人の前に手を出して、握手もしてくれた。
あれ?人見知りどころか陽キャだな。それに、とってもいい子達じゃないか。では、さっきの人見知り発動はどういった心境で?
不思議に思うも、相手が自己紹介をしてくれたことに返礼する蔵人。
「巻島蔵人です。こちらこそよろしく。特区外の小学校だけど、Cランクですよ?ちょっと手違いで、面接の前に筆記を受けてしまって」
「えっ!ホントに!?それって、テスト解いたってこと?算数もやったの?それで合格したの!?」
佐藤君がめっちゃびっくりしている。
蔵人は控えめに頷く。
「合格は、まぁ、その後の実地試験が良かったから受かったんだと思うよ。何せ、算数は最初から解けない問題があったから」
実地試験が特別良かった事は、安綱先輩から嫌という程聞かされた。もう、こっちが恥ずかしくなるくらいに校長先生に報告していたからね。
蔵人が苦い記憶を呼び起こしていると、鈴木君がずいッと目の前まで近づいてきて、蔵人のネクタイを親指と人差し指でいじりは始めた。
「ってか、このネクタイの色って黒っぽくない?なんでCなのにDのネクタイ付けてるん?」
そう言う鈴木君のネクタイは、確かに青い。目の覚める様なスカイブルーだ。佐藤君も鮮やかな水色。それに比べると、確かに蔵人のは黒っぽかった。
いや、黒ではない。これはダークブルーである。
蔵人は、本当なら黒いネクタイが買いたかったし、何なら身に着けるもの全てを黒で統一したいくらいであった。
黒とは、蔵人にとって、黒戸にとって特別な色。上司から与えられた能力を、最大限に引き出す色であった。
こちらの世界では、”まだ”その能力は使えないが、心に染み付いた癖はなかなか変えられず、黒を纏っていると心が安心するのであった。
故に、購入する際にはギリギリ青系統でありながら、黒に近い色を選んだ。
のだが、
どうも、彼らの様子を見るに、ちょっと不味い事になっているみたいだ。
「暗い色が好きだから選んだんだけど、やり過ぎたみたいだね。ちなみに、Dって何色なのかな?」
蔵人が問うと、鈴木君は教室の一点を指さす。
そこには、今入ってきた男子がキョロキョロと周りを見回しながら歩いている。ネクタイは、羨ましい程の黒に近い紺色。
「Dはあれ、紺色。絶対に青に見えちゃダメなのが、Dの色なんよ。だから、巻島くんは色変えんとマズイっしょ。なんなら、俺の1本あげるよ。安物だし」
「ありがとう、でも大丈夫だよ」
鈴木君がカバンの中をゴゾゴゾ漁り出したので、蔵人は丁重に断った。自分の趣味を優先した罰だからね。会ったばかりの鈴木君の手を煩わせるのは申し訳ない。
そう思う蔵人だったが、
「どうしても色は変えないとダメなのかな?先生とか先輩に怒られる?」
黒っぽい色を諦めるには、まだ心の決心が付かない蔵人。
佐藤君は、目線を斜め上に飛ばしながら考える。
「どうだろう?先生は大丈夫じゃないかな?校則では、派手ではない色のネクタイ、リボンってなっているし」
「でも先輩はヤバいっしょ。特に女子からは、ほら」
また指を指す鈴木君。その先には、女子生徒に挨拶したは良いが、冷たく返されるDランク男子が、トボトボとコチラに歩いている姿だった。
「Dランクはお呼びじゃないってね。先輩達から紛らわしいって怒られるかもよ?」
Dランクはこの特区では冷遇されるらしい。
鈴木君は言いながら、Dランク男子を手招きする。彼は顔色を変えて、小走りでこちらに来る。
鈴木君が気さくに手を上げる。
「よろしく。俺、鈴木樹朗」
「巻島蔵人です」
「佐藤大也です。よろしく」
軽快な鈴木君の挨拶に、乗らせてもらう蔵人と佐藤君。
その様子に、青く硬かったDランクの子も、笑みを浮かべて頭を下げる。
「吉留博人です。よろしくお願いします」
彼が自己紹介をしていると、直ぐに先生が教室に現れ、正しい席順をプロジェクターに写す。
8組の総生徒数は31人。男子5人に女子26人らしい。
女子の数が圧倒的に多いが、ここは特区である。特区は、男性の数が圧倒的に少ない。Cランク以上の男子は、人口の5%程度しかいないからね。逆に、Cランク以上の女性は40%近くいる。単純計算で男女比1:8である。この学校は、まだ男子の数を揃えている方なのである。
それ故?なのだろうか。写された男子の席順は、みんなバラバラで、教室内に等間隔で配置されている様に見える。
これだけ男女比が歪であると、さぞかし男子達は肩身が狭いであろう。ただでさえ女性の異能力は強力なのに、更に人数でも負けていては、良いように使われる悲惨な結末が容易く想像できる。
蔵人は、女子には愛想よく接した方が良いなと、結論付ける。
蔵人が考えている間にも、生徒達は表示される席に移動し始めていた。
蔵人も移動する。最前列の右から2番目の席だ。前列って、意外と先生の目に入りにくい穴場だったりする。
全員が移動し終わると、先生からのお祝いの言葉と、直ぐに全校集会があるので移動するように言われて、慌ただしく動く。
蔵人も移動しようと、席を立つと、後ろから背中をツンツンされた。
鈴木君達かな?
そう思って後ろを向くと、そこには笑顔で手を振る女の子が。
あっ、
「西風さん、受かったのか!」
受験会場で飴を渡した、あの娘がそこに立っていた。
蔵人はつい嬉しくなって声を上げたが、周りの女の子達は気にした風もなく、そそくさと蔵人の周りを過ぎ去っていく。
Dランクはお呼びでない。それが嫌でも分かる態度である。
だが、目の前の西風さんは、蔵人のネクタイの色を見ても笑顔を絶やさない。
「そっちも受かったんだね。Dランク男子の枠は滅茶苦茶少ないって聞いてたのに、凄いよ!えっと、巻島君?よろしくね」
「ええ、よろしくお願いしますね、西風さん」
っと、少し話をしている間に、クラスのみんなは外に出てしまった。
とりあえず、蔵人達もみんなの後を追うのだった。
全校集会が行われるのは記念式棟と呼ばれる大きな建物。アリーナの様な広く開けた会場には幾人もの参列者が既に並んでおり、新入生は真ん中に並べられた椅子に座る。在校生らしき人達は2階の観客席でそれを見ていた。
前方の壇上で、校長先生や来賓のお偉方が挨拶をし、最後に新入生代表と呼ばれた金髪ドリルの娘が優雅に祝辞を述べると式が終わった。
教室へ戻る時、前の方に頼人が見えたので、蔵人は軽く手を上げて、声を掛けた。
「おお、頼人!久しぶり…」
しかし、頼人は一瞬こちらを向くも、直ぐに目を伏せ何処かに行ってしまった。
その後ろを、先ほどの金髪ドリルが追いすがるように走り去っていく。
蔵人を見誤った訳ではないだろう。ガッツリと、一瞬ではあるが目線は合った。寧ろ、何処か蔵人を避けている節すら見受けられた。
何故だ?何が、この半年で起きたというのだ?
今までにない頼人の反応に、蔵人は無性に胸騒ぎを覚えるのであった。
特区に来ても、男子との会話の方が多い主人公…。
本当に〈ハーレム〉をキーワードに入れていて良いんでしょうか?
イノセスメモ:
・特区の男性は人見知り?←女性限定か?
・ネクタイの色…D:紺 C:青 B:緑 A(ランキング20位以内):赤 7位以内:赤地に白 2位:赤地に銀 1位:赤地に金
・特区の人口…男性:人口の5%程。女性:人口の40%程→男女比は1:8(桜城生徒は1:5)
・西風桃花…エアロキネシスのCランク。他のエアロ系と同じで、遠距離攻撃を得意と思っている。