369話(1/2)~マーーベラス!!~
「は~るばる来たぞ、ハリウッド!」
「函館みたいに言うなや!」
ハリウッドの公園から見える〈Hollywood〉の文字を見て、祭月さんが両の拳を空へと突き出し、嬉しさを爆発させる。
適切な突っ込みを繰り出した伏見さんだったが、その一撃にも全くダメージを受けず、祭月さんはそのポーズのまま駆け出そうとした。それを、伏見さんがサイコキネシスで慌てて止める。
「アカンて!自分。ついこの間、迷子になったんを忘れたんかい!」
「離してくれ!早紀。ハリウッドが私を呼んでいるんだ!」
「お呼びでないわ!」
いつも通りな祭月さんの様子に、蔵人達は安心と呆れが入り交じったため息を吐く。
大会2日目の午後。クリムゾンラビッツとの試合を勝利で飾った蔵人達は、買い出しという名の骨休めを満喫していた。
蔵人と共に来たのは、祭月さんと伏見さん、鈴華、桃花さん。それと、付き添い兼通訳の柳さんと音切荘の面々だ。他の部員達も、ホテル周辺でマッタリしたり、街へナンパの旅に出かけたり、大食いチャレンジに赴いたりしている。
「バカやってないで、早く行こうぜ。日が暮れると、特区の中だって安心じゃねぇらしいからな。なぁ?柳さん」
「はい。幾ら異能力の使用制限が掛かっていても、日本の夜と比べたら治安は良くありません」
「ほらな?早く行こうぜ」
柳さんと肩を並べていた鈴華が、祭月さん達の背を押す。
異能力使用制限。こいつが厄介なんだよな。
蔵人は、被った帽子を深く被り直して、彼女達に着いていく。
今、LA特区には特別警戒区域が幾つも設けられている。去年の夏祭りでもあった、非常時以外は異能力を使わないようにしようね?という区域の事だが、これが大会会場周辺に設置されているのだった。
お陰で、蔵人はメタモルフォーゼの変身も受ける事が出来ずに、素の状態で行動している。
「仕方がない事だ」
そう呟く蔵人だったが、内心は明るかった。
いつも姿を偽って外出していたので、久しぶりに羽を伸ばせる気がしていた。日本と違い、知名度もない土地だから。余計に心が晴れ渡っていた。
そうして見るハリウッドの街並みは…やはり輝いて見えた。
ヤシの木とビルが立ち並ぶ大きな通りには、多くの女性達が行き交っている。スーツ姿のビジネスウーマンの姿もあれば、パンクでロックなギタリスト風の人もいるし、ヒーローのコスプレをしている人も居る。
そんな人たちに負けず、街並みも十色だ。白で統一された綺麗な通りもあれば、ビカビカとうるさい光りが点滅する路上もある。まるで複数の街が入り乱れているかの様な街並みは、映画を撮る上では重宝する街並みなのかもしれない。
史実よりもかなり派手になっているハリウッドの通りに、蔵人も心が踊らされる。
蔵人でもそれなのだから、普段からお祭り騒ぎの祭月さんは、今にも異能力を使いそうな勢いだった。
「ハリウッドよ!私はここだ!ここに居るぞよ!」
「求めとらんわ!あと、キャラがブレブレやで」
突っ込み役の伏見さんが大変そうだ。
柳さん、貴女の出番ですよ。えっ?私じゃ無理?そんなご謙遜を。
「なんだか、落ち着かない街だね」
桃花さんが小さくなって、頭上で点灯するネオン看板を見上げて呟く。
そうしていると、街に迷い込んだリスみたいだ。
「そうだな。なんか道路に名前が落書きされてるしよ、あたしのも入れといてやるか」
鈴華の気まぐれに、蔵人は急いで彼女の腕を掴む。
「やめとけ鈴華。捕まるぞ」
「久我様。これは、ここがウォーク・オブ・フェームである事を表す為に、映画女優さん等の名前が刻まれているんですよ」
柳さんが助太刀してくれた。
「へぇ。これ、女優の名前なのか」
「はい。因みに、すぐそこのグローマンズ・チャイニーズ・シアター前では、一流有名人の名前だけではなく、手形や足型がタイルの中に残されています」
「ほぅ。手形に足形か。やるなら、そっちの方が楽しそうだな」
「やろうとするな」
全く。軽々しく偉人達と肩を並べようとするとは。
流石は鈴華。
「あれ?なんか、騒がしいね」
タイルに手を伸ばそうとしていた鈴華を押さえ込んでいると、桃花さんがキョロキョロと辺りを見渡していた。
その姿は、まさに子リス。
可愛い。
じゃなくて。
「騒がしい?」
「うん。向こうの通りで、誰かの悲鳴が聞こえた気がしたんだ」
そう言って桃花さんが指さした場所は、煌びやかなビルやショッピングセンターが立ち並ぶ繁華街。
そんなところから悲鳴が?と、蔵人が首を傾げていると、その通りから何人もの女性が飛び出してくるのが見えた。彼女達は全員、息も絶え絶えの全速力で、何かから逃げている風であった。
…何か、嫌な予感がするな。
蔵人は気になり、その通りの方に駆け寄ってみる。
すると、
【助けて!】
【誰か!】
「「アァアアァア…」」
「オォオオオオ!」
3階建てのビルで火災が発生しており、その下には血だらけの女性が何人も倒れていた。そして、その中心には、数体の変異種アグレスと、そいつらに迫られる少女の姿があった。
こんな街中に、アグレスだと!?
「シールド・ファランクス!」
蔵人は駆け出しながら、倒れる人達の前に盾を割り込ませるすると、倒れた少女を狙っていたアグレス共が全員、こちらを向く。
大きさ的に、殆どがソルジャー級。だが、1番後ろに控えている奴だけはジェネラル級で、しかも禍々しい鎧を身に着けて大剣まで肩に担いでいる。
その姿が、沖縄のアームドを思い起こさせる。
「シールド・クラウズ!」
蔵人は瞬時に盾を集め、そして、
「ミラァ!ブレイクゥウッ!!」
最大威力のドリルでもって、アグレスの群れに突っ込んだ。
ソルジャー級のアグレス共は、こちらに手を伸ばしはしたが、何かする前に貫かれて消えていった。
一番後ろに居たジェネラル級だけは、土壁を何枚か出して抵抗した。だが、その壁はそれほど厚くなく、高速回転するドリルで簡単に崩れ落ちた。その後ろにいたジェネラル級も、あっさりと胴体を貫かれて消えていった。
少し…いや、あまりにも手応えがない。アメリカのアグレスは、日本のよりも弱い種族が襲来しているのか?いや、そもそもこのアグレス共って…もしかして…。
嫌な予感を感じながら、蔵人は地面を滑りながら対巨星盾を消す。
すると、
『カァアーーーーーット!!』
そんな大声が、後ろから響いた。
振り返ると、先ほどまで炎上していたビルは全くの無傷な姿で建っており、周囲で倒れていた人達も起き上がって困惑した表情をこちらへ向けていた。そして、ビルの屋上から幾人もの女性がフワフワと降りてきた。
その人達の手には、カメラや照明等の撮影機材が担がれている。
うん。明らかに撮影クルーです。そして、倒したのは絶対に、映画撮影用に用意した偽のアグレス。
「申し訳ございませんでしたぁーー!!」
降りてくる人達のすぐ近くまで駆け寄った蔵人は、その勢いのままにスライディング土下座を敢行した。
【君!君!キミィイイ!!】
うわっ。メガホンを首に吊った監督さんみたいな人が、肩を怒らせてこっちに来ている。こいつは、謝るだけじゃ済まないぞ。
蔵人は腹を括り、いつでも切腹できる姿勢で彼女を待つ。
すると、監督さんは座り込んでこちらと視線を合わせ、両肩をグワシッ!と掴んだ。
【誰だ君は?!名前を!住所を!所属を言え!】
うわっ。こいつは相当頭に来ているぞ。当たり前か。
【はいっ!名前は巻島蔵人!住所は日本の…】
【待て、待て、待てぇい!男だと!?君は、男なのかぁあ!!】
【えっ?あ、はい!自分は、男であります!】
【マーーベラス!!新しいマーベラスに採用だキミィイイ!!】
奇妙な言葉を叫びながら、蔵人を立たせて握手を強要する初老の女性監督。
なんだ?採用?映画のエキストラに採用でもされたのか?慰謝料の話はいつするんだ?
蔵人は話の展開に着いていけず、一人興奮して回る監督を目で追うので精一杯だった。
そこに、みんなが追いつく。
「カシラ!大丈夫やったですか!?」
「どうしたんだよ、ボス。いきなり飛び出したりして」
「済まない。つい…」
鈴華でも驚く奇行を犯し、蔵人は小さくなって頭を下げる。
そんな蔵人の横で、橙子さんが「自分もです」と言って頷いていた。その彼女の手元を見ると、拳銃に変身した右手を、左手で覆い隠していた。
そうですよね。本物のアグレスを知っていると、そうなりますよね?
蔵人が橙子さんに共感を求めていると、向こうでは柳さんが監督さんに頭を下げていた。
【申し訳御座いませんでした。とんだご迷惑をお掛けして…】
【なんだい?あんたら。この子の関係者かい?】
ペコペコと頭を下げる柳さんを、監督さんが訝しそうな目で見る。
それに、柳さんが【はい…】と申し訳なさそうに頷くと、監督さんはズイッと顔を柳さんに近づけ、その血走らせた目で柳さんの顔を覗き込んだ。
【化けるよ、この子は。絶対に化ける。あのジェネラルを一瞬で倒しちまうなんて、そこらのスタントマンじゃ到底出来っこない。それを、男性でやってのけるなんてねぇ。少なくともあたしゃ、そんな男優を見たことも聞いたこともない。歴代マーベラスシリーズ監督のあたしが言うんだから、間違いないよ】
【は、はぁ…】
監督さんの圧力に、柳さんも呑まれかけている。その反応を見て、監督さんは納得させたとでも思ったのか、柳さんを解放して再びこちらへと戻ってきた。
【君、キミ!確か、マキシマムと言ったかね?君の異能力はなんだい?空を飛んでたけど、アグレスをやったのはランスみたいに見えた。クリエイトウェポン…いや、最上位のオールクリエイトかい?】
「おい、婆さん。あんま近づくんじゃねぇぞ」
大野さんが前に立ちはだかり、監督さんを追い返そうとする。
でも、蔵人はそれを止めた。
今回は完全にこちらの不手際だからね。あまり強硬な姿勢でいると、賠償だなんだとなるかもしれない。とりあえず、話だけでも聞いてあげるべきだ。
勿論、手を出して来たら別だけどね。
【監督さん。私の異能力はクリエイトシールドでして…】
【シールド!?最下位種のサポート異能力じゃないか!】
そうですよ。その最下位種ですよ。
依然アメリカでは評価の低いシールドの扱いに、蔵人は懐かしさを覚える。
これで幻滅したりするかと思ったが、監督さんはより目を輝かせて顔を伏せる。
【なるほど、シールドか。そりゃ良い。シールドの男性なんてアメリカ中に居る。だが、アグレスを倒せるシールド使いなんて、世界中探しても居やしない。そんな普通なのに普通じゃないヒーロー、マキシマム。男達の希望を背負い、女性ヒーローに負けない力を持つニューヒーロー。良い。良いぞ。こいつは売れる!興行収入10億$…いいや、15億$は堅い!】
なんか、勝手に皮算用し始めたぞ?これは流石に止めるべきか。
【済みません、監督さん。出演する前提で考えられていますけど…お断りさせて頂きます】
【分かってる、分かってる。君が不安なのは十分に分かってる。大丈夫だから。ちゃんと、君の撮影はあたし以外、全員男性スタッフで揃えるし、エキストラ以外の共演者に女は混ぜない。顔も終始隠して貰って構わんし、お望みなら試写会も男性限定にしても良いぞ。多分、この映画は男性にこそ受ける。今までマーベラスを見なかった層も取り込めるから、シリーズ全体が盛り上がるぞぉ】
【いえ。待遇の問題ではなく…】
大会があるから、そんな事にカマかけている暇はない。帰りの飛行機も予約しているし、そもそも、観光用のビザしか取ってないので2週間が限度だ。
蔵人がそう説明すると、監督さんは更に驚く。
【なに!?2週間で日本に帰る?それじゃあとても撮影は出来ん。ワンシーンを取り終えるのも難しいじゃないか!】
ええ。ええ。そうですよ。だから諦めて下さい。
漸く解放して貰えそうな雰囲気に、蔵人は胸を撫で下ろす。
下ろしたのだが、
【いや、待て。日本…高品質な製品を作る技術国家日本…そこで活躍する現地ヒーロー、マキシマム。たまたまアメリカ旅行をしていた彼が、マーベラスと共闘し、新たなヒーローとして世界に羽ばたく…良いかもしれん。いっそ、次のシリーズはアジアも舞台に組み込んでみたらどうだ?】
何か、不穏な独り言を零し始めたぞ?
こいつは、何か良からぬ方向に行っているのではないかと蔵人が心配していると、誰かが近づいて来た。
緑色のコスチュームと、背中に甲羅を背負った4人のスタントマンさん達だ。
【ちょいちょい。君たち、早くこっちにおいでよ】
【こうなった監督はなかなか帰ってこないからね。今のうちに逃げるが勝ちだよ!】
【さもないと、男性でも馬車馬のように働かされてしまいますわよ】
【君ら、観光客だろ?偏屈なババアに付き合ってたら、今日一日が無駄になっちまうぜ】
色とりどりのハチマキを付けた亀さん達が、蔵人達を手招きする。
良いのだろうか?まともな謝罪もしていないのだが?
そう思ったが、亀さん達が必死に手招きをするので、彼女達に着いていくことにした。
彼女達にエスコートされながら、撮影現場を後にする蔵人達。カメラマンさんやスタッフさん達に頭を下げながら撤退するが、彼女達はこちらに手を振るだけで怒っている風には見えない。
許してくれているのだろうか?かなり撮影を止めてしまったが…。
後ろ髪をひかれる思いだった蔵人は、小さくなっていく撮影現場を振り返る。すると、オレンジ色のハチマキをした亀さんが大きく手を振って、その不安を笑い飛ばした。
【そんなに気にすることないって!アグレスなんて僕達の異能力ですぐ作れるんだし、演出も殆どがイリュージョンを使ってるから、見た目以上に費用も掛かってないんだ!】
【それに、君たちが入ってきたのだって、現場に侵入規制を敷いていなかった我々の落ち度なんだ】
【そうですわね。リアリティがどうのと監督は仰っていましたけど、やはり初めて見る方には危険な試みでしたわ】
【WTCでアグレスに慣れてない奴は特にな。男に通報されても、僕ら何も言い返せないぜ】
なるほど。異能力を使えば、映画もリーズナブルに撮影できると。そして、監督さんの方にも非があったから、それ程責めることが出来なかった。
確かに、入場規制がかかっていれば、こちらも撮影であることを理解できた。
それなら、責任はイーブンと言う事でいいかも知れない。
亀さん達のお陰で、気持ちが落ち着いた蔵人。
そこに、紫ハチマキの亀さんが近づいて来た。
【それにしても君、凄いな。魔力ランクはCランクくらいだろ?それでミケのジェネラル級を一撃とは、恐れ入ったよ】
【えっ!?マジでCランクなのかい!?】
オレンジ亀さんも驚いているので、蔵人は一つ頷く。すると、4人とも【【【【おぉおお~】】】】と声をハモらせる。
【すっご!Cランクで僕のゴーレムを壊すなんて、すっご!】
【何か武器を持っている風でもない。そもそも、男性のシールダーで使える武器なんて、高が知れているからな】
【母国が日本と言う事は、師匠と一緒ですわね。もしかして、師匠と同じでイアーイの達人なのでは?】
目を輝かせる亀さん達。
申し訳ないけど、刀はからっきしなんだ。ただ、シールドを高速回転させただけですよ。
そう、蔵人が弁明すると、ショックを受けた顔で首を振る亀さん達。
そうだろうな。魔力絶対主義が蔓延るこのアメリカでは、Cランクが技術だけでジェネラル級を倒したなんて信じられないだろう。
これで、興味を失ってくれるかな?
そう思った蔵人だったが、
【なぁ、君】
亀さん達の目の色は変わらない。
青いハチマキの亀さんが、懐から一枚の名刺を差し出した。
【もしよければ、我々のチームに入らないかい?Sランクヒーローチーム、トータスズ。ニューヒーロー、マキシマムを歓迎するよ?】
貴方達、ただのスタントマンじゃなかったのね。そして、勝手にヒーロー名が定着しそうになってる。
今日は良く勧誘される日だなと、蔵人は小さく首を振る。
長くなりましたので、明日へ分割致します。
「日常回…とは少し違うな?」
アメリカの観光回でしょうかね。
明日も、観光回。ビバリーヒルズのお話です。