0話後編〜輝かしき道であらんことを〜
俺の目の前に、黒い何かが割り込んできた。
「大天使様。少々よろしいでしょうか?」
黒戸だ。黒戸が俺の目の前に立って、彼の背中で俺を大天使から隠してくれている。
「この者は異世界には不向きと存じます。向かう意味を見出せなくなっております。ここは、是非この者がいた世界と環境が近い場所に、産み落としていただけたら幸いです」
黒戸が、俺をかばってくれている。さっきまで疑ってばかりいた俺を。
でも、大天使は尚も俺を見下ろしてくる。
『志は育むものです。その子には、異なる世界への憧れがあります。勿論、容易い道ではありません。ですが、あえて険しき道を指し示すのも、我々の役目とは思いませんか?』
俺を、是が非でも異世界送りにしたいのか。この大女は。
そんな女に、黒戸が一つ、深いため息を吐いて首を振った。
「大天使様。御一つお聞かせ願いたい。何故、“こんなにも大量の転生が一気に起きた”のですか?」
…何を言っているんだ?
俺は、黒戸の言っている意味がまるで分からず、黒戸の横顔を見つめてしまった。
でも、大天使は分かっているみたいだ。
黒戸の問いに、今まで胡散臭い微笑みを携えていた大天使の顔が、固まっていた。
この女が表情を変えるほどの事。転生が大量に起きたら、何か不味いのか?
俺の疑問を察したかのように、黒戸が質問を続ける。
「普通、転生とは順を追って行う物です。仮に人間の大量死が起きたとしても、少しずつ順番に転生させていくのが道理。しかし、今回は急いだ。輪廻転生の順序をすっ飛ばしても急ぐ必要があったのは、もしや、この者たちが“死んだ理由”が関係しているのではありませんか?」
死んだ理由。
俺が、死んだ理由。
その言葉を聞いた瞬間、脳裏に蘇るのは、
バスの中、絶叫が響き渡る鉄の箱の中で、幾人もの人間が、恐怖を叫び続けた。
海沿いのガードレールに押し付けられるバス。
そのバスを押す、何か。何か、とても、怖い何か。
そいつの縦に開いた目が、こちらを睨んで。
「そ、そうだ。俺は、あの、バケモノに…!」
声が漏れた。
フラッシュバックしたのは、映像だけでなく、感情も一緒だった。
死ぬ間際に見た、あのバケモノ。
まるで、さっき見たドラゴンに似た目をした、バケモノ。
黒戸の目が、俺を向く。
悲しそうな、温かみのある目は、直ぐに鋭く尖って、大天使の方を向く。
「大天使様、これは“バグ”ではございませんか?」
バグ?バグって、ゲームとかにある可笑しな現象の事?それとも、虫って意味?
俺が謎の言葉に頭を悩ませていると、大天使の翼が大きく開いた。
『少々お待ちください。力天使様に確認を取ります』
そういうと、大天使は何処かへ飛んで行ってしまった。
残された俺は、目の前で天空を見上げる黒戸に疑問をぶつける。
「黒戸、さん。あの、さっきバグって聞こえたんですけれど」
「はい…。ええ、そうです。バグです」
黒戸はそう言いながら、こちらを振り向く。
「バグとは、本来起こりえない事象を引き起こす、世界の歪みのようなものです。ゲームのバグに近いと思ってもらえば分かりやすいかと。例えば、地震や大洪水などの自然災害。集団タイムスリップや異空間の出現などの超常現象。それに、異世界の生物が迷い込むなんて事も起きたことがあります」
異世界のバケモノ。
そう言われて、俺は先ほどの会話の意味が少し分かる。
あのバケモノは、バグが起きたから、突然現れたのか。
そして、そのバグのせいで俺たちは死んだ。
「そして、そのバグが発生する理由ですが、主に強すぎる力の干渉、例えば、神様が下界に力を及ぼした時などに発生します。人間に神様の加護を与えたり、異界と異界を繋げたり、無理やり転生させたり、その世界の法則を変えたり。そんな、大きすぎる力を振るった余波が、バグを発生させるのです」
神様が何かしたから、バグが生まれて、そのバグがあのバケモノって事?
「そ、それじゃあ、俺は、俺が死んだのは、神様のせいってこと?」
言葉が詰まった。
さっきの大天使は、俺を殺しておいて、平然と異世界に送ろうとしていたのか?
動揺した俺に、黒戸は天空を見上げて、答える。
「確実にそうとは断言できませんが、大天使様の慌てようからして、その可能性は高いかと」
黒戸がそう言葉を発した時、上空から羽音が響いた。
先ほどの大天使が、羽の生えた子供を数人連れて降りてきた。
『眷属様のご要望が受理されました。その子は、元の世界になるべく近い環境に転生させることをお約束致します』
なるべく近く。
その言葉に、俺は言葉を吐き出しそうになり、堪えた。
元の世界に戻してもらうことは、出来ないみたいだ。
もう、両親には会えない。
でも、異世界に行くよりは良い。
親孝行が一切できなかったけど、親よりも先に死んでしまったけど、次の世界で頑張ろう。次の世界は、もっと頑張って生きよう。
俺がそう思っていると、俺の両脇を小さな子供達が抱きかかえ、その小さな翼で宙に浮かせる。
「えっ!?な、なんだよ!?君たちは?」
「その人達は天使様ですよ」
俺の足元で、黒戸の声がする。
いつの間にか、俺は天使とやらに持ち上げられ、空を飛んでいた。
「大丈夫。これから輪廻の輪に乗るんです。転生するんですよ」
そう言う黒戸は、どんどんと小さくなる。
俺は慌てて、黒戸に向かって叫ぶ。
「黒戸!ありがとう!俺、来世は頑張るから!今度こそは…!」
「頑張ってください!あなたの来世が、輝かしき道であらんことを!」
黒戸の張り上げた声が、小さく聞こえた。
俺は、また泣きそうになりながら、声を張る。
「黒戸!また会おう!あっちで、また!」
向こうで会えたら、恩返しをしなくちゃ。そう思っていたけど、でも、彼からの声は聞こえなくなっていた。
もう、そんなに離れてしまったのかな?目の前には光り輝く大河が流れる。
ああ、そうだ、俺、大事なことを言うの忘れてた。
「黒戸!また会おう!俺の名前はか…!」
その声の先は、覚えていない。
光が目の前いっぱいに広がった。
〈◆〉
目の前に、"元々小柄"なのに、羽をたたんで更に小さくなった大天使様が佇む。
せめて黒戸と同じくらいの背丈があってくれたら、こんな罪悪感に似た感情を抱かなくて済むのだが、如何せん、黒戸の大天使様へのイメージが固まっているので、見方を変える事が出来ない。
どこか、怒られた子供の様に見えて、黒戸はどうフォローしたものか一瞬迷う。
バグが発生したのは、別に、この大天使様が何かしでかした訳ではなく、神様が粗相をしただけだ。いわば、会社で不祥事が起きた際の、無関係な社員といったところか。
そう考えると、ここで下手にフォローしたところで余計に傷口をえぐるだけだ。
神様がバグを生み出したことには変わりなく、大天使様はそれを隠して転生を急がせたのも事実なのだから。
とりあえず話を進めるか。
黒戸は口を開く。
「それで、早速で恐縮ですが、今回のご依頼の内容を伺ってもよろしいでしょうか?」
依頼とは、すなわち黒戸をここに呼んだ理由について。
黒戸の上司に当たる存在に、天界の転生を受けるように言われて、黒戸は天界に来ていた。
大天使様が顔を上げる。
幾分か気持ちを立て直した様に見えるのは、大天使の義務感からか。
それも大事だろう。
『はい。今回、闇の眷属様に対応してほしい世界についてですが…』
対応してほしい世界。それはつまり、黒戸に転生してほしい世界の事。
その世界とは、多かれ少なかれ“バグ”の影響下にある世界なのだろう。
その世界で“バグ”を消滅させる、若しくは、消滅させるまでの目途を付ける事が、黒戸の任務だった。
しかし、闇の眷属か。
黒戸は、仰々しく痛々しい二つ名に、若干顔が引きつるのを止められなかった。
そして、大天使様から聞かされる“次の世界”の詳細。
要は、1900年代の史実世界に特殊能力、いわゆる超能力を広めた世界らしい。人々はその超能力を使うことで、争わなくなったのだとか。
何故争わなくなったのか。それは、男性と女性で能力に差をつけたから。女性に強い力を与え、男性には攻撃的でない力を与えるようにした。
戦争を行う大きな理由である、領地拡大を推し進めていたのは軍部であり、その当時の軍部は男性ばかりだったから、確かに求心力は衰えたのかもしれない。
また、その超能力を“全ての”人間に与えたのも良かったのだろう。
最新兵器は欧米列強のみが持つ武器であるのに対し、超能力は全ての国が持つ平等な力だ。その超能力が兵器を上回れば、各国の軍事バランスは一時的に崩壊する。
これらの事情が合わさり、史実のような大戦は起こらなくなったのだろう。
話を聞く限り、まだまだ健全な世界の様だ。
黒戸が受け持ったことのある世界の中には、既に手の施しようがない程に壊れてしまった世界もあった。
バグが広がりすぎて、異形の生物が無限に湧いて出ていたり、世界の空間が歪になってしまっていて、他の異世界と至る所で繋がってしまったり、核の雨で生物が全滅していたり。
それらに比べるまでもなく、今度の世界はだいぶマシだ。まだバグの脅威が表面化していない分、時間にもゆとりがある。
更に、黒戸が生れ落ちるのは2000年代らしいので、世界情勢も比較的平和そうだ。
鉄の雨が降りしきる戦場を、駆け抜けながらバグ探しという荒業をしなくていいだけで、かなり楽になる。
ただし、大天使様がちゃんとした転生を行って下されば、という条件付きではあるが。
黒戸が、大天使様を若干不安そうな顔で見つめると、微笑みが戻った大天使様のお顔が黒戸を見上げる。
『ああ、ご安心ください。眷属様にお召いただく素体は最高級の物をご用意しておりますし、勿論、魂は洗わずにお持ちいただけます』
服とは、転生先で得られる体の事。その超能力世界で言うならば、強力な超能力を付随させますよと言っている。
そして、魂を洗わないとは、すなわち記憶は消さずに、今の黒戸の記憶をそのまま継承できるという事。
記憶が無くなったら、自分の使命を思い出すのに凄く苦労するので、とても有り難いことではある。
だが、
「お気持ちは大変有難いのですが、あまり規格外の服にされますと、世界に悪影響かと存じます。なるべく普通の物でお願い致します」
強すぎる力は、世界の歪みとなる恐れがある。
俺TUEEEEなんて身体にされてみろ。自分自身がバクの発生源となってしまい、世界がバグって修復出来なくなる。
修復屋である自分がバグを産んでどうすると、黒戸は内心ため息を1つ。
その内心を知ってか知らずか、大天使様は少しどや顔で頷く。
『分かりました。世界に影響が出ない様に致します』
そう言っていた、大天使様のどや笑顔を思い出しながら、転生を終えた赤ん坊の黒戸は、いや、転生後の名前である蔵人は、ベッドの上で叫んだ。
「最弱の体じゃねえか!」
イノセスメモ:
・神や天使の容姿は、見る者のイメージで変わる。故に、神様がお爺さんだったり、光の玉だったりと、見る者によって違ってくる。
・”バグ”とは、なんか危険な現象。そのバグを引き起こさない為に、主人公は原因を探し出し、可能なら対処する。それが彼の使命である。
※12行目で 「蔵人」→「黒戸」に訂正しております。
ストーリー上に変更はありません。
誤字報告、ありがとうございました。
↑上記を後書きに移しております(1/13)