370話〜メッセージが届いています〜
いつもご愛読いただき、誠にありがとうございます。
総合ポイントが2万を超えました。
皆様の応援に、改めて感謝を。
「これからも、宜しく頼むぞ」
「いやぁ〜。大変な一日だったなぁ」
ホテルの会議室で再び顔を合わせた鈴華が、伸びをしながら満足そうに言葉を漏らす。
それに、蔵人は深く頷いた。
アパレルショップでのファッションショーは、予想以上に大盛況であり、終わった後に駆け寄ってきた店長は天にも昇りそうな程に上機嫌だった。
どうも、服が飛ぶように売れたみたいで、上客とも繋がりが出来たのだとか。
あまりに上手くいったので、我々に専属契約をしないかと迫ってきたけど、中学生の観光客だと言うと顔を青ざめていた。
就労規制に引っかかるのかな?我々の年齢を知らずに仕事を振ったから、未成年に対する雇用許可を取ってなかったのだろう。
その為か、店長から渡された心付けはかなり分厚かった。思わぬ軍資金が入ってきたから、お土産をかなり豪華に出来るというもの。
「何故だ…何故私は、一言も声を掛けられないのだ…」
会議室の端っこで、祭月さんが小さくなってブツブツ呟いている。
本気で落ち込んでいるみたいだ。
本気で自分にスカウトが来ると思っていたんだろう。自信過剰とも思えるが、この位の歳の子供は、そういう所もあるものだ。
特に、彼女は桜城のファランクス部員。今まで破竹の勢いで成り上がって来ているから、上手いこと行くのが当たり前になってしまった。それ故に、挫折に弱くなっている。
これを機に、社会の厳しさを学べたとも言える。
そうだとしても、ちょっと可哀想である。彼女のポジティブさには、みんなが救われて来たから。ラビッツに追い詰められた時も、彼女がバカな役を演じてくれたから、みんなが顔を上げることが出来た。だから、何とかしてあげたいとも思う。
さて、どうやったら顔を上げてくれるだろうか?と、蔵人が慰めるか考えていると、鶴海さんが祭月さんに近付いた。
「元気出して、祭月ちゃん。決勝戦で活躍出来ればきっと、貴女にもみんなの目が向くと思うわ」
「…そう…なのか?」
「そうよ。イーグルスを相手に奮闘したら、みんなが気付く筈よ。貴女の魅力に」
「…私の、魅力」
俯いていた祭月さんの首が持ち上がり、声に少しだけ力が戻った。
流石は鶴海さん。彼女を立ち直らせるだけでなく、上手いこと決勝戦へのモチベーションも上げてくれた。これで、祭月さんは決勝戦の勝利にこだわるだろう。勝ちたいと言う思いは、技術力とか魔力量とか以前の大切な原動力だ。
「そうか!そうだったんだ!」
…うん?
なんか、祭月さんの様子がおかしいぞ?
「私には魅力がある!だが、アメリカの奴らはそれに気づいていない。ただ、それだけの事だったのか!」
祭月さんは跳び上がるように立ち上がり、天井の照明を見て目を輝かせる。
「私が青い鳥を撃ち落とした暁には、きっとハリウッドも気付くだろう。ここに、私がいる事をっ!」
いや、いつも通りの彼女か。ポジティブシンキングは使い易いけど、なんか暴走しそうで怖いんだよな。
「うん?どうした蔵人。私のジャージの裾なんか摘まんで」
「気にするな」
ただの保険だからな。
そんなことをしている内に、先輩達が全員揃った。これから、明日の決勝戦に着いてのミーティングが始まる。
「さて、みんな揃ったかしら?そろそろミーティングの時間よ」
会議室の壇上へと上がった部長が、みんなを見回す。
それに、祭月さんが手を上げる。
「早くやろう、部長。私は一刻も早く、イーグルスを倒す必要が出来たんだ!」
黙ってなさい。
蔵人は、挙げられた手を強制的に下げさせる。
加えて、部長に頭を下げる。
進行を妨げて済みません。
「ふふっ。やる気があるのはいい事だわ。なんて言っても、相手はあのイーグルス。U18の中では最強格の二枚看板なんだから」
「そ、そんなに強いのか?」
抑えていた祭月さんの腕から力が抜け、硬い表情で部長を見上げる。
それに、部長は硬い表情になって頷き、視線を鶴海さんの方に移動させた。
その視線を受けて、鶴海さんは前に出てきて、部長の横に立つ。
サポート役の先輩方が小走りで部屋を駆け回り、照明のスイッチを切り、プロジェクターの電源を入れた。すると、真っ白な壁に何かが映り始める。
青い機械化装甲歩兵団と、オレンジ色の突撃兵。部長達が偵察してくれた、もう1つの準決勝の映像だ。その映像をレーザーポーインターで指し示しながら、鶴海さんが説明を始める。
「今日のイーグルスとガゼルの試合を報告します。結果は、前半戦終了時に領域が75%以上あったイーグルスの勝利でした」
「あいつら負けちまったか」
鈴華が残念そうに呟く。
「ええ。かなり奮闘していて、エミリー選手やマーゴット選手の活躍する場面もあったんだけど、総合力ではイーグルスに歯が立たなかったわ」
写真が切り替わり、試合開始直後の物となる。
両チーム前線に盾役を並べて、後ろから遠距離役がそれを崩そうとしていた。
「試合開始当初は、エミリー選手やマーゴット選手の活躍もあって、ガゼルホーンズが押す展開となりました。ですが、相手の防御は硬く、次第にガゼル側の疲れが見え始めました」
「その原因の1つが、イーグルスの装備だね」
立ち上がった若葉さんが、鶴海さんとは反対側に立って、画像にレーザーポインターを当てる。
それは、エミリーさんの集中砲火を受け止める防御役の選手に照射された。
「彼女は、Aランククリオキネシスのリビー選手。世界ランキング98位で遠距離攻撃が得意な選手です。だけど、ここでは防御に回っているのが分かります」
「彼女の、いえ、彼女達が装着しているユニフォームは、異能力の出力サポートが出来るみたいです」
鶴海さんはこちらに手を広げて見せた。
「これは憶測になってしまいますが、グローブの指先から異能力が拡散する様になっていて、遠距離攻撃と同じように手から放射された魔力が拡散して、広範囲に氷の壁を作り出し易い様になっているんだと思います。同じ様に、各部位の装備がそれぞれ異能力をサポートをしており、状況に合わせたオールマイティな異能力の使用を可能としている様です」
「つまりは、みんなで守って、みんなで攻める…豊国の大学生達と同じようなことをしているってことかな?」
手を挙げて質問して見ると、鶴海さんは大きく頷いてから、写真を何枚かめくる。そして、止めた写真には、ガゼルの前線が半分崩壊しかかっている場面が映されていた。
前半戦の中盤くらいか?
「蔵人ちゃんが言う通り、イーグルスは個々の能力が底上げされているので、攻められている時は全員で守り、チャンスとなれば近い人が攻め入ります。豊国を更に強化したと思って違いありません」
鶴海さんはそうフォローしてくれるが、豊国とは比べられない程に厄介そうだ。
写真には、ガゼル前線を抜けた選手が、誰も追いつけないスピードで独走している状況が映し出されている。きっと、足から異能力を噴出し、高速移動をしているのだろう。
つまり、選手全員が桃花さんのスピードを手にしている様な物。加えて、エミリーさん並の遠距離攻撃や、マーゴットさん並の耐久力も同時に兼ね備えている。
そんなオールマイティな選手が、13人も集まっているのだ。
「この後、イーグルスはファーストからサードタッチまでを取って、領域を80%以上に拡大。ガゼル選手も多くがベイルアウトを取られて、格の違いを見せつける試合となりました」
ガゼルホーンズは確かに強い。けれども、最新装備でガチガチに強化されたイーグルスの相手ではなかった。
これが兵器国家アメリカのファランクス。これが、兵器製造で成り上がったデュポン家の力か。
前半戦の後半。守るので精一杯となったガゼルの面々を見て、鑑賞していた部員達は小さな呻き声を上げていた。
こいつは厳しいだとか、勝てるのかとか、そんな議論の声が至る所で漏れ聞こえる。
それを、若葉さんが短く咳をして止める。
「え〜…実はですね。これがイーグルスの全てではありません」
なんか不穏な事を言い出したぞ?我らが戦場カメラマン。
全員から不安な視線を受けて、若葉さんは視線を手元のメモ用紙に落とした。
「え〜…私の調べでは、今大会のイーグルス補欠メンバーが、普段の正規メンバーから大きく変更になっています。具体的に言うと、Aランクが5人も登録されていて、Bランクも10人登録されている模様です」
「普通、補欠で入れるのは、Aランクが1人、Bランクが3人から多くて5人です。だから、これはかなり高ランクに偏ったオーダーだと言えます」
それは、かなりの偏りだ。
鶴海さんの補足に、蔵人は眉を顰める。
ファランクスで登録出来る選手の人数のは、31名が限度。通常なら、フィールドプレイヤー13名と、その予備に13名を同じランクで用意する。残りの5名の枠の中で、チームの特徴を出すための人選やサポート役等を入れるなどの微調整を行うのだが…。
イーグルスのオーダーは変則的過ぎて、Cランクの予備が3名しか入れられなくなっている。
これでは、Cランクを狙われたら苦しいのではないだろうか?3人以上ベイルアウトさせたら、補充出来なくなるのだから。
そう思った蔵人が質問すると、鶴海さんが答えてくれた。
「その通りよ、蔵人ちゃん。このオーダーでは、Cランクの層が薄くなってしまう。でも逆に、高ランクの層が厚くなるから、臨機応変に対応が可能となるの」
高ランクが多くなれば、それだけ相手に合わせた戦術を組む事が出来る。
元々、ファランクスはAランクが試合を決める傾向が強い競技だ。その司令塔ともなるAランクが6人もいれば、どんなチームにだって合わせる事が出来る。
加えて、過密スケジュールであっても、Aランクを温存しなくて良くなる。6人もいれば、初戦から全力投入が出来るから、そこら辺の難しい駆け引きが不要となる。
現に、桜城はAランクが海麗先輩しか居なかったから、これまでの2戦を温存してきた。もしも河崎先輩や久遠先輩の登録が間に合っていたら、今までの試合はもっと楽に戦えていただろう。
高ランクが揃っている方が有利。それは、確かにそうなのだ。高ランクが多ければ多い方が勝率は上がる。
どの選手の技巧も同じレベルであれば、ではあるがね。
「つまり、あれか?魔力量でゴリ押ししてるって事だよな?」
「アメリカさんが考えそうな事やな。流石、魔力何とか主義の国やで」
鈴華達の言う通りだ。この国の特徴が、まさに反映されているチームと言えるだろう。
「カシラ。これは勝たんとアカンやつですわ。技術何とか主義を推している、ウチらとしては」
惜しいな、伏見さん。技巧主要論ね。
でも、技術が大事って意味合いでは合ってるから、ディ大佐もニッコリだよ。きっと。
「でもさ。そんな強い相手に、僕たちはどうやって戦えば良いんだろう?」
「そうだっ!それが一番の問題だぞ!なんか良いアイディア出してくれ、ツルえもん」
「祭月ちゃん。人を猫型のロボットみたいに言わないで欲しいわ」
うむ。その通りだ。
猫型…ふむ。猫型ねぇ…。
「蔵人ちゃん。私の頭の上を見て、何を考えているの?」
「いえ、何も」
笑顔で取り繕う蔵人だったが、鶴海さんは暫くジト目で見てきた。
バレてる。
でも、彼女はため息を吐くだけで視線を壁に戻してくれた。
助かった…のかな?
「今回は、クリムゾンラビッツ戦の様な作戦は危険だと思います。総合力に長けた相手に、下手な戦術で挑めば力でねじ伏せられます。なので、今回は大道の作戦を組み合わせて、相手を削っていくのが良いと考えています」
そう言って、鶴海さんは次のスライドを見せる。
そこに写っているのは、イーグルスでもガゼルでもない。
かなり懐かしい写真だ。
「私達は、彼女達から学ぶべきだと思います」
「なるほどな。あの試合は相当、肝が冷えたもんな。なぁ!蔵人!」
サーミン先輩が振り返ってくるので、蔵人苦笑いを返す。
あの試合は、確かに大変なものだった。
あの人が居なければ、負けていただろう。
蔵人は写真を見ながら懐かしみ、鶴海さんの作戦を聞いていた。
そして、
「みんな、相手は今までのチームよりも強くて、そして影響力のあるチームよ」
再び前に立った部長に、視線を向ける。
「でも、だからこそ示すべきよ。私達桜城ファランクス部の底力を。日本の誇りを」
そうだ。我々は日本の学生として、今まで足を踏み入れた事のない領域に立っているのだ。魔力量も兵器技術もなかった日本の学生が、異能力大国アメリカで爪痕を残そうとしている。これは、桜城ファランクス部だけではなくて、多くの日本人が注目している試合のはずだ。
蔵人は自然と力が湧いてきて、その力を抑える為に拳を握る。
その時、マウスのクリック音が響く。
次いで、部長の得意げな笑みがこちらを向いた。
「大きな壁に挑戦する私達に向けて、メッセージが届いています」
そう言って、部長は壁を指さす。
そこに映されたのは、
『せーの』
『『『桜城ファランクス部!初戦突破、おめでと~!!』』』
ファランクス部の訓練棟に集まる、みんなの姿だった。
日本に残ったファランクス部員は勿論、シングル部の子達や、生徒会の人達。白井さんや吉留君などのクラスメイトの姿もある。
こちらに手を振る人。プラカードを掲げる人。桜城の学校旗を上下させる人。色々だ。
そんな十人十色の応援団だが、みんなの顔には同じ笑顔が浮かんでいた。
初戦と言っているから、カーディナルシープを倒したという知らせを受けた後に作った動画なのだろう。日本とロサンゼルスは時差が16時間もあるから、クリムゾンラビッツに勝った知らせはまだ届いていないみたいだ。
突然の祝賀メッセージに、蔵人達は言葉が出なかった。会場の観客席からも沢山の声援を送られはしたが、こうして学校のみんなが集まって、態々ビデオメッセージを撮ってくれたことに感動が押し寄せていた。
部員全員が見守る中、動画の中で動きがあった。大勢が並ぶ前を横切り、1人の女子生徒がカメラに正対した。
その人物は、
『ファランクス部のみんな、クリスタルエッグカップ初戦突破、おめでとう!』
部長だ。
櫻井元部長が、カメラに向かって手を振っている。
『みんながこれを聞いてる頃には、もう準決勝も終わってて、最終決戦に向けたミーティングを行っている最中だと思うわ』
「うわっ。ドンピシャだよ」
「流石だぜ、櫻井部長!」
「私達の事、お見通しって事だね」
「怖いわぁ。まるで未来視異能力者みたい」
3年の先輩達が盛り上がっている。
2年間も絞られた分、櫻井元部長に対しての思い入れは、我々2年生よりも格別なのだろう。
少し硬くなっていた会議室の空気が、少しだけ明るくなった。
『凄いわ、みんな。本当に凄い。ここから遠く離れた異国の地で、ファランクスの本場であるアメリカのプロを相手にするだけでも信じられない事なのに、そんな人達に勝っちゃったんだもの。私達の代ではとても出来なかったことを、みんなはしようとしている。桜城ファランクス部が世界に向けて羽ばたいているって、私は凄く嬉しくて、誇らしいわ』
「部長…」
サーミン先輩が小さく呟き、何処からか鼻をすする音が聞こえた。
画面横の鹿島部長も、口に手を当てて俯いている。
画面の中の櫻井部長も、少し瞳が潤んでいる気がする。でも、彼女は下を向かず、下がっていた眉をキリッと上げた。
『去年、私達はビッグゲームに挑んで、準決勝で負けたわ。全力で挑んでも、優勝の壁は厚かった』
「あんなん、勝ったなんて言えんわ」
堪らず、久遠先輩が言葉を零して、小さく俯く。
だが直ぐに前を向く。櫻井部長が立つ、壁の中へと視線を向ける。
『でも、今は違う。私が居た頃と、今の桜城ファランクスはまるで違う。みんなのレベルは格段に上がっていて、もう蔵人1人に全てを任せていた私達じゃない。みんなで力を合わせて、どんな分厚い壁も貫いてくれる。それが、貴女達の桜城ファランクス部だって、私は信じている』
櫻井部長がギュッと右手を握った。
『私は凄い幸せ者よ。夢だったビッグゲームに出場出来ただけじゃなくて、そこで銅メダルまで手に出来たんですもの。全部、みんなのお陰。蔵人と海麗、鹿島に秋山、西園寺、久我、伏見。それと神谷もね』
「俺はついでかよ、部長!」
サーミン先輩の突っ込みに、涙目だった先輩達が笑う。
それに、櫻井部長も聞こえたかの様に、小さく笑った。
そして、目を輝かせる。
『私の夢は叶った。次は、貴女達が叶える番よ。貴女達の夢に、手を伸ばしてちょうだい』
櫻井部長はそう言うと、半身で後ろを振り返る。
そして、声を上げる。
右腕を、力いっぱい空へと突き上げた。
『桜城ファランクス部!ファイトォオオ!』
『『『おおぉおーー!!』』』
「「「おぉおおーー!!」」」
画面のみんなに合わせて、こちらも声を上げていた。
画面の中のみんなと同じ様に、拳を突き上げて声を上げる。
鹿島部長も、拳を上げた。
「みんなぁ!優勝目指して、行くぞ!!」
「「「おおぉおおおお!!!」」」
会議室で、全員の声が1つに重なる。
桜城ファランクス部の心が、決勝戦に向けて1つになった。
日本の皆さんも、応援してくれていたんですね。
「良き決戦前夜である」