371話(2/2)~あんなんで勝って嬉しいのかぁ?~
※臨時投稿です。昨日も投稿しておりますので、ご注意ください。
カーディナルシープの皆さんが尽力してくれたことで、予定通りに会場入りが果たせた桜城ファランクス部の面々は、試合開始までしっかりとコンディションを整えることが出来た。
そして、とうとうこの時が来る。
正午12時。
クリスタルエッグカップ決勝戦。桜坂聖城学園ファランクス部、対、ワイルドイーグルスの試合が、今始まろうとしていた。
「なんだか、凄く緊張するね。体育祭の時とも、コンビネーションカップの時よりも心臓がバクバク言ってるよ」
「そうか。モモは初めてだったな。ファランクスでデカい大会の試合って奴はさ」
「うん。ビッグゲームは観客席で応援だったから、こんな大きくて、しかも決勝戦だなんて初めてで…」
選手入場口の手前で、蔵人達は入場の合図を待っていた。通路の向こう側には完全武装のイーグルス選手の姿も見えるが、彼女達は後から入場するのでまだ整列していない。
そんな中、桃花さんは緊張で縮こまっていた。いくつかの激戦を潜り抜けてきた彼女でも、ファランクスの本場アメリカでの大舞台は緊張するみたいだ。
それは、他の人達も同じ。アメリカのプロ、それもトップ争いをする程の猛者と戦うということで、ビッグゲームを経験した先輩達でも表情を硬くしている。
「よーしっ!やるぞ!イーグルスをボコボコにして、ハリウッドスターになってやる!」
そんな中でも、通常運転なのがこの娘である。
「良く言ったぜ、祭月。敵がすぐ目の前に居るってのによ」
「ホンマや。向こうさんに日本語分かる奴が居ったらどないすんねん。煽られとるって思われるかもしれんやろ」
そう言って、イーグルスの方に視線を移した伏見さんだったが、そのまま固まってしまった。
何があるのかと蔵人も見てみると、イーグルスの選手はみんな、纏ったパワードスーツにコードを張り付けてメンテナンスをしていた。
「何や、あれ…」
伏見さんが絶句して、鶴海さんが「ああ…」と言葉を漏らす。
「きっと、機器の最終チェックをしているんだと思うわ。イーグルスが使うパワードスーツは、警察や軍にも使われている最新機器だって、若葉ちゃんが言っていたから。きっとファランクス用にセットしたシステムを確認しているのよ」
最終チェック。確かに、コードの先ににはノートPCが取り付けられており、それを監督やサポーターらしき人達が覗き込んでいる。どこか、ロボットコンテストに出場する人達を見ている気分になる。
「あんなんで勝って嬉しいのかぁ?あたしだったら、機械で勝っても全く喜べねぇ自身があるぞ?」
「つくば中と一緒やな。自分らの技術が足りないばっかりに、機械で補おうっちゅうことやろ」
鈴華達は厳しい目を向けているが、こればかりは目指す場所で変わってくるだろう。
そう思った蔵人だったが、ヘルメットを外したイーグルス選手を見て眉を顰めた。
【………】
決勝戦の前だというのに、彼女達の目は何も映していなかった。ただ淡々と、周りに言われるがままに装備を着脱して、言われるがままに動いているだけだった。
中身までロボットなのではと思ってしまったが、たまたまこちらを見た選手に手を振ったら、少し驚いた顔をしていた。
良かった。感情まで無いかと思ったが、普通の人間だ。
「何してんだ?ボス」
「うん?いや、目が合ったから挨拶していただけだよ」
「気を付けてくれよ、ボス。試合中に襲われるかもしんねぇだろ?」
鈴華が心配そうにするので、蔵人は「その時は、返り討ちにしてやるよ」と力こぶを作る。
でも、鈴華は一向に表情を明るくしない。
何故だ?
【チーム、オージョーの皆さま!フィールドの準備が出来ましたので、どうぞ、前へお進みください!】
蔵人達がイーグルスの装備に驚いていると、スタッフが大きな声を上げた。特大の笑顔を張り付けた彼女は、恭しく蔵人達に頭を下げて、どうぞどうぞと入場口を手で示して誘う。
開会式の時は押し出すようにして我々を追い立てていたのに、天と地ほどの違いだ。手のひらクルックルである。
「行くよ!みんな!」
「「「はいっ!」」」
部長を先頭に、桜城の選手団が階段を上がる。人工芝が輝くフィールドへと、足を踏み入れていく。
その途端、
【【【わぁああああああ!!!】】】
大歓声が巻き起こる。
見上げると、6万人の大観衆がこちらを見下ろし、手を振り旗を振り、声高らかに叫んでいた。桜城を称える声を、熱を、我々へと降り注いでいた。
『さぁ!先に登場したのはこのチーム!遥か遠くの島国、日本から来たチーム桜城だ!そんなマイナーな国のチームが、なんで決勝戦に居るかって?それはなぁ、強いからだよ!
アメリカ屈指のファランクスチームが集まるNFL。その中でも強固な防御力と驚異的な持続力を持つことで知られるカーディナルシープを打ち倒し、前回覇者のクリムゾンラビッツまでもを下したのがこの桜城だ!彼女ら彼らがここまで来るのは何ら不思議じゃないんだぜ!
無名だったミドルスクールの学生達が、輝かしいシンデレラストーリーを駆け上がり、今、CECの頂点へと手を伸ばしている!果たして、チーム桜城の結末はどうなるんだ!?今大会、最高にホットな試合が始まろうとしている!』
【【【わぁあああああ!!!】】】
【【【オージョー!オージョー!オージョー!】】】
【ブラックナイト!】
【愛してるわ!ブラックナイト】
【シマシマナイト!】
【レオン君!今日も決めて!】
【クマちゃーん!ミニゴーレムが見たいわ!】
巨大なドルジャースタジアムの観客席は完全に埋まり、最上段で立ち見をしている人まで出ている状態。そんな中で、全ての観客が熱烈に叫び、特に男子に向けて熱い視線を送ってきている。
それを、桜城の面々は足を止めて見回した。
「すげぇな。開会式の時はお通夜状態だったのによ」
「黒騎士君達がいると違うね」
「そもそも、男子が居るチームなんて何処にも無いやろ」
「そうね。聞いたこともないわ」
男子効果ということかい?それだけじゃないと思うんだがな。
そう思って目を凝らすと、観客席の中には鈴華の8番や伏見さんの9番を掲げる人達も見かける。他にも、横断幕に桃花さんらしき似顔絵が掛かれていたり、西園寺先輩を真似た姫カットヘアにしている人も見かけた。
しっかりと、他の選手も評価されている。ただ、男子に対して声が大きいだけみたいだ。
…それが、問題なのかもしれないけど。
蔵人達は大歓声の中を進み、フィールドの中央に並ぶ。
すると、それを待っていたかのように、対戦相手がフィールドに入って来た。
チーム、ワイルドイーグルス。完全武装の重層甲歩兵達が、背番号03番の隊長機を先頭に一列で入ってくる。その全員が、開会式と同じように、足から風や炎を噴き出して、静かにホバリングで芝生の上を進む。
【【【イーグルス!イーグルス!イーグルス!】】】
【リビー!待っていたわ!】
【今日もバシバシ決めちゃってよ!ヒラリー選手!】
桜城を迎えた時よりも、更に大きな歓声が彼女達を迎える。観客席を見ると、会場の半分。…いや、7割近くが青色の旗を振って彼女達の入場を歓迎していた。
確かに、桜城は多くのアメリカ人に認められたかもしれない。だが、長年NFLの二枚看板を背負っているチームの人気は根強い物だった。対戦相手に男性選手が居ようとも、多くのイーグルスファンは変わらずに、推しの選手団に向けて熱意を叫んでいた。
【【……】】
それだというのに、それを受け取るイーグルスの面々は冷たいものだ。大歓声に全く反応する様子もなく、ただ淡々とフィールドを進み、蔵人達の前に並び立った。
その分厚く隠されたヘルメットの向こう側からは、何ら熱意も敵意も感じられない。全くの無感情で、ただ我々の前に立っている。きっと、彼女達の目は、メンテナンスを受けていた時のようにガラス玉になっているのだろう。
完全武装している彼女達は、心まで鋼鉄に武装しているのではないだろうか?
蔵人は心配になり、彼女達の表情を探ろうとする。
と、そんな時、視線を感じた。
希薄な彼女達とは真逆の、強い視線を。
それを感じたのは、横から。観客席の方の…最上段よりもっと上の方。
VIPルーム。
ここからでは光が反射して中の様子は伺えないが、確かにそこから視線を感じる。焦がす程に熱い、負の感情が乗った視線を。
「まぁ、誰かは分かり切っているがな」
その視線に、蔵人は笑みを浮かべる。
〈◆〉
【どうかなさいましたか?カトリーナ社長】
秘書の声に、私はハッとなって一歩退く。
そうすると、全面ガラス張りの壁に、薄っすらと私の全身が映る。
デュポン家の象徴とも言える青と白のドレスは、私が高貴な家の者であるということを示すと同時に、肩が壊れそうなほどの重圧を思い出させる。
向こう側の私が、この大会で優勝しなければならないと、強く訴えかけているように見えた。
【いえ。なんでもありませんわ】
分かっている。仮令、スーパーゲームに影響が出ない大会だとしても、ワイルドイーグルスが出る試合に負けは許されない。
イーグルスは古くからDP社がスポンサーとなっているチームであり、毎年DP社の最新モデルを使わせてきた。
言わば、彼女達はDP社の宣伝塔だ。彼女達が活躍し、NFLで高い地位に居続けることで、我が社の製品に注目が集まり、売り上げを大きく伸ばしてくれる。
逆に言えば、悪い結果を残してしまうと、それだけ商品イメージにも売り上げにも大きなダメージが返ってくる。
NFL1位のライオンズに負けるのなら、まだ良い。莫大な運営資金で成り立つあのチームに負けるのなら、幾らでも弁明のしようがあるから。
だが、こんな低レベルな大会で負ける様なことがあっては弁明のしようがない。ましてや、相手はNFLにも所属していない島国の中学生。Cランクの選手だけで倒して見せないと、私達の名前にまで傷が付くレベルの相手だ。
【いいえ。違うわね】
そもそも、そんなチームがここまで勝ち進むこと自体が異常なのだ。プロでもない学生達のクラブ活動チームが、NFLの選手達と肩を並べている時点でおかしい。それなのに、ここまで勝ち進んでいる。
チームに男が3人も登録されているのに、羊や兎を倒せるなんて信じられない。
【男…】
そう。男だ。
あの日、セレナが誘拐された時。その場に居たのが、今イーグルスと対峙しているオージョーの選手達。そして、その中にいる96番が、Bランクの護衛達をたった1人で返り討ちにした男…と聞いている。
対戦者リストではCランクのシールダーと記載があったけれど…彼は一体、何者なのだろうか?
聞くところによると、彼は異能力推進委員のアマンダが連れてきた事になっている。別の用事で日本に赴いたときに、彼らの実力に目を付けた…とかなんとか聞いているが、そんな偶然があるだろうか?
逆に、彼らが作られた存在だとしたらどうだろう。アマンダが何処かの企業と共謀し、異能力メーカートップのDP社を引きずり下ろす為に呼び寄せた存在だとしたら。
元々、出場する予定ではなかったこの大会に、なぜ急に出るようにと上層部が言い出したのか疑問に思っていた。でも、もしも私の考えた通りなら、納得出来る。何処かのパーティーか会議かは分からないけど、きっとその場で煽られたのだと思う。この大会で頂点を決めないかと。だから、その見栄を守るために我々を出場させた。
【…考え過ぎね】
妄想が過ぎたわ。
もしも本当に、競合他社が仕掛けてきたのだとしたら、態々日本なんて島国の、それも学生を使ったりしないだろう。中国、フランス、インド。異能力メーカーで言えばドイツ辺りの選手を招けばより確実性が増す。そんな事、誰だって分かること。
考え過ぎていた。15歳にも満たない子供達を相手に、こんな陰謀論を唱えても恥ずかしいだけ。第一、彼女達の装備は明らかに前時代的な物ばかり。外装の素材しか弄っておらず、高度な機能も全く付いていない中世の骨董品。そんなものを使っている企業なんて、このアメリカにはいない。
彼らはどう見ても、ただのラッキーチームにしか見えない。
そんなことを考えるよりも、この試合の後を考えるべきだ。
ラビッツが出て来ていれば、最新モデルスーツのデモンストレーションが出来たかもしれないけど、今度の相手は知名度が全くないチーム。これでは勝ったとしても何の宣伝にもならないし、話題にもならない。
つまり、この試合は何の価値もないということ。
【ジェーン。監督に伝えてくれる?この試合の全権は、貴女に委ねると】
【かしこまりました。社長】
秘書の後ろ姿を見送った後、私は椅子に座ってノートPCを開く。
この大会に価値がなくなった以上、無駄な時間を過ごすことは出来ない。私は、忙しいから。表彰式には出席しておいた方が良いだろうから、それまでの間はビジネスをさせてもらおう。
私はPCを開いて仕事を始める。
DP社の株価は…相変わらず順調ね。
最後の相手は、覇気のない相手。
「機械を身に纏った少女たち…機械天使か」
それも危ない。